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レイビック伯
第60話 今度はドレスを着せたい
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「今回の計画は大成功だ」
王太子の居間で、ファルロが満面の笑顔で仲間たちに宣言した。
ファルロは王太子の友人の筆頭の青年である。
「きれいな人だった」
王子がぽつりと言った。
「いや、あんな美人は見たことがない」
興奮した別の青年たちが口々に言った。
「それに声のかわいらしいこと」
ファルロが気取って、ほかの連中の顔を見回した。
「いいか、我々は、今回の計画で、実にすばらしいものを手に入れた……ルシア前王妃のスリーサイズだ」
おおおっと、彼らは真剣になった。
一斉にファルロが差し出したメモを読もうと集まってきて、王太子と別の一人が頭から正面衝突した。
「痛い」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
女性のサイズの相場なんかよく知らない王太子は黙っていたが、年長の連中は興奮気味に批評していた。
「まさか、こんなにスタイルがいいだなんて思ってなかった。ダブダブのドレスを着せていたわけか! 失敗したな」
「次は、ぜひ、もっと派手な感じのものを……」
「出てくれればだがね」
それはそのとおりだった。
そのあと、何回声をかけても、ルシアからは辞退の回答しか返ってこなかった。
そのうえ、王太子は母から叱られた。
「この私が、アデリア王女から文句を言われたのですよ?」
王妃が悔しかったのは、今回に限り王女の主張の方が正しかっため、王妃はやむなくアデリア王女に屈辱の詫びを入れたのである。
「以後、ルシア妃の招待は自粛すること! ルシア妃は、アデリア王女と違って、好んで人前に出る方ではありませんから」
それが困るのである。
しばらく鳴りを潜めていた彼らだったが、またもやファルロが名案を出した。
「国王陛下だ」
国王陛下は、知る人ぞ知る美人好きである。早い話が好色だ。
ルシアが見たこともないほどの美人に育ったと聞けば、必ず、余計な好奇心を発動するに決まっている。
「もう二年も経ったんだ。大層お美しく成長されたとお聞きしました。そう陛下に吹き込むんだ」
ファルロは王太子に入れ知恵した。
王太子は、いつになく、真剣にうなずいた。
「一度、見れば1回で済むはずがない。必ず、毎度、パーティに出てこいになる」
彼らは頷いた。
「うまくいけば、喪服禁止令も出してもらえる。大丈夫だ。スリーサイズも不明な喪服なんか、王の趣味じゃないから」
王太子が一瞬不安そうな表情を浮かべたのに気付いたファルロはあわてて付け加えた。
「だけど、安心しろ。父上の元妃だ。絶対に手は出さない。安全だ」
祖父の元妃は手を出していいのかと、うっかり聞きそうになった仲間がいたが、そこは王太子と違って、ご友人はそこまで馬鹿だと務まらない。
王太子が夢中になっているのを利用して、このうちの誰かが、うまく出し抜いてルシアと結婚できるかもしれない。身分と資産と、美貌がおまけについてくる。王家の誰かと結婚となれば、出世の道も平坦だ。
だが、口数は少ないながらも、もしかすると、一番夢中になっているのは王太子かもしれなかった。
ファルロも王太子の執着を薄々感じていたが、祖父の妻とは結婚できないだろうと言う鉄壁の障害がある。
「大丈夫さ。いずれ、王妃様からストップを食らうから。あの娘の資産は莫大だ。おまけに、あんなに美人だとは思ってもいなかった。どうにかして手に入れたいものだ……」
息子からの美人発見情報は、なにかの下心が感じられたが、そこは大した問題ではなかった。
王は、あっさり許して、王妃のひんしゅくを買った。
「いやいや、だが、あのままほっとくわけにはいくまい」
王はやっとのことで、王妃の発言の合間に、自分の意見を表明する隙を見つけて言った。
「でないと、アデリア王女が訳の分からないへぼ貴族に自分の娘を売ってしまうぞ。それにルシア妃が宮廷に出てくれれば、アデリア王女なんか、宮廷に出なくていいんだから、帰れと言えるぞ」
アデリア王女が、出廷しないでくれれば、それは助かる。
王妃にしてみれば、ルシアの方がはるかにマシだった。
ルシアは王の肝いりの出場命令に対し、重い喪服で参上し、王以下全員をがっかりさせた。
しかも、正式の会だったので、正式なベールを付けていて、顔などまるで見えなかった。
彼らは、本当にがっかりして、次の対策を練った。
「そうだ! ドレスをプレゼントするんだ」
「はあ? 絶対に受け取らないぞ?」
「それに、ドレスは高いんだぞ? いったい誰がプレゼントなんかするんだ?」
「王陛下だ」
「ええ?」
「ドレス選びは王太子殿下がなさればよろしいでしょう。あの娘に好きな服を着せるチャンスですぞ」
王太子は目を丸くした。それから少し赤くなった。
「どんな服が似合いか、少し肩や胸を出したデザインなど、いかがでしょう。王陛下からのプレゼントにするのです。王からの贈り物を着ないわけにはまいりません」
好みの美しい娘に、自分好みの服を着せる。
このバカげた話は、たちまち王妃から本気のNOを突き付けられた。眉を吊り上げた王妃は、王太子に鋭く言った。
「自分の金で買えと言いなさい。さもなくば、辛気臭いから喪服は着て来るなと言いなさい」
問題は、簡単に解決した。(予期せぬ解決方法だった)
地味な格好で現れたルシア妃だったが、地味だろうが、ベールはない。何重にも体を包んでいた重い喪服もない。見ても見ても見飽きなかった。(王太子の感想である)
だが、いつでも会に参加しているとなると、多少興味は薄れて、全員で騒ぐということはもうなくなった。ファルロがそう仕向けた一面もある。
「そう来なくっちゃ。ライバルが多いのはダメだ。ここからが勝負だ。話す機会がないと口説けないからな」
ファルロには、資産がなかった。
美人は大いに結構だったが、資産はもっと好ましかった。
ただ、今や狙っているのはファルロだけではない。
うっかり、公式の場に呼び寄せたばっかりに、このゲームの参加者が増えてしまったのである。
「せっかく苦労して、宮廷に呼び戻したのに。功労者は俺だ。お前らはハイエナじゃないか」
ファルロは悔しがって、周りを見回した。
中年のやもめも、若い男も大勢まとわりついて、事あるたびに、ルシアにお世辞を言ったり、わざと笑い転げてみたり、機嫌を取っていた。
王も、その中に混ざっていたが、こればかりは王妃も文句のつけようがなかった。
父の妻、すなわち義母に当たるのだ。礼儀上、尊重すべき存在なのである。
ハゲタカばかりだ。せっかく引っ張り出してきた俺の苦労をどうしてくれる。
ファルロが目を付けたのは王太子だった。
王太子の丸い目が、ルシアを一心に見つめている。
「うん。これだ」
ファルロは、王太子を誘ってルシアの前に出て行った。
王太子がルシアを二人きりで話したい様子を示すと、ほかの貴族たちは笑って去っていった。
父王も笑って、場所を譲った。いつもおとなしい息子が自分から何事かを成し遂げようとし出したことを歓迎しているようだった。
王太子には逆らえない。
口下手の王太子には、ファルロと言う通訳が必要だったし、ファルロは時々、自分以外の取り巻きも連れてきていたので、王太子のご意向なのだと人々は解釈した。
みんな、考えることは一緒だった。
すなわち、大変に魅力的な娘であるが、王太子妃にはなれないということだった。
だから、その場は譲るが、またあとで真剣勝負に出ようと考えたのだ。
ルシアの結婚にOKを出すのはアデリア王女ではあるまい。王だろうから、王の機嫌は取っておく必要があった。王太子の機嫌だって、損なってはならない。
一方、ウェルケウェ伯爵はこの有様に不安を感じていた。
彼は王太子の単純で一方的な性格を知っていた。
自分の立場をわきまえるべき時に、甘く判断する傾向があった。
今の状況だってそうだ。
王太子は、まだ、この先どうなるか突き付めて考えてはいないだろうが、結婚できないとわかったらどうするだろうか。
ルシアを愛人にしようとするだろうか。
それとも、正式な妻として正面突破を図るだろうか。
どちらにしても、大ごとになる。
伯爵的には、この娘に関心を持たないでくれるのがベストだった。
しかし、その点については、今はもう絶望的だった。
焚きつけた張本人のファルロが手を焼くほどに、王太子は夢中になっていた。
最初はファルロも軽い気持ちだったのである。
だが、これは完全に読み違えていた。
事態は徐々に悪化して、だんだん手に負えなくなってきていた。
王妃までもが気が付いて、気に入りの占い師のペッシに占わせるほどになっていた。
王太子の居間で、ファルロが満面の笑顔で仲間たちに宣言した。
ファルロは王太子の友人の筆頭の青年である。
「きれいな人だった」
王子がぽつりと言った。
「いや、あんな美人は見たことがない」
興奮した別の青年たちが口々に言った。
「それに声のかわいらしいこと」
ファルロが気取って、ほかの連中の顔を見回した。
「いいか、我々は、今回の計画で、実にすばらしいものを手に入れた……ルシア前王妃のスリーサイズだ」
おおおっと、彼らは真剣になった。
一斉にファルロが差し出したメモを読もうと集まってきて、王太子と別の一人が頭から正面衝突した。
「痛い」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
女性のサイズの相場なんかよく知らない王太子は黙っていたが、年長の連中は興奮気味に批評していた。
「まさか、こんなにスタイルがいいだなんて思ってなかった。ダブダブのドレスを着せていたわけか! 失敗したな」
「次は、ぜひ、もっと派手な感じのものを……」
「出てくれればだがね」
それはそのとおりだった。
そのあと、何回声をかけても、ルシアからは辞退の回答しか返ってこなかった。
そのうえ、王太子は母から叱られた。
「この私が、アデリア王女から文句を言われたのですよ?」
王妃が悔しかったのは、今回に限り王女の主張の方が正しかっため、王妃はやむなくアデリア王女に屈辱の詫びを入れたのである。
「以後、ルシア妃の招待は自粛すること! ルシア妃は、アデリア王女と違って、好んで人前に出る方ではありませんから」
それが困るのである。
しばらく鳴りを潜めていた彼らだったが、またもやファルロが名案を出した。
「国王陛下だ」
国王陛下は、知る人ぞ知る美人好きである。早い話が好色だ。
ルシアが見たこともないほどの美人に育ったと聞けば、必ず、余計な好奇心を発動するに決まっている。
「もう二年も経ったんだ。大層お美しく成長されたとお聞きしました。そう陛下に吹き込むんだ」
ファルロは王太子に入れ知恵した。
王太子は、いつになく、真剣にうなずいた。
「一度、見れば1回で済むはずがない。必ず、毎度、パーティに出てこいになる」
彼らは頷いた。
「うまくいけば、喪服禁止令も出してもらえる。大丈夫だ。スリーサイズも不明な喪服なんか、王の趣味じゃないから」
王太子が一瞬不安そうな表情を浮かべたのに気付いたファルロはあわてて付け加えた。
「だけど、安心しろ。父上の元妃だ。絶対に手は出さない。安全だ」
祖父の元妃は手を出していいのかと、うっかり聞きそうになった仲間がいたが、そこは王太子と違って、ご友人はそこまで馬鹿だと務まらない。
王太子が夢中になっているのを利用して、このうちの誰かが、うまく出し抜いてルシアと結婚できるかもしれない。身分と資産と、美貌がおまけについてくる。王家の誰かと結婚となれば、出世の道も平坦だ。
だが、口数は少ないながらも、もしかすると、一番夢中になっているのは王太子かもしれなかった。
ファルロも王太子の執着を薄々感じていたが、祖父の妻とは結婚できないだろうと言う鉄壁の障害がある。
「大丈夫さ。いずれ、王妃様からストップを食らうから。あの娘の資産は莫大だ。おまけに、あんなに美人だとは思ってもいなかった。どうにかして手に入れたいものだ……」
息子からの美人発見情報は、なにかの下心が感じられたが、そこは大した問題ではなかった。
王は、あっさり許して、王妃のひんしゅくを買った。
「いやいや、だが、あのままほっとくわけにはいくまい」
王はやっとのことで、王妃の発言の合間に、自分の意見を表明する隙を見つけて言った。
「でないと、アデリア王女が訳の分からないへぼ貴族に自分の娘を売ってしまうぞ。それにルシア妃が宮廷に出てくれれば、アデリア王女なんか、宮廷に出なくていいんだから、帰れと言えるぞ」
アデリア王女が、出廷しないでくれれば、それは助かる。
王妃にしてみれば、ルシアの方がはるかにマシだった。
ルシアは王の肝いりの出場命令に対し、重い喪服で参上し、王以下全員をがっかりさせた。
しかも、正式の会だったので、正式なベールを付けていて、顔などまるで見えなかった。
彼らは、本当にがっかりして、次の対策を練った。
「そうだ! ドレスをプレゼントするんだ」
「はあ? 絶対に受け取らないぞ?」
「それに、ドレスは高いんだぞ? いったい誰がプレゼントなんかするんだ?」
「王陛下だ」
「ええ?」
「ドレス選びは王太子殿下がなさればよろしいでしょう。あの娘に好きな服を着せるチャンスですぞ」
王太子は目を丸くした。それから少し赤くなった。
「どんな服が似合いか、少し肩や胸を出したデザインなど、いかがでしょう。王陛下からのプレゼントにするのです。王からの贈り物を着ないわけにはまいりません」
好みの美しい娘に、自分好みの服を着せる。
このバカげた話は、たちまち王妃から本気のNOを突き付けられた。眉を吊り上げた王妃は、王太子に鋭く言った。
「自分の金で買えと言いなさい。さもなくば、辛気臭いから喪服は着て来るなと言いなさい」
問題は、簡単に解決した。(予期せぬ解決方法だった)
地味な格好で現れたルシア妃だったが、地味だろうが、ベールはない。何重にも体を包んでいた重い喪服もない。見ても見ても見飽きなかった。(王太子の感想である)
だが、いつでも会に参加しているとなると、多少興味は薄れて、全員で騒ぐということはもうなくなった。ファルロがそう仕向けた一面もある。
「そう来なくっちゃ。ライバルが多いのはダメだ。ここからが勝負だ。話す機会がないと口説けないからな」
ファルロには、資産がなかった。
美人は大いに結構だったが、資産はもっと好ましかった。
ただ、今や狙っているのはファルロだけではない。
うっかり、公式の場に呼び寄せたばっかりに、このゲームの参加者が増えてしまったのである。
「せっかく苦労して、宮廷に呼び戻したのに。功労者は俺だ。お前らはハイエナじゃないか」
ファルロは悔しがって、周りを見回した。
中年のやもめも、若い男も大勢まとわりついて、事あるたびに、ルシアにお世辞を言ったり、わざと笑い転げてみたり、機嫌を取っていた。
王も、その中に混ざっていたが、こればかりは王妃も文句のつけようがなかった。
父の妻、すなわち義母に当たるのだ。礼儀上、尊重すべき存在なのである。
ハゲタカばかりだ。せっかく引っ張り出してきた俺の苦労をどうしてくれる。
ファルロが目を付けたのは王太子だった。
王太子の丸い目が、ルシアを一心に見つめている。
「うん。これだ」
ファルロは、王太子を誘ってルシアの前に出て行った。
王太子がルシアを二人きりで話したい様子を示すと、ほかの貴族たちは笑って去っていった。
父王も笑って、場所を譲った。いつもおとなしい息子が自分から何事かを成し遂げようとし出したことを歓迎しているようだった。
王太子には逆らえない。
口下手の王太子には、ファルロと言う通訳が必要だったし、ファルロは時々、自分以外の取り巻きも連れてきていたので、王太子のご意向なのだと人々は解釈した。
みんな、考えることは一緒だった。
すなわち、大変に魅力的な娘であるが、王太子妃にはなれないということだった。
だから、その場は譲るが、またあとで真剣勝負に出ようと考えたのだ。
ルシアの結婚にOKを出すのはアデリア王女ではあるまい。王だろうから、王の機嫌は取っておく必要があった。王太子の機嫌だって、損なってはならない。
一方、ウェルケウェ伯爵はこの有様に不安を感じていた。
彼は王太子の単純で一方的な性格を知っていた。
自分の立場をわきまえるべき時に、甘く判断する傾向があった。
今の状況だってそうだ。
王太子は、まだ、この先どうなるか突き付めて考えてはいないだろうが、結婚できないとわかったらどうするだろうか。
ルシアを愛人にしようとするだろうか。
それとも、正式な妻として正面突破を図るだろうか。
どちらにしても、大ごとになる。
伯爵的には、この娘に関心を持たないでくれるのがベストだった。
しかし、その点については、今はもう絶望的だった。
焚きつけた張本人のファルロが手を焼くほどに、王太子は夢中になっていた。
最初はファルロも軽い気持ちだったのである。
だが、これは完全に読み違えていた。
事態は徐々に悪化して、だんだん手に負えなくなってきていた。
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