アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第52話 金を換金するめどもついた

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「銀も同量程度採れました」

 ロドリックは、もう一袋、別の絹の袋を取り出した。

「いや、もう結構」

 副院長は、事態をだんだんと飲み込めてきたのだった。

 確かに、これでは、その若者とやらが、どんな人物なのか知らないが、大変なことになるかもしれなかった。

 レイビック近郊で大量の金が採れたとばれれば、きっと、レイビック近郊のみならず、国中がゴールドラッシュになってしまうかもしれなかった。

「どうしたものかのう……これだけの量を? 多すぎではないか」

「最初は少しづつで構いません。教会もハブファン殿も、大量の金が入ってくる可能性のある大口の取引先でございます。いつかはわかってしまう話ではありますが、レイビックの金山が態勢を整え、滅多なことでは他の勢力につぶされないような形を整えるまでの時間が欲しいのでございます」

「ロドリックよ、それは、教会にハブファン殿やマックオン殿を抑え込めと言っているようにしか聞こえないが……」

「まあ、そういう結果になるかもしれませんが、レイビックのあたりで戦闘が起きるよりはいいかと」

 副院長は頭を抱えた。

 ベルブルグの二大ビッグ組織をかみ合わせて安全を図りたいのだろう。

 特に教会は全国組織で、強大な権力を持つ。王権にすら、対応し得る権力だった。

「なんで、そんな若者に力を入れるのだ」

「彼は、総主教様の紹介でわたくしのところへ参ったからでございます」

「ええ?」

 副院長は顔をあげた。

「王立修道院付属学校の卒業生でございます。なにか、わたくしにできることがあれば、助けてやってくれとお手紙をいただきました」

 そういうと、ロドリックは、手紙を取り出した。

『同じ道を歩む者同士。あなたが少しでも、彼を導くことができるなら、その苦しみを減らし、喜びを増やすよう努めることを希望します』

 副院長は、年配であり、これだけの額の金の怖さはわかっていた。
 教会にさばけない量では(少なくとも今のところでは)ないこともわかっていた。

 だが、万一、例えば、強欲な近くの領主が採掘権をめぐって争いになった場合、教会も、その領主と対立する覚悟を決めなければならなかった。
 金山と関係ができることは歓迎だった。だがリスクも大きい。しかし、総主教様もご存じの話なら……

 手紙をたたんで返しながら、副院長は答えた。

「レイビックの町は教会の直轄領だ。あのあたりの平和を守るのは、教会の役目であろう」

 ロドリックはまじめくさって、座っていた。

 教会にしたところで、決して損な話ではないことは分かっていた。

 何しろ、今、鉱山には3人しか人間がいないのだ。

 どんな勢力にせよ、大勢で押し寄せられたら、占領されてしまう。たとえ、ロドリックとフリースラントが徹底抗戦したとしてもだ。
 いずれ、鉱夫や人夫が必要になるだろうし、レイビックから大勢人を雇って、レイビックを丸ごと味方に付けなくてはならない。しかし、それまで、何とか持ちこたえるために、教会を味方につけておきたいのだ。

 黄金の鎖で。

 そして、当面の間、教会の影に隠れて、体制を作っていくことが大事だった。それには金がかかるので、教会からハブファンに売りさばいてもらう。ハブファンも、大量の黄金に、多少不審を抱くかもしれないが、教会は全国ネットを持つので、出どころを突き止められないだろう。そして、ハブファンなら金銀細工師など多くの金の販路先を持っている。特にロンゴバルトなどは、金の評価が高く、金製の装飾品が高値で売れると聞いている。だが、奴隷を扱うような、宗教が異なる国との交易は難しかった。

「それで、では、手数料の話になるが……」

「もちろんです」

 ロドリックはニヤリとした。
 神の教えを信じないわけではなかったが、金で結ばれた契約には確固たる信頼がおける。

 金は、要は使い方だと、神の教えにはちゃんと書いてあるのである。

 帰りのフローリン金貨は、純金ではなく不純物が混ざっているので、行きよりずっと重かったが、ロドリックの心は軽かった。

「とりあえず、これで、商談は成立した」

 金の粒30個と銀の粒30個は、副院長に言わせると「多すぎ」だったが、実のところ、そんな数は大幅に上回る産出量だった。

「早いとこ、売り先を見つけておかないと、とんでもないことになりそうだから」

 何しろ、結構な勢いで金は採れていたからだ。思ったより、豊富な鉱脈だった。
 そのうえ、フリースラントとロドリックの、掘りっぷりと、荷物の運びっぷりを見たトマシンが、思わず、「まるで人間業じゃないですね」と痛い感想を述べていたが、その通りだった。

 仕方ないので、ふたりは例の頭骸骨が散乱する秘密の洞窟に金と銀を格納していた。

「雨、吹き込まないし、誰も知らないからちょうどいいですね!」

 フリースラントよ、君には、こう、恐怖心とか畏怖を感じる心とか、そう言ったものは無いのか?

「え? だって、死人は動きませんから。何も悪さしないから絶対安心ですよ! それより、とっとと金を儲けてルシアと母を安心させたい」

 トマシンには秘密の貯蔵庫の話はしなかった。別に仲間外れにしたいわけではなかったが、頭に角が生えた異常な化け物の死体や骸骨を見た時のトマシンの反応が心配だった。理解してもらえると思う方が間違いだろう。

「それにトマシンは、あの崖は登れません」

 三人は、例の壊れかけた教会の地下では狭すぎるので、坑道の入り口近くに、小さい小屋を作って住み着いていた。それとは別に作業場も必要だった。
 フリースラントとロドリックが、例のバカ力を発揮して、どんどん建てていく様子を、トマシンは呆然として見学していた。

「運搬用のウマの立場がありませんね……」

「ああ、馬小屋も建てないといけないな……」

 早いうちにどんどん準備を進めて、レイビックで人夫を調達しないといけなかった。

「僕は家に送金したいんです。何か方法はありますか? 途中が心配で……」

「僕はルシアが心配なんだ」

 トマシンは大声でいい、フリースラントは小声でつぶやいた。

 トマシンの心配は当然だが、ルシアの心配はいらないだろう。っていうか、フリースラント、その執着心には、別な名前があるんじゃないかと、おじさんは心配なんだけど……。ルシアが十分幸せだと知った時、君の心はどうなるんだい?


「結構な大金ですから、狙われたりしないでしょうか」

「トマシン、弟二人が学校に通うために、お金を送りたいんだよね?」

 ロドリックは聞いた。

「はい、そうなんです、ロドリックさん。でも、これほどの金額を送る方法がなくて」

「ベルブルグの修道院から、王立修道院付属の学校に二人分の学費と食費を送ってもらったらどうだろう。手紙で済むし、弟たちから君に返事が届けば、お金がちゃんと着いたことがわかるだろう」

「え? そんな方法があるんですか?」

 ロドリックは頷いた。

「その方が簡単だろう。それに、休みの時には、教会を経由してお金を弟たちに渡すこともできる。そうすれば、弟たちが、君のお母さんにお金を持って行ってくれるだろう」

「そんなことができるんですか! ぜひ、お願いします!」

「今すぐ、手紙を家に書きなさい。今回のお金で、弟二人の学費には十分だ。入学の準備をするように伝えなさい。ただ、勤め先が見つかったからとだけ伝えればいいから。金鉱の話は絶対伏せるように。盗賊やギャングが、いっぱい来たら困るだろう?」

 戦闘能力に全く自信がないトマシンは頷いた。

 フリースラントは、手紙のほかに、ユキヒョウとクマ、それにイノシシ、シカを満載してレイビックに行った。

 競り市に彼が来ると、おおっといった声が上がった。
 ユキヒョウを持ってきたのだから当然だった。

「フリーだ!」

「久しぶりだな?」

「おお、今日の獲物は、ユキヒョウだ!」

「これはすごい!高く売れるぞ」



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