アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第43話 ベルブルグで用心棒をする

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 ロドリックは、ひったくるようにして手紙を手に取った。

 彼らは例の礼拝堂の地下にいた。

 そろそろ、初雪がちらつく季節だった。

「俺にわかるはずがないだろう」

 ロドリックは、読み終えて、しばらくしてから答えた。

 城に誰もいない? 父はどうなったんだろう。母はどこへ行ったんだろう。おおぜいいた召使たち、御者や下働き、グルダやゾフ、みんな、あの城から出たのだろうか。



「フリースラント、いや、フリー。これから、フリーって呼ぼう」

 ロドリックはしばらく黙ってから続けた。

「しばらく、レイビックを出ようじゃないか。そして、ベルブルグに行こう。お前も一緒についてこい」

「ベルブルグ?」

「そうだ。ベルブルグだ。あの街は、国中で一番大きい商業の町だ。いいか? 商業の町ってことは、何でも知ってるってことなんだ。だから、この手紙がどんな意味を持つか、あそこに行けばわかるさ」

 フリースラントは宿の親父に、郵便物が来たらとっておいてくれと頼んだ。

「雪の間、猟ができないから、別の場所に行って稼いでくるよ」

「そうですか。それは残念です」

 親父はフリースラントが、あまり宿に滞在してくれないので、残念がっていた。

「クマ退治では、今年はゾフさんを抜いて一位の座を勝ち取られましたし、大活躍でしたけど、山にばかり行っておられて、うちの宿をご利用にならなかったのが残念で……」

「宿代は払っていたし、いい鹿肉が獲れた時は分けてやったじゃないか」

「そりゃあもう。不満を言うわけじゃございません。競り市の方も、フリー様が、持ち込まれたイノシシやシカ肉は、上等で大人気でした」

 亭主は、彼にレイビックに残っていて欲しかったのだ。

「猟はできなくても、冬の間は、ドイチェ氏が主宰される感謝パーティもございます。ハンターの皆様方は、派手に飲んだり、騒いだりされます。その場に、フリー様がおられれば、さぞ盛り上がるでしょうに……」

「まあ、考えておくよ」

 フリースラントはフローリン貨を数枚渡した。

「部屋を取っておく必要はないけれど、もし、郵便が来たら、きちんと保管しておいてくれ。これは手間賃だ。何かあれば戻ってくるし、もしかして必要なら、新しい滞在先を教えるので、郵便を転送してくれ」

「え、こんなにいただいていいんですか?」

「もちろんだよ。部屋はとっておかなくてもいいが、荷物を預かってもらっているしね。もし、郵便を転送してもらわなくちゃいけなくなったら、料金がかかるだろう。この町で変わったことがあったら、教えてくれ。すぐ戻るから」

 少し離れたところでは、目立たないようにマントで身をくるんだロドリックがその様子を見ていた。

「さあ、行こう。オレも宿の亭主に連絡の件は頼んだ。実家にも連絡を入れたしな」

「実家ってどこなんですか?」

「むしろ、カプトルに近い。ケチで根性悪で金もうけばかり考えている兄がいる」

 フリースラントは笑ってしまった。

「ほかにご家族は?」

「いない。母はもう亡くなった。忠実な使用人が残っているので、そいつらに連絡は頼んでいるんだ。まあ、親父が死んだ時くらいかな?  連絡が来るとしたら。多分、死なないと思うよ。ほら、憎まれ者、世にはばかるって言うだろ?」

 彼らは、もう寒くなってきた街道を急いだ。

 フリースラントは、最近ではだいぶ大人の顔になってきたが、それでもまだ細くて、とても若いことはすぐ見て取れたが、ロドリックは恐ろしく大柄で、いかにも強そうだった。おかげで、彼らは、何のトラブルもなくベルブルグに着いた。

「ちょっとエッチなお姉さん……ここだ」

 看板を見て、フリースラントは固まった。

 数か国語で、「すべての嗜好にお応えします……どの娘もあなたの自由自在」と書いてあった。

 フリースラントは、夜のベルブルグしか知らない。
 従って、看板も店名もまともに見たことがなかった。
 この文言には首をひねった。

 ほとんど服を着ていない豊満な美女が、看板の中から、こちらに目線を向け意味ありげにむっちりと微笑んでいた。

 朝が早かったので、女たちは、まだ誰も来ていなかった。暗い奥の方に、疲れた様子の中年の女と男が座っていた。

 男の方がロドリックに気付いて、声をかけた。

「おお、ロッド! 今年も来てくれたのか!」

 立ってみると、肉付きの良い筋肉隆々とした男で、顔にキズがあり耳が潰れているのがわかった。

「ああ、ドルマ。久しぶり。今年も春まで世話になりに来たよ」

「大歓迎だよ。難物専門だからな。助かるよ」

「今年は仲間を連れてきた。こいつもどっかで使ってやってほしいんだがな」

 ドルマと呼ばれた男は、フリースラントを見つめた。次に顔をしかめた。

「ガキじゃないか」

「もう十八だよ。それに気の利くやつなんだ。それと、バカ力なんだ」

「力ばっかりあっても仕方ねえよ。いなしてくれないと。こんな細くて大丈夫なのかい?」

 ロドリックは、ドルマの手をつかむと無理矢理フリースラントと握手させた。

「フリー、ドルマの骨を折っちゃだめだよ?」

 フリースラントは、軽く握った。ドルマの顔が灰色になった。

「あ、ああ。力はあるな。でも、子供は舐められると困るしなー」

「一回、見学させてください。トラブル防止ですよね?」

「あと、店の女の子に手を出されると困るんだが……」

 ドルマはフリースラントのきれいな顔を見ながら言った。

「レイビックに婚約者がいるんだ。大丈夫だよ」

 ロドリックが口を挟んだ。

「誰だい?  レイビックにゃ知り合いが大勢いるぞ?」

「ジュリアさ。競り市の番台の女さ」

 ドルマが笑い出した。

「ああ、知っているよ。そうか、あの女か。そりゃ、離してもらえないわ。気に入られたんだな。わかるよ」

 ドルマはフリースラントの肩をたたいた。

「ま、お前は一生尻の下だ。それも悪くないぞ。金は稼いだ方がいいな。その方が機嫌がよくなるからな」

 じゃあ、今晩は、見習いでロドリックと一緒に働いて、どうにかなりそうだったら、翌晩からは隣の猫さろんで働いてもらおうかとドルマは言い置いて帰った。

「眠い。今から寝なくちゃ……じゃあな」


 ちょっとエッチなお姉さんを出ると、ロドリックはフリースラントを自分の宿に連れてきた。冬の間の定宿だそうだ。

「お前の部屋はあっちな。俺はこっちだ。ここなら、変な連れ込みとかは来ないから安眠できる。宿のおかみは無愛想で変わり者だが、正直だ。なんかあったらおかみに聞け」

「ロドリックさん、今日はいくつ嘘を言ったんですか……」

 ロドリックは、ニヤリとした。

「いいじゃないか。用心棒なんて、退屈な仕事だよ。お前も最初は苦労するかもしれないけど、次からは、お前の顔を見たら誰も寄って来なくなるよ。そうなったら、楽なもんさ」

「どうしてジュリアが、いつの間にか、婚約者なんですか」

 彼はメリー伯の令嬢を思い出した。あれくらいならともかく、ジュリアでは品がなさすぎる。

「だって、お前の顔を見たら、変な女どもがあの手この手で寄ってくるに決まっているじゃないか。ジュリアくらい強烈なら安心だよ」

「ここの人たち、ジュリアのこと、知らないじゃないですか?」

「ドルマが知っているよ。あいつがしゃべってくれるさ」

 荷物をさっさと片付けながら、ロドリックは返事した。そして、何か変な服を投げてよこした。

「これを着て、出勤するんだ。女の子を刺激しちゃいけないけど、つまらん客をビビらせるのにいいんだ」



 その晩、フリースラントは、仏頂面をして、店の奥に座っていた。

 ベルブルグは、レイビックに比べるとかなり南の地方で、それに、店内は暖かかった。
 だから、問題はなかったのだが、店の女の子は商売上とにかくとして、用心棒の自分まで半裸とはどういうことだと彼は思った。

 ドルマはあっさりと言った。

「おお、思ったよりいい体してるじゃないか。着やせするタイプだったんだな。いい筋肉だ。変な客には効果的だな」

 そう言って、ロドリックの方を指した。

「まあ、あれほどじゃないがね」

 ロドリックは、恐ろしかった。
 半分裸の制服は、彼のものすごい筋肉を隠すわけにいかないので、まざまざと伝えていた。

 立ってるだけで威圧感がありまくりだった。

 店に入り、目が合おうものなら、たいていの男客は帰ってしまうだろう。

「座って、陰に隠れてろ、ロドリック」

 ロドリックは姿を消した。

「あいつの場合は、客が帰っちゃうんだよ。恐ろしすぎて。でも、思いっきり泥酔してる奴なんかだと、つまみ上げて折りたたんで、どっかに置いといてくれるんで助かるんだ。普通だと3人がかりになっちゃうんだけど、あいつの場合は一人でどうにかしてくれるから」

「そうですか」

「まあ、誰もそんなのが来ないといいがね……」

 ドルマは自信なさげだった。


 フリースラントは、名家の御曹司で、どちらかと言えば優等生タイプだった。
 冷たい感じの美貌の持ち主で、武芸に秀で、貴族しか入れない王立修道院付属の学校を首席で卒業している。

 別に全然かまわなかったが、どうして自分はここにいるんだろうと、素朴な疑問が胸に浮かんだ。

 彼は棒を持って、ぼーと、奥の方に突っ立っていた。

 店の中へ、きゃあきゃあ言う女の子たちに腕を取られた男たちが入ってくるたびに、ちらりとその顔をながめた。
 大抵女の子に夢中なので、フリースラントには気が付かない。

 顔さえ見れば、フリースラントは満足だった。
 大体、見当がつく。

 その晩、暴れ出した連中は二人ほどで、ひとりは奥からぬっと現れたロドリックを見た途端、黙り込んだ。

 もう一人は、抵抗したが、あっさり持ち上げられて専用の部屋に入れられた。

「酔っぱらって暴れる客を連れてくのが手間なんだけど、本当に怪力だからね。子供の手をひねるようなもんだよ」

 ドルマが解説した。

「猫さろんにも、同じような部屋があるから、安心してね」

 翌日からは、彼は一人で猫さろんの担当になった。

 多少変な客でも、つまみ上げて、脅せば、たいてい言うことを聞いてくれた。

「簡単でいいね」

 ドルマは褒めてくれた。

「問答無用なところが合理的だ。酔っ払いと口論しても無駄だからね」

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