アネンサードの人々

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フリースラント

第35話 妹の結婚式とよろしくない思い出

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 フリースラントは、ロドリックにそれが見栄って言うんだよとからかわれたが、猟の成果として、一応、クマを十頭ほどレイビックの町に持って帰ることにした。

「帰りがけに勝手に獲っていけ。俺が手伝う必要なんか、おまえにゃない」

「わかってますよ」

 レイビックの期待をなんとなく感じて、彼は戻った。

「なーんだ。ユキヒョウじゃないの?」

 ジュリアにはそう言われたが、フリースラントは答えた。

「そんなに獲ったら絶滅しちゃうよ、ユキヒョウ」

 彼は、勇者の看板を建てたがる、例の宿の亭主に告げた。

「妹の結婚式にでるから、ちょっと実家に帰る」

 嘘ではなかったが、想像されているのと、なんだか違う気はした。

「ほう、それはおめでたいですね」

「すぐに戻ってくる」

 亭主はもちろんと言った顔をした。

「お待ち申し上げています」

 それから、お愛想でつづけた。

「義弟ができられるわけですなあ」

 言われてみれば、続き柄からは確かに義弟にあたる。フリースラントは、王の顔を思い浮かべた。弟という感じはない。王は彼の父と同年配である。

「うーん……そうだなあ…」

 亭主は愛想笑いを口元に浮かべた。

「今はピンと来なくても、フリー様なら、きっとよい兄上になられますとも」

 どう考えても、あり得そうになかった。

「妹様のお婿様も、ユキヒョウハンターの兄上様を、さぞ、自慢されるでしょう」

 王宮の敷物について、王がどんな感想を持っているか知らなかったが、どんどん話がずれていくので適当に切り上げて出かけることにした。

「そうですか。披露宴ですなあ。楽しい一晩をお過ごしください」

 フリースラントは答えないで、出て行った。

 結婚式と披露宴は別の日で、さらに披露の会は3日間ほど続くはずだった。家に帰ったら、礼儀作法の注意点を確認しないといけない。


 例の盗賊団のいた村を通り過ぎ、とてもおとなしく昼間のみ旅を続け(この前だって、そんなに焦る必要なんかなかったのだ)田舎道を、ウマをてくてく歩かせた。

 ルシアの結婚!

 実は誰にも内緒だが、昔、学校の休暇に自分の城に戻った時、彼はルシアにせがまれてよく狩りに出かけていた。
 ルシアは、活発で、しょっちゅうフレースラントにイノシシを獲れとか、鹿を捕まえろとか、勝手な命令ばかりして、挙げ句の果てには疲れて寝てしまう。

 連れて帰るのは、フリースラントの役目だった。

 背負って連れて帰るわけだが、あいにく、ルシアはかわいい。
 めちゃくちゃにかわいい。

 いつかの学校のダンスパーティの時だって、男子学生全員のほか、女子参加者全員、お付きの貴婦人方と侍女たち全員、教師全員、そのほかザコ全員が目を奪われ、ため息をついていた。
 思い出しても、なにか誇らしく嬉しい。

 背中にルシアのあったかい体を背負って帰るのは、全然苦にならなかった。

 森の中だから、誰もいない。休憩の時、眠ってしまっている妹を、膝の上に下ろした時、フリースラントは、顔を覗き込まないではいられなかった。
 本当に綺麗な顔立ちだ。
 すっかり安心して寝いってしまっている。
 彼女は小さいので、座った彼の足の上にすっぽり収まり、無防備な頭が彼の腕の上に乗っかっていた。

 家族の誰にも、いや、全人類に内緒だが、こっそりキスしちゃったことがある。

 だって、チャンスだからだ。
 可愛くて、他にどうしようもあるか。

 危険である。

 しかも、せっかくの機会なもので、エスカレートしそうな気がした。

 なんか、あまりよろしくないことをやっている自覚はあったが、こうまでかわいかったら仕方ないだろう!

 だが、ある日、今まさに唇に触れようとした瞬間、妹が目を開けた。

「ル、ルシア……!」

 フリースラントはちょっと震える声で言った……

「起きろ! たまには自分で歩いたらどうなんだ。最近、重いぞ。太ったんじゃないか?」

 ルシアは、見る間にプーとふくれた。

「そんなことない!」

 ことなきを得ました。



 あれは、本当に気がつかなかったんだろうか。

 その時はなんとなく過ごしたが、今、考えると、心がうずいた。

 フリースラントは着ているみすぼらしい服にふさわしい宿を選んで一泊し、それから、さらに2日かかって自分の城に着いた。

 ヴォルダ公爵家の令息が身に着けるような服ではないことはわかっていたが、着飾る気になれなかったのだ。彼はもう、ルシアに関係がない。そう思うと、自分に値打ちがないような気分になった。
 昔にルシアの婚家先が決まった時は、何も考えなかった。だが、今後、自分の城へ帰っても、ルシアはいないのだ。
 なんとも味気ない気がした。


「誰だ!」

 城へ着くと、もちろん誰何された。

 彼の服は、こんな立派な城に出入りできるような代物ではなかったからだ。
 あいにく、門番が彼の顔を知らなかったので、彼は入れてもらえなかった。用があるなら、使用人の門へ回れと言われた。フリースラントは無視して城に入ろうとした。

「この身の程知らずめが! ヴォルダ公爵様のお屋敷に入ろうだなんて 」

 居丈高な新入りの門番は、棒でフリースラントの頭を軽く叩いた。

 フリースラントは機嫌が悪かった。棒を取り上げると、門番を殴り返した。
 さすがに自分の家の門番を殴り殺すのはまずいので、大幅に手を抜いたのだが、門番は3メートルほど吹っ飛んだ。

 門番の悲鳴を聞いて、あちこちからばらばらと、大勢の使用人たちが駆け付けてきた。

 大勢がてんでに獲物をもって、若者一人に襲い掛かろうとした時、「フリースラント!」と言う黄色い叫び声がした。

 そして、小さな金色の塊が彼に向かって突進してきた。

「おにいさま!」

 ルシアだった。

「ルシア!」

 顔を真っ赤に紅潮させて、彼女はフリースラントのところに飛び込んできた。フリースラントは、ルシアを抱き上げた。なんとかわいらしい小さな妹だ。

「帰って来たわ! お兄様! 会いたかったわ!」

 後ろからは、大勢の侍女たちが慌てふためいて、未来の王妃様の後を追いかけてきた。

「ルシア様、何をなさっているのです! 誰ですか、その者は!」

「ルシア様を放しなさい! 若いの!」

「フリースラントよ! お兄様よ!」

 ルシアだけは、彼がどんななりをしていようと、すぐにわかるのだ。
 フリースラントはなんだか胸がいっぱいになった。

 ルシアはちっとも変っていなかった。

「それにしても、どうしてそんな格好なの? おにいさま? ちっとも合わないわ」

 そう言うルシアは、高そうな絹のドレスをいかにも邪魔そうに着ていた。

「もっとましな服にしなきゃだめよ」

 ルシアは、不満そうに指摘した。

「すぐ着替えるよ、ルシア」

 フリースラントは笑顔を見せた。一方、反対側では、哀れな門番が仲間に肩を貸してもらって、城の中に連れていかれるところだった。

「ルシア様」

 口うるさそうな年配の侍女がたまりかねたように口を挟んだ。

「ルシア様ほど、お美しい方は拝見したことがございません」

 彼女はうるさそうにその女の方を見た。

「あなた様のようなお方が、これほどご自分のご容姿に無頓着とは、悲しい事でございます。今すぐ、お部屋にお戻りいただいて……」

 ルシアはさっとフリーラントの方に向き直った。頭を振ると、金色の波がうねり、日光にきらめいた。

「服ばっかり作ってるのよ、フリースラント。すっかり飽きちゃったわ。ねえ、ウマで遠出に行きましょうよ」

「いけません! 採寸室にお戻りになってください。時間がありません」

「まずは、母上にお目にかからなければならない」

 フリースラントは笑ってしまった。ルシアの後ろには、目をギラギラさせた侍女たちが彼女の後を付け回していた。

 誰かが伝えたのだろう。懐かしい母は、すぐにやってきて、まずルシアを侍女の下に返した。

「先に採寸を済ませなさい。ドレスが間に合わなかったらどうするの」

「でも、お兄様が帰っていらしたのですもの」

「フリースラントも採寸しなくちゃいけません。それより、フリースラント、人騒がせな格好はおやめなさい」

 テンセスト女伯を見ると、口やかましそうな侍女や、力自慢の下男たちも、すぐにかしこまり、その場の全員が黙って従った。彼女はあっという間に事態の収拾を付け、フリースラントは着替えたらすぐ、母の居間へ来るように命じられた。

 侍女たちは得々として、ルシアを連行していった。


「あなたが悪いのですよ、フリースラント」

 彼は、母に叱られた。

「あんな格好で正門へ入ってきたら、誰だって怪しみますよ。それにグルダを、ベルブルグに置いてきぼりにするだなんて、どういうことなの? グルダは、それはそれは心配していました」

 たぶん、グルダは自分自身の処遇について心配してたんじゃないだろうかとフリースラントは怪しんだが、母には謝った。

「それはいいわ。それよりもルシアの結婚です」

 母は、ため息をついた。

「母上、どうして、結婚が早まったのですか? ルシアがもっと大きくなるまで、待つことになっていませんでしたか?」

 母は、部屋を見回した。誰もいなかったし、人の気配もなかった。

「誰もいませんよ、母上」

 フリースラントは気配を読む訓練を続けていたので、今や人の気配やにおいをかぎ取ることには自信があった。

「国王陛下が御病気なのです」

 母は声をひそめた。

 フリースラントは驚いた。

「陛下が?」

「ですから、結婚をとても急いでいるのです」

 フリースラントには訳が分からなかった。

「なぜ、急がなければならないのですか? 結婚しなくてもいいでしょうに」

「いいえ。結婚したいのです。どうあっても。そしてルシアを王妃の座に付けたいのです」

 フロースラントは、いよいよ訳が分からなくなった。

「父上が、そうお望みなのでしょうか?」

「まさか。こんな無理な結婚を押し通したら、ほかの貴族たちが黙っていません。もっと適当な年齢の娘がいくらでもいるのですから」

「では、誰が……?」

「国王陛下自身が強くお望みなのです」

 フリースラントは、首をかしげて、母に言った。

「以前に、ゾフが、この結婚はアデリア様のご発案かも知れないと言っていましたが……」

 母は強く否定した。

「アデリア様は、ご自分の娘が王妃になるのは歓迎かも知れませんが、特に望んではおられないでしょう。この結婚は国王陛下の強いご希望です。王妃になれば、ルシアは王女と同様の所領が与えられますし、王女よりも身分が高くなります。王はご自分が生きているうちに、ぜひともルシアをできるだけ高い地位に就けたいのです」

「どうして、そこまで?」

 フリースラントは本当におかしな話だと思った。

「誰も知らない秘密なのです。決して口外してはなりません」

 母が言った。

「ルシアは国王陛下のお子なのです」


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