アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第31話 ベテランハンター ゾフの話

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 競り市会場は、もう夜だと言うのに大勢が押しかけ、大変な騒ぎになった。

「こんなことになるだなんて……」

「フリー、君は彼らの出発を知っていたのかい?」

「いいえ、知りませんでした。全くの偶然です。彼らもユキヒョウを狙いに行っていたのですね……」

 キリフ以外の二人には家族がいて、死体にどうしても対面したいと言うので、医者と看護師を付き添わせた。

 案の定、悲鳴が聞こえてきて、余計暗い気持ちにさせられた。


「ユキヒョウ2頭は、破格の喜びだが……」

「そうだ……素晴らしいことだ……だが」

「でも、死体を持ち帰ることができたので、そこはせめてよかったと考えていただけたら……」


 フリーの名は、広く知れ渡った。
 これまでも、少なくともレイビックの町では有名だった。だが、周辺の町でも知られ始めたのだ。

 フリースラントは、はなはだ嬉しくなかったが、そこはあきらめるしかなかった。

 3日間、彼は遺族に呼ばれたり、ユキヒョウの祝賀会に出席したり、きわめて多忙だった。


 ハンター仲間では、この事件は、当然、大問題だった。

「まさか、こんなことになるだなんて……」

 フリースラントは、ハンターの代表のゾフと対面した。


 ゾフは、四十歳くらいの年配の男で、長い間レイビックに住んでいた。

 正直そうな目と白髪交じりの赤毛のがっちりした男で、クマ狩りには定評があった。

「ユキヒョウは正直なところ、狩るのが非常に難しい」

 彼はそう言った。

 フリースラントは頷いた。

「一人で獲ったのか? いや、疑っているわけではないんだが。」

 ゾフはあわてて訂正した。

「君がすごい猟師だってことはわかってる。だが、いっぺんに2頭と言うのは破格だ」

 フリースラントは、ゾフの顔を見た。

 ゾフは食事のマナーは最低だったが、それはこの世の中で、最もどうでもいいことだった。

「正直に言いましょう。ロドリックと言う男と二人で獲りました。弓で」

 ゾフは飛び上がらんばかりに驚いた。

「ロドリック! 君は彼と知り合いだったのか!」

「いいえ。初めて会いました」

 ゾフはフリースラントの顔を見つめた。何かとても聞きたそうだった。

「ロドリックさんをご存知なのですか?」

「いや、そう、知っている。彼も君と一緒だった。最速でA級ライセンスをとった男だ。何年前だったか忘れたが……」

「A級ライセンスは持っていると言っていました」

「そう。だが、彼にはうわさがあって……」

 ゾフは言いにくそうだった。

「なんですか? うわさって?」

「ええと、君は彼と話をしたんだよね? どんな感じだった?」

「ふつうでしたよ? とてもいい人に思えました」

「私も話したことがある。よい方だ。だが、彼にはうわさが付きまとっていて……」

「どんな……?」

「誰も確認していないので、本当かどうかわからないが、彼は元修道僧だったと言う……」

「はあ、そうかもしれませんね。でも、それは別に悪いことではないでしょう?」

「もちろん。だが、破戒僧だと言われている。教会を追われた男だと」

「そんなことはないと思います」

 フリースラントは、総主教様との会話を思い出しながら、きっぱりと言った。

「ああ、むろん。ただ、うわさの中では罪を犯したために、教会を追われたことになっているんだ」

「一体、何の罪ですか? ばかばかしい」

 フリースラントは言った。あの総主教様が期待した人物なのだ。そんなことがあるわけがない。

「私は、何年か前、彼がここへ始めてやって来たとき、知り合いになった。狩りを教えたんだ。もっとも、あの男に教えることなんかほとんどなかった。恐ろしい勘だった。クマやシカの居場所を瞬時に見抜くのだ。弓矢や剣の使い方は、私の方が教えてもらった。私には剣の才能があるとほめてくださったよ」

 フリースラントは、良く分かった。彼と一緒で、ロドリックもおそらく何も教わらなくても、狩りができただろう。

「剣はロドリックさんに教えてもらったのですか」

「そう。とても仲良くなった。君たちは似た感じがするね」

「はい。共通の知り合いがいました。ぼくはその人からロドリックさんのことを聞いて知っていました」

「へええ? ロドリックは、自分のことをほとんどしゃべらないから、それは驚きだね。君は彼のことを好きかい?」

 フリースラントは、この質問には驚いた。

「おかしなことを聞きますね? 僕は付き合いは短いですが、とてもいい人だと思いました。大好きですよ。好きと言うより、尊敬していると言った方が当たっていると思いますが……」

「私も同じだ。私はここへ戻ってきてほしいんだよ、彼に」

 ゾフは熱心に言い出した。

「ロドリックは山ごもりしている。町に帰ってこないんだ。うわさが原因なのかどうかはわからないが、もしそうなら、そんなうわさは、私たちで否定すればいい」

 フリースラントは、ロドリックが町に住まないとしても、それは、うわさのせいではなくて、町に住む気がないからだろうと思ったので、ゾフにそう言ってみた。ロドリックは、誰も知らないアネンサードの歴史を追っているのだ。

「でも、やはり、人として、そんな隠者みたいな生活はどうかと思うんだ。それに、私は彼のそんな不名誉なうわさは払拭したいんだ」

「そのうわさ、嘘でしょう。彼が言ったんですよ? ハンターたちを助けようって。それに、遺体を町まで運ぶのも手伝ってくれました。ユキヒョウだって、人の味を覚えたユキヒョウは恐ろしい存在になるから、殺さないといけないと言って、危険なのに殺すのを手伝ってくれました」

「そうなんだよ。彼は正しい人で、いつだって正しい判断で物事を進めていく。罪を犯しているはずがない。よしんば本当に殺してしまったのだとしても、何かやむを得ない事情があったのに違いないんだ。それなのに、彼自身がそのうわさを否定しないんだ」

「人を殺したと言われているのですか?」

 ゾフは、はっとした。

「あ、いや、そんなうわさはない」

「どういうことですか?」

 問い詰められて、ついにゾフは泥を吐いた。

「本人が殺してしまったと言うんだよ。みんなは知らない。だけど、何か偶然の出来事か、よほど差し迫った事情があったに違いないよ。だから、うわさにひるむことはないと思うんだ。帰ってきてほしいんだよ」

 フリースラントは、ロドリックはうわさなんか、全然、気にしていないんじゃないかと思った。それに、町にいる必要はないだろう。山に行かないとアネンサードの歴史は調べられない。フリースラント自身、町に用はないと考え始めていたくらいなのだから。

「違うよ。彼は、うわさじゃなくて殺したことを気にしている。多分、本当に殺したのだろう。それが心の傷になって、痛くてたまらないのだ。その話題が出る場所に居たくないのだ。でも、もう、ずいぶん経った。破戒僧でないと、知り合いの君が言うなら、町の人も信じてくれるだろう。人殺しの件は、私しか知らないし、人を殺した人間は、結構たくさんいるよ。問題は殺したかどうかじゃなくて、なぜ殺したのかという点だからね」

「ほんとうにそうですよね」

 力を込めて、フリースラントは同意した。すっかり忘れていたが、レイビックへ来る道中で、どこかの盗賊団とやらを、丸ごと壊滅させたはずだった。人数はわからないが、かなり殺したような気がする。ロドリック式の改悛で行くと、彼は山の中から、一生出られなくなりそうだ。

「彼がその気になるかどうかでしょうね。あなたが、会いたがっていたと伝えましょう。うわさや人殺しの件について、僕が聞いたと知ったら、きっと喜ばないと思います」

 宿に帰ると、宿の亭主は大喜びで迎えてくれた。彼は内心、フリースラントが自分の宿に逗留してくれているのが自慢でたまらないのだが、どこかもっと高級な宿へ移ってしまったり、町の有力者の自邸に招待されて、出て行ってしまうのではないかと心配していた。

「そんなことはない」

 フリースラントは言った。

 宿の亭主は大喜びだった。勇者フリー様ご滞在の宿と言う看板を発注して掲げたいくらいだった。

「言っておくが、そんなことをしたら、すぐに別な宿に移るからな」

 宿のお使いをして働いている男の子が、亭主の入れ知恵で意向をうかがいにやって来たとき、フリースラントは即座にそう返答した。

「やっぱり……」

 亭主は肩を落としたが、しゃべって回る分には自由なので、あちこちで吹いて回っていた。

「困ったやつだ……」

 フリースラントが宿を動かないのは、ここに逗留を決めた時に、実家の母に連絡を入れたからだった。
 いくらなんでもベルブルグから先、行方不明では、両親が心配しているだろう。

 そして、多分、手紙はもうヴォルダ公爵家に着いていて、母か父が叱責の手紙を書いて、送り返しているところだろう。宿を変えて返事が遅くなったり、誰かに開封されるのはイヤだった。

 返事は、例の威圧感あふれる公爵家特注馬車で、公爵家の制服を着たお使い付きで送ってきたり、公爵家の紋章入りの金縁の封筒で送ったりしないよう、くれぐれも頼んでおいたが、事情によっては、何が返ってくるかわからない。

 頼まれた買い物をしたり、ユキヒョウに殺された3人の葬儀に出たりしているうちに、待ちに待った手紙が届いた。

 見慣れた母の筆跡で、フリーへと書かれていた。

 手紙には厚みがあり、普段必要なことしか書いて来ない母の手紙にしては量が多かった。

 フリースラントは、自分の部屋に駆け上がって、カギをかけてから読み始めた。

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