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フリースラント
第29話 ロドリック
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フリースラントは、男の顔を見つめた。
褐色の髪と、正直そうな茶色い目。いくつだろう。フリースラントよりずっと大人だったが、まだ若い感じがした。
「あ、あなたは誰?」
「君こそ誰なんだ?」
「ぼ、僕は、レイビックの古い教会を探しに来た」
「そうか。それじゃ、同じだな」
彼はにっこり笑った。
「名前を教えてもらっていいかい?」
「フリースラント」
「ロドリックさ。なぜ、こんな古い教会を探そうだなんて思ったの?」
「それは……」
説明しにくいことだ。
「なにかここに、もしかして、誰も知らない秘密があるんじゃないかと」
「一攫千金か?」
軽い調子で男は尋ね、彼のところに飛び降りた。
「違う。お金じゃなくて、そう、なにか秘密とか、伝説とか……」
言ってて、自分で恥ずかしかった。
やっぱりこんなことは町では聞けない。なにしろ、どう見てもフリースラントは現実的で実際的な少年だった。学校でもレイビックでもそうだった。
レイビックでは、有能なハンターとして知られていて、彼が妙な伝説や占いだとか、そんな非現実的なことに興味を持っているだなんて、誰一人考えもしないだろう。
男は彼の顔を見つめていたが、ふふふと笑った。
近付いてくると、ロドリックと名乗るその男は、彼よりも背が高く、彼の倍ほども幅があった。こんな大男は見たことがなかった。思わず感嘆した。
「大きいですね」
「君はいくつなの?」
「十五歳です」
「じゃあ、もっと大きくなるよ。多分俺と同じくらいになると思う」
フリースラントはそうかな?と言った顔をした。どうしてそんなことがわかるんだろう。彼は話を変えた。
「ずっとここに住んでいるのですか?」
「ここ数年はね。色々出て来るんだ」
「何がですか?」
フリースラントは勢い込んで尋ねた。
「私が調べているのは、この地に残された伝説なんだ。君は興味がないと思うけど」
「興味あります!」
「ここに、残された言い伝えや、古い記録だ。見てみる?」
「はい。お願いできますか? ロドリックさん」
「ロドリックでいいよ」
彼はまた祭壇の上に飛び乗り、フリースラントを手招きした。
ふつうの人間では、とても上がれない高さだったが、フリースラントは助走もつけずに、簡単に登った。
その様子を見て、ロドリックは笑った。
「そんな高さに軽々と登るだなんて、君は君のルーツが気になったに違いないな」
「ロドリックさんだって登ったじゃないですか。僕よりずっと簡単そうでしたよ」
しっといった様子をロドリックはした。そして少し鼻をひくつかせた。
匂いがしてきた。
教会の内側にいる彼らには全く見えなかったが、人間の匂いが近づいてくる。3~4人のグループだ。
やがて、彼らは去っていった。
「ハンターのグループだろうか」
匂いが遠ざかると、ロドリックが言った。
「珍しいな。こんなところへ来るだなんて」
「行ってしまいましたね」
「だが、心配だな。ここから先はクマやユキヒョウが出る」
「クマもユキヒョウも、今は匂いませんが」
フリースラントはうっかり口走った。彼以外、クマなどの動物の匂いを遠くから嗅ぎ取る力がある人間なんて誰もいないのだ。だが、ロドリックは、当たり前のように答えた。
「今はね。日が暮れると危ないよ」
彼らは目を見かわした。ロドリックの素早い動き、簡単に祭壇に登る様子、フリースラントには確信があった。
きっと、この人が彼だ。
フリースラントは思い切って言った。
「僕は、総主教様の庭に無断で入り込んだ時、総主教様に言われました。何年か前に、総主教様の庭に入ってきた修行僧がいたと」
ロドリックは答えた。
「違うよ。その頃はまだ生徒だった」
この人だ。そうなんだ。
「あの庭に入れる人間はいない」
探していた人物に会えた。その喜びは一瞬で吹き飛んだ。
「人間は……いない?」
「ああ。人間はいない」
絶望が噴き出してきた。
「それでは……僕は、僕は人間じゃないと……」
「いいや。人間だ。だけど……」
フリースラントは、すがりつくように次の言葉を待った。
「だけど、多分、純粋な人間じゃないんだろう」
「僕の両親は人間です。ほかの誰とも変わりはない……」
「俺だってそうだ。だけど、俺とお前は同じ特長を持っている。自分でおかしいと思ったんだろ?」
「そうです。そうです」
涙があふれてきた。こんなところで泣くだなんて。
「俺も学校に行ってから、おかしいと思い始めたんだ。だって……」
この人は自分と一緒だ。フリースラントが、言葉が噴き出すように早口でしゃべりだした。
「力が違う。ここへきて、嗅覚が違うことに気が付きました。みんな同じように匂いがわかるんだろうと思っていた。でも、クマの匂いも、イノシシの匂いもしないって、みんな言うんです」
「匂わないらしいな。まあ、いろいろと違っている」
「理由が知りたかったんです!」
「俺だって知りたかった。だから、ここまで来た」
フリースラントは、ロドリックと名乗る男を見つめた。
彼は、まるで当たり前のように、自分とフリースラントの異常をあっさり認めた。
フリースラントは、今までずっと悩んできた。
学校でも、レイビックの町で暮らすようになっても、どんどん人と違うことばかりが出てきた。だから、誰にも相談できなかった。
だが、この大男、ロドリックは、まるで、バカ力とか、動物並みの嗅覚だとか、驚くべき俊敏さや無尽蔵の体力などを、当たり前の能力のように、口に出してしゃべった。
さっき、人の匂いが近付いてきて、遠ざかって行った時、ふたりは当たり前のようにその匂いの話をしていたが、レイビックの一番の腕利きのハンターだって、そんな匂いは感じ取れないし、匂いの濃さで人数を把握することもできないのだ。
フリースラントは、古い教会を探しに来た。自分の秘密の理由を知りたかったからだ。
レイビックへの旅の理由は、誰にも、母にさえも言えなかった。説明しようと思ったら、彼の異常さを伝えなければならない。
父なら、大声で笑い飛ばして、人に優れた力なんて、すばらしいことじゃないかと言うに決まっていた。
フリースラントは……それだけでは済まないのじゃないかと思ったのだ。力が強いだけなら、いい。他に何かあるのか、そして、その理由はなんなのか?
だが、彼の知りたかったことを、ロドリックはもう知っているかもしれなかった。
「この古い教会で見つかったのは、これだけだ」
祭壇の下には部屋があった。祭壇の床は残っていたので、下の部屋は雨風から無事だった。
無事だったが、光がないので暗かった。突然、ローソクに火がともされた。
弱々しいその光に目が慣れた途端に、彼はビクッとした。
「絵だ」
壁には、古い、かなり変色した絵が飾られていた。
それはとても古めかしい衣装を着た一人の女性を描いた画だった。技法も向きも変わっていて、その女は真正面を向いてまじめな顔をしていた。
「誰かに似ているかい?」
ロドリックが尋ねた。
「いいえ?」
しばらく黙って、ロドリックはそうかと言って、ため息をついた。
「俺たちは、この女性の子孫らしいんだ」
「子孫?」
「直接の子孫と言う意味ではない。君の親戚にロドリックなんて男はいないだろう?」
「いません」
「俺の親戚にフリースラントもいない。それなのに、特長が似ている。ずっと昔、有史以前に全く異質な種族が、混ざったのだ。偶然に、ある一定以上その血が濃くなると、形質が表面化する」
「どういうことですか?」
ロドリックは絵を指した。
「この女性は、アネンサードだ」
「アネンサード?」
聞いたこともない言葉に当惑して、フリースラントは繰り返した。なんなんだ、それは?
「アネンサードという言葉は、秘密なんだ。口にしてはならない」
もし、ロドリックの様子が、身に着けている服もごく普通で、落ち着いていて、穏やかで正直そうな目をしていなかったら、話しぶりも、むしろ面白くもなければ好きでもない話をしているようでなかったなら、フリースラントは、ロドリックのことを頭がおかしいと思ったかも知れなかった。
だが、ロドリックは、淡々としていた。
フリースラントは黙った。彼の知らない世界だった。
「例えば、僕の父は知っているんでしょうか? 知っているけれど、口にしないのでしょうか?」
「君の父上は教会関係者かね?」
「ちがいます」
「じゃあ、知らないだろう。教会関係者なら、知っている名前だ」
「教会関係者って……例えば、僕が行っていた王立修道院付属学校では?」
「少なくとも高位の僧職者はみんな知っている。だけど、誰も口にしないだろう」
「どうしてですか?」
「アネンサードは、最後の戦いで人間に滅ぼされた異種の人種、悪魔の種族の名前だからだ」
最後の戦い? 教科書に載っていたあの話だろうか? そして、悪魔は種族だったのか? 実在したのか?
「アネンサードは実在する。伝説に出て来る架空の存在ではない」
褐色の髪と、正直そうな茶色い目。いくつだろう。フリースラントよりずっと大人だったが、まだ若い感じがした。
「あ、あなたは誰?」
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「そうか。それじゃ、同じだな」
彼はにっこり笑った。
「名前を教えてもらっていいかい?」
「フリースラント」
「ロドリックさ。なぜ、こんな古い教会を探そうだなんて思ったの?」
「それは……」
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「なにかここに、もしかして、誰も知らない秘密があるんじゃないかと」
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軽い調子で男は尋ね、彼のところに飛び降りた。
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近付いてくると、ロドリックと名乗るその男は、彼よりも背が高く、彼の倍ほども幅があった。こんな大男は見たことがなかった。思わず感嘆した。
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「君はいくつなの?」
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「興味あります!」
「ここに、残された言い伝えや、古い記録だ。見てみる?」
「はい。お願いできますか? ロドリックさん」
「ロドリックでいいよ」
彼はまた祭壇の上に飛び乗り、フリースラントを手招きした。
ふつうの人間では、とても上がれない高さだったが、フリースラントは助走もつけずに、簡単に登った。
その様子を見て、ロドリックは笑った。
「そんな高さに軽々と登るだなんて、君は君のルーツが気になったに違いないな」
「ロドリックさんだって登ったじゃないですか。僕よりずっと簡単そうでしたよ」
しっといった様子をロドリックはした。そして少し鼻をひくつかせた。
匂いがしてきた。
教会の内側にいる彼らには全く見えなかったが、人間の匂いが近づいてくる。3~4人のグループだ。
やがて、彼らは去っていった。
「ハンターのグループだろうか」
匂いが遠ざかると、ロドリックが言った。
「珍しいな。こんなところへ来るだなんて」
「行ってしまいましたね」
「だが、心配だな。ここから先はクマやユキヒョウが出る」
「クマもユキヒョウも、今は匂いませんが」
フリースラントはうっかり口走った。彼以外、クマなどの動物の匂いを遠くから嗅ぎ取る力がある人間なんて誰もいないのだ。だが、ロドリックは、当たり前のように答えた。
「今はね。日が暮れると危ないよ」
彼らは目を見かわした。ロドリックの素早い動き、簡単に祭壇に登る様子、フリースラントには確信があった。
きっと、この人が彼だ。
フリースラントは思い切って言った。
「僕は、総主教様の庭に無断で入り込んだ時、総主教様に言われました。何年か前に、総主教様の庭に入ってきた修行僧がいたと」
ロドリックは答えた。
「違うよ。その頃はまだ生徒だった」
この人だ。そうなんだ。
「あの庭に入れる人間はいない」
探していた人物に会えた。その喜びは一瞬で吹き飛んだ。
「人間は……いない?」
「ああ。人間はいない」
絶望が噴き出してきた。
「それでは……僕は、僕は人間じゃないと……」
「いいや。人間だ。だけど……」
フリースラントは、すがりつくように次の言葉を待った。
「だけど、多分、純粋な人間じゃないんだろう」
「僕の両親は人間です。ほかの誰とも変わりはない……」
「俺だってそうだ。だけど、俺とお前は同じ特長を持っている。自分でおかしいと思ったんだろ?」
「そうです。そうです」
涙があふれてきた。こんなところで泣くだなんて。
「俺も学校に行ってから、おかしいと思い始めたんだ。だって……」
この人は自分と一緒だ。フリースラントが、言葉が噴き出すように早口でしゃべりだした。
「力が違う。ここへきて、嗅覚が違うことに気が付きました。みんな同じように匂いがわかるんだろうと思っていた。でも、クマの匂いも、イノシシの匂いもしないって、みんな言うんです」
「匂わないらしいな。まあ、いろいろと違っている」
「理由が知りたかったんです!」
「俺だって知りたかった。だから、ここまで来た」
フリースラントは、ロドリックと名乗る男を見つめた。
彼は、まるで当たり前のように、自分とフリースラントの異常をあっさり認めた。
フリースラントは、今までずっと悩んできた。
学校でも、レイビックの町で暮らすようになっても、どんどん人と違うことばかりが出てきた。だから、誰にも相談できなかった。
だが、この大男、ロドリックは、まるで、バカ力とか、動物並みの嗅覚だとか、驚くべき俊敏さや無尽蔵の体力などを、当たり前の能力のように、口に出してしゃべった。
さっき、人の匂いが近付いてきて、遠ざかって行った時、ふたりは当たり前のようにその匂いの話をしていたが、レイビックの一番の腕利きのハンターだって、そんな匂いは感じ取れないし、匂いの濃さで人数を把握することもできないのだ。
フリースラントは、古い教会を探しに来た。自分の秘密の理由を知りたかったからだ。
レイビックへの旅の理由は、誰にも、母にさえも言えなかった。説明しようと思ったら、彼の異常さを伝えなければならない。
父なら、大声で笑い飛ばして、人に優れた力なんて、すばらしいことじゃないかと言うに決まっていた。
フリースラントは……それだけでは済まないのじゃないかと思ったのだ。力が強いだけなら、いい。他に何かあるのか、そして、その理由はなんなのか?
だが、彼の知りたかったことを、ロドリックはもう知っているかもしれなかった。
「この古い教会で見つかったのは、これだけだ」
祭壇の下には部屋があった。祭壇の床は残っていたので、下の部屋は雨風から無事だった。
無事だったが、光がないので暗かった。突然、ローソクに火がともされた。
弱々しいその光に目が慣れた途端に、彼はビクッとした。
「絵だ」
壁には、古い、かなり変色した絵が飾られていた。
それはとても古めかしい衣装を着た一人の女性を描いた画だった。技法も向きも変わっていて、その女は真正面を向いてまじめな顔をしていた。
「誰かに似ているかい?」
ロドリックが尋ねた。
「いいえ?」
しばらく黙って、ロドリックはそうかと言って、ため息をついた。
「俺たちは、この女性の子孫らしいんだ」
「子孫?」
「直接の子孫と言う意味ではない。君の親戚にロドリックなんて男はいないだろう?」
「いません」
「俺の親戚にフリースラントもいない。それなのに、特長が似ている。ずっと昔、有史以前に全く異質な種族が、混ざったのだ。偶然に、ある一定以上その血が濃くなると、形質が表面化する」
「どういうことですか?」
ロドリックは絵を指した。
「この女性は、アネンサードだ」
「アネンサード?」
聞いたこともない言葉に当惑して、フリースラントは繰り返した。なんなんだ、それは?
「アネンサードという言葉は、秘密なんだ。口にしてはならない」
もし、ロドリックの様子が、身に着けている服もごく普通で、落ち着いていて、穏やかで正直そうな目をしていなかったら、話しぶりも、むしろ面白くもなければ好きでもない話をしているようでなかったなら、フリースラントは、ロドリックのことを頭がおかしいと思ったかも知れなかった。
だが、ロドリックは、淡々としていた。
フリースラントは黙った。彼の知らない世界だった。
「例えば、僕の父は知っているんでしょうか? 知っているけれど、口にしないのでしょうか?」
「君の父上は教会関係者かね?」
「ちがいます」
「じゃあ、知らないだろう。教会関係者なら、知っている名前だ」
「教会関係者って……例えば、僕が行っていた王立修道院付属学校では?」
「少なくとも高位の僧職者はみんな知っている。だけど、誰も口にしないだろう」
「どうしてですか?」
「アネンサードは、最後の戦いで人間に滅ぼされた異種の人種、悪魔の種族の名前だからだ」
最後の戦い? 教科書に載っていたあの話だろうか? そして、悪魔は種族だったのか? 実在したのか?
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