アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第27話 目指せ!A級ハンター

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 フリースラントは、できれば、元の金山のあった場所を探してみたかった。
 だが、ふと気が付いた。万一、ユキヒョウに出会ってしまったら、どうなるのだろう。
 いや、身の危険の問題なんかではない。フリースラントが心配しているのは、狩ってしまった後の話である。

 ジュリアの説明によると、ライセンスがなくても、身の危険があれば、クマだろうがイノシシだろうがユキヒョウだろうが殺していいそうだ。ただ、売ることはできない。商売にできないらしかった。殺してしまっても、A級ライセンスがない限り、金にはならない。どうやら競り市の運営者のドイチェ氏の物になるらしかった。

「A級ライセンスの所持者って多いのかな?」

 フリースラントは聞いてみた。話が突然変わったので、亭主はちょっとびっくりしたが、少し考えてこう言った。

「ああ、フリー様はA級ライセンスがまだなのでしたね」

 そこで亭主はにっこりした。

「あんなにたくさんのイノシシやシカを、あっという間に狩猟される方は初めて見ましたよ。そして、C級ライセンス2日目でB級に進まれるなんて、今まで聞いたこともありません。皆さん、それなりに苦労されています。あのゾフ様だって、3年かかりました」

「3年?」

 亭主は頷いた。

「まあ、普通はE級スタートですからね。ウサギやキツネから始めて、級を進めていくのです。そして、クマがなかなか難関です。でも、クマを仕留めなければ、真のハンターとしては一人前ではありません。A級は、そのクマを十頭獲らないと、もらえません。十頭獲るのは、大変です。年数もかかりますから、三十歳以上の方に多いですね。ただ、持ってはいるものの、危険性の高いクマを専門に狩るハンターは、そうたくさんはいません。A級所持者は三十人くらいいるでしょうが、実際にクマを狩っている人は十人くらいでしょう。ゾフ様は第一人者です」

 これは面倒なことになってきた、とフリースラントは考えた。

 とっととA級を取りたかったが、そんなに年数がかかるのか。

 しかも、彼の目的はユキヒョウではない。でも、彼が行く場所はユキヒョウがうろうろしているらしい。出会ってしまったら、否応なく殺すしかないだろう。でなければ、こちらが食われてしまう。ドイチェ氏のことはよく知らないが、彼に八百フローリンを献上するのは面白くないだろう。

 仕方ない。目下の目標はクマ十頭の捕獲になった。回り道である。

 もちろん、お金を出してA級ライセンスを買えば済む話である。だが、基本的にフリースラントはケチだった。クマくらい簡単だ。お金を払う必要なんかない。
 それに、クマがどこにたくさん住んでいるのか、大きくて力のある雄グマなのか、凶暴な子連れの母クマなのか、フリースラントなら、かなり遠くからでも匂いで判別できる。ほかのハンターのようにグループを組んで周到に狙う必要もない。


 そんなわけで、彼は、まず、3頭のクマを見つけ、首尾よく獲物として捕らえて、そりに乗せた。クマは基本単独行動をする動物なので、かなりの範囲を歩かねばならなかったが、フリースラントの無尽蔵の体力は、3頭分の縄張りの周回をサックリこなした。

「なんでこんな真似をせにゃならんのだ」

 ヴォルダ公爵家の貴公子は、レイビックの街の人間が見かけようものなら、腰を抜かして驚きそうな大荷物を、すらすらと動かしながら文句を言った。


 実際、競り市の会場に着く以前に、これを見かけた町の人々は卒倒しそうだった。
 まだ、少年のような若者が、ズルズルとお手製の木のそりを(むしろ機嫌が悪そうに)引きずって歩いているのである。その上には、まごう方なきクマが、ひどくデタラメな縄の掛け方でくくりつけられていた。

 クマ3頭!

 思わず知らず、子どもも大人も、ついうっかり彼の後をついてきてしまった。

 しかも、これだけの獲物を持って帰って来たフリースラントは、本来ふつうのハンターなら、それはもう得意満面で、獲物を見せびらかしながら競り市に行くはずなのに、嫌な仕事だが止むをえないみたいな顔をして歩いている。

 着いた競り市では、ハンター連中が、いつも通り、シカだのイノシシだのを、いかにも得意そうに出してきていた。だが、最後に入ってきたフリースラントの獲物を見ると、全員が黙った。

「3頭……」

 あきれ返った誰かが、思わずつぶやいた。

「なぜ、3頭いっぺんに?」

 フリースラントは困惑した。なぜと聞かれても、特に理由はないのだ。強いて言うなら、面倒くさかったからとしか言いようがない。

「クマがいなくなってしまうだろう。こんなやり方はむちゃくちゃだ」

 むかついたらしいハンターの一人が食って掛かった。彼はきっと、何とも言えない嫉妬と訳の分からない怒りにかられたのだろう。

 フリースラントは、その件に関しては一度も考えたことがなかったので、ビックリしてその男の顔を見た。

「狩り過ぎはダメなのですか? 絶滅させないためにとか?」

「とんでもない! とんでもないよ! フリー君」

 さわやかに否定する声がして、ドイチェ氏が大声で割り込んできた。彼はついでに余計なことを言ったハンターをじろりとにらみつけた。それから、満面の笑みを浮かべて、フリースラントの方に向き直り、賛辞を呈した。

「なんてすばらしいんだ! クマはね、害獣なんだ。何頭でも、出来るだけたくさん退治して欲しいんだ。絶滅? 大いに結構。出来るものなら、絶滅して欲しいよ、全く」

 それから彼は、こんなに獲るのが難しいのにも関わらず、ウサギか鶏みたいに無造作にくくりつけられたクマの死体を、ものすごく満足そうに眺めた。

「なんと! 捕りだめしていたわけか! 君は本当にすごい能力の持ち主だな。これで1か月は暮らせるだろう」

 1日の狩りの成果に過ぎないし、1か月も間を空けるつもりはない。
 とにかく早くA級ライセンスを(念のために)取っておきたいだけなのだ。

 競り市には人がどんどん集まってきていた。噂を聞き付けて走ってくる者までいる。
 フリースラントはますます困惑した。



 結局、その四日後、フリースラントはA級ライセンスを手にした。

 理由は、クマが重過ぎて彼のソリには、いっぺんに3頭以上のクマを乗せられなかったからだ。10頭を3で割ると、どうしても4日かかるのである。

 周り中は、びっくり仰天して、彼をまぶしそうに眺めた。

「すごいわ、フリーは!!!」

 女の子たちは騒いだし、ゾフをはじめとしたハンターたちは複雑な顔をした。

 
 フリースラントは、全く面白くなかった。

 彼は早くユキヒョウがうろつく金山近くの、金山ではなくて教会の跡地に行きたいのだ。
 ユキヒョウさえいなければ、A級ライセンスなんかいらない。
 だが、ユキヒョウとその場所はセットだった。甚だ都合の悪い話だったが、人々は彼がユキヒョウハンターを目指していると固く信じ込んだ。



「A級ライセンスを授与する」

 町の振興を心から願うドイチェ氏は、満面の笑顔だった。
 若いが凄腕のA級ハンターの登場である。

 ユキヒョウが獲れる場所になれば、町は発展するそうである。宿の主人もわがことのように喜んでいた。競り市の会場は、結構広かったのだが、若い新しいヒーローの誕生で湧いていた。町中のほぼ全員が、このA級ライセンス授与式を見に来ていたのではないだろうか。

 本当にどうでもよかったが、彼は礼を言い、丁重にライセンスバッジを受け取った。

 思えば、この4日間は、異常に忙しかった。クマのナワバリが広いので山の中を走り回ることになった。

「どうやって、そんなに簡単にクマを見つけ出したんだ?」

 ゾフが心配そうに聞いてきた。

「いや、だって、山にはクマはたくさんいるじゃないですか」

 フリースラントは困り切って答えた。

 彼は匂いを頼りにクマを探していたのだ。
 だが、みんな、クマに匂いなんかないと言う。ないわけじゃないが、そんなに遠方から嗅ぎ取るなんて、人間には土台無理だと言う。フリースラントは、知らなかった。

「それに、山のどこで獲ったんだ。行って帰ってくるまでが、恐ろしく早い」

 フリースラントは、また困った。

 彼は異常に体力があった。

 今回ばかりは、一番近場のクマを狩って歩いたが、それでも距離は普通にある。普通にと言うのは、ほかのハンターたちがクマを獲った場所より、ずっと近いわけじゃないということだ。

 クマの居場所を見つけることに長けてはいるが、クマの住む場所は決まっている。ほかのハンターだって、彼みたいに鼻が利くわけではないが、クマの生息地帯はちゃんと把握している。その場所以外にクマはいない。

 フリースラントはどんなに勾配がきつくても、まるで平気で走っていった。息も切らさない。鼻を頼りにクマを見つけると、バカ力であっという間に倒してしまう。

 あとは、まとめてそりに乗せると一気に下山するのだ。

 さすがに疲れて、A級ライセンスをもらった後は宿で休んでいた。

 亭主に頼んで、軽い食事を出してもらい、地図とにらめっこしていると、ドイチェ氏から手紙が来た。
 今晩、新しいA級ライセンス授与者と会食したいと言う申し出だった。

 断る理由がなかった。

「服がないので、この格好でも構わないだろうか?」

「もちろん、結構でございます」

 使者は答えた。

 服なら実は持っているが、そんなものを着て行ったら、えらいことになるに決まっている。
 田舎からボッと出の若者にならなければいけない。

 それから、宿の台所の方で騒ぎが起きていた。 
 誰だか、若いハンターが来て、フリーに会わせろと騒いだそうだ。

「フリー様に呼ばれたわけじゃないなら、帰れと言っておきました」

 宿のボーイが顔を紅潮させて得意そうに報告してきた。なぜか、様付けになっている。

「キリフとか言ってました」

 フリースラントは窓の外を見た。人影が見える。キリフだろう。まだ、帰ったわけではないらしい。

 何の用事だろう。

「キリフさん」

 フリースラントは、宿を出て、ふらりとキリフに近づいて言った。

 キリフは、興奮した顔をしていた。

「あッ。きたな」

 キリフは明らかに激高していた。フリースラントに怒っているのだ。もう抑えが利かないほどに。

「フリー様、危ない!」

 宿の、まだ12,3歳くらいの給仕の少年が、叫んだ。キリフは剣を抜いていた。

 フリースラントは笑った。

「なんだ、その構えは。剣を習ったことがあるのか?」

「なんだとう? この野郎。殺してやる」

 キリフがすごんだが、フリースラントは当惑した。

「やめろよ」

 キリフが素人なのは明白だった。フリースラントは、キリフの隙を狙って、蹴りを入れ、剣を巻き上げた。

「バカだな。こんな危ないものをどっから持ってきた」

 キリフは、道に転がって、地面から恨みがましくフリースラントを見上げていた。

「それは俺のだ」

「そんなわけはない。お前は全くの素人だ。剣なんか、習ったこともない。だが、この剣はなかなかいい剣だ。お前なんかが持つような剣じゃない」

 フリースラントは考えていた。これだけ手入れのされている剣の持ち主はかなりの使い手に違いなかった。

 人々がどやどや集まってきた。

「あ、フリーさんが喧嘩してる」

「違いますよ! この人が丸腰のフリーさんに襲い掛かったんです!」

 宿のボーイがキイキイ声で叫んだ。

「どうした、どうした」

 誰かが、キリフの知り合いに連絡したらしく、先日、一緒に狩りに出ようと申し出たひげの男が駆け付けてきた。

「あ、キリフに何をした」

 男もフリースラントには、反感を抱いていたらしかった。

 1週間でA級ライセンスを手にする男なんて、好きになってもらえるはずがなかった。

 そこのところは、フリースラントも承知はしていた。

「これはあなたの剣か?」

 フリースラントは静かに尋ねた。

 男は、ハッとして剣を見た。

「いや、違う。俺は剣なんかしない」

「キリフはこの剣で襲い掛かってきた」

 ひげの男は、フリースラントの顔を見た。

「わからない。お前の剣じゃないのか?」

「違う。誰の剣なんだ」

「俺のだ」

 キリフがうめいた。

「起きろ、キリフ。切り付けようとして蹴られただけだろう。いつまで寝ている」

 フリースラントが言った。

「どういうことだ」

 ひげの男は訳が分からなくなって、フリースラントとキリフの両方に聞いた。

「キリフ、なぜ、こんな剣を持って、僕の宿まで来たんだ?」

「お前が俺の悪口を言うからジュリアが冷たくなったんだ」

 キリフがしぶしぶ言った。

「悪口なんか言ってないぞ」

 意外そうにフリースラントは言った。

「いや、言った。俺が、この町では、女性に声をかけることは失礼になると嘘をお前に教えたので、フリーがジュリアに冷たくなったと……」

 フリースラントはピンときた。だが、一緒にその話を聞いていたひげの男も、話の内容がわかったようだった。

「あ、これは、フリーさん、こいつが悪い。そんな嘘を言って……」

「女性に声をかけると失礼になると言うのは、うそでしたか……」

 フリースラントは、残念そうに言った。嘘なのはわかっていた。でも、せっかく都合のいい嘘だったのに。彼はその嘘には未練があった。

 ジュリアに声をかけたのは自分である。食事にも誘った。
 純粋に、町の事情を知りたかっただけで、その純粋な気持ちに変わりはない。
 気持ちがどんなに純粋でも、目的はジュリアではなくて、教会の場所だったので、キリフの真剣な気持ちに敬意を表したのだが、なんだか都合が悪いことになってるらしい。

 とは言え、キリフとジュリアの問題にフリースラントは関係ない。はっきり言って知らん。
 
 レイビックの住人をめんどくさいからと言って斬り殺すわけにはいかないだろう。そこはフリースラントの良識だった(公爵家風の)。

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