27 / 185
フリースラント
第27話 目指せ!A級ハンター
しおりを挟む
フリースラントは、できれば、元の金山のあった場所を探してみたかった。
だが、ふと気が付いた。万一、ユキヒョウに出会ってしまったら、どうなるのだろう。
いや、身の危険の問題なんかではない。フリースラントが心配しているのは、狩ってしまった後の話である。
ジュリアの説明によると、ライセンスがなくても、身の危険があれば、クマだろうがイノシシだろうがユキヒョウだろうが殺していいそうだ。ただ、売ることはできない。商売にできないらしかった。殺してしまっても、A級ライセンスがない限り、金にはならない。どうやら競り市の運営者のドイチェ氏の物になるらしかった。
「A級ライセンスの所持者って多いのかな?」
フリースラントは聞いてみた。話が突然変わったので、亭主はちょっとびっくりしたが、少し考えてこう言った。
「ああ、フリー様はA級ライセンスがまだなのでしたね」
そこで亭主はにっこりした。
「あんなにたくさんのイノシシやシカを、あっという間に狩猟される方は初めて見ましたよ。そして、C級ライセンス2日目でB級に進まれるなんて、今まで聞いたこともありません。皆さん、それなりに苦労されています。あのゾフ様だって、3年かかりました」
「3年?」
亭主は頷いた。
「まあ、普通はE級スタートですからね。ウサギやキツネから始めて、級を進めていくのです。そして、クマがなかなか難関です。でも、クマを仕留めなければ、真のハンターとしては一人前ではありません。A級は、そのクマを十頭獲らないと、もらえません。十頭獲るのは、大変です。年数もかかりますから、三十歳以上の方に多いですね。ただ、持ってはいるものの、危険性の高いクマを専門に狩るハンターは、そうたくさんはいません。A級所持者は三十人くらいいるでしょうが、実際にクマを狩っている人は十人くらいでしょう。ゾフ様は第一人者です」
これは面倒なことになってきた、とフリースラントは考えた。
とっととA級を取りたかったが、そんなに年数がかかるのか。
しかも、彼の目的はユキヒョウではない。でも、彼が行く場所はユキヒョウがうろうろしているらしい。出会ってしまったら、否応なく殺すしかないだろう。でなければ、こちらが食われてしまう。ドイチェ氏のことはよく知らないが、彼に八百フローリンを献上するのは面白くないだろう。
仕方ない。目下の目標はクマ十頭の捕獲になった。回り道である。
もちろん、お金を出してA級ライセンスを買えば済む話である。だが、基本的にフリースラントはケチだった。クマくらい簡単だ。お金を払う必要なんかない。
それに、クマがどこにたくさん住んでいるのか、大きくて力のある雄グマなのか、凶暴な子連れの母クマなのか、フリースラントなら、かなり遠くからでも匂いで判別できる。ほかのハンターのようにグループを組んで周到に狙う必要もない。
そんなわけで、彼は、まず、3頭のクマを見つけ、首尾よく獲物として捕らえて、そりに乗せた。クマは基本単独行動をする動物なので、かなりの範囲を歩かねばならなかったが、フリースラントの無尽蔵の体力は、3頭分の縄張りの周回をサックリこなした。
「なんでこんな真似をせにゃならんのだ」
ヴォルダ公爵家の貴公子は、レイビックの街の人間が見かけようものなら、腰を抜かして驚きそうな大荷物を、すらすらと動かしながら文句を言った。
実際、競り市の会場に着く以前に、これを見かけた町の人々は卒倒しそうだった。
まだ、少年のような若者が、ズルズルとお手製の木のそりを(むしろ機嫌が悪そうに)引きずって歩いているのである。その上には、まごう方なきクマが、ひどくデタラメな縄の掛け方でくくりつけられていた。
クマ3頭!
思わず知らず、子どもも大人も、ついうっかり彼の後をついてきてしまった。
しかも、これだけの獲物を持って帰って来たフリースラントは、本来ふつうのハンターなら、それはもう得意満面で、獲物を見せびらかしながら競り市に行くはずなのに、嫌な仕事だが止むをえないみたいな顔をして歩いている。
着いた競り市では、ハンター連中が、いつも通り、シカだのイノシシだのを、いかにも得意そうに出してきていた。だが、最後に入ってきたフリースラントの獲物を見ると、全員が黙った。
「3頭……」
あきれ返った誰かが、思わずつぶやいた。
「なぜ、3頭いっぺんに?」
フリースラントは困惑した。なぜと聞かれても、特に理由はないのだ。強いて言うなら、面倒くさかったからとしか言いようがない。
「クマがいなくなってしまうだろう。こんなやり方はむちゃくちゃだ」
むかついたらしいハンターの一人が食って掛かった。彼はきっと、何とも言えない嫉妬と訳の分からない怒りにかられたのだろう。
フリースラントは、その件に関しては一度も考えたことがなかったので、ビックリしてその男の顔を見た。
「狩り過ぎはダメなのですか? 絶滅させないためにとか?」
「とんでもない! とんでもないよ! フリー君」
さわやかに否定する声がして、ドイチェ氏が大声で割り込んできた。彼はついでに余計なことを言ったハンターをじろりとにらみつけた。それから、満面の笑みを浮かべて、フリースラントの方に向き直り、賛辞を呈した。
「なんてすばらしいんだ! クマはね、害獣なんだ。何頭でも、出来るだけたくさん退治して欲しいんだ。絶滅? 大いに結構。出来るものなら、絶滅して欲しいよ、全く」
それから彼は、こんなに獲るのが難しいのにも関わらず、ウサギか鶏みたいに無造作にくくりつけられたクマの死体を、ものすごく満足そうに眺めた。
「なんと! 捕りだめしていたわけか! 君は本当にすごい能力の持ち主だな。これで1か月は暮らせるだろう」
1日の狩りの成果に過ぎないし、1か月も間を空けるつもりはない。
とにかく早くA級ライセンスを(念のために)取っておきたいだけなのだ。
競り市には人がどんどん集まってきていた。噂を聞き付けて走ってくる者までいる。
フリースラントはますます困惑した。
結局、その四日後、フリースラントはA級ライセンスを手にした。
理由は、クマが重過ぎて彼のソリには、いっぺんに3頭以上のクマを乗せられなかったからだ。10頭を3で割ると、どうしても4日かかるのである。
周り中は、びっくり仰天して、彼をまぶしそうに眺めた。
「すごいわ、フリーは!!!」
女の子たちは騒いだし、ゾフをはじめとしたハンターたちは複雑な顔をした。
フリースラントは、全く面白くなかった。
彼は早くユキヒョウがうろつく金山近くの、金山ではなくて教会の跡地に行きたいのだ。
ユキヒョウさえいなければ、A級ライセンスなんかいらない。
だが、ユキヒョウとその場所はセットだった。甚だ都合の悪い話だったが、人々は彼がユキヒョウハンターを目指していると固く信じ込んだ。
「A級ライセンスを授与する」
町の振興を心から願うドイチェ氏は、満面の笑顔だった。
若いが凄腕のA級ハンターの登場である。
ユキヒョウが獲れる場所になれば、町は発展するそうである。宿の主人もわがことのように喜んでいた。競り市の会場は、結構広かったのだが、若い新しいヒーローの誕生で湧いていた。町中のほぼ全員が、このA級ライセンス授与式を見に来ていたのではないだろうか。
本当にどうでもよかったが、彼は礼を言い、丁重にライセンスバッジを受け取った。
思えば、この4日間は、異常に忙しかった。クマのナワバリが広いので山の中を走り回ることになった。
「どうやって、そんなに簡単にクマを見つけ出したんだ?」
ゾフが心配そうに聞いてきた。
「いや、だって、山にはクマはたくさんいるじゃないですか」
フリースラントは困り切って答えた。
彼は匂いを頼りにクマを探していたのだ。
だが、みんな、クマに匂いなんかないと言う。ないわけじゃないが、そんなに遠方から嗅ぎ取るなんて、人間には土台無理だと言う。フリースラントは、知らなかった。
「それに、山のどこで獲ったんだ。行って帰ってくるまでが、恐ろしく早い」
フリースラントは、また困った。
彼は異常に体力があった。
今回ばかりは、一番近場のクマを狩って歩いたが、それでも距離は普通にある。普通にと言うのは、ほかのハンターたちがクマを獲った場所より、ずっと近いわけじゃないということだ。
クマの居場所を見つけることに長けてはいるが、クマの住む場所は決まっている。ほかのハンターだって、彼みたいに鼻が利くわけではないが、クマの生息地帯はちゃんと把握している。その場所以外にクマはいない。
フリースラントはどんなに勾配がきつくても、まるで平気で走っていった。息も切らさない。鼻を頼りにクマを見つけると、バカ力であっという間に倒してしまう。
あとは、まとめてそりに乗せると一気に下山するのだ。
さすがに疲れて、A級ライセンスをもらった後は宿で休んでいた。
亭主に頼んで、軽い食事を出してもらい、地図とにらめっこしていると、ドイチェ氏から手紙が来た。
今晩、新しいA級ライセンス授与者と会食したいと言う申し出だった。
断る理由がなかった。
「服がないので、この格好でも構わないだろうか?」
「もちろん、結構でございます」
使者は答えた。
服なら実は持っているが、そんなものを着て行ったら、えらいことになるに決まっている。
田舎からボッと出の若者にならなければいけない。
それから、宿の台所の方で騒ぎが起きていた。
誰だか、若いハンターが来て、フリーに会わせろと騒いだそうだ。
「フリー様に呼ばれたわけじゃないなら、帰れと言っておきました」
宿のボーイが顔を紅潮させて得意そうに報告してきた。なぜか、様付けになっている。
「キリフとか言ってました」
フリースラントは窓の外を見た。人影が見える。キリフだろう。まだ、帰ったわけではないらしい。
何の用事だろう。
「キリフさん」
フリースラントは、宿を出て、ふらりとキリフに近づいて言った。
キリフは、興奮した顔をしていた。
「あッ。きたな」
キリフは明らかに激高していた。フリースラントに怒っているのだ。もう抑えが利かないほどに。
「フリー様、危ない!」
宿の、まだ12,3歳くらいの給仕の少年が、叫んだ。キリフは剣を抜いていた。
フリースラントは笑った。
「なんだ、その構えは。剣を習ったことがあるのか?」
「なんだとう? この野郎。殺してやる」
キリフがすごんだが、フリースラントは当惑した。
「やめろよ」
キリフが素人なのは明白だった。フリースラントは、キリフの隙を狙って、蹴りを入れ、剣を巻き上げた。
「バカだな。こんな危ないものをどっから持ってきた」
キリフは、道に転がって、地面から恨みがましくフリースラントを見上げていた。
「それは俺のだ」
「そんなわけはない。お前は全くの素人だ。剣なんか、習ったこともない。だが、この剣はなかなかいい剣だ。お前なんかが持つような剣じゃない」
フリースラントは考えていた。これだけ手入れのされている剣の持ち主はかなりの使い手に違いなかった。
人々がどやどや集まってきた。
「あ、フリーさんが喧嘩してる」
「違いますよ! この人が丸腰のフリーさんに襲い掛かったんです!」
宿のボーイがキイキイ声で叫んだ。
「どうした、どうした」
誰かが、キリフの知り合いに連絡したらしく、先日、一緒に狩りに出ようと申し出たひげの男が駆け付けてきた。
「あ、キリフに何をした」
男もフリースラントには、反感を抱いていたらしかった。
1週間でA級ライセンスを手にする男なんて、好きになってもらえるはずがなかった。
そこのところは、フリースラントも承知はしていた。
「これはあなたの剣か?」
フリースラントは静かに尋ねた。
男は、ハッとして剣を見た。
「いや、違う。俺は剣なんかしない」
「キリフはこの剣で襲い掛かってきた」
ひげの男は、フリースラントの顔を見た。
「わからない。お前の剣じゃないのか?」
「違う。誰の剣なんだ」
「俺のだ」
キリフがうめいた。
「起きろ、キリフ。切り付けようとして蹴られただけだろう。いつまで寝ている」
フリースラントが言った。
「どういうことだ」
ひげの男は訳が分からなくなって、フリースラントとキリフの両方に聞いた。
「キリフ、なぜ、こんな剣を持って、僕の宿まで来たんだ?」
「お前が俺の悪口を言うからジュリアが冷たくなったんだ」
キリフがしぶしぶ言った。
「悪口なんか言ってないぞ」
意外そうにフリースラントは言った。
「いや、言った。俺が、この町では、女性に声をかけることは失礼になると嘘をお前に教えたので、フリーがジュリアに冷たくなったと……」
フリースラントはピンときた。だが、一緒にその話を聞いていたひげの男も、話の内容がわかったようだった。
「あ、これは、フリーさん、こいつが悪い。そんな嘘を言って……」
「女性に声をかけると失礼になると言うのは、うそでしたか……」
フリースラントは、残念そうに言った。嘘なのはわかっていた。でも、せっかく都合のいい嘘だったのに。彼はその嘘には未練があった。
ジュリアに声をかけたのは自分である。食事にも誘った。
純粋に、町の事情を知りたかっただけで、その純粋な気持ちに変わりはない。
気持ちがどんなに純粋でも、目的はジュリアではなくて、教会の場所だったので、キリフの真剣な気持ちに敬意を表したのだが、なんだか都合が悪いことになってるらしい。
とは言え、キリフとジュリアの問題にフリースラントは関係ない。はっきり言って知らん。
レイビックの住人をめんどくさいからと言って斬り殺すわけにはいかないだろう。そこはフリースラントの良識だった(公爵家風の)。
だが、ふと気が付いた。万一、ユキヒョウに出会ってしまったら、どうなるのだろう。
いや、身の危険の問題なんかではない。フリースラントが心配しているのは、狩ってしまった後の話である。
ジュリアの説明によると、ライセンスがなくても、身の危険があれば、クマだろうがイノシシだろうがユキヒョウだろうが殺していいそうだ。ただ、売ることはできない。商売にできないらしかった。殺してしまっても、A級ライセンスがない限り、金にはならない。どうやら競り市の運営者のドイチェ氏の物になるらしかった。
「A級ライセンスの所持者って多いのかな?」
フリースラントは聞いてみた。話が突然変わったので、亭主はちょっとびっくりしたが、少し考えてこう言った。
「ああ、フリー様はA級ライセンスがまだなのでしたね」
そこで亭主はにっこりした。
「あんなにたくさんのイノシシやシカを、あっという間に狩猟される方は初めて見ましたよ。そして、C級ライセンス2日目でB級に進まれるなんて、今まで聞いたこともありません。皆さん、それなりに苦労されています。あのゾフ様だって、3年かかりました」
「3年?」
亭主は頷いた。
「まあ、普通はE級スタートですからね。ウサギやキツネから始めて、級を進めていくのです。そして、クマがなかなか難関です。でも、クマを仕留めなければ、真のハンターとしては一人前ではありません。A級は、そのクマを十頭獲らないと、もらえません。十頭獲るのは、大変です。年数もかかりますから、三十歳以上の方に多いですね。ただ、持ってはいるものの、危険性の高いクマを専門に狩るハンターは、そうたくさんはいません。A級所持者は三十人くらいいるでしょうが、実際にクマを狩っている人は十人くらいでしょう。ゾフ様は第一人者です」
これは面倒なことになってきた、とフリースラントは考えた。
とっととA級を取りたかったが、そんなに年数がかかるのか。
しかも、彼の目的はユキヒョウではない。でも、彼が行く場所はユキヒョウがうろうろしているらしい。出会ってしまったら、否応なく殺すしかないだろう。でなければ、こちらが食われてしまう。ドイチェ氏のことはよく知らないが、彼に八百フローリンを献上するのは面白くないだろう。
仕方ない。目下の目標はクマ十頭の捕獲になった。回り道である。
もちろん、お金を出してA級ライセンスを買えば済む話である。だが、基本的にフリースラントはケチだった。クマくらい簡単だ。お金を払う必要なんかない。
それに、クマがどこにたくさん住んでいるのか、大きくて力のある雄グマなのか、凶暴な子連れの母クマなのか、フリースラントなら、かなり遠くからでも匂いで判別できる。ほかのハンターのようにグループを組んで周到に狙う必要もない。
そんなわけで、彼は、まず、3頭のクマを見つけ、首尾よく獲物として捕らえて、そりに乗せた。クマは基本単独行動をする動物なので、かなりの範囲を歩かねばならなかったが、フリースラントの無尽蔵の体力は、3頭分の縄張りの周回をサックリこなした。
「なんでこんな真似をせにゃならんのだ」
ヴォルダ公爵家の貴公子は、レイビックの街の人間が見かけようものなら、腰を抜かして驚きそうな大荷物を、すらすらと動かしながら文句を言った。
実際、競り市の会場に着く以前に、これを見かけた町の人々は卒倒しそうだった。
まだ、少年のような若者が、ズルズルとお手製の木のそりを(むしろ機嫌が悪そうに)引きずって歩いているのである。その上には、まごう方なきクマが、ひどくデタラメな縄の掛け方でくくりつけられていた。
クマ3頭!
思わず知らず、子どもも大人も、ついうっかり彼の後をついてきてしまった。
しかも、これだけの獲物を持って帰って来たフリースラントは、本来ふつうのハンターなら、それはもう得意満面で、獲物を見せびらかしながら競り市に行くはずなのに、嫌な仕事だが止むをえないみたいな顔をして歩いている。
着いた競り市では、ハンター連中が、いつも通り、シカだのイノシシだのを、いかにも得意そうに出してきていた。だが、最後に入ってきたフリースラントの獲物を見ると、全員が黙った。
「3頭……」
あきれ返った誰かが、思わずつぶやいた。
「なぜ、3頭いっぺんに?」
フリースラントは困惑した。なぜと聞かれても、特に理由はないのだ。強いて言うなら、面倒くさかったからとしか言いようがない。
「クマがいなくなってしまうだろう。こんなやり方はむちゃくちゃだ」
むかついたらしいハンターの一人が食って掛かった。彼はきっと、何とも言えない嫉妬と訳の分からない怒りにかられたのだろう。
フリースラントは、その件に関しては一度も考えたことがなかったので、ビックリしてその男の顔を見た。
「狩り過ぎはダメなのですか? 絶滅させないためにとか?」
「とんでもない! とんでもないよ! フリー君」
さわやかに否定する声がして、ドイチェ氏が大声で割り込んできた。彼はついでに余計なことを言ったハンターをじろりとにらみつけた。それから、満面の笑みを浮かべて、フリースラントの方に向き直り、賛辞を呈した。
「なんてすばらしいんだ! クマはね、害獣なんだ。何頭でも、出来るだけたくさん退治して欲しいんだ。絶滅? 大いに結構。出来るものなら、絶滅して欲しいよ、全く」
それから彼は、こんなに獲るのが難しいのにも関わらず、ウサギか鶏みたいに無造作にくくりつけられたクマの死体を、ものすごく満足そうに眺めた。
「なんと! 捕りだめしていたわけか! 君は本当にすごい能力の持ち主だな。これで1か月は暮らせるだろう」
1日の狩りの成果に過ぎないし、1か月も間を空けるつもりはない。
とにかく早くA級ライセンスを(念のために)取っておきたいだけなのだ。
競り市には人がどんどん集まってきていた。噂を聞き付けて走ってくる者までいる。
フリースラントはますます困惑した。
結局、その四日後、フリースラントはA級ライセンスを手にした。
理由は、クマが重過ぎて彼のソリには、いっぺんに3頭以上のクマを乗せられなかったからだ。10頭を3で割ると、どうしても4日かかるのである。
周り中は、びっくり仰天して、彼をまぶしそうに眺めた。
「すごいわ、フリーは!!!」
女の子たちは騒いだし、ゾフをはじめとしたハンターたちは複雑な顔をした。
フリースラントは、全く面白くなかった。
彼は早くユキヒョウがうろつく金山近くの、金山ではなくて教会の跡地に行きたいのだ。
ユキヒョウさえいなければ、A級ライセンスなんかいらない。
だが、ユキヒョウとその場所はセットだった。甚だ都合の悪い話だったが、人々は彼がユキヒョウハンターを目指していると固く信じ込んだ。
「A級ライセンスを授与する」
町の振興を心から願うドイチェ氏は、満面の笑顔だった。
若いが凄腕のA級ハンターの登場である。
ユキヒョウが獲れる場所になれば、町は発展するそうである。宿の主人もわがことのように喜んでいた。競り市の会場は、結構広かったのだが、若い新しいヒーローの誕生で湧いていた。町中のほぼ全員が、このA級ライセンス授与式を見に来ていたのではないだろうか。
本当にどうでもよかったが、彼は礼を言い、丁重にライセンスバッジを受け取った。
思えば、この4日間は、異常に忙しかった。クマのナワバリが広いので山の中を走り回ることになった。
「どうやって、そんなに簡単にクマを見つけ出したんだ?」
ゾフが心配そうに聞いてきた。
「いや、だって、山にはクマはたくさんいるじゃないですか」
フリースラントは困り切って答えた。
彼は匂いを頼りにクマを探していたのだ。
だが、みんな、クマに匂いなんかないと言う。ないわけじゃないが、そんなに遠方から嗅ぎ取るなんて、人間には土台無理だと言う。フリースラントは、知らなかった。
「それに、山のどこで獲ったんだ。行って帰ってくるまでが、恐ろしく早い」
フリースラントは、また困った。
彼は異常に体力があった。
今回ばかりは、一番近場のクマを狩って歩いたが、それでも距離は普通にある。普通にと言うのは、ほかのハンターたちがクマを獲った場所より、ずっと近いわけじゃないということだ。
クマの居場所を見つけることに長けてはいるが、クマの住む場所は決まっている。ほかのハンターだって、彼みたいに鼻が利くわけではないが、クマの生息地帯はちゃんと把握している。その場所以外にクマはいない。
フリースラントはどんなに勾配がきつくても、まるで平気で走っていった。息も切らさない。鼻を頼りにクマを見つけると、バカ力であっという間に倒してしまう。
あとは、まとめてそりに乗せると一気に下山するのだ。
さすがに疲れて、A級ライセンスをもらった後は宿で休んでいた。
亭主に頼んで、軽い食事を出してもらい、地図とにらめっこしていると、ドイチェ氏から手紙が来た。
今晩、新しいA級ライセンス授与者と会食したいと言う申し出だった。
断る理由がなかった。
「服がないので、この格好でも構わないだろうか?」
「もちろん、結構でございます」
使者は答えた。
服なら実は持っているが、そんなものを着て行ったら、えらいことになるに決まっている。
田舎からボッと出の若者にならなければいけない。
それから、宿の台所の方で騒ぎが起きていた。
誰だか、若いハンターが来て、フリーに会わせろと騒いだそうだ。
「フリー様に呼ばれたわけじゃないなら、帰れと言っておきました」
宿のボーイが顔を紅潮させて得意そうに報告してきた。なぜか、様付けになっている。
「キリフとか言ってました」
フリースラントは窓の外を見た。人影が見える。キリフだろう。まだ、帰ったわけではないらしい。
何の用事だろう。
「キリフさん」
フリースラントは、宿を出て、ふらりとキリフに近づいて言った。
キリフは、興奮した顔をしていた。
「あッ。きたな」
キリフは明らかに激高していた。フリースラントに怒っているのだ。もう抑えが利かないほどに。
「フリー様、危ない!」
宿の、まだ12,3歳くらいの給仕の少年が、叫んだ。キリフは剣を抜いていた。
フリースラントは笑った。
「なんだ、その構えは。剣を習ったことがあるのか?」
「なんだとう? この野郎。殺してやる」
キリフがすごんだが、フリースラントは当惑した。
「やめろよ」
キリフが素人なのは明白だった。フリースラントは、キリフの隙を狙って、蹴りを入れ、剣を巻き上げた。
「バカだな。こんな危ないものをどっから持ってきた」
キリフは、道に転がって、地面から恨みがましくフリースラントを見上げていた。
「それは俺のだ」
「そんなわけはない。お前は全くの素人だ。剣なんか、習ったこともない。だが、この剣はなかなかいい剣だ。お前なんかが持つような剣じゃない」
フリースラントは考えていた。これだけ手入れのされている剣の持ち主はかなりの使い手に違いなかった。
人々がどやどや集まってきた。
「あ、フリーさんが喧嘩してる」
「違いますよ! この人が丸腰のフリーさんに襲い掛かったんです!」
宿のボーイがキイキイ声で叫んだ。
「どうした、どうした」
誰かが、キリフの知り合いに連絡したらしく、先日、一緒に狩りに出ようと申し出たひげの男が駆け付けてきた。
「あ、キリフに何をした」
男もフリースラントには、反感を抱いていたらしかった。
1週間でA級ライセンスを手にする男なんて、好きになってもらえるはずがなかった。
そこのところは、フリースラントも承知はしていた。
「これはあなたの剣か?」
フリースラントは静かに尋ねた。
男は、ハッとして剣を見た。
「いや、違う。俺は剣なんかしない」
「キリフはこの剣で襲い掛かってきた」
ひげの男は、フリースラントの顔を見た。
「わからない。お前の剣じゃないのか?」
「違う。誰の剣なんだ」
「俺のだ」
キリフがうめいた。
「起きろ、キリフ。切り付けようとして蹴られただけだろう。いつまで寝ている」
フリースラントが言った。
「どういうことだ」
ひげの男は訳が分からなくなって、フリースラントとキリフの両方に聞いた。
「キリフ、なぜ、こんな剣を持って、僕の宿まで来たんだ?」
「お前が俺の悪口を言うからジュリアが冷たくなったんだ」
キリフがしぶしぶ言った。
「悪口なんか言ってないぞ」
意外そうにフリースラントは言った。
「いや、言った。俺が、この町では、女性に声をかけることは失礼になると嘘をお前に教えたので、フリーがジュリアに冷たくなったと……」
フリースラントはピンときた。だが、一緒にその話を聞いていたひげの男も、話の内容がわかったようだった。
「あ、これは、フリーさん、こいつが悪い。そんな嘘を言って……」
「女性に声をかけると失礼になると言うのは、うそでしたか……」
フリースラントは、残念そうに言った。嘘なのはわかっていた。でも、せっかく都合のいい嘘だったのに。彼はその嘘には未練があった。
ジュリアに声をかけたのは自分である。食事にも誘った。
純粋に、町の事情を知りたかっただけで、その純粋な気持ちに変わりはない。
気持ちがどんなに純粋でも、目的はジュリアではなくて、教会の場所だったので、キリフの真剣な気持ちに敬意を表したのだが、なんだか都合が悪いことになってるらしい。
とは言え、キリフとジュリアの問題にフリースラントは関係ない。はっきり言って知らん。
レイビックの住人をめんどくさいからと言って斬り殺すわけにはいかないだろう。そこはフリースラントの良識だった(公爵家風の)。
1
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる