アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第24話 ハンター階級制度

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 その後、順番が来ると、彼の獲物は相応の値段で引き取られ、彼はほっとした。

「助かったよ。全部で5フローリン60ギルになった。たぶんこの調子なら、許可証のもとが取れそうだ」

 フリースラントはジュリアにこっそり言った。ジュリアはフリースラントが帰ってこなかったので、心配で寝られなかったと赤い目をしていた。

「だって、帰ってくるに決まってるだろう? 何がいい値段になるのか、もっとよく聞いておけばよかった。大きすぎるオスのイノシシは、おいしくないので高く売れなかったよ。シカの方がいいらしい。雄でも立派な角があれば、そっちが売れるので、損はしないらしいね」

 いくつかのグループが彼を物欲しそうに眺めていた。

「あなたを見てるわ」

 フリースラントもそれには気が付いていた。

「なんの用事だろう」

「仲間にしたいのよ。」

 フリースラントはびっくりした。

「なぜ?」

 どうしてわからないの? と言ったように、彼女はじれったそうに首を振った。

「優秀なハンターだからよ」

「優秀?」

「優秀に決まってるでしょう。あんな簡単に獲物は取れないわ。大体、見つけられないわ」

「匂いでわかるよ」

 フリースラントは、こともなげに言った。

「匂い?」

 ジュリアは鼻の頭にしわを寄せた。かわいい顔が台無しだ。

「匂いのする方へ行けば、いいだけじゃないか」

 あきれたように、ジュリアはフリースラントを見た。そして言った。

「そんなに遠くから匂うはずがないでしょ? そんな話聞いたこともないわよ」

 フリースラントは、はっとした。

 匂わない……のか。

「そんな人、いるわけないでしょ。嘘ばっかり言ってないで。元はどこかでハンターをしてたんでしょ? 心配して損したわ」

 彼女は追い打ちをかけた。

 ここも、あそこも、違っている。

 学校にいた時は、全方向で彼はほかの生徒と違っていた。

 はるかに強い筋力と運動神経、動体視力……

『ここへ入れる者は……そうだ、君たちだけだ』

 総主教様の庭の主はそう言った。

 今、彼はもう一つ違うことを知らされたのだ。
 嗅覚も違うらしい。

 彼はどんどん外れていく。どんどん違うところへ……それが何なのか、良く分からない、けれど明確に異なる何かなのだ。

「ねえ、どうしたの? 何をぼんやりしてるの?」

 そう、それが何なのか、調べに来たのだ。でも、また、ずれている点を発見してしまったのはショックだった。
 不愉快な、信じたくない発見だった。

「あ、ああ」

 フリースラントは苦し紛れに声を出した。

「こんなにお金になるだなんて、すごくよかったよ。お祝いに食事をおごるよ」

 フリースラントの口が勝手にぺらぺらとしゃべった。
 ジュリアが照れた。相当嬉しそうだった。

「いいの?」

「もっといろいろ教えて欲しいな。この町のこと。それと、どんな種類の獲物がお金になるのか教えて欲しいな」

 ジュリアと一緒に出掛けると、通りすがりの何人もの男たちがじろりと彼を見た。

「もしかして、君は、結構、人気者なの?」

「え? そうね。ここは女性が少ないから」

 彼女は、控えめに言った。だが、男ばかりが出入りするあんな競り市みたいなところで働く唯一の女性なら、競り市関係者の中ではアイドル扱いかも知れなかった。

 改めて、ジュリアを見ると、確かにかわいい顔をしている。

 圧倒的なまでに豊満な美女のアデリア王女や、ずっと年上だが、静かな品がある彼の母、光り輝くようなルシアとは、全く違うタイプだが、きっと、町では人気なのだろう。

「若造が」

 誰かが通りすがりに聞こえるように言った。

「ここはなかなか物騒だな」

 フリースラントは言った。

「喧嘩を売られたらどうしたらいいんだ」

 彼はちょっと悩んだ。

「戦えるの?」

 ジュリアは真剣に聞いた。

「戦ったら、相手は殺してもいいものなのか?」

 ジュリアはあきれたように、フリースラントの顔を見た。冗談だと思ったらしかった。
 ただ、その晩はそれ以上、絡む者はおらず、彼はジュリアの監督下、かっきり1フローリン使って豪華な食事をした。

 フリーラントは、これまで最上等の食事しか食べたことがなかった。
 こんな町のレストランなど、利用したことがないので、彼には勝手がさっぱりわからない。ジュリアの言うがままにしておいた。彼女はご機嫌だった。

「ねえ、この町で、一番人気があるのは、腕のいいハンターなのよ」

 フリースラントは黙っていた。
 今、彼はハンターなんて仕事は止めようかと思っていたところだった。
 これはこれで、目立ってしまう。

 彼は教会についてもっと知りたかった。そのために来たのだ。こんな辺境の地まで。
 そして、ハンターを始めたのは、成り行きと言うか、みんながしていることをやっておけばいいだろうと言った程度の軽い気持ちだったのだ。

 古文書を探しに来たなんて、どこか妙な人間だと思われて警戒されてしまうのじゃないかと思ったのだ。それより、皆と同じように、何か簡単な仕事でもしながら、知り合いになって、古い言い伝えなどの情報を効率よく集めようと考えたのだ。

 町の教会は新しいらしいが、昔からここにあったのだろうか。それとも、教会のほかに修道院があるとか、昔は教会は別の場所にあったとか?

 狩猟なら彼でも出来そうだった。趣味にも合う。だが、ウサギを捕まえるより、せめてイノシシくらい獲らないと面白くなかったので、Cランクのライセンスを買ってしまったのが運の尽きだった。

 金に不自由はない人間だったので、(小銭には不自由していたが)ライセンスは金で買い、獲るべき獲物の数に見当がつかなかったので、大目に持って帰ったら、それがまずかったらしい。


「ほんとよ。だから、あなたは注目の的なのよ、今」

 フリースラントはあいまいに微笑んだ。

「ハンターって、お金になるのかなあ?」

「何言ってるの! あなたなら、幻のユキヒョウを獲ってくることだって夢じゃないわ」

「幻?」

「いえ、本当にいるのよ。数も多いと言われているわ。でもね、誰も捕まえられないの。獰猛だから。すごい値段が付けられるわ」

「でも、それ、Aクラスにならないと、許可が出ないんじゃないの?」

「別にお金を出さなくても、実績があれば、Bクラス、Aクラスに上がることはできるわ。例えば、イノシシ20頭以上の実績でBクラス、クマを5頭以上捕えれば、Aクラスよ」

「その計算で行くと、あと15頭イノシシを捕まえればBクラスになるのか」

「あなたなら簡単じゃないの? ここは、食用のイノシシやシカを捕まえて産業が成り立っているのよ」

 飼育すればいいのにと思ったが、平地が少ないので飼料に困るのかもしれなかった。これだけ山が深いと、狩猟だけでもやっていけるくらい、獲物はいるのだろう。

「それに毛皮はいい値段が付くのよ」

「イノシシでも?」

「イノシシはダメね。でも、鹿は角が売れるし、クマも毛皮が売れる。でも、クマは特に積極的に捕まえないといけないの」

「なぜ?」

「冬になると、人里にやって来るからよ。とても怖いわ。だから、お金を出して狩猟しているのよ。毛皮はオマケね」

「でも、ユキヒョウは? ユキヒョウは別に町に来ないだろ?」

 ジュリアは目を輝かせた。

「とんでもないわ。来たら大変よ。ユキヒョウは、山の高いところにしかいないの。ここは暑すぎるらしくて。でも、一攫千金のチャンスよ。すごい値段で売れるのよ。金持ちが買うの」

 フリースラントは、ふと、自分の城のどこかの部屋に、絨毯代わりに置いてあった、てんてん模様のついた飛び切りでかい毛皮を思い出した。あれか?

「大貴族の城とか、大金持ちの家に飾られるのよ」

「ははあ。なるほど」

「金持ちは、とてもそういう飾りを欲しがるの」

 特に欲しいわけではなかったが、そういえば、角が立派なシカの頭も、どこかの部屋の壁に引っかかっていたような気がする。

「大きければ、大きいほど値段が付くの。1頭取れれば、町中が大騒ぎになるわ」

 フリースラントは少し考えた。

「傷はつけない方がいいわけか」

 ジュリアはびっくりした。そんなことは考えたことがないと彼女は言った。

「だって、出会ったらすごく危険じゃない? かみ殺されてしまうわ」

 それはもっともだった。大体、ヒョウは木にも登れるし、足も速い。もし、この町のどこかでばったり出会ったら、逃げ切れるか不安だろう。ワナを仕掛けた方が話は早そうだった。

 ウサギなどはワナで捕まえ、イノシシは食料として、シカは食料と飾り用に、捕まえられていた。しかし最も大きいウエイトを占めているのはクマで、これは街に入ってくるのを防ぐためと毛皮が売れるためらしかった。

「クマに出没されたら困るわな。それで猟師が歓迎されるわけか」

 どうやら、ジュリアは彼にユキヒョウを獲ってもらいたいらしかった。この町でのヒーロー伝説であり、名ハンターとして名を残すことにつながるらしい。

 何か、どんどん違う方向に話が進んでいく。

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