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第29話 田舎ステイ

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田舎家の庭はよく手入れされていて、花々が咲き乱れていた。

コテージのテラスなら、朝食を露に濡れないで楽しめたし、庭の中の小さなあずまやはロマンティックで午後のお茶に持ってこいだった。

「夏だったらバラが満開だったと思うのに残念」

フィオナはうっとりして周りを見つめた。

街よりずっときれいだった。田園風景の向こうに広がる森と林。足元の芝は緑のビロードのようだ。

それにクリスチンは思っていたよりずっと楽しい相手だった。
全然気を使わないで済む。
突拍子もないことばかりを思いつくが、フィオナに文句を言ったり、フィオナを批評したりはしない。

それはとても居心地のいいものだった。フィオナは一緒に住む義姉のアレクサンドラから、何をしても小言を言われたり、反対されたり、批判されてたりしてきた。ここに、アレクサンドラはいない。

「ねえ、あそこに古城が見えるわ。すてきね」

森の切れたあたりから、古色蒼然とした石造りの塔が見えた。ずいぶん古いものに違いない。

「ロマンチックね……」

すばらしい。自然と歴史的遺物の融和だ。多分、昔の城郭の一部だけが残っているのだろう。崩れかけたような灰色の塔は野趣を与え、あたりの雰囲気をぐっと盛り上げる。

「魔法使いが住んでいそう」

フィオナも言った。

「いいところだわ」

「それに、この近くには小さな町があって今日はお祭りらしいの。覗いてみない?」

「え、なにか面白そうね。でも服がないわ。その服は目立ちすぎると思うわ」

フィオナはクリスチンの格好を見た。普段着だが、生地と言い仕立てと言いこんな田舎町ではまずお目にかかれなさそうな高級品だ。

「あら。あなただってダメだと思うわ。十メートル先からでも、どこかのお嬢様だってバレバレよ?」

「そんなことは……」

フィオナは言いかけたが、そうかもしれない。
パーティやサロン、晩餐会や舞踏会で着る服のマナーには詳しくても、ここらの村娘が着るファッションはさっぱりわからない。

「少なくとも、ここへ来る途中で見た町の人の様子と私たちの服は違う気がするわ」

クリスチンはマリアを呼んだ。彼女に付き従っている専属の侍女だ。

「村に行きたいので、目立たない服を持ってきて」

「お嬢様!」

クリスチンはマリアに叱られていた。だが、結局マリアは、二人のお転婆娘の3メートル後ろを、マリアとこのコテージで働く二人の男が一緒について歩くことで手を打った。

「いいですか? 必ず私とここの使用人のそばを離れてはいけません。にぎやかな所しか歩いてはいけません! わ・か・り・ま・し・た・か?」

フィオナは、クリスチンが自由でいいと思っていたが、自由(というか勝手)を貫くのは大変だと実感した。

「早く服を二人分借りてきて! 早く借りてくれてきてくれたら、早く帰って来れるわ!」

なんという人使いのうまさ(?)

マリアが見えなくなってから、フィオナはワクワクしてクリスチンに聞いた。

「どこでそんな情報を仕入れてきたの?」

「台所で若い女中たちが話していたのよ。楽しそうじゃない? 一緒に行くって言ったのよ」

「まあ!」

フィオナは有頂天になった。そんなに自由に町を歩き回ったことなんかない。

「いいこと? 女中たちの前ではあなたはフィリパで私はクレア。リード姉妹よ?」

「はいっ。お姉様」


町は少し離れていたので、馬車が用意された。女中たち用の車に便乗したので、みすぼらしい荷馬車だ。

幸いにもクリスチンはみすぼらしいだの、乗り心地が悪いだの言わなかった。

女中たちの方は勝手が違って、黙りこくっていた。

何しろ、彼女たちの服を借りて着ていても、二人の令嬢は明らかに違っていた。
クリスチンは、キラキラ輝く金髪の見事な巻き毛だった。それに、なんと美しい顔立ちなことか。
フィオナだって、素晴らしいつやの髪だった。手入れが違う。おまけに染み一つない真っ白な肌。二人とも、手はふっくらしていて、水なんか触ったこともなさそうだった。女中たちのアカギレだらけの手や、真っ赤な頬とは全く違う。

その上、次から次へと全く違うイントネーションと言葉つきでしゃべりまくる。

「祭りって何をするのかしら?」
クリスチンは女中の一人に聞いた。

「わ、わたしらは踊り目当てで行くんで」

「踊り?」

「え…っと、最初は全員で輪になって踊るやつで、次は、そん中から選んでカップルで踊って……」

「それじゃあ、あなた、お目当ての方がいらっしゃるの?」
エレンは目を丸くする。お目当ての方とは?

「つまり、決まった男性がもういるのかしら?」

エレンは真っ赤になって傍らのジェーンに助けを求めた。

「いないけど、ええと、いい人がおればなあと」

「ああ。そう言うことね」

クリスチンは納得したようだ。妙にこの二人の女中たちが行きたがっていた訳が分かった。

「お酒も入るようですから、気を付けないといけません」

マリアが釘を刺し、フィオナはマルゴットを思い出した。

マリアとマルゴットは、会ったことがある。クリスチンがフィオナを田舎に連れて行くため迎えに来た時のことだ。
マリアの顔を見た途端、マルゴットは納得し、マリアもマルゴットのあごを見た途端、腕を組んで頷いて見せたのだ。以心伝心と言うやつだろうか。

ただ、マルゴットの方にはほんの僅か憐憫の色があり、フィオナとクリスチンの顔を見比べたマリアの表情に憂愁の色が濃くなったことは否めない。
つまり、どう考えても、じゃじゃ馬はクリスチンの方だった。

今日だってそうだ。

どこかの金持ちの貴族が催すダンスパーティに参加する時なら、クリスチンもそれ相応の用心をしている。たとえ傍目には無鉄砲そのものだったとしても、出禁を食らうような真似はしない。

だが、この村祭り参加に際しては、まるで何も考えていないではないか。

「大丈夫よ。ホラ、この格好ですもの。それに誰もいやしないわ」

そりゃ社交界の男は誰もいないでしょう。

だが、世の中、宮廷にも社交界にも、ド田舎の寒村にも若い男はウジャウジャいるし、貴族の男たちが彼女たちをカワイイと思うなら、貧乏人の男だって思うことは同じに決まっている。

「全く何もわかっていない……」

マリアは頭を抱えた。
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