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第92話 商売は絶好調

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「ポーシャ様」

最近、とみに大人っぽくなったバスター君が客間に座って待っていた。背は相変わらずちっこいけど。

「久しぶり、バスター君」

そういや、事件が多すぎて学校に行けてない。

もう、落ち着いたし、学校にも行かなくちゃ。

まあ、正直なところ、何も解決していないけど、アデル嬢の罪状やリーマン侯爵家の問題は私が解決するような問題じゃない。司法の問題だ。
グレイ様に関しては、ほとぼりが覚めた頃にグレイ様を助けに行こう。
どう考えても、アデル嬢の共犯じゃあないだろうし。

「ポーシャ様、今日はどういったご用件でしょうか?」

バスター君は全く普通。

殿下みたいなギラギラ感も、グレイ様のようなキラキラ感もない。

単にいるだけ。普通っていいわあ。

「呼び出してしまってごめんなさい。今のハウエル商会の様子を聞いておきたいと思って」

「ええ。僕も、商会の会長と副会長から、叙勲までなさったポーシャ様が、今後ポーション作りにどう関わってくださるか、確認してこいって言われているんです」

そうかー。そうだよね。

「それにルーカス殿下とのご婚約の話が広まっていますし」

「いや、それはない」

即、否定した。

「え?」

「殿下とは趣味が合わないので、殿下からお断りが入ったのよ」

私は言った。殿下の側の趣味の問題だけどね。一度、婚約したいとまで言ったくせに、デコルテの開いたドレスを見た途端、気が変わるだなんて、重症のフェチだと思う。

バスター君は街の噂を信じていたらしい。かなり驚いた顔をしていた。

「……へえ? 聞いていいならお聞きしたいですが、どんな趣味なのですか? ポーションの関係ですか?」

いや、そんな真面目な話じゃないって! でも、一応、男性のバスター君にその話は恥ずかしい。

「まあ、ポーションの話じゃないんで、そこんところは安心してもらえると思うわ」

「なら……よかったです」

バスター君は引き下がった。

バスター君、好き。

その当たり前な対応、常識的な感じを、どうして殿下もセス様もアデル嬢も、それからグレイ様も持っていないんだろう。ウチのおばあさまもだ。

「で、お尋ねの商会のポーシャ様関連のお仕事の件ですが、本当に順風満帆です」

バスター君が嬉しそうに告げた。

「まず、日常用のハゲ治療薬、こちらは目玉が飛び出るほどのお値段で富裕層に少量ずつ売り渡しています」

ほうほう。

「一度使い始めると、絶対やめられません。なぜならまたハゲ始めるからで、固定顧客が見込めます。その意味では麻薬と同じですね」

妙なものに例えられたが、言い得て妙とはこのことだ。

「女性向け方面では美肌クリーム。これも同様です。毎日、必要となりますので、必ず切らさずお買い求めになります。効果が、他の商品と完全に違います。これまた、富裕層の方のみへの販売となります。莫大な利益を上げています」

「ちょっとしか作らなくて済むのはありがたいわ」

バスター君が同意した。

「単価が高く、利幅が大きい商品は本当に美味しいです」

「しかも、原価がほぼタダ同然。良いお話ですわ」

「はい。顧客の皆様を生かさず殺さず、永遠に顧客となっていただける優れものの商品です」

バスター君がいい笑顔で頷いた。

「次は、悪獣退治のための毒肉ポーションです」

毒を輸入したくらいで捕まるなら、毒の生産者の私も投獄されそう。でも、この話は国家プロジェクトだからね。

「実は他のポーションメーカーから苦情が上がってきておりまして」

「そうですか。ある程度予想できた問題ですね」

私は真顔で答えた。

発明者は私で、レシピは私しか知らない。

だからと言って、国家プロジェクトを一つの会社に独占させたら、他のポーション会社は黙っているまい。

「黙らせるか、ハウエル商会がトップに立って、他のポーション会社と協業で生産するか。ハウエル商会だけだと、コピーするポーションメーカーがでてきた時、目配り出来ないかもしれませんね」

「確かに偽ポーションは心配ですね。正規品でないと、効き目が出ないかもしれませんし、信用を失うことになります」

バスター君が言った。

「それぞれの地方を代表するようなポーションの会社を選んで、ハウエル商会の下につけるのはどうかしら。あと、王都にある他の有力なポーションの会社に話はつけておいた方がいいでしょう」

まあ、こんなこと、会長と副会長は百も承知だろう。

問題はこれを他のポーションの会社に納得させる力がいるってことだ。

セス様と殿下だろう。私は思案した。

「でもね、殿下から婚約破棄を申し渡されてしまったのよ、私」

「とても信じられませんが」

「本当なの」

私は被害者ぶって、(いやいや本当に被害者だから)顔を伏せて見せた。

殿下が豊乳好きだなんて知らなかったわ。アデル様が趣味なら、あんなに冷たくあしらわないで、堪能すればよかったのに。毒殺趣味はいただけないけど。

「だから、おばあさまと縁のあるセス様を通じて、そのあたりは調整していただくしかないわ。私はまだ学生ですし」

セス様に投げてみる。

いいんじゃないかしら。婚約解消の原因を作ったのはセス様なのだから。

「では僕からセバスチャン様に連絡を取ってみます」

帰りしな、バスター君は足を止めて私に聞いた。

「家中、花でいっぱいですね?」

「ええ。今晩、全部燃やそうと思って」

「え? どうして?」

「全部、婚約破棄してきた殿下からのものなのよ。胸糞悪くって」

「え? でも、この花、新しいですよ。いつ送られてきたんですか?」

私はメイフィールド夫人を振り返った。

夫人は殿下との婚約破棄の話を耳にして、顔色を悪くしてプルプル震えていたが、震える声で返事した。

「たった今でございます」

「婚約破棄されたのって、いつですか?」

バスター君が聞いた。

「モロゾフに食事に行ったときよ」


その時、使用人出入り口がザワザワし出した。

侍女の一人が嬉しそうな顔をして走ってきた。

「ポーシャ様、またお花でございます」

「今度は誰から?」

「今度はって、いつも殿下からに決まっているではありませんか」

「どうして送って来るのかしら?」

そう言うと、バスター君が不思議そうに聞いた。

「殿下は本当に婚約破棄したいとおっしゃったのですか?」

屈強な男が二人一組になって、次々と大きな花瓶ごと花を運んでくる。花瓶はガラス製や陶器製などいろいろだが、どれもあふれんばかりに花が入っていて、部屋中に花の香りが混ざっていた。

「すみませーん。こちらは二階の寝室用と伺ってましてー。どちらのお部屋でしょうか?」

大汗をかきながら、花屋の使いらしいのがメイフィールド夫人に聞いた。

「あ、それと、客間と食堂はこちらの花でと言いつかっております。あと、受領サインをお願いしたいんですけど」

公爵邸内をドタバタと人が動いている。

「よいせっ。重いぞ。なんで水や花瓶ごと持っていけだなんて言うんだろう?」

「仕方ねーよ。貴族の坊ちゃまのワガママだ。その分料金割り増しだから、大儲けよ」

私はバスター君と、ポケーとその様子を眺めていた。

「殿下、婚約破棄する気なさそうですよ?」

バスター君がそう言うなら、間違いないだろう。

「返品作業が大変そうね」

私はつぶやいた。

今回ばかりは本気で返さないといけない。

「私、婚約者がいなくなってしまったのよ。社交界に本気でデビューして、相手を探さないといけないわ」
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