上 下
76 / 97

第76話 デート

しおりを挟む
リラックスすることって、とっても大事よね。

それに異国のポーションって、すごく興味がある。

私はワクワクしながらグレイ様と一緒に出掛けた。

公爵邸に迎えに来たグレイ様は最新流行の、隅から隅まで隙のないバッチリ決めた格好だった。どこか異国風なところがあり、それが真っ黒な髪色とよくマッチして特別感があった。
その上、元から顔がいい。結果、めちゃくちゃにカッコイイ。

どうやら、台所からのぞき見していたらしい侍女連中が、ヒソヒソ品評会を始めた。
キャーという悲鳴じみた声まで聞こえる。

「メイフィールド夫人」

私が一言いうと、察した夫人はスッと立ち上がって侍女連中に喝を入れたらしい。
何事もなかったような顔で戻ってきたが、厨房がシーンと静かになっていた。

二人で馬車に揺られていると、グレイ様はクスクス笑いだした。

「あなたのところの侍女の皆さんは反応がいいねえ」

グレイ様がカッコ良すぎるのがいけないですよ……


着いた先は、洒落た小さな店だったが、大勢の女性とそのお付きの侍女や、一緒に来たらしい男性たちとで相当込み合っていた。

グレイ様と一緒に店に入ると、グレイ様は異国風な身なりと、なにしろ顔がいいので、チラチラと視線が集ってくる。しかも、お客さまは皆、ついでに隣の私を値踏みするので、視線が痛かった。

私はごく普通の……令嬢としては大人し目の青い色のドレスを着ていただけだ。グレイ様のような人目を引くような格好ではない。

グレイ様は、慣れているのか、女性たちの視線は一切無視して私に向かって熱心に解説してくれた。

「これがリウゼン。こちらはイラアラ。こっちはマクス」

「まあ……」

これまで嗅いだことのある匂いとは、全然違う香りだ。

すばらしい。私はグレイ様のことも周りの視線もすっかり忘れて、小さな瓶にかがみ込んだ。

「どれがお気に入りですか?」

グレイ様は微笑みながら、尋ねた。

「イラアラとマクスです」

私はうっとりしながら答えたが、グレイ様は笑い出した。

「その二種は、官能的な香の代表格ですね。見事に嗅ぎ分けましたね!」

「え? そうなんですか? 全然知りませんでした!」

「知らないで当てるとはね。イラアラの花言葉は、あなたに夢中、マスクは私を食べて」

嫌だわ。思わず顔が赤くなった。

「では、ぜひ、こちらの二種類をお贈りしましょう」

そう言われて値段を見ると、片方は金十枚、もう一方は金十七枚と言う値段がついていた!

「高い……」

「高いんですけど、大人気なんです。今度、お会いする時、ぜひつけてきてください」

周りの令嬢や夫人たちは、心底羨ましそうにしていた。
どうやらなかなか買えないものらしい。

こんなちっちゃい瓶に、金十七枚だなんて、驚きだわ。

「いいえ。とんでもありませんわ。高すぎですもの」

私はようやく我に返って言ったが、グレイ様は全然聞いてくれなかった。
店員を呼ぶと、すぐさま包むよう命じた。

「私の取引先ですから、安く買えるんです。気になさらないで。こんなものくらいで」

いやいやいやいや! こんなものって、めっちゃ高価だって!

普通の公爵令嬢なら、金銭感覚おかしいかもしれないけど、私は普通の公爵令嬢じゃないから! 元平民の金銭感覚だから!

私は、金と赤のリボンが掛けられ、美しく包装された箱を、呆然と見つめた。
そして何があっても遠慮しようとした。高すぎる。

「私が仕入れに行く国には、もらえるものはもらっとけと言う格言があるんですよ」

グレイ様は茶目っ気たっぷりに言った。

「さあ、次は食膳料理に行きますよ」

彼はさりげなく手を取り、外へ連れ出した。手にはプレゼントを持ったままだ。議論の余地はありません、みたいな雰囲気が漂ってくる。そして、まだ、渡されていないものは返せない。

「あの、食膳料理って?」

私たちが通ると、店のお客さまたちがサーと道を開けて通してくれた。
どうしてなの?

「食膳料理というのは、食べるだけで病気が治ると言う不思議な料理ですよ」

グレイ様は説明した。

「不思議だと思いませんか?」

「(まあ)思いますけど」

「予約しておきました。とても健康にいいそうですよ」

ポーションの店を見るだけだったんじゃなかったっけ?

そのあと、これまた異国の健康にいいと言われているコーヒーが楽しめる店や、身体に良いと言われている公園での散歩など、ほぼ丸一日付き合って、私は公爵邸に返却された。

「今度はぜひこの香水をつけて、ご一緒させてください」

「こんな高価なもの……」

「あなたを飾るのに高価すぎるものなんかありません」

値段が高い物は、全部、受け入れられない体質なのよ。

私に香水はネコに小判、豚に真珠ですってば。

「こんなに長い時間経ってしまったのですよ? もう返せません。男の私につけろというのですか?」

「いや、そんなことは……」

言ってないけども……

「私は、あなたが、この香水が似合うようになったら……と思うんです」

見た目に似合わず、真面目な調子でグレイ様は言った。

「は?」

「あなたはとても美しい。でも、ひとつだけ足りないものがある」

黒髪に黒い瞳のグレイ様が、馬車から降りる私に手を貸しながら言った。

「なんでしょう?」

私に足りないもの? それは多分、たくさんあると思うわ。 

「気になるでしょう?」

ならないと言えば嘘になるかもしれないけど。

「私は思うんです。この香水がそのヒントになるって。だから、その意味が分かるようにと言う願いも込めて贈りたい」

「これがヒント……ですか?」

「はい。ですから、授業料として付けてみてください。何事も勉強だと思います」

勉強……。

さっぱり意味が分からなかったが、結局、きれいな包みは私の手元に残された。

「アロマとか言っていたけれど、これは香水よね?」

私は玄関から公爵邸の中へ入った。


そして、いきなりピーンと張り詰める緊張感に仰天した。

ここにいるはずのない者が、玄関ホールのど真ん中に、腕組みをして仁王立ちになっていた。
そして、訳の分からない負の感情らしいものが、部屋中にどんよりと重苦しく充満していた。

「あ、殿下……」
しおりを挟む
感想 74

あなたにおすすめの小説

凶器は透明な優しさ

恋愛
入社5年目の岩倉紗希は、新卒の女の子である姫野香代の教育担当に選ばれる。 初めての後輩に戸惑いつつも、姫野さんとは良好な先輩後輩の関係を築いていけている ・・・そう思っていたのは岩倉紗希だけであった。 姫野の思いは岩倉の思いとは全く異なり 2人の思いの違いが徐々に大きくなり・・・ そして心を殺された

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん
恋愛
 大手家電量販店・ムラタの提携配送業者、『(有)ウツミ興業』で働く千早諒介は、店舗の事務室の「チカちゃん」の写真を同僚から見せられて一目惚れをする。  単調な日々に潤いとときめきを求め、千早はムラタへ配置換えをしてもらい事務室へと向かうのだが… (全29話) *キャラクター画像は、自作原画をAI出力し編集したものです。

推して参る!~お友達の乙女を宰相の息子に推してたら、なぜか私が王子から求婚された~

ねお
恋愛
 公爵令嬢アテナ・フォンシュタインは人の恋路のお節介を焼くのが大好き。  そんなアテナは、友人の伯爵令嬢ローラ・リンベルグが宰相の息子であるレオン・レイルシュタット公爵令息に片思いをしていることを聞き出すと、即座に2人をくっつけようと動き出す。  だが、レオンとローラをくっつけるためには、レオンと常に一緒にいるイケメン王子ランド・ヴァリアスが邪魔だった。  一方、ランドは、ローラをレオンの恋人にするために懸命に動くアテナに徐々に惹かれていってしまう。 そして、そんな王子の様子に気づかないアテナは、レオンとローラを2人きりにするために、自分を囮にした王子引き付け作戦を展開するのだった。 そんなアテナもランドのことを・・・。

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

ぼくたち、おとなになりましたっ!

月詠嗣苑
恋愛
 板倉遼太と李杏は、ふたごの兄妹。小さな頃から仲良しで、同じ部屋で生活をしている。  最近、遼太の身長が伸び始めたり、李杏の身体付きが丸みを帯びて来たのを、何故かふたりは気にしすぎて、溜め息ばかり。  そんなある日、風邪で学校を休んだ遼太は、兄である謙悟の部屋へ、コッソリと忍び込んである1冊の雑誌に夢中になってたところへ、いきなり謙悟が誰かと帰ってきて、クローゼットへ???  男女の話声がして、クローゼットの隙間から覗くと???

処理中です...