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第69話 起きたら公爵令嬢(兼聖女)になっていた

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眠りから覚めたら、そこは知らない部屋だった。

知らない侍女が付き添ってくれていて、私がみじろぎすると急いでのぞき込みに来た。

「お嬢様……」

あれ?

何年ぶりだろう。お嬢様だなんて呼ばれるのは。

「お起きになられたのですね? 今すぐメイフィールド夫人を呼んで参ります。あとお食事の用意を」

メイフィールド夫人がいると言うことは、ここはアランソン公爵邸だろう。
そうか。自分の部屋か。

今まで、寮やモンフォール街十八番地にばかり行っていたから、公爵邸で寝泊まりしたことがなかった。自分の部屋も知らなかった。

すぐに軽い足音がして、メイフィールド夫人が現れた。

私は叱られるものと覚悟して、ベッドの上に起きあがろうとしたが、侍女に止められた。

「お嬢様、目が覚められましたか」

メイフィールド夫人は明らかにほっとした様子だった。

「昨日、殿下が連れてこられた時は、気を失っておられたので、本当に驚きました」

「ごめんなさい」

私は謝った。あれは完全な寝落ちです。疲れ切っていた。

「ごめんなさいだなんて……貧民病院へいって患者たちを治したそうですね。それで魔力切れを起こしたと」

メイフィールド夫人も侍女も何だか感激しているらしく、目に涙を溜めていた。

「ポーシャ様は、噂に違わず、今世生まれた本物の聖女様なのですね。貧民病院にお出ましになられて、力を使い果たしてしまわれて……殿下がお連れしてくださったときは、まるで力を失った女神を抱く騎士のようでした」

どっから、その赤面詩的表現は出てきたのか。

「殿下もまた、なんとお優しい方でしょう。王子殿下であらせられるにも関わらず、様子を見て無理をさせないようにと言い付けて帰られました。お優しい婚約者様でいらっしゃる」

むっ?

「私ども、こちらのお屋敷に上がって、間がないものですから、婚約のことを存じ上げず、失礼したのではないかと心配でございます」

侍女もなんか言い出した。

殿下のやつ、勝手に婚約者になりすましている。しかも病院の話も勝手に作っている。

病気を治したのはポーションだし、魔力を使い果たしたのは、掃除と洗濯をしまくったせいだ。

しかし、訂正するのがものすごーく面倒くさい。

「殿下との婚約は、話し合いを進めているところなので、口外しないように」

メイフィールド夫人以下があわてて頭を下げた。

「いろいろ事情があるので」

事情ってなんだろな。
便利な言葉だ。それっぽくていいな。


もう翌日の朝遅くだった。
朝食を部屋まで運んでもらって食べて、選んでもらった服を着せ付けてもらって、髪も結ってもらって、ものすごーく楽ちんに学校へ行った。

流れで初めて馬車に乗って学校に行った。

へえー。こんな感じだったのか。
いつも絨毯か徒歩移動だったから、馬車に乗るのが珍しかった。

午前中はサボってしまった。まあ、いいか。

いつもの通り、最下位クラスに顔を出すと、すっかりおなじみになってしまったクラスの友達が、午前中はどうなさったの?と聞いてくるので慈善病院を慰問に行って、疲れてしまったのと、貴族らしい話をしてみた。令嬢値、上がったかな。

「まあ。私も行ってみたい、いえ、行かなくてはいけないと考えていましたの。でも、機会がなくて」

「貴族としての義務ですものね。今度ご一緒させてくださいませ」

こういう気楽な連中がいっぱい来たら、料理番も嫌がるはずだ。

「教会付属の慈善病院ではなく、王立の慈善病院に参りましたの」

「あら」

王家の病院へ行くのは敷居が高い。
誰でも簡単に行けるわけではない。王家に断ってからでないと入れない。
逆にルーカス殿下は王子だから、王立慈善病院は、いわば自分の家が経営している病院だ。王族が教会付属の慈善病院に行くとなると、それはそれでめんどくさい。気軽なので自然と王立の病院へ向かったのだろう。

「それに寄付が要りますもの。さすがに見学させていただいて、寄付なしとは参りませんわ。それを考えると、中々行きにくいですわよね」

私は言った。

お金の話になると、全員が黙った。

令嬢たちの家も裕福だったら貧乏だったりいろいろだ。でも、まだお金を自由に使える身分ではない。学生だもの。

命のポーションが余ったから行っただとか掃除で疲れたとか、言うに言えないので、ちょっと困っていたら、一人の令嬢が話題を変えてきた。

「そうそう! 夏の終わりの大舞踏会、招待状届きまして?」

「届きました!」

「あら、いいわねえ。私の家は末端も末端の貴族だから、両親だけの参加です。帰ってきたら話を聞きますわ」

「届いたけど、姉だけ参加しますのよ。私は学生だから、行かなくていいって」

なるほど。ドレス代が嵩むから、婚活真っ只中の姉が優先なのね。ダンスパーティーですものね。

「アランソン公爵家は当然行くのですよね?」

「ハイ」

羨ましいですわ、いいですわねえとため息をつかれた。

「今回は、大きな騒ぎになっていた悪獣退治の際に大活躍された方の授賞式も同時に行われるそうですわ。さぞ華やかなセレモニーでしょうねえ。見に行きたいわ」

ええと、その授賞式の叙勲者が私なのですけど。

ずっと重いドレスのまま、立ちっぱなしじゃないだろうか。
私は心配になった。

殿下が何と言おうと、疲労回復・命のポーションを、こっそり持参しようと私は心に誓った。

「うちの兄も悪獣征伐に出かけていって……でも、恥ずかしながらすぐ戻ってきたんですの。魔力が足りないって。戦えた方って、本当に少ないらしいですわ」

セス様の言う通り、大きな魔力を扱える者は減少しているらしい。

そういえば、今日は通信魔法の授業がある日だった。
あの時も、まともに手紙を飛ばせた人は一人もいなかった。
私一人が暴走していたものね。


私は例の大失敗をやらかした通信魔法の教室で、アデル嬢の取り巻きから声を掛けられた。

「アランソン様、大舞踏会には参加されますの?」

「ええ」

「私たちもですのよ! その話で盛り上がっていましたの!」

彼女達は、アデル嬢が媚薬を持っていると信じている。

「アランソン様の媚薬が効くのか効かないのか、ご一緒にじっくり見てみようと思いますの!」

「効きませんわよ」

「わかりませんわ。殿下がアデル様のものになったらアランソン様はどうなさいますの?」

あれ? どうしよう?
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