上 下
67 / 97

第67話 礼儀作法とダンスのレッスン

しおりを挟む
「あー、でも、夏の終わりの大舞踏会、正直、かなり面倒くさいなー」

私は、寮の自分の部屋に戻って、鏡の中の銀色の髪と青い目を覗き込みながら、ぼやいた。

私がハウエル商会へ行った数日後に、アランソン公爵邸に正式な招待状が届いた。
それによると、私はルーカス殿下たちと共に勲章をもらうことになっていた。
しかも特別賞を。

「そんな勲章、聞いたこともないわ」

魔力で戦ったおばあさまや殿下はアルメー勲章を、私はアルメー・クロス勲章というのをもらえるそうだ。

でも、勲章は売れないらしい。特にアルメー・クロス勲章は、特殊すぎて、誰が売っ払ったのかすぐバレるのでダメらしい。

「大人しくもらっといて、家に飾っておいてください」

なぜか、珍しくバスター君にまで叱られてしまった。

多分、裏でいろいろと何かが動いている気がする。

それが何なのかは、わからない。

でも、気になるのは、どんどん私が表舞台に引きずり出されているってことだった。

ほんのちょっと前までは、平民だったと言うのに。



「授賞式とは! なんと言うことでしょう! 最年少でアルメー・クロス勲章の授与を受けるだなんて、すばらしいことですわ! お任せください。それらしくキリッとした衣装と宝飾品を考えますわっ」

ドレスデザイナーさんはノリノリだった。後ろの方でバスター君が老練有能執事よろしく金に糸目はつけないとドレスメーカーのオーナーに耳打ちしていた。オーナーはこのためにわざわざ当家へやってきたのである。なんでも、ドレスメーカーの命運にかかわる大イベントなんだそうだ。

メイフィールド夫人も、いつも表情を崩さない人なのに、どう見てもやる気満々、すごい気合いの入りようである。

そして宮廷で儀官を務めていたという高齢の男性が、メイフィールド夫人の伝手で呼び寄せられ、一日二時間、みっちり儀式の時の立ち居振る舞いについて教えられることになった。

肝心の叙勲式に、私が粗相を仕出かさないためである。

ただし、元儀官は男性だったので、もう一人宮廷で女官を務めていたという女性も呼び寄せられ、監督をすることになった。で、二人の意見が合わない場合があり、それが私の休憩時間になった。

そのあと、ダンスの教師が来て、(なにせ大舞踏会だから)ダンスを仕込んでくれた。

しかし、殿下がその話を聞きつけて、パートナー役を買って出てきた。

セス様が嫌な顔をしながら、やむなく公爵邸の絨毯を調整して、殿下が出入りできるようにした。

「いいですか? 殿下。今だけですからね、今だけ。これ、バレたら、ベリー公爵夫人にのされますから。殿下だって、ベリー夫人に勝てるかどうかわかんないでしょう?」

「勝てるね」

「どこからそんな自信が?」

私とセス様はブツクサ言ったが、メイフィールド夫人とメアリ、それからセス様以下が吟味して選んだ侍女や女中たち一同は、いつも突然現れる殿下に、ものすごく喜んでいた。

「美しい殿方ですこと。礼儀作法も完璧」

「しかも素晴らしい魔力の持ち主で、赤い閃光を放つんですって」

「もう、本当にカッコいいお方ですわ」

殿下はかっこいいけど、媚薬酔い起こすことがあるからなあ。侍女の皆さんたち、殿下のあの体たらく見たら、なんて言うことか。

そして私はあれ以来、殿下には引き気味だった。ダンスのお相手になんか立候補しなければいいのに。

だが、不思議なことに殿下の方も少々緊張しているらしかった。もしかして、媚薬酔いの時のことを覚えているのかもしれない。そしてまずかったと思っているのかもしれない。

そんなわけで二人の間にはこれまでにはなかった距離感が生じ、私はやっと少しだけ安堵した。

「アルメー勲章と、アルメー・クロス勲章の受章者同志のダンスだなんて……」

見ていられないほど、片方がへたくそなのはさておいて、ウチの侍女の皆さんはキャアキャア大喜びだった。


気の毒なのは、闇の帝王だった……

いやー、ほんとに気の毒。漆黒の闇の帝王で冥府の支配者とか言ってたけど、ずっと兵站部の担当させられてたから、勲章も何もない。

「いいんですよ、私は戦闘力ないから」

「あ、でも、私もないから」

メイフィールド夫人自らが、心を込めて殿下にお茶をお出ししている様を、遠目に見物しながら、私はセス様を慰めた。
その後ろには職務放棄した従業員一同(女)が、嬉しそうに殿下を見つめている。
そして、誰が殿下にお茶を出すかでもめていた。

「私は、戦闘以外ならオールマイティだし、私の興味は戦闘以外のところにある」

「あ、私も私も。私の興味は、戦闘力ではなくてお金にあります」

「ええい、黙れ、小娘。今は、闇の帝王が語っているところなんだ」

「……じゃー語れよ」

仕方ないから譲った。

「俺は魔力の源を研究してるんだ」

「魔力の源?」

「魔力って本当は何なの?ってことだ」

「本当は?……」

私はそんなこと疑問に感じたことがなかった。

だって、私もおばあさまも、それから家でよく一緒に遊んだ仲良しの姉も魔力に満ち溢れていたからだ。

「その姉って、女装したルーカス殿下だけどな」

セス様が注意した。

「お前ら大貴族は、魔力があって当たり前だと思ってる。だけど、魔力を持つ者たちは、どんどん減っていってるんだ」

そうなのか?

「いずれ魔力は無くなっていくかもな。魔力を持つ子供の数は減っていっている」

私は呆然とした。

なぜ?

「ほら、なぜって思うだろ?」

セス様が笑った。

「たいていの人間に魔力はない。なくたって生きていける。だから、魔力が無くなっても問題はない。いらないものは消えていくのかもしれない。だけど気になるよね。それが、私のライフワークかな」

私にとって当たり前の魔力。伝えていきたいと思う。

「俺は戦闘力だけが欠落しているんだ。悲しかったよ。逆だったらよかったのになって、思った。活躍したかった」

セス様の視線の先には、どうやら順番で殿下にお茶菓子を持って行ったり、御用を伺っていいことになったらしい職務放棄組が、キャアキャア言いながら順番待ちの列を作っていた。

「つまり、カッコだけでも、魔力溢れる戦闘系大魔術師になっときたいと。ですけど、そんな格好してると余計モテないと思い……イテ」

「やかましい。そんな単純な理由じゃないわい」

しかし、和やかに語らっていると、ついに業を煮やしたらしい殿下が、職務放棄組を押し退けてやってきた。

「俺を除け者にするな。何話してんだ。ダンスのレッスン時間、二時間に延長するぞ」





しおりを挟む
感想 74

あなたにおすすめの小説

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...