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第64話 セス様、放置を勧める

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スターリン男爵令嬢姉妹といい、アデル嬢といい、よく権力者の座に着くと人が変わると言うけど、似た感じなんだろうか。
たかが、学校の社交界の頂点なんだけどな。

私は無理矢理セス様のところに押しかけた。

だって、絶対に相談に乗って欲しかったのだもの。

レイビックの塔の家へセス様を無理矢理招待した私は、アデル嬢とのこれまでの経緯を、洗いざらい説明した。

「それで、どうしたら、殿下にアデル嬢のお相手を頼んだらいいかと思って」

セス様はぐふぐふと、らしからぬ笑い声を漏らした。

「媚薬を渡してあげたらどうだい?」

「え? でも、効果は抜群なんですよ?」

「まあ、確かに効果抜群だよね。悪獣退治にポーシャのポーションは、すごくよく効いた。お陰で、もう一部を残して撤収可能だ」

やはり独特の匂いに惹かれて大勢の悪獣が集まり、つい食い気に釣られてみんなで美味しく毒肉を食べたらしい。

「毒の連鎖だよね。その死肉を食べて毒がまた回る。今後は人里との境界線にあの毒肉を置いたらどうだと言われてるんだ。これで全面解決じゃないかと言われている。全部、君のおかげだよ。すごく感謝している。参謀連中もね」

うれしかったが、気もそぞろだった。
やっぱり危険物じゃない。パーティーに持って行くようなものじゃないと思う。

「そうですか。自分の作った毒ダンゴが役に立ったと思うと嬉しいです。ですけど、それほど効果がある媚薬をダンスパーティー会場でまくだなんて、絶対にやめた方がいいと思うのですが」

セス様は今度は本気でおかしそうに笑い出した。

「大丈夫だよ。だって毒ダンゴのそばに行った兵士のうちで異常が出た者は一人もいないんだから。魔獣専用だよ」

「でも、殿下にはめちゃくちゃ効きました」

セス様はこらえきれないように大笑いした後、再度大丈夫だと保証した。

「殿下のことが気になるのですか?」

「いえ、別に」

そうは言ったけど、ルーカス様は、まるで彫像のように美しい。
私はエッセンで見たルーカス様の姿を思い出した。

満身の力を込めて、魔力を放つ。
彼の魔力は紅く、放物線を描きながら遥か彼方へ鋭く切り込んでゆく。

戦うルーカス殿下は、あくまでストイックで、孤高の人で、ピンポイントでまさに私の好みだった。

あれで女好きでさえなければ。惜しい。

「殿下は女好きですからね。そこまで選り好みはなさらないと思うのですけど……」

「ええ? 殿下、別に女好きじゃないですよ?」

セス様がびっくりしたように言った。

「だって、学校ではいつ見てもご令嬢方に取り囲まれていますわ」

「それは向こうから来るのですよ。正直、殿下は相当困っていると思いますよ。王族という立場からあまり邪険にもできないしね」

「そうは見えませんけどね。いつも女性と一緒の時には、満面の笑顔ですわ」


「社交の場では、確かにいつも笑顔ですが冷たい笑顔だと言われていますよね。全然、相手をなさらないので冷淡な方だと言われています」

「へえ? 学校とは全然違うんですねえ」

私はちょっとびっくりした。
そばにいる時は、いつでもデロデロ甘々なのに。



納得できなかったけれど、翌日、私は食堂でアデル嬢に会って、媚薬の瓶を渡した。
セス様がなぜか強く薦めるからである。

「まあ、これが!」

「アデル様、それ、悪獣用ですのよ?」

目を輝かせるアデル嬢に、私は注意した。
くれぐれも、それだけは言っておかないと。

人用は禁止薬だ。そもそも作成不可能だと思う。
匂いに興奮する人なんて、よっぽどのフェチ以外いないと思うし。
何にしても、どの兵士も反応しなかったと言うことは、本当に人間には効かない。

だが、殿下には効いた。よくわからない。
殿下、アデル嬢のものになっちゃうのかなあ?

アデル嬢は、受け取った途端、
「勝ったあああ!」
と、令嬢にはあるまじきドスの利いた大声で雄(雌?)叫びをあげると、私なんかには目もくれず、どこかへ走り去ってしまった。

だんだん行動がスターリン家の令嬢化してますけど。

呆然と見送る私 & 取り巻き令嬢たち。

ずいぶん時間がたってから、令嬢たちのうちの一人が我に返って、恐る恐る私に声をかけた。

「あの……ポーシャ様……あの瓶、一体何が入ってますの?」

「あ、それはあの……」

黙っておいた方がいいのかしら。

「あれは、悪獣用の媚薬ですの」

途端に周りの空気が変わった。

「び、媚薬?」

「媚薬?」

「媚薬ですって?」

「何ですってええええ?」

「皆様、落ち着いて!」

私も叫んだ。

「あれは悪獣用ですのよ!」

悪獣用の!
悪獣用の!
悪獣用の!

大事なことなので三度言いました!

聞いてねえし!

聞けよ、もうっ!

「た、大変ですわ」

彼女達はお互い同士で大興奮だった。

「そうですわ。使うつもりですわ。その気満々ですわ」

彼女たちはせわしげに囁き交わした。

「ルーカス殿下狙いに間違いありませんわ」

「もしもし? あれは悪獣用ですのよ? 殿下は悪獣じゃありません。人間です。効かないはずです」

私は注意した。

「でも……」

「ホンモノの媚薬なんか作ったら、捕まってしまいます。人の心を操るものは禁忌品ですからね」

この言葉を聞いた途端、令嬢たちの顔色が変わった。

「もしや、ポーシャ様、お作りになれるのでは?」

「ハッ? 確かに! ポーシャ様はポーションに関しては天才だと!」

「作りませんよ! そんなもの!」

私は叫んだが、言葉の選び方を間違えた。
作れませんと言えばよかった。

後悔、先に立たず。

令嬢たちは、ものすっごく物欲しそうな顔になり、それから、コソコソと何か囁きながら消えていった。

「ポーシャ様」

一人残された私に、こっそりと声をかける人物がいた。

「あっ、バスター君!」

なんだかずっと悪夢のような人たちと一緒だった気がする。バスター君の顔を見ると、当たり前の世界に引き戻されたような気がした。

バスター君は丁重にお辞儀した。

「どうしたの、バスター君」

「だって、私はあなたのお屋敷で働かせていただくことになったんです。ついに執事のカールソンさんに認めてもらったのです。大変名誉なことです」

「バスター君まで、そんなこと言わないでほしいな。お友達がいなくなっちゃう」

バスター君が当惑した表情になった。

「ねえ、ポーシャ様。リーマン侯爵令嬢とお友達になるのは無理があるかもしれませんが、最下位クラスの子爵家の令嬢や男爵家の令嬢とは、結構お友達になっていたではありませんか」

それは確かにそうかもしれない。

「爵位なんか関係ないのでは? 気があって、話していて面白かったら、友達じゃないのですか?」

おお、バスター君!

なんだか知らないけど、バスター君の言うことは心に沁みるわ。

確かにその通りだ。

「バスタ-君、大好き!」

「あの、ポーシャ様、そのような発言はなさらないでいただくとありがたいですね」

「どうして? 好きなものを好きと言っているだけよ」

バスター君はため息をついた。

「誤解を呼ぶからですよ。とにかく、今日の用事はまず、うちの父です。ハウエル商会が出来ることなら、毒ダンゴの製法を教えて欲しいと言ってきております」

「いや、あれは……」

あれは多分売れるらしい。セス様が今後、農地と山間地との間に撒くと言っていた。

「十分な技術料をお支払いいたします。ポーシャ様お一人では、お作りになれないでしょう。大量に必要だと、漆黒の闇の冥府の帝王様からお聞きしました」

うーむ。

バスター君からまで、そのセリフを聞く日が来ようとは。
しかもバスター君にかかると、闇の帝王云々が、何の感動もなく、出入りの商人の肉屋のスミスさん、とかベリー侯爵夫人が来られましたーみたいに本当にありふれた日常茶飯な使用法になっている。

「その呼び方、変じゃない?」

「何がですか?」

「その、闇の帝王って……」

「セス様とお呼びするとお怒りなのですよ。このように呼べと言いつかっております」

淡々と語るバスター君。

その語り口を聞いていると、なんとなくこれでいいのだという錯覚に陥って行く。

「で、闇の帝王は、舎弟を二人連れて、総執事職に戻られました。紅蓮の懐刀様と殲滅の沙羅様です」

またもや淡々と。

「殲滅の沙羅様って、こう、茶色い巻き毛の背の低めのチャカチャカした感じで……」

「おや、ご存知なのですか?」

宿題で死にそうになっていた時とは違う落ち着きを身にまとっている。
バスター君、すごいな。

「自分で殲滅の沙羅って、名乗ったのか……」

私はちょっと驚いた。

確かに皿の殲滅度は高かったけど。

「いえ、闇の帝王様より名を授けられました」

変なダジャレ本能を発揮しないでほしい。

「彼女、侍女向けかなぁ?」

「ご安心ください。闇の帝王様から、掃除か洗濯が適職と伺っております」

バスター君がニコリとした。

「それより、一度公爵邸へお戻りくださいと帝王様より伝言を預かっております」

「なんで?」

「夏の終わりのパーティーの準備でございます」

「え……?」
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