【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi

文字の大きさ
上 下
57 / 97

第57話 媚薬と毒薬

しおりを挟む
セス様の言葉はなんだか心に刺さった。

とは言え、戦闘力はなくても、参謀としてセス様は十分高く評価されていたらしい。
ガウス元帥だとか、大本営の爺さん連中はセス様の言うことに、一も二もなく素直に聞いた。

「おお、ルロード殿の言う通りじゃ」

セス様が、何をどう言ったのか知らないけど、私は殿下を借り受けることになった。
いや、殿下をお守りする崇高な使命を拝命した……つもりだった。

事実上は殿下を別な仕事に駆り出すわけなんだけど、お願いする仕事の内容は……

毒を撒くだけの簡単なお仕事です。
悪獣がきたら、一目散に逃げるだけです。

それに私がご一緒します! 殿下を力いっぱいお守りしますわ。何も心配はありませんからね、殿下。

私は心の中で殿下に、安心してもらおうと繰り返し説明して、言い訳した。



疲れ果て、ものすごく汚くなった殿下は、無言のままついてきたが、戦場の最前線と全然違う方向に向かって行き、大本営の前も素通りしたら、さすがに聞いてきた。

「どこへ行くつもりだ?」

私たちは丸塔の家に向かっていた。


「殿下、今すぐお風呂にお入り遊ばせ」

私は嘆願した。殿下は、一転して丁重になった私にビックリしたらしいが、黙ってバスルームに消えていった。

丸塔の家には簡素なベッドしかなかったけれど『戦線のあそこよりマシだ』と殿下は言った。

真っ白で清潔なシーツは温めておいた。

泥棒魔法で(代金は払ったから泥棒じゃないけど)翼亭から私は肉団子の揚げたのだの、ビーフシチューだの、パリッとした野菜サラダだの、焼き立てパンにバターを付けたのだの、苺の乗っかったデザートなんかを取り寄せておいた。

「あー、うまそー」

いつもの殿下だ。……推しの雰囲気が何だか抜けていく。魔力が抜けていく……。ただの殿下だ、ありゃあ。

ガツガツ食べてベッドに飛び込む勢いで殿下は寝た。

安心しきって眠っている顔を確認してから、私はドアを閉めた。推しの尊顔だ。

「きっと勇者様って、こんな感じなのね……」

ちょっとウットリした。

勇者のお世話係……って、エロい話しか聞かないけど、まあ、私は生活魔法の使い手。お世話係のお世話係ってとこかなっ?


そして階下の部屋に戻ってセス様に話しかけた。

「殿下は、きっと疲れていらっしゃるんでしょうね」

私は同情と敬意に満ち満ちて言った。

セス様は、成り行きが変だけどとかぼやいていたが、一応返事した。

「うん。相当ね」

殿下は疲れていた。私は推しの疲労度に心を痛めていた。

「ねえ、セス様はこの戦いはバカげていると思うの?」

「この戦いがバカげているとは思わない。だけど、正面切って殺そうとしなくてもいいと思う。でも、魔獣相手だと、恐怖が先立ってしまう」

セス様は疲れたように言った。

「あなたも私も殿下も、魔力を帯びている。だから、その正体を知っている。だけど、魔力を持たない人間にとって、その存在は謎。人間、理解できないことには恐怖を抱くんだよね。参謀たちは人間相手の戦いしかしたことがないので、悪獣相手の戦略が上手くいっていない気がする」

「殿下は黙ってそのやり方に従っているの?」

「多分、別の思惑があるんだと思う。単に要請に応じただけだとは思うけど」

私の推しをこき使いやがって。推しとは、崇め奉るものなのよ!

「その、推し論とか言うのは知らないけど……あなたの毒肉ポーションは、効果はわからないけど、試み自体はいいと思う」

「私だって、ベストだなんて思っていないわ。だけど、早くしないと殿下が擦り切れてしまいますからね」

大事な推しは私が守り抜く。

「さあ、ご自慢の地図の使い方と絨毯の使い方を教えてもらいましょうか」



「オハヨー」

翌朝、私は多少とも疲れが取れてすっきりしたように見える殿下を、絨毯係に任命した。

「なに? 移動式絨毯を開発した? そりゃすごい。……だけど、試運転だ? それは嫌だ。どこ連れてかれるかわからないじゃないか!」

殿下の愚痴は無視した。

「あらかじめ設定したポイントに移動します」

「ピクニックじゃないんだぞ?」

私がぶら下げている大きなバスケットに目を留めた殿下が言った。中にサンドイッチでも入っていると思っているのか。中は毒薬だ。

「もちろん違います。そんな暇ありません」

私は宣言した。

「この毒を撒きます」

「え? 毒?」

殿下がびっくりした。

私は強く肯定した。

「そうです。毒です。魔獣用の媚薬です」

そして黒っぽい色のどろりとした液体が入ったガラス瓶を取り出した。厳重に封をしてある。

「魔獣用の媚薬?」

殿下はいかにも疑わしいと言わんばかりに、小瓶を見て、それから私の顔を見た。

「これを撒いて行きます。媚薬と言ってもムスクやマタタビみたいな特殊な匂いです。これに遅効性の毒を混ぜています。媚薬が効いているので、同じ種類を探して毒を広めます。魔獣はそっちに気を取られて、人里に来なくなる」

「色気より食い気だったらどうするんだ」

「……前提からひっくり返さないでください」

それでも殿下は素直についてきた。

「要は絨毯への魔力供給係と言う訳か」

「違いますよ、殿下」

セス様が注意した。

「ポーシャ様の護衛ですよ。ポーシャ様は殿下に強固な保護魔法を掛けます。ポーシャ様の保護魔法は毒には万全です。だが、魔獣の本気の攻撃には脆弱です。殿下が守ってあげてください」

「おお。わかった」

「本当は殿下をこんな用事にお願いするのは心苦しく、できれば殿下が他の騎士様をご紹介してくださって、その方と二人で回った方が私としては喜ばしいのですが……」

私が言いかけると、セス様が割り込んだ。

「しかし、いくら保護魔法をかけるとは言え、悪獣の総本山に乗り込むようなものです。他の騎士では力不足」

殿下が大きくうなずいた。

「その通りだな!」

いつもの殿下に戻ってしまう。寡黙で謙虚だが実力派の私の推しはどこへ行った。

「大勢の騎士をポーシャ様に付けると、全員に保護魔法をかけなくてはならず、ポーシャ様の負担が増えるうえ、保護魔法が弱くなってしまいます。その点殿下なら一人で十分。ポーシャ様と二人だけで一日で回れます」

殿下の目がピカリと光った。なんかいやな予感がする。余計なスイッチが入った気がする。

「じゃあ、一番最初のポイントは、どこかな? ポーシャは知らないかもしれないけど、僕はセスの作った絨毯や地図の操作方法は良く知っていてね。そこは安心してくれ」

殿下は手早く床にポータブル絨毯を敷くと、手招きした。

「この絨毯、小さいからね。もっとこっちへ来て」

寡黙な殿下はどこへ行った。

仕方ないので、私は渋々絨毯に乗った。

「いってらっしゃい」

セス様の、妙に口元が歪んだ笑いがすごく気になったけど、そのまま移動するしかなかった。
しおりを挟む
感想 74

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

処理中です...