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第45話 悪獣発生
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家の問題が一段落ついたので、私は学校の寮に戻り、ゆっくり徒歩で教室に向かっていた。
セス様と婚約したと言う噂を流せば……多分、殿下を狙う連中からの刺すような視線はなくなるだろう。今までよりずっと気楽に過ごせる。
セス様は大勢?のアタックをかましまくる女性たちから解放される。
彼はあまり大ぴらには愚痴らなかったが、数名の高位の家のご令嬢方から本気や打算のお申し込みを受けていて、断りにくくて困っているらしかった。
魔法塔のセス様の上司、魔法塔長は、立派な家柄の貴族だが、単なる名誉職で魔法力はない。見るからにやんごとないお方で、色々と縁談を持ち込んでくださるそうである。
「伯爵令嬢と言う高いご身分なのだ。平民の君には過ぎたるものだよ」
諭すようにしつこく何回も詰め寄られていることを、聞いて知っていた。
実力者だが平民なので、高い身分を欲しがっているに違いないと信じられているらしい。
そう言う思い込みには、修正が効かないだけに、相当困っているらしい。
私が婚約者だという噂が流れれば、どの縁談もなくなってしまうだろう。アランソン公爵は最強だ。
セス様は、上っ面を取り繕うのが意外にうまかった。婚約のお申し込みに関しては、それが逆に仇になったと思う。普通の常識人だと勘違いされて、お申し込みが殺到してしまったに違いない。
最初にもらった手紙なんか、本当に常識人ぽかった。だけど、あの漆黒の闇のクロード様を見ていると、なんだか殿下の方が普通の人に思えてきたわ。
「そんなのと婚約しましたとか言ったら、殿下もおばあさまも激怒しそうだけど……」
弱みを握ったのだから、せいぜいセス様には活躍してもらおうっと。
婚約相手(仮面)にセス様ほどぴったりな人はいない。
いつものように学校に向かったが、その日、学校は何だか雰囲気がおかしかった。妙な緊張感が漂っていた。
生徒たちは顔をこわばらせ、登校したばかりだと言うのに、帰っていく者がいた。彼らは、あわてた様子で私など目に入らぬ様子ですれ違った。
普段と全然違う。
私は、クラスの顔見知りの令嬢から話を聞いた。
「一体、何があったと言うのですか?」
その瞬間も一人の男子生徒が、部屋を出ていくところだった。これから授業が始まると言うのに。
「さっき第一報が入ったところですの。十年ぶりだそうですわ」
彼女も不安そうだ。
「何の報せですか?」
「悪獣の大量発生ですわ。北部地方の山岳地帯、森林地帯に」
悪獣……?
私はぼんやりと授業を思い出した。
悪獣と呼ばれる生き物は、気候の変動によって大量に発生することがある。
寒すぎたり、あるいは雨が全く降らなかったりすると、餌がなくなって移動を始めるのだと言われていた。
でも、それは教科書の中の話であって、テストに出るから重要なだけで、私たちの生活には全く関係ないはずだった。
「普通の武器が効果があまりないそうで……」
彼女は不安そうに言った。
普通の武器とは、弓矢や銃のことだ。
「うまく当てられないので、困るのだと兄が申しておりました」
悪獣の姿はほぼ幻影だ。私の保護魔法のように。人間の目ではよく見えない。
もちろん、本体がある。それをうまく狙えば人間の敵ではない。だが、人の目でははっきり捉えられないので、まるで悪霊のようで忌み嫌われていた。
数が多く、どこまでも農地や森林を踏み荒らしやって来る。怖いのは途中でエサになるものは全部食べてしまうこと。
蓄えた食料も、たまたま出会った家畜も人間も。
食べ尽くすと、次の場所へ移動する。
穀物蔵には火をつけて燃やし、食料を残さないようにして撤退する。結構な被害になる。
家畜は連れて逃げなくてはならない。
唯一彼らに対抗できる魔法戦士や魔術師たちは、全員駆り出されて対応に追われることになる。
「貴族なので行かなくてはなりませんけど、兄に魔力はほとんどありません」
妹の子爵令嬢はささやくように言った。心の底から心配しているらしかった。
「人相手なら、鍛錬の結果、上達することもあるけれど、魔力は生まれつきです。貴族だから、戦場に行かなくちゃならないだなんて……残酷ですわ。戦う術もないのに」
人の魔力持ちは、少ない。そして貴族に偏っている。
だから貴族学校がざわついているのだ。
私は高位貴族のクラスに行ってみることにした。
高学年の授業は行われていなかった。
男子生徒がいない。何人か女子も準備しているらしい。戦闘力のある女子だっている。
戦闘系の魔術が使える者は、軒並み準備のために授業を休んでいるらしかった。
「おばあさまは?」
そうだ。おばあさまがいた。最強兵器と呼ばれるおばあさまが。あと殿下も結構強いと言われていたような?
私はどうだろう?
実は私は、後からようやく魔術の授業に入ることが許されたので、まだ戦闘系の授業をほとんど受けていなかった。だからどれくらい戦えるかなんて、さっぱりわからない。
考え事をしながら、高位貴族が多い教室の辺りを歩いていると、突然声をかけられた。
「ポーシャ嬢」
アデル嬢だった。
「あ、金貨十枚」
「何、言ってんのよ?」
彼女は、興奮して気が立っているようだった。
「殿下も行くのよ。心配だわ。私はお見送りに行くわ。ケガでもなさったらどうなるのかしら」
ケガ?
「あっ」
私は叫んだ。
「何よ?」
「思いついたことがある!」
「だから何よ?」
私はアデル嬢なんかほっといて、寮の自分の部屋に向かって走り出した。
そうだ。命のポーション。私にできること。
たくさん作ればいい。あれは万能薬だ。なんにでも効く。たとえ死に瀕していようと。
作るのが、やたらに難しいが、バスター君の宿題のために一度だけ作ったことがある。先生によると成功だったらしい。それもかなり高い効果があったと。
寮の部屋から、モンフォール十八番地に行こう。
作ったポーションはハウエル商会に渡せばいい。必ず届けてくれるはずだ。
急いで寮の部屋のドアを開けると、テーブルの上に手紙が二通届いているのが見えた。
一通は多分セス様から。
ビジネスマンを取り繕う気は、すっかり無くなったらしく、真っ黒の地に銀でおかしな模様が書かれている。双頭の鷲かしら? 中の文章も飾り文字でゴテゴテしていたが、内容の方はヘタレていた。
『君のおばあさまから、戦時非常徴収だとお呼びがかかったので、しばらく公爵領の世話はしなくていいことになった。僕は戦闘魔法が得意じゃないんだ。だけどおばあさまは容赦ないな。大魔術師として出来るだけのことをしろとさ。君は学校にいて、危ないことをしないこと。誰も助けに行けないからね』
もう一通は殿下だった。
『ポーシャ。会えなくてごめん。僕はちょっとばかり活躍しに行ってくる。危ないことはしないこと。いいね?』
危ないことはしないこと。
「信用がないなあ」
私はつぶやいた。
殿下がさよならを言いに来ない。それだけ事態は深刻だってことかしら。
私は急いで着替えて、モンフォール街十八番地に向かった。
出来ることがあるなら、やればいい。いつもはツンとした子爵令嬢の、涙がにじんだような顔が気になった。
私は夢中になって、ひたすら命のポーションを作りまくった。
朝から必死で作って、昼も過ぎ、夕方になってお腹が減っていることに気がついた。
食べなくてはいけない。
ようやく泥棒魔法で学校から食料を取り寄せたが、なんだか食欲がないので二階にあがって窓の外を眺めた。
この家の構造はおかしい。
二階なのに五階くらいの高さがある。
西の空が明るい。
夕方だからかと思ったけれど、もうかなり遅いはずだ。
地の果て、地平線のあたりが、ぼうっと赤い色に染まっている。
胸がドキドキしてきた。
まさか、こんな遠くから見えるほど、すごい戦闘なんだろうか。
それとも危険は身近に迫っているのだろうか。
しばらく我を忘れて光に見入っていたが、やがて光は消えてしまった。
どことなく普段と違ってざわついていたように感じる街も、光が消えてしばらくすると、さすがに灯りが消え始めた。
闇雲にポーションを作っても意味がないかもしれない。別のポーションの方が需要があるかもしれない。
学校に行って情報を集めよう。
作り置きした傷薬や、痛み止め、水虫治療薬もある。
まあ、水虫治療薬はこの際、関係なさそうだけど、何が役に立つかわからない。
食欲が湧かなかったが、無理やり詰め込んで、無理でも寝ることにした。
明日がある。
私は私にできることをしなくちゃいけない。
あのおばあさまの孫なんですもの。できることがあるはずだ。
とりあえず、サンプルを鞄に詰め込んで、私は寮の部屋に出て、そこから学校に行った。
いつもの子爵令嬢に会えたので、状況を聞いてみた。
「私の父が王宮に勤務していますの。そこからちょっとだけ聞いた話なんですが、第一隊はルーカス殿下が指揮されて、もう出立されたそうですの。昨日の深夜」
殿下、行っちゃたのか。
「もちろん殿下はパワーはあります。でも、今回が初陣なので、元帥閣下がお供されたそうですわ」
「元帥閣下って、どんな方ですの?」
「魔術師だったのですが、お年で魔力が枯渇されて、今は学校で魔獣などの戦略方法を教授されているそうですわ」
全く知らん。魔力って枯渇するのか。うちのおばあさまは、どうなっているんだろう。
「第二隊は今日出発します。ベリー公爵夫人が主力だそうで」
出たな。おばあさま。
「私、ベリー公爵夫人のこと知りませんでしたが、年齢にもかかわらず、すごい力の持ち主だそうで、特に戦闘系は他の追随を許さないと聞きました」
何か感慨を覚えた。
何の役にも立たないと思っていたおばあさまだけど、違うんだ。
次に、私はウロウロしているバスター君を捕まえた。
バスター君も周りの浮足立った雰囲気に押されて、落ち着きがないように見えた。
彼はほぼ平民だし、魔力がほとんどないことをみんなが知っている。戦闘に出ることを期待されているわけじゃないだろうから、不安そうにすることはないのに?
「ポーシャさん!」
「バスター君! よかった。会えた。ねえ教えて欲しいんだけど、ハウエル商会は、悪獣退治の部隊に物品を納入してるんじゃないの?」
「え? ええ。そうです。それより僕はどうしたらいいのかわからなくて」
「どういう意味? バスター君の魔力は微弱だし、戦闘系ではないでしょ?」
微弱は言い過ぎだったかなと私はちょっと反省したが、事実は事実。多分戦場では足手まといだろう。
バスター君は顔をくしゃっとゆがめた。
「僕より微弱でも志願して参戦しているのです」
その人たちもまとめて、足手まといじゃないのかしら……
「ねえ、バスター君、私と一緒に今からハウエル商会にいかない? 私たちには、私たちにしかできないことがあると思うの」
「え?どんなことですか?」
私は熱を込めて言った。
「ポーションよ。ポーションの需要があるに決まってるじゃない。絶対、不足してるわ。私たちがポーションを作れば、きっと役立つと思うの。頑張ろうよ、バスター君!」
セス様と婚約したと言う噂を流せば……多分、殿下を狙う連中からの刺すような視線はなくなるだろう。今までよりずっと気楽に過ごせる。
セス様は大勢?のアタックをかましまくる女性たちから解放される。
彼はあまり大ぴらには愚痴らなかったが、数名の高位の家のご令嬢方から本気や打算のお申し込みを受けていて、断りにくくて困っているらしかった。
魔法塔のセス様の上司、魔法塔長は、立派な家柄の貴族だが、単なる名誉職で魔法力はない。見るからにやんごとないお方で、色々と縁談を持ち込んでくださるそうである。
「伯爵令嬢と言う高いご身分なのだ。平民の君には過ぎたるものだよ」
諭すようにしつこく何回も詰め寄られていることを、聞いて知っていた。
実力者だが平民なので、高い身分を欲しがっているに違いないと信じられているらしい。
そう言う思い込みには、修正が効かないだけに、相当困っているらしい。
私が婚約者だという噂が流れれば、どの縁談もなくなってしまうだろう。アランソン公爵は最強だ。
セス様は、上っ面を取り繕うのが意外にうまかった。婚約のお申し込みに関しては、それが逆に仇になったと思う。普通の常識人だと勘違いされて、お申し込みが殺到してしまったに違いない。
最初にもらった手紙なんか、本当に常識人ぽかった。だけど、あの漆黒の闇のクロード様を見ていると、なんだか殿下の方が普通の人に思えてきたわ。
「そんなのと婚約しましたとか言ったら、殿下もおばあさまも激怒しそうだけど……」
弱みを握ったのだから、せいぜいセス様には活躍してもらおうっと。
婚約相手(仮面)にセス様ほどぴったりな人はいない。
いつものように学校に向かったが、その日、学校は何だか雰囲気がおかしかった。妙な緊張感が漂っていた。
生徒たちは顔をこわばらせ、登校したばかりだと言うのに、帰っていく者がいた。彼らは、あわてた様子で私など目に入らぬ様子ですれ違った。
普段と全然違う。
私は、クラスの顔見知りの令嬢から話を聞いた。
「一体、何があったと言うのですか?」
その瞬間も一人の男子生徒が、部屋を出ていくところだった。これから授業が始まると言うのに。
「さっき第一報が入ったところですの。十年ぶりだそうですわ」
彼女も不安そうだ。
「何の報せですか?」
「悪獣の大量発生ですわ。北部地方の山岳地帯、森林地帯に」
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私はぼんやりと授業を思い出した。
悪獣と呼ばれる生き物は、気候の変動によって大量に発生することがある。
寒すぎたり、あるいは雨が全く降らなかったりすると、餌がなくなって移動を始めるのだと言われていた。
でも、それは教科書の中の話であって、テストに出るから重要なだけで、私たちの生活には全く関係ないはずだった。
「普通の武器が効果があまりないそうで……」
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人の魔力持ちは、少ない。そして貴族に偏っている。
だから貴族学校がざわついているのだ。
私は高位貴族のクラスに行ってみることにした。
高学年の授業は行われていなかった。
男子生徒がいない。何人か女子も準備しているらしい。戦闘力のある女子だっている。
戦闘系の魔術が使える者は、軒並み準備のために授業を休んでいるらしかった。
「おばあさまは?」
そうだ。おばあさまがいた。最強兵器と呼ばれるおばあさまが。あと殿下も結構強いと言われていたような?
私はどうだろう?
実は私は、後からようやく魔術の授業に入ることが許されたので、まだ戦闘系の授業をほとんど受けていなかった。だからどれくらい戦えるかなんて、さっぱりわからない。
考え事をしながら、高位貴族が多い教室の辺りを歩いていると、突然声をかけられた。
「ポーシャ嬢」
アデル嬢だった。
「あ、金貨十枚」
「何、言ってんのよ?」
彼女は、興奮して気が立っているようだった。
「殿下も行くのよ。心配だわ。私はお見送りに行くわ。ケガでもなさったらどうなるのかしら」
ケガ?
「あっ」
私は叫んだ。
「何よ?」
「思いついたことがある!」
「だから何よ?」
私はアデル嬢なんかほっといて、寮の自分の部屋に向かって走り出した。
そうだ。命のポーション。私にできること。
たくさん作ればいい。あれは万能薬だ。なんにでも効く。たとえ死に瀕していようと。
作るのが、やたらに難しいが、バスター君の宿題のために一度だけ作ったことがある。先生によると成功だったらしい。それもかなり高い効果があったと。
寮の部屋から、モンフォール十八番地に行こう。
作ったポーションはハウエル商会に渡せばいい。必ず届けてくれるはずだ。
急いで寮の部屋のドアを開けると、テーブルの上に手紙が二通届いているのが見えた。
一通は多分セス様から。
ビジネスマンを取り繕う気は、すっかり無くなったらしく、真っ黒の地に銀でおかしな模様が書かれている。双頭の鷲かしら? 中の文章も飾り文字でゴテゴテしていたが、内容の方はヘタレていた。
『君のおばあさまから、戦時非常徴収だとお呼びがかかったので、しばらく公爵領の世話はしなくていいことになった。僕は戦闘魔法が得意じゃないんだ。だけどおばあさまは容赦ないな。大魔術師として出来るだけのことをしろとさ。君は学校にいて、危ないことをしないこと。誰も助けに行けないからね』
もう一通は殿下だった。
『ポーシャ。会えなくてごめん。僕はちょっとばかり活躍しに行ってくる。危ないことはしないこと。いいね?』
危ないことはしないこと。
「信用がないなあ」
私はつぶやいた。
殿下がさよならを言いに来ない。それだけ事態は深刻だってことかしら。
私は急いで着替えて、モンフォール街十八番地に向かった。
出来ることがあるなら、やればいい。いつもはツンとした子爵令嬢の、涙がにじんだような顔が気になった。
私は夢中になって、ひたすら命のポーションを作りまくった。
朝から必死で作って、昼も過ぎ、夕方になってお腹が減っていることに気がついた。
食べなくてはいけない。
ようやく泥棒魔法で学校から食料を取り寄せたが、なんだか食欲がないので二階にあがって窓の外を眺めた。
この家の構造はおかしい。
二階なのに五階くらいの高さがある。
西の空が明るい。
夕方だからかと思ったけれど、もうかなり遅いはずだ。
地の果て、地平線のあたりが、ぼうっと赤い色に染まっている。
胸がドキドキしてきた。
まさか、こんな遠くから見えるほど、すごい戦闘なんだろうか。
それとも危険は身近に迫っているのだろうか。
しばらく我を忘れて光に見入っていたが、やがて光は消えてしまった。
どことなく普段と違ってざわついていたように感じる街も、光が消えてしばらくすると、さすがに灯りが消え始めた。
闇雲にポーションを作っても意味がないかもしれない。別のポーションの方が需要があるかもしれない。
学校に行って情報を集めよう。
作り置きした傷薬や、痛み止め、水虫治療薬もある。
まあ、水虫治療薬はこの際、関係なさそうだけど、何が役に立つかわからない。
食欲が湧かなかったが、無理やり詰め込んで、無理でも寝ることにした。
明日がある。
私は私にできることをしなくちゃいけない。
あのおばあさまの孫なんですもの。できることがあるはずだ。
とりあえず、サンプルを鞄に詰め込んで、私は寮の部屋に出て、そこから学校に行った。
いつもの子爵令嬢に会えたので、状況を聞いてみた。
「私の父が王宮に勤務していますの。そこからちょっとだけ聞いた話なんですが、第一隊はルーカス殿下が指揮されて、もう出立されたそうですの。昨日の深夜」
殿下、行っちゃたのか。
「もちろん殿下はパワーはあります。でも、今回が初陣なので、元帥閣下がお供されたそうですわ」
「元帥閣下って、どんな方ですの?」
「魔術師だったのですが、お年で魔力が枯渇されて、今は学校で魔獣などの戦略方法を教授されているそうですわ」
全く知らん。魔力って枯渇するのか。うちのおばあさまは、どうなっているんだろう。
「第二隊は今日出発します。ベリー公爵夫人が主力だそうで」
出たな。おばあさま。
「私、ベリー公爵夫人のこと知りませんでしたが、年齢にもかかわらず、すごい力の持ち主だそうで、特に戦闘系は他の追随を許さないと聞きました」
何か感慨を覚えた。
何の役にも立たないと思っていたおばあさまだけど、違うんだ。
次に、私はウロウロしているバスター君を捕まえた。
バスター君も周りの浮足立った雰囲気に押されて、落ち着きがないように見えた。
彼はほぼ平民だし、魔力がほとんどないことをみんなが知っている。戦闘に出ることを期待されているわけじゃないだろうから、不安そうにすることはないのに?
「ポーシャさん!」
「バスター君! よかった。会えた。ねえ教えて欲しいんだけど、ハウエル商会は、悪獣退治の部隊に物品を納入してるんじゃないの?」
「え? ええ。そうです。それより僕はどうしたらいいのかわからなくて」
「どういう意味? バスター君の魔力は微弱だし、戦闘系ではないでしょ?」
微弱は言い過ぎだったかなと私はちょっと反省したが、事実は事実。多分戦場では足手まといだろう。
バスター君は顔をくしゃっとゆがめた。
「僕より微弱でも志願して参戦しているのです」
その人たちもまとめて、足手まといじゃないのかしら……
「ねえ、バスター君、私と一緒に今からハウエル商会にいかない? 私たちには、私たちにしかできないことがあると思うの」
「え?どんなことですか?」
私は熱を込めて言った。
「ポーションよ。ポーションの需要があるに決まってるじゃない。絶対、不足してるわ。私たちがポーションを作れば、きっと役立つと思うの。頑張ろうよ、バスター君!」
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