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第38話 慣れない口説き

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後で知ったことだが、殿下は『真実の愛を告白して受け入れてもらった途端に、呪いが解けた』のだとドレスメーカーの店員に真顔で説明していたそうだ。

なんだとお?

だが、この時点では、そんなこと知らない私は、ノコノコ殿下についていった。

殿下はなんだか胡散うさん臭いので、一緒の食事など正直困るのだが、今回はドレスメーカーの皆さんが、それはもう奥歯の本数まで数えられそうなくらいの満面の笑みで私たち二人を祝福?してくれたので、断りにくかった。

どう見ても本人に似合わなさそうと、心に疑問を抱えながら作ったドレスが、(普通はドレスの方を変更しなくてはならないところ)本人の形状の方が変更されて、ピタリとハマったので、心の重荷が取れて嬉しかったのだと思う。



私は外で食事をしたことがなかった。

だから、見たこともないくらい高級そうな店に入り、豪華そうなメニューから殿下が好き放題に注文を始めた時、一体いくらするんだろうとものすごく心配になった。

だが、気がつくと護衛も一緒で、彼らもてんでにメニューを持ち、勝手に注文していた。

はぁ。護衛分も。

そりゃそうだ。第二王子とはいえ、王子は王子。
護衛は必需品だ。食事をするなとは言えない。そして殿下の護衛は、多分、全員貴族。護衛費も高くつくよね。

「殿下、こちらもお高いのでは?」

ウェイターが慇懃いんぎんに引き下がった隙を狙って私は尋ねた。

「もし、今日の食事代をタダにしてくれと頼んだら、この店のオーナーは喜んでタダにしていくれると思うな」

悠然と殿下は言った。

「どうして?」

「だって、第二王子殿下が気に入りの女性を連れて食事しに来てくれたのだ。名誉なことだ」

「浮気じゃないんですか?」

「誰が?」

ムッとして殿下が聞いた。

「殿下ですよ。もう誰か婚約者が決まったんじゃないんですか?」

「婚約者は君だ」

「もう、婚約者を気取らなくていいんですよ?」

殿下はぐっと身を乗り出した。

「君を愛してる。これだけは忘れないで。君を必ず助ける。それが出来る人間はそう多くない。鏡を見て」

レストランには、キラキラ輝く鏡が多く設置されていた。

「銀色めいた金の髪。目鼻立ちの美しいその顔立ち。すらりとした体つき。その髪に紫のリボンの服はとても似合うね。こんな美しい人を見たことがあるかい?」

鏡の中の人は本当にきれいだった。
すごく不思議な気持ち。
そして、もっと不思議なことに、その顔は知っている顔のような気がしてきた。

おばあさま、おかあさま、あの肖像画の中の小さな姉。

……姉はいなかった。

私はやっと気がついた。あの小さな女の子は私だったのか……

「美しいものは心を惑わせる。もし君が君じゃなくても、その容姿だけで心を乱される。自分のものにしたくなる。君を所有したい。僕だけを見つめて欲しいんだ、ポーションじゃなくて」

私は黙り込んだ。

私は誰のものでもない。私のものだ。

「僕を頼って。君を助けられる人は、そう多くない。君と同じくらい魔力があって、地位があって、お金があって、そして僕は君のことが好きだ」

好条件の羅列……

どうしたらいいのかわからない。


帰りは遅くなり、学校の門はすでにしまっていたが、殿下は王子特権で門番を叩き起こし、一緒に寮に戻ると、殿下は護衛を帰してしまった。
え、この後、どうするの?

殿下は当然のように、寮の中の私の部屋についてきた。

いいのか? これ?

私は話題を必死で探した。なんだかいたたまれない。

「そうそう。殿下、お願いがあるのですが?」

「何かな?」

嬉しそうだけど。

「ええと、実は、おばあさまから鍵を貰ったんです。絨毯の鍵」

殿下の目がピカッと光ったが、鍵を確認するとシュンとなった。

「君の出入りはいつでも可能だけど、僕は名指しで制限されてるね」

「名指しで制限?」

「うん。朝の二時間だけ来ていいことになってるね。おばあさま、考えたな」

殿下と朝ご飯一緒に食べてましたって、私、話したっけ?

「そうかー。でも、まあ、これで朝食は一緒に食べられるな」

殿下は嬉しそうだったが、私はかねがね謎だったので、殿下に聞いた。

「どうして殿下はいつも私に朝食の準備をさせるのですか?」

「え? だって仕方ないじゃない。僕、出来ないし」

「え? 魔法量、莫大って言ってなかったでしたっけ?」

「僕の魔力は膨大だよ! だけど人には得意不得意があってだね」

殿下の説明によると、殿下の魔力は戦闘系なのだそうだ。

「君のおばあさまと同じ。だから、この平和な世の中では役に立たなくて」

「おばあさまは、ドラゴン退治に出かけたと、言ってましたが」

「あれは害虫駆除だよね。サイズ感的には」

納得した。

「じゃあ、護衛はいらないのでは?」

私は眉をしかめて尋ねた。

「そりゃいらないけど、君と一緒に出かける時は必ずついてくる。君を僕から護衛している」

「……………」

「それから、僕はポーションや治癒魔法は苦手。家事魔法も苦手。及第点を取るくらいなら問題はない。現在、僕の力は土木事業に有効活用されている」

「な、なるほど」

「いくら平和でも、国境線や荒れた土地で小競り合いは絶えない。その都度駆り出されているけど」

「セス様は?」

「彼はすごい。ほぼオールラウンダーだ。隠密系に強いが、そのほかに治癒魔法が使える」

「すごい」

「この部屋にアラームを付けたのもヤツだ。君が嫌な思いや危険にさらされたら……」

えっ? アラーム付きだったの?

「警報が鳴り響くのですか?」

「ではなくて、相手が物理で潰される」

私は心の底から納得した。

今日、護衛はあっさり私の部屋に殿下を残して帰って行ったが、一応、どうしてなのかなと思っていた。

確かに殿下の護衛だから、私がどうなろうと気にする必要はない。
そう考えてちょっと悲しかったけど、真相を知ってみれば、逆だった。むしろ殿下にとって、この部屋はとても危険なのでは?

「最後の部分……危険物に対する対処法だけは、君のおばあさまが設置していったんだ。雑な魔法だよね。セスに頼んでくれたらよかったのに。潰さないで拘束してくれたと思うんだよね。それでも効果は十分だし」

「殿下は、どうしてそれがわかるんですか?」

「部屋にアラーム魔法がかかっていることは感知できる。細かいことはおばあさまから手紙が来たから」

牽制か。牽制だな。

「で、君だけど、今、全科目取ってるんだって?」

「はい。楽しいです」

「楽しい?」

殿下は変な顔をした。

「まあ、初級だからかもしれないけど、特に楽しいとか、得意とかない?」

「逆に戦闘系は困りました。かわいそうで」

「かわいそう?」

「二人一組なんですが、相手がかわいそうで」

「あ、そうなの? もしかして、ポーシャは強いのかな?」

「分かりませんけど、あんまり力一杯出来てないです」

一度僕とやってみる?と殿下は言ったけど、その後さらに聞いた

「あとは?」

「まだ、これからだと思います」

殿下は二時間ほど粘って、久しぶりに魔法の絨毯で戻っていった。

出て行く分には、二十四時間体制で対応してくれる気の利く絨毯だ。

お招きする場合は、オーダーに応じてくださるらしく、そこもまた高評価だ。私の気に入らない人間は勝手に入れない。

そして何より、これでモンフォール街十八番地に寮から直接行けるようになった。

素晴らしい。

「これでバンバンお金が稼げるわ!」

まず、殿下が払ってくれたドレス代を返すところから始めなくちゃ。

私は殿下から、取り返した皮袋の中の金貨のことなんかきれいに忘れて、ポーション一本につき、いくら儲かるか計算を始めてしまった。
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