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第18話 アデル嬢名乗り出る
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私の両親の名前は、リューク・アランソンとマーシャ・アランソン。
そして私は一人娘だという。
記憶によれば、確か姉がいたはずだが、領地に祖母と二人きりで暮らしていたと言うことは、多分姉も両親と共に王都にいて流行病で亡くなったのだろう。
当時、王都にいなかったことは私の命を救ったが、社会的には抹殺されてしまった。
莫大な富と権力を持つアランソン公爵の名前を欲しがる一人の男のために。
ジョン・アランソン。
今はアランソン公爵を名乗っている。
そして第二王子ルーカスはアランソン家の娘と婚約している。
これは、きっと政略的なものだったのだろう。王家としても、強大な勢力を誇り領地も広いアランソン公爵家が変な勢力と結びつかれたら厄介だ。
そして、ここがミソで、ルーカス王子の婚約者はアランソン公爵家の娘と言うだけであって、個人名は公表されていなかったらしい。
ジョン・アランソンは、それを利用して、自分の娘のどちらかとルーカス殿下は婚約関係にあると言っているわけだ。
「どっちもタイプ的には好みではないとおっしゃっていたけど……」
殿下はセス様まで連れてきて、二人で私を公爵令嬢だと説得しにかかったが、結局、だから何なんだ?
王宮から戻って来て、私は自分の部屋のランプに火を灯した。
思ったより時間が経っていて、もう夕方だった。疲れた。
ランプの光が届く範囲の私の部屋は、殿下の上等な机やソファーなんかとは比べ物にならない。質素で必要最低限のものしか置いてない。
この灰色の女中服は、王宮では何と言うか違和感ありまくりだった。
殿下の部屋では朝食をいただいたけど、その時の使用人の皆さんの方が、私よりはるかにいい服を着ていた。私は彼女たちの家の使用人レベル、それも人目に触れない使用人のレベルだろう。
あの人たち、完全ポーカーフェイスだったが、内心何を思っていただろう。それを考えると、なんか怖い。
ここでなら、落ち着く。
平民扱いのポーシャなら、今のままで十分なのだけれど、そんなわけにはいかないのだと、殿下とセス様は言った。
保護魔法が解けるとか、未だに半信半疑だ。
ただ、ツジツマは合う。
どうして殿下が最初から、私に付きまとって来たのか。
私は悩みかけたけど、考えても仕方なかった。
「よしっ! 考えるのはやめだ!」
今日は泥棒魔法宅配便を使用しよう。こういう時はおいしいものをたらふく食べるに限る。
私は、食堂でおいしそうなローストビーフとポテトの付け合わせを見つけた。あと、チーズケーキと苺のタルトも。
掃除と洗濯を先にすませてから、私は早めの夕食をゆっくりとって、ポーションの本を読み、よくわからない事情に満ちている、悩みだらけの現世を忘れることに専念した。
そして翌朝、濃いコーヒーとクロワッサンにかぶりついて決意を決めた。
これまでだって、どうにかしてきた。
これからだって、どうにかなるだろう。何があっても、適当! 適当にゴマ化して好きなように生き抜いてやる。
しかし、次の日の朝、私は早速難関にぶち当たってしまった。
最上位のクラスのご令嬢から、見るからに上等な、いかにも高位の貴族然とした格式ばった招待状を頂戴してしまったのである。
アデル・マグダレーナ・リーマン侯爵令嬢って誰?
封を切って読んでみる。
この手紙、香水くさいな。
どうやら先日、私が自分のクラスのご令嬢方相手に、殿下の真実の愛の相手を公募したのが実を結んだらしかった。
本日、放課後、例の裏庭のバラ園で『真実の愛のための重要な案件について』面会を申し込まれた。
えーと、事情がうっすら分かって来た今となっては、なんだか今更なのですが。
『お待ちしています』(って、書いてある)
殿下のお待ちしていますは、気持ちよく無視できたが、こっちはそうはいかない。
お使いは取り巻きの令嬢らしかったが、私の服を上から下までじっくり眺めると、何も聞く暇を与えず「わかったわね?」と念押ししてさっさと帰ってしまった。
おそらくは、殿下の真実の愛のお相手、立候補者第一号だ。
したり顔で、殿下の恋人を募った自分が恨めしい。でも、一方で見目麗しい殿下の恋人役が、この私だと言うのは、やっぱり問題があるのじゃなかろうか。その意味では、このお申し出、悪くないかもしれないし?
問題のバラ園で、草葉の陰からこっそり偵察すると、アデル嬢は、明らかに美人だった。枯草色の髪と澄んだ青い目。背も高くてすらりとしていた。魔力にも恵まれているそうだ。
しかも結構頭はいいらしい。その上、相当意欲的と言うか野心家だった。
そのほかにリーマン侯爵家はお金持ちらしかった。
王子妃になるのに、欠点が見つからない! なかなかの逸材ではなかろうか?
「わたくし、あなたが生贄に選ばれたというお話を聞きまして」
「ハイ」
殿下とセス様の必死の説得を考えると、間違っているのかもしれないと迷ったが、すでに公言したことは仕方ない。
事情をアデル嬢に説明するにしても、アデル嬢が他の人に話せば、たちまち偽?アランソン姉妹が飛んできて、鉄槌を下しそうだし、私、これから変身しますと力説したら、すごい変な顔されそう。根拠もなければ、何に変化するのかわからないよね。トンボや蝶ではあるまいし。
それに、どう考えても私みたいな平民脳の女より、こちらの令嬢の方が気品もあれば、美しい。殿下にふさわしい。考え方だって貴族風なんだと思う。
殿下は、私にはおかしなことばかり言うけど、誰にでも親切だし、とても凛としてカッコイイ方だ。
遠くに置いておいて、崇め奉るのにふさわしいタイプだと思います。身近に来られると、実は怖い。つい、邪険にしてしまうけど、ほんとは殿下が美形すぎるからなんです。ごめんね。殿下。
昨日も一生懸命、公爵家の娘なんだからと励ましてくれたけど、まあ、この顔ですしねえ。鏡は正直だ。しきりに美人だと言ってくれるんだけど、現実が違うので、今は何とも言えない。
せめて、もっとふさわしい方をご紹介することで、遠くからご恩返ししますんで。
「わたくしの家は、旧来の貴族とは一線を画す新興貴族ですの。領地には依存しない経済スタイルですわ。昔風の社交界とは別の社交界があるってご存知?」
全く知りません。だって平民なんだから。新も旧も社交界のことは聞かないでください。
「そうよねえ。そんなわけで、私たちの家、新興貴族は旧来の貴族からは憎まれている、いえ、無視されていると言った方は正確よね。なので、社交界も別々なのよ。でも、ここらで風穴を開けたいの」
ほおお?
「新興貴族代表格であるリーマン家の娘の私が、旧来からの貴族社会を代表する王家の息子のルーカス殿下と……」
ここで、アデル嬢は、詰まった。
なんだか、とっても嬉しそうだ。
「真実の愛で結ばれて……け、結婚すれば、これまで対立していた両社交界にとって、融和のチャンスだと思いますの! そのためには、私、殿下に望まれても、お断りしない覚悟は出来ています!」
アデル嬢は、自分に酔ったように言い放った。
文章として成立はしているが、意味がわからない。
大体、真実の愛どころか、知り合いでさえないでしょうが。何言ってるんだ。
「なので、まず、お友達として殿下に紹介していただけないかしら? むろん、お礼は十分するわ」
要は買収ですか。
私は悩み始めた。
「ええっと、殿下にご紹介すること自体はやぶさかではありませんが、アランソン公爵令嬢にバレることは時間の問題です。それに……」
あの殿下が簡単に宗旨替えしてくれるかな? 事あるたびに、私のことを婚約者だって連呼しているんですけども。
「大丈夫。わたくし、あなたよりずっと美人ですから」
優しく慰められてしまった。……事実だな。
「だって、あなたはご自分が生贄になるのは嫌だっておっしゃっていたのでしょ?」
言いました。
そう来られると、断りにくい。
それに、この令嬢は、新興貴族と言うくらいだから、もしかしたらお金を、それはもうたんまりと持っているかもしれない。
お金は力だ。
私なんかより、後ろ盾は絶対にしっかりしている。
「殿下の女性のお好みはどんなかしら。あなた、ごぞんじ?」
そう言われると、知らないなあ。
「殿下にとっての幸せは、アランソン公爵令嬢じゃないかもしれないわよ?」
私は強くうなずいた。
そうかも知れない。どのアランソン公爵令嬢も、あの殿下にはふさわしくない。ベアトリス嬢にせよ、カザリン嬢にせよ、私にせよ。
そして私は一人娘だという。
記憶によれば、確か姉がいたはずだが、領地に祖母と二人きりで暮らしていたと言うことは、多分姉も両親と共に王都にいて流行病で亡くなったのだろう。
当時、王都にいなかったことは私の命を救ったが、社会的には抹殺されてしまった。
莫大な富と権力を持つアランソン公爵の名前を欲しがる一人の男のために。
ジョン・アランソン。
今はアランソン公爵を名乗っている。
そして第二王子ルーカスはアランソン家の娘と婚約している。
これは、きっと政略的なものだったのだろう。王家としても、強大な勢力を誇り領地も広いアランソン公爵家が変な勢力と結びつかれたら厄介だ。
そして、ここがミソで、ルーカス王子の婚約者はアランソン公爵家の娘と言うだけであって、個人名は公表されていなかったらしい。
ジョン・アランソンは、それを利用して、自分の娘のどちらかとルーカス殿下は婚約関係にあると言っているわけだ。
「どっちもタイプ的には好みではないとおっしゃっていたけど……」
殿下はセス様まで連れてきて、二人で私を公爵令嬢だと説得しにかかったが、結局、だから何なんだ?
王宮から戻って来て、私は自分の部屋のランプに火を灯した。
思ったより時間が経っていて、もう夕方だった。疲れた。
ランプの光が届く範囲の私の部屋は、殿下の上等な机やソファーなんかとは比べ物にならない。質素で必要最低限のものしか置いてない。
この灰色の女中服は、王宮では何と言うか違和感ありまくりだった。
殿下の部屋では朝食をいただいたけど、その時の使用人の皆さんの方が、私よりはるかにいい服を着ていた。私は彼女たちの家の使用人レベル、それも人目に触れない使用人のレベルだろう。
あの人たち、完全ポーカーフェイスだったが、内心何を思っていただろう。それを考えると、なんか怖い。
ここでなら、落ち着く。
平民扱いのポーシャなら、今のままで十分なのだけれど、そんなわけにはいかないのだと、殿下とセス様は言った。
保護魔法が解けるとか、未だに半信半疑だ。
ただ、ツジツマは合う。
どうして殿下が最初から、私に付きまとって来たのか。
私は悩みかけたけど、考えても仕方なかった。
「よしっ! 考えるのはやめだ!」
今日は泥棒魔法宅配便を使用しよう。こういう時はおいしいものをたらふく食べるに限る。
私は、食堂でおいしそうなローストビーフとポテトの付け合わせを見つけた。あと、チーズケーキと苺のタルトも。
掃除と洗濯を先にすませてから、私は早めの夕食をゆっくりとって、ポーションの本を読み、よくわからない事情に満ちている、悩みだらけの現世を忘れることに専念した。
そして翌朝、濃いコーヒーとクロワッサンにかぶりついて決意を決めた。
これまでだって、どうにかしてきた。
これからだって、どうにかなるだろう。何があっても、適当! 適当にゴマ化して好きなように生き抜いてやる。
しかし、次の日の朝、私は早速難関にぶち当たってしまった。
最上位のクラスのご令嬢から、見るからに上等な、いかにも高位の貴族然とした格式ばった招待状を頂戴してしまったのである。
アデル・マグダレーナ・リーマン侯爵令嬢って誰?
封を切って読んでみる。
この手紙、香水くさいな。
どうやら先日、私が自分のクラスのご令嬢方相手に、殿下の真実の愛の相手を公募したのが実を結んだらしかった。
本日、放課後、例の裏庭のバラ園で『真実の愛のための重要な案件について』面会を申し込まれた。
えーと、事情がうっすら分かって来た今となっては、なんだか今更なのですが。
『お待ちしています』(って、書いてある)
殿下のお待ちしていますは、気持ちよく無視できたが、こっちはそうはいかない。
お使いは取り巻きの令嬢らしかったが、私の服を上から下までじっくり眺めると、何も聞く暇を与えず「わかったわね?」と念押ししてさっさと帰ってしまった。
おそらくは、殿下の真実の愛のお相手、立候補者第一号だ。
したり顔で、殿下の恋人を募った自分が恨めしい。でも、一方で見目麗しい殿下の恋人役が、この私だと言うのは、やっぱり問題があるのじゃなかろうか。その意味では、このお申し出、悪くないかもしれないし?
問題のバラ園で、草葉の陰からこっそり偵察すると、アデル嬢は、明らかに美人だった。枯草色の髪と澄んだ青い目。背も高くてすらりとしていた。魔力にも恵まれているそうだ。
しかも結構頭はいいらしい。その上、相当意欲的と言うか野心家だった。
そのほかにリーマン侯爵家はお金持ちらしかった。
王子妃になるのに、欠点が見つからない! なかなかの逸材ではなかろうか?
「わたくし、あなたが生贄に選ばれたというお話を聞きまして」
「ハイ」
殿下とセス様の必死の説得を考えると、間違っているのかもしれないと迷ったが、すでに公言したことは仕方ない。
事情をアデル嬢に説明するにしても、アデル嬢が他の人に話せば、たちまち偽?アランソン姉妹が飛んできて、鉄槌を下しそうだし、私、これから変身しますと力説したら、すごい変な顔されそう。根拠もなければ、何に変化するのかわからないよね。トンボや蝶ではあるまいし。
それに、どう考えても私みたいな平民脳の女より、こちらの令嬢の方が気品もあれば、美しい。殿下にふさわしい。考え方だって貴族風なんだと思う。
殿下は、私にはおかしなことばかり言うけど、誰にでも親切だし、とても凛としてカッコイイ方だ。
遠くに置いておいて、崇め奉るのにふさわしいタイプだと思います。身近に来られると、実は怖い。つい、邪険にしてしまうけど、ほんとは殿下が美形すぎるからなんです。ごめんね。殿下。
昨日も一生懸命、公爵家の娘なんだからと励ましてくれたけど、まあ、この顔ですしねえ。鏡は正直だ。しきりに美人だと言ってくれるんだけど、現実が違うので、今は何とも言えない。
せめて、もっとふさわしい方をご紹介することで、遠くからご恩返ししますんで。
「わたくしの家は、旧来の貴族とは一線を画す新興貴族ですの。領地には依存しない経済スタイルですわ。昔風の社交界とは別の社交界があるってご存知?」
全く知りません。だって平民なんだから。新も旧も社交界のことは聞かないでください。
「そうよねえ。そんなわけで、私たちの家、新興貴族は旧来の貴族からは憎まれている、いえ、無視されていると言った方は正確よね。なので、社交界も別々なのよ。でも、ここらで風穴を開けたいの」
ほおお?
「新興貴族代表格であるリーマン家の娘の私が、旧来からの貴族社会を代表する王家の息子のルーカス殿下と……」
ここで、アデル嬢は、詰まった。
なんだか、とっても嬉しそうだ。
「真実の愛で結ばれて……け、結婚すれば、これまで対立していた両社交界にとって、融和のチャンスだと思いますの! そのためには、私、殿下に望まれても、お断りしない覚悟は出来ています!」
アデル嬢は、自分に酔ったように言い放った。
文章として成立はしているが、意味がわからない。
大体、真実の愛どころか、知り合いでさえないでしょうが。何言ってるんだ。
「なので、まず、お友達として殿下に紹介していただけないかしら? むろん、お礼は十分するわ」
要は買収ですか。
私は悩み始めた。
「ええっと、殿下にご紹介すること自体はやぶさかではありませんが、アランソン公爵令嬢にバレることは時間の問題です。それに……」
あの殿下が簡単に宗旨替えしてくれるかな? 事あるたびに、私のことを婚約者だって連呼しているんですけども。
「大丈夫。わたくし、あなたよりずっと美人ですから」
優しく慰められてしまった。……事実だな。
「だって、あなたはご自分が生贄になるのは嫌だっておっしゃっていたのでしょ?」
言いました。
そう来られると、断りにくい。
それに、この令嬢は、新興貴族と言うくらいだから、もしかしたらお金を、それはもうたんまりと持っているかもしれない。
お金は力だ。
私なんかより、後ろ盾は絶対にしっかりしている。
「殿下の女性のお好みはどんなかしら。あなた、ごぞんじ?」
そう言われると、知らないなあ。
「殿下にとっての幸せは、アランソン公爵令嬢じゃないかもしれないわよ?」
私は強くうなずいた。
そうかも知れない。どのアランソン公爵令嬢も、あの殿下にはふさわしくない。ベアトリス嬢にせよ、カザリン嬢にせよ、私にせよ。
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