【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

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第12話 鏡の中の美女

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全力疾走後の殿下は汗臭い。

そんなものに抱きつかれたら、こちらまで臭くなる。

仕方がないので、誰もいない平民の女子寮に殿下を連れてきて、これからアンナが魔力で殿下のお世話をしますと通告した。

寮には他に誰も住んでいないから、男を連れ込んだなどと言いふらす人間なんかいない。

本来はアンナがいなきゃいけないのだけど、絶賛職務放棄中だ。

「では、私は隣の部屋で待っていますから」

最近、私は生活魔法の遠隔操作も、できるようになったのである。

ちょっと楽しみだ。

実は遠隔操作のお湯の温度のテストをしたかった。だが、一人住まいだから、実験相手がおらず、これまで出来ずにいた。

いきなりの全身人体実験は、ちょっと緊張したが、被検体が自ら名乗り出てくれたのは、ラッキーだった。

「あー、シャワーあるの。いいねー」

気楽すぎないか? 王子。

「ギャアアアー」

最初は快調だったが、二分もたつと、熱い!と叫んで殿下は全裸で飛び出してこられた。
うーむ。シャワーを浴びてるのは自分じゃないので、お湯の温度設定を細かく変更できない。やっぱり駄目だったか。二分しか、もたないとは。
課題が見つかって良かった。

「こう言ったことは、経験がものを言うのよね」

一応、そこそこの冷風で殿下を干してみた。その間に洗濯魔法と乾燥魔法で殿下の服を程よく乾かしていく。

「ここ、君の部屋?」

殿下は、きれいになり服を着直して、一脚しかない私の椅子に座り込んで回りをキョロキョロ見回していた。

「はい」

「殺風景だねえ」

なんか知らんが、もう帰れ。人の部屋をけなすな。

でも、一応、殿下なので、高級茶葉と砂糖、気を遣ってレモンとミルクも用意した。

「お構いなく」

その割には遠慮なく紅茶のカップに手を伸ばす。

「困ったことがあったら、何でも構わないから連絡して欲しい」

王子殿下は真面目な様子で言った。

私はあいまいな笑いを口元に浮かべた。

困りごとの原因が、何を言っている。

「僕は一流の魔力持ちだ」

殿下は打ち明けた。

「アランソン公爵家に狙われている理由はそこも大きい。アランソン公爵家は代々膨大な魔力持ちだった。今のアランソン公爵はジョンと言って、母方からアランソンの血を引いているがもう何代も前だから、魔力はない。娘たち二人にも魔力はないのだ。だから僕は彼らにとって、とても魅力的なんだ」

やっぱり魔力持ちって、不便なのね。
王子まで狙われるのか。

「それから、言っておくことがある」

殿下の青い目が悩まし気な色を帯びた。

「は……」

何?

「簡単に他人を部屋に入れないと僕に誓ってくれ。特に男」

いや、殿下は? 殿下はいいの?
ダメなんじゃないの?

「僕はいいんだ」

何を言ってる。ダメに決まってるだろ。男じゃないとでも言いたいのか。

「婚約者だから。僕は君にとても興味があるんだ。また来たい」

なんだかとても気持ちが悪いセリフだ。なぜだろう。

「私は……」

殿下が勝手を言うのなら、私だって言わせてもらいたい。

「ポーション作りだとか、魔法に興味があります」

「そうか」

「魔法の授業の見学に行きたいんです」

殿下、手を回してくれないかなあ。

ポーションの授業は、見物人だらけであまり見れない。
生活魔法も最初こそ人気だったが、見に来ていた連中が軒並み貴族令嬢だった関係で、ほぼ全員が飽きて来なくなった。
これまでだって、侍女だの使用人にやらせていた仕事内容なのだ。彼女たちには一生縁がない。それどころか、生活魔法ができるようになったら、侍女の代わりに自分達がやることになるかも知れない。
出来ない方がマシである。

だが、ポーションの方は希少価値が高いせいで、人気がなかなか薄れないのだ。

そして、平民の私はいつでも見学の人並みの一番後ろをウロウロしている。全然見えない。

ここはひとつ、殿下のご威光で、平民でも見学できるよう取り計らっていただきたい。

しかし、思うようにはならなかった。

「ぜひ来てくれ。今度魔術格闘技の公開トーナメントがある。君が応援してくれたら、勇気百倍だよ」

殿下はニコリと笑った。

「お互いのことを知って、この数年間の埋め合わせをしたい」

何言ってんだ。誰が格闘技の見学に行きたいと言った? ポーションの授業の見学に行きたいって言ったよね?

「誰が見てようが、実力は変わんないんじゃないですか」

当てが外れた私は、そっけなく言った。

「君に見て欲しいんだ。この上なく美しい君に」

ものすごく間の悪い沈黙が流れた。

自分で自分のことを悪く言うは嫌だけれど、これは訂正しないと、殿下が気の毒だ。

私はゆっくりと殿下の誤解?を訂正しにかかった。あんまり、気は進まなかったけれど。

「あのう、自分で言うのもなんですが、私、どう見ても、ちっとも美人じゃありませんよ?」

殿下は深刻な表情に変わった。

「君には強い保護魔法がかかっている。僕のように強い魔力を持たない者たちには、君の顔立ちはぼやけて見える」

私には、殿下の言葉は信じられなかった。

この前も同じことを言っていた。

「君は自分でも自分の顔を知らない。本当の君は絶世の美女なのに。この前、鏡で見ただろう」

「鏡に細工がしてあるのだろうと思いました」

私は正直な感想を言った。

殿下は激しく首を振った。

「違うよ。君にはまだ、見えないんだ」

「まだって?」

いつか美女に変身できるのですか?

殿下はまどろっこしそうに答えた。

「君は、子どもの頃もきれいだったけど、今もとてもきれいだよ。君自身の魔力が、かけられた保護魔法の力を超えるか、十七歳の誕生日を迎えれば、その魔法は解けて、本当の君の姿が現れる。つまり、自分で自分が守れるようになったら保護膜が解除されるんだ」

どうしてそんなことになっているのだろう。

「僕には君の姿が見えている。可憐な美少女だ。君程美しい人を見たことがない」

殿下は私の顔をうっとりと見つめた。

……とても見目麗しい身分高い男性に見つめられる私。

でも、彼の目に映る私の姿は、私ではないという。とても美しく可憐な美少女だという。

だけど、もし、それが本当だったとして……私が美女だったとして、殿下はその美しい姿かたちを見ているの? その美しさを好きだと言うなら、それは私を好きだと言うのとは、少し違うでしょう?


魔力の有無で、真の姿が認識できなかったりできたりするって言うのも、眉唾物だと思うんだけど……

「ホラ」

王子殿下は立ち上がって、飾り鏡に触れた。幻のように、鏡の中からは私が消えて、私ではない別な人が当惑顔でこちらを見ている。

「これで、この鏡は文字通り魔法の鏡になる。この鏡だけはあなたの真実を写すよ。夢でも願望でもない。いつかこの姿に立ち向かわなくてはいけなくなる」

彼は長い時間邪魔したことを詫びて出て行った。


彼の話は半分もわからなかった。

ずっと昔からの知り合いのような言い方だ。でも、まったく覚えがない。
それに大体私は平民だ。育ちは、王都からずっと離れた田舎だし、村に第二王子様がお越しになられようものなら、記念に石碑が建つ勢いだと思う。だけど、村には石碑はおろか棒きれ一本立っていない。誰にも聞いたこともない。

しかも、私は今の私より、本当は美人なんだって?

そりゃ結構なお話かもしれないけど、今のままでも別にいい。

この高級貴族のにいちゃん的には、美人の方がいいんだろうけど、私は人間、顔だけじゃないと思ってる。

この平民蔑視の強い学校内で暮らしていくのは大変だけど、タダでポーション作りの勉強をさせてもらえるなら、妥協する。

嫌がらせくらい、ヒョイヒョイかわして、これまでやってきたんだもん。平凡で目立たない平民顔は、この際、便利だ。これからだってどうにかする。そして、学校を出たら、ポーション作りとして生計を立てる。
世の中、平民の方が数はずっと多い。嫌がらせなんか今のうちだけだ。


それにしても、次の魔法の授業の見学は魔道具に決めた。

私はカギと錠前の作り方を勉強するのだ。ちょっとやそっとでは開けられないヤツを。

殿下には、今回、無事にお引き取り願ったが、最後に、殿下は寮の玄関から潜入されたそうで、なんで自分が問題なく女子寮に入れたのかわからないと首をひねっていた。他の人も自由に出入り出来たら困るそうである。私は殿下が自由に出入りされると困るのだけど。

「普通、お世話係の担当者とかいるんじゃないの?」

「平民ですから」

「平民でもなんでも、誰かがいるはずだ。でないと、妙な男が出入りしたら困るから」

職務放棄が専門のアンナさんですから。

おかげでいろいろと助かっている。
だから、黙っておいた。



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