11 / 97
第11話 訳ありレアもの物件のおすすめ
しおりを挟む
逃走事件の翌朝、いつもと同じように黙りこくって学校に行った私は、いつもと違うクラスの雰囲気にびっくりした。
いつもなら、机かイス程度の存在感なのに、クラス中がねめつけてくる。
昨日の事件が、案の定、広がりまくったのだった。どんな話になって広がったのやら、怖くて聞けない。みんなの視線が怖い。
特に女子。
上から下まで、値踏みするようなその視線。
男性もしっかり確認しに来ましたけどもね。最後にせせら笑うのはやめて欲しいな。
ルーカス王子の審美眼についてモノ申したいのはわかるけど、私だって、それは一緒ですから!
「ちょっと、お昼をご一緒してくださらない?」
入学して以来、初めて話しかけられた!
「嫌だとは言わせないわよ?」
五、六人の同じクラスの令嬢たちが、午前中、事あるたびに私の方を見ながらごそごそ話し込んでいたが、昼休み前に挑戦状をたたきつけに来た。
「お待ちしておりました」
私は目をキラキラさせながら答えた。
私にだって考えがある。ルーカス殿下が、被害者を私に仕立て上げたいなら、なんとかお断りするだけだ。
私は裏庭のバラ園で彼女たちをお迎えした。
彼女達は食堂での公開尋問を要求してきて、私が断ると平民ごときが何を要求と笑い飛ばそうとしたが、アランソン公爵令嬢が……の一言でピタリと黙った。
公開尋問の途中でアランソン姉妹がなだれ込んできたら、何がどう転ぶかわからない。私が炎上するだけならともかく、彼女達だってただでは済まないかもしれない。
そんなわけで、のんびり感漂うバラ園で、私は事情を一通り説明した。
「そのようなわけですので、私は被害者なのです!」
私は胸を張って、被害者ぶった。
あんたたちが考えているような事態じゃないのよ。単なる生贄よ、生贄。
「それは確かに言われてみれば……」
彼女達はお互いの顔を見かわしていたが、一人が恐る恐る言い出した。
「アランソン公爵家の本当の一人娘は失踪している。死んでると言われているけど、万一、生きていたりしたら、公爵家は難しいことになるかもしれないわ」
「王子殿下との結婚をあれほど切望しているのには、訳があったのね」
「そしてルーカス殿下は、アランソン家の令嬢方と結婚したくないと……」
「そうなんです。そこです、問題は!」
私は強調した。
彼女達は比較的下位の貴族令嬢なので、アランソン公爵家の後継問題なんかよく知らなかった。
単に、無知な平民の娘が、顔面の整った第二王子に惹かれて、身の程知らずにも近づいたのだと考えたのだろう。そして、親切にも、身の程をわきまえさせてやろうと思っただけなのだ。
その親切心はちょっと怖いけど。
だが、真実はもっと怖い。
「噂程度に存じ上げていただけですので」
彼女達の口調が急に丁寧になった。事情が呑み込めたのだ。たまたま選ばれたのは平民だが、話の内容はなかなか深刻で、彼女達の世界、貴族社会の物語なのだ。
私はお願い口調になった。
「そんな事情で、ルーカス殿下は私のことを好きだなんてわけじゃないんですよ。ただ、状況的にアランソン家以外の婚約者を血眼で探していらっしゃるのは事実。ねえ、皆さま、ここは狙い目ですわ!」
さあさあ! 今こそ皆さま、打って出るべきところですわよ! ぜひとも我勝ちに名乗り出られてはいかがかしら? ワケありレア物件ですのよ? 今、動かなかったら婚活令嬢の名が泣きますわ!
「でも。ねえ」
尻込みする彼女たちを相手に、私はもう一度、叱咤激励鼓舞勧奨することにした。
「私なんかは平民も平民、超平民ですわ。もう取り返しがつかないくらい平民。毒殺されそうな勢いですわ。ですけど、ちょっとでもご実家の力があれば、そこまでの事態にはならないと思いますの。皆様いかが? 殿下が守ってくださるなら、アランソン公爵家もおそるるに足らずですわ。殿下はなかなかイケメンですし」
説得、あと一歩。
校舎裏のバラ園に悩める乙女が数人集っている。手を振れれば散ってしまいそうな美しくかぐわしい花のよう。……実は、ターゲットの値踏みと成功率を計算しているだけだけど。
だが、そこへ闖入者が猛然と現れた。
「ポーシャアアア!」
「まずい。殿下だ」
殿下は意外に足が速かった。ずらかろうと走り出したがドレスが邪魔で……とかやっているうちにあっという間に、殿下が令嬢たちの真ん中に飛び込んできた。
「ポーシャ、僕の手紙、読んだ?」
殿下は汗まみれだった。
「あ、鳥のフンの」
「人聞き悪いな。図書館で待ってたのに。二時間」
「私、平民ですので、字が読めませんの!」
うっかり下手なウソをついてしまった。こないだ二十位とったとこだったっけ。
殿下はどさくさに紛れて私を抱きしめた。ぎゃー。助けてー。こいつ、痴漢です。
「君のことを待っていたのに。どうして来てくれないの?」
殿下の青い瞳が私を見つめる。唇が震えている。意外と演技派だなっ?
「手紙でお願いしたのに」
呼んだら来ると思っている。そんなはずはない。犬に芸を仕込んでいるわけじゃあるまいし。誰かこいつにものの道理を教えてやって欲しい。
「ポーシャ様」
令嬢たちのうちの一人がスッと立ち上がった。
「殿下は、誰でもいい訳ではないのでは?」
「何言ってるの。僕が大切にしたいのは、ポーシャ、君だけだ。どうしてわかってくれない」
殿下が叫んだ。
チッ。せっかくのチャンスをダメにしやがって。こいつ。
私は、令嬢ぶるのを忘れて、思わず舌打ちしそうになった。
いつもなら、机かイス程度の存在感なのに、クラス中がねめつけてくる。
昨日の事件が、案の定、広がりまくったのだった。どんな話になって広がったのやら、怖くて聞けない。みんなの視線が怖い。
特に女子。
上から下まで、値踏みするようなその視線。
男性もしっかり確認しに来ましたけどもね。最後にせせら笑うのはやめて欲しいな。
ルーカス王子の審美眼についてモノ申したいのはわかるけど、私だって、それは一緒ですから!
「ちょっと、お昼をご一緒してくださらない?」
入学して以来、初めて話しかけられた!
「嫌だとは言わせないわよ?」
五、六人の同じクラスの令嬢たちが、午前中、事あるたびに私の方を見ながらごそごそ話し込んでいたが、昼休み前に挑戦状をたたきつけに来た。
「お待ちしておりました」
私は目をキラキラさせながら答えた。
私にだって考えがある。ルーカス殿下が、被害者を私に仕立て上げたいなら、なんとかお断りするだけだ。
私は裏庭のバラ園で彼女たちをお迎えした。
彼女達は食堂での公開尋問を要求してきて、私が断ると平民ごときが何を要求と笑い飛ばそうとしたが、アランソン公爵令嬢が……の一言でピタリと黙った。
公開尋問の途中でアランソン姉妹がなだれ込んできたら、何がどう転ぶかわからない。私が炎上するだけならともかく、彼女達だってただでは済まないかもしれない。
そんなわけで、のんびり感漂うバラ園で、私は事情を一通り説明した。
「そのようなわけですので、私は被害者なのです!」
私は胸を張って、被害者ぶった。
あんたたちが考えているような事態じゃないのよ。単なる生贄よ、生贄。
「それは確かに言われてみれば……」
彼女達はお互いの顔を見かわしていたが、一人が恐る恐る言い出した。
「アランソン公爵家の本当の一人娘は失踪している。死んでると言われているけど、万一、生きていたりしたら、公爵家は難しいことになるかもしれないわ」
「王子殿下との結婚をあれほど切望しているのには、訳があったのね」
「そしてルーカス殿下は、アランソン家の令嬢方と結婚したくないと……」
「そうなんです。そこです、問題は!」
私は強調した。
彼女達は比較的下位の貴族令嬢なので、アランソン公爵家の後継問題なんかよく知らなかった。
単に、無知な平民の娘が、顔面の整った第二王子に惹かれて、身の程知らずにも近づいたのだと考えたのだろう。そして、親切にも、身の程をわきまえさせてやろうと思っただけなのだ。
その親切心はちょっと怖いけど。
だが、真実はもっと怖い。
「噂程度に存じ上げていただけですので」
彼女達の口調が急に丁寧になった。事情が呑み込めたのだ。たまたま選ばれたのは平民だが、話の内容はなかなか深刻で、彼女達の世界、貴族社会の物語なのだ。
私はお願い口調になった。
「そんな事情で、ルーカス殿下は私のことを好きだなんてわけじゃないんですよ。ただ、状況的にアランソン家以外の婚約者を血眼で探していらっしゃるのは事実。ねえ、皆さま、ここは狙い目ですわ!」
さあさあ! 今こそ皆さま、打って出るべきところですわよ! ぜひとも我勝ちに名乗り出られてはいかがかしら? ワケありレア物件ですのよ? 今、動かなかったら婚活令嬢の名が泣きますわ!
「でも。ねえ」
尻込みする彼女たちを相手に、私はもう一度、叱咤激励鼓舞勧奨することにした。
「私なんかは平民も平民、超平民ですわ。もう取り返しがつかないくらい平民。毒殺されそうな勢いですわ。ですけど、ちょっとでもご実家の力があれば、そこまでの事態にはならないと思いますの。皆様いかが? 殿下が守ってくださるなら、アランソン公爵家もおそるるに足らずですわ。殿下はなかなかイケメンですし」
説得、あと一歩。
校舎裏のバラ園に悩める乙女が数人集っている。手を振れれば散ってしまいそうな美しくかぐわしい花のよう。……実は、ターゲットの値踏みと成功率を計算しているだけだけど。
だが、そこへ闖入者が猛然と現れた。
「ポーシャアアア!」
「まずい。殿下だ」
殿下は意外に足が速かった。ずらかろうと走り出したがドレスが邪魔で……とかやっているうちにあっという間に、殿下が令嬢たちの真ん中に飛び込んできた。
「ポーシャ、僕の手紙、読んだ?」
殿下は汗まみれだった。
「あ、鳥のフンの」
「人聞き悪いな。図書館で待ってたのに。二時間」
「私、平民ですので、字が読めませんの!」
うっかり下手なウソをついてしまった。こないだ二十位とったとこだったっけ。
殿下はどさくさに紛れて私を抱きしめた。ぎゃー。助けてー。こいつ、痴漢です。
「君のことを待っていたのに。どうして来てくれないの?」
殿下の青い瞳が私を見つめる。唇が震えている。意外と演技派だなっ?
「手紙でお願いしたのに」
呼んだら来ると思っている。そんなはずはない。犬に芸を仕込んでいるわけじゃあるまいし。誰かこいつにものの道理を教えてやって欲しい。
「ポーシャ様」
令嬢たちのうちの一人がスッと立ち上がった。
「殿下は、誰でもいい訳ではないのでは?」
「何言ってるの。僕が大切にしたいのは、ポーシャ、君だけだ。どうしてわかってくれない」
殿下が叫んだ。
チッ。せっかくのチャンスをダメにしやがって。こいつ。
私は、令嬢ぶるのを忘れて、思わず舌打ちしそうになった。
27
お気に入りに追加
1,765
あなたにおすすめの小説
凶器は透明な優しさ
楓
恋愛
入社5年目の岩倉紗希は、新卒の女の子である姫野香代の教育担当に選ばれる。
初めての後輩に戸惑いつつも、姫野さんとは良好な先輩後輩の関係を築いていけている
・・・そう思っていたのは岩倉紗希だけであった。
姫野の思いは岩倉の思いとは全く異なり
2人の思いの違いが徐々に大きくなり・・・
そして心を殺された
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。
茜琉ぴーたん
恋愛
大手家電量販店・ムラタの提携配送業者、『(有)ウツミ興業』で働く千早諒介は、店舗の事務室の「チカちゃん」の写真を同僚から見せられて一目惚れをする。
単調な日々に潤いとときめきを求め、千早はムラタへ配置換えをしてもらい事務室へと向かうのだが…
(全29話)
*キャラクター画像は、自作原画をAI出力し編集したものです。
推して参る!~お友達の乙女を宰相の息子に推してたら、なぜか私が王子から求婚された~
ねお
恋愛
公爵令嬢アテナ・フォンシュタインは人の恋路のお節介を焼くのが大好き。
そんなアテナは、友人の伯爵令嬢ローラ・リンベルグが宰相の息子であるレオン・レイルシュタット公爵令息に片思いをしていることを聞き出すと、即座に2人をくっつけようと動き出す。
だが、レオンとローラをくっつけるためには、レオンと常に一緒にいるイケメン王子ランド・ヴァリアスが邪魔だった。
一方、ランドは、ローラをレオンの恋人にするために懸命に動くアテナに徐々に惹かれていってしまう。
そして、そんな王子の様子に気づかないアテナは、レオンとローラを2人きりにするために、自分を囮にした王子引き付け作戦を展開するのだった。
そんなアテナもランドのことを・・・。
悪役令嬢ってこれでよかったかしら?
砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。
場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。
全11部 完結しました。
サクッと読める悪役令嬢(役)。
雨上がりに僕らは駆けていく Part1
平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」
そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。
明日は来る
誰もが、そう思っていた。
ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。
風は時の流れに身を任せていた。
時は風の音の中に流れていた。
空は青く、どこまでも広かった。
それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで
世界が滅ぶのは、運命だった。
それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。
未来。
——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。
けれども、その「時間」は来なかった。
秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。
明日へと流れる「空」を、越えて。
あの日から、決して止むことがない雨が降った。
隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。
その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。
明けることのない夜を、もたらしたのだ。
もう、空を飛ぶ鳥はいない。
翼を広げられる場所はない。
「未来」は、手の届かないところまで消え去った。
ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。
…けれども「今日」は、まだ残されていた。
それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。
1995年、——1月。
世界の運命が揺らいだ、あの場所で。
言ノ葉魔法の代書屋さん
和島逆
恋愛
通りの端にひっそりと店を構える代書屋『レティ』。
店主にして唯一の従業員であるレティシアは、言ノ葉魔法の使い手だった。お客様の依頼を受け、レティシアは今日も魔法の言葉を紡ぐ。
ある日訪ねてきたのは、いつもとは少し毛色の違うお客様。
頬に傷のある強面な彼が望んだのは、なんと恋文の代書で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる