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第7話 モンフォール街十八番地

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無事、学校の外に出た私は、周りを見回した。

私はどう見ても生徒には見えない。

門番だって、お使いの下女だと思ってすらっと通してくれた。

「遅くならないでくれよ? いちいち門を開けるのは大変だから。閉門は夕方五時だ」

「はい、わかりました」

戻るかどうかなんかわからない。

出来れば戻りたくないが、荷物が惜しい。

考えてみたら、おとなしくデートの日取りは決めておけばよかった。そしたら、窓から飛び落ちなくても済んだかも。でも、時間がもったいなかった。

学校に入学するために王都に来て以来、私は一度も王都の街に出たことがない。学校内に閉じこもっていた。

割とユルい感じの貴族や大商人のご令息、令嬢方は、休みの日や授業が終わった後、王都で流行のお店に行ったりして楽しんでいるらしい。

話には聞いていて、ちょっとうらやましかったけど、お金もなければ一緒に出かけてくれる人間もいない私には関係のない話だった。

場所くらい聞いておけばよかった。

だからって、モンフォール街がどこだかわかるかどうかは疑問だけど、少なくとも治安がいいエリアがどこかとか、そういう知識だけでもあったらよかったのに。

王都はさすがに広くて、どこにモンフォール街があるのか全然わからなかった。
これだけ広かったら人に聞いても知らないんじゃないだろうか。
地図は高くて買えないし、町の治安のために闊歩している騎士さんたちは街をよく知っているだろうが、若い美人ならとにかく、こんなブスの女中風情には目もくれないだろう。

そうだ。学校だ。

あの高級貴族様が騒いで、多少、騒ぎになっているかもしれないけど、今頃、寮の捜索は終わっているはず。何の用事があったんだか知らないが、もうあきらめた頃だろう。学校は広い。どうせ戻ってもわからないだろう。そして私は地図を探す。

私は堂々と正門から学校に入った。大丈夫。荷馬車の隣を歩いて入ったから、門番は気がついていない。

それから小走りに図書館へ行った。

地図が欲しい。

図書館はまだ午前中だったので静かだった。

泥棒魔法は、地図にも有効だろうか。今は時間が惜しい。

『地図、地図、地図』

頭の中で念じ、手を伸ばすと、地図が飛んできた。すごい。

モンフォール街は、運よく比較的近くだった。

「学校から半時間くらいか」

よかった。私は目を凝らした。十八番地は?

十八番地は載っていなかった。

ま、よくあることだ。全番地載っているわけじゃないだろう。
これで安心して探しに行ける。

それはそうと、まだ食事をしていなかった。学校外で食べるとなると、お金がかかる。

私はこっそり、図書館に付随しているテラスに出た。

テーブルとイスがある。ここでデートを楽しむ学生も多いことを知っていた。何しろ、私自身が校内ではテーブルかイスですからね。皆さんのデート事情を聞いて知っているわけですよ。

ただ、今は授業中なので、人っ子一人いなかった。なんと言う好都合。

更に泥棒魔法、本当に便利である。

パンとチーズとハムとアップルパイ、あと危険物として熱湯入りのポットとティーカップ、スプーンが飛来してきた。

「ああ、学校、辞めたくない」

ミルクと砂糖を忘れていたことを思い出して、ピッチャーごと取り寄せて私は思った。好きなものを好きなだけ食べられるって、すごく楽チン。天国。

食事しながら、地図を読むという最高の贅沢にふけることが出来る。

とは言え退学するから、こんな勝手なことが出来るだけだ。アップルパイ最高。

念のため残ったパンとチーズとハムは袋に詰め込んで、ようやく私は旅立つことにした。例のモンフォール街を目指して。


学校内はなんだかザワザワしていた。だが、私には関係ない。多分関係ない。

今度は門番に手が回っている可能性があるので、私は、正門は避けて、こっそり女中用の門を使って外に出ることにした。

あの高級貴族様だって、そこまで手は回していないだろう。

意外や意外、徹底していて、張り番がいた。だが、配属されていたのはアンナさんだった。私はニヤリとした。

私は十分ほど待った。すると、彼女はあくびをしてどこかに出て行った。

アンナさんなら、こうなるよね。

見張りのいないすきを狙って、私は、小門から堂々と外に出た。


街はいい。なんだか、解放感がある。平民の方が圧倒的に数が多い。

通りは荷馬車や立派な馬車が通りすぎていく。とても賑やかだ。

私みたいな女中も大勢いるし、口を利くなとも言われていないらしく、女同士の口論も、夫婦らしい男女も大声で口論していた。なんだか、うらやましいな。

しかし、とりあえず引っ越し先を探さなくちゃ。

モンフォール街は割合簡単に見つかった。

王都の中でも大通りに当たる通りの一つ裏の通りだった。

大通りに店を出すことが出来ない店が軒を連ねている。だが、そう離れているわけではないので、案外儲かっているのかもしれなかった。

「十六番地……十七番地……」

標識はしっかりしていて、ちゃんと順番に並んでいた。

「あれ? いきなり十九番地?」

でも、十七番地と十九番地の間には何もなかった。

十七番地は紙を売る店で、十九番地はランプを売る店だった。

十八番地は……店ではない。ドアが一つあるだけだった。木製の厳めしいドアが一つ。むろん鍵がかかっている。

どうやって入ったらいいの? それに、これではお店としては成立しないじゃないの。

思わず、ドアの取っ手に触ると、カチと音がして、鍵が開いた。そしてギィという軽い音がして、ドアは内側に開いた。

「え……」

そのまま、ドアを押して中に入る。入ることが出来た。そんな馬鹿な?
こんな場所で鍵がかかっていなかったら不用心じゃない?

後ろでドアが閉まる音がした。

「あっ、ちょっと待って!」

退路を断たれるのは困る。

「ああ?」

こちら側から、ドアを見ると、ドアには窓が付いていた。外が見える。

「何てこと?」

中は狭い部屋だった。だけど、十分な広さがある。特に幅。おかしい。だって、十七番地と十九番地の間は、私が通り抜けられるだけの幅しかなかった。なのに、この部屋は、ほぼ正方形でもっとずっと広い。

そしてこの部屋はどうやら台所らしかった。

真ん中にテーブルといすが置いてあり、食器戸棚や地下室につながる階段もあった。

十七番地側には窓があった。日が差し込んでいたから。

そんな馬鹿な。ここは王都の住宅密集地のはず。

私はびっくりして走り寄ってカーテンを開けた。

「うそ……」

広がっているのは、見慣れた光景。出て行ったはずの私の田舎の家の庭。

「ここは……庭の物置だ」

そう、屋敷には得体の知れない物置がいくつかあった。多分そのうちの一つだ。

おもわず窓を開けようとしたが開かなかった。

「魔力不足です。鍛錬が足りません」

むちゃくちゃに抑揚のない声が返事した。

「くそお」

家主、どこだああ。これじゃあ、ポーションどころではない。店として機能していない。店舗も作成場所もないじゃないか。

ふと気がつくとテーブルの上に紙が置いてあった。

『しばらく休業します』

なんだとお?

『店主 マーシャ』

マーシャ……覚えがある。私の母の名前だ。



母は私が幼い頃に亡くなった。父も一緒だった。流行病で。

私が助かったのは、その時おばあさまの家に遊びに行っていたからだという。

それからそのままおばあさまと暮らしているのだと聞いた。

あの田舎の広い屋敷には母と私の肖像画が一枚残っていた。金髪のとてもきれいな女性と、ほとんど白みたいな色の髪のほんの子どもが描かれていた。下の方には画家のサインがあってアランソンと書いてあった。

子どもの頃はみんな目の色も髪の色も薄い。

あの絵の中の子どもはとても綺麗な顔立ちだった。そして母にそっくりだった。

遠いかすかな記憶だが、私は母と姉と一緒に遊んだことがあるような気がする。
とても楽しくて、私は姉と遊ぶのが大好きだった。優しい姉だった。

姉も両親と一緒に亡くなったのだろうか。

おばあさまに両親のことを聞くことはできなかった。それはそれは悲しそうな顔をするのだ。
いつもは豪快、闊達なおばあさまを悲しませるのはいやだった。だから、私は肖像画の話も、両親の話も聞いたことがなかった。


私はそんなことを思い出して、ちょっと悲しくなった。だが、ハッと気がついた。

この店、それならずっと閉店中なのでは? 母たちが亡くなってから十年近くが過ぎている。

家の中には人気がなかった。

期待していた、『口の堅いポーション屋』ってどこにいるの?

これでは、商売にもならないし、売り物になりそうなポーションの作り方もわからないではないか。

田舎に帰れば、昔のようにポーションを作って売って暮らしていくことは可能だけど、帰る馬車代がない。この窓は開かないし。

私は詰んだ。どうしたらいいんだ。
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