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第5話 高位貴族令息

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「ねえ、何しているの?」

ギクッとして振り返った私は、全く見たこともない男子生徒を目の前にして固まった。

誰? この人?

後になって冷静に考えたら、彼が大変整った顔立ちの、いかにも礼儀正しい貴族然とした人物で、高位貴族の匂いをプンプンさせていることに気がついたが、その時はどうでもよかった。

だって、数か月ぶりの人との会話だ。それだけでも大ごとなのに、茶葉と砂糖の件に関しては、自分でも窃盗ぽいかなと言う認識はあった。

正々堂々ともらえばいいのに、平民蔑視と言うか、厨房のおばちゃんにさえそんな雰囲気があったので、分けてくれと言いにくかったのだ。

「な、何も?」

「じゃあ、手に持っているのは何なの?」

「え、と、あの……」

いやいやいや。お茶と砂糖を持っていたって、違法でも何でもない。ここは冷静に。

「お茶と砂糖です」

「どうして、そんな所に隠していたの?」

「それはですね……」

魔力の話がバレたらさらにマズイ。誰かの第二夫人にされてしまう。第二夫人も困るが、第三夫人、第四夫人も、もっと困る。

「授業中、お茶と砂糖を持ち歩くのが面倒なので、ここに置いておいたのです」

「そうなの? でも、そしたら、いつ置いたの?」

こいつ、しつこいな。泥棒魔法を使ったのはさっきだ。お茶は湿気るから、ここに置いておく時間は短い方がいいのだ。

「えーっと、いつだったか忘れました」

「お昼に、ついでにもらえばいいのに。お茶なんか重いわけでも何でもないと思うけど」

忙しい昼時、そんな注文をしたら、厨房の平民のおばちゃんたちが殺気立つことは目に見えている。それも、平民の娘からの注文だったら余計にそうだ。どっかの空気の読めなさそうな公爵家のご子息からの発注だったら、あきらめるかもしれないが。

「あ。そうですね。次からそうします」

私は言った。とにかく、彼はとても、なんと言うかステキな顔立ちをしていた。彫りが深くて、キリッとしている。胸が厚く肩幅が広い。自分では気がついていないみたいだけど、動くだけで妙に色気があるよね、この人。
遠くから見るのに適した人材だ。ええと、近くにおいてはダメだ。いろいろと動揺しそうだ。

それに大体、山羊先生からは、くれぐれも高位貴族の男子生徒とは交流を持つなと注意されている。こんな高級貴族感あふれる人材は、絶対に厳禁だろう。

「それでは!」

私は逃げようとした。

「待って。君は確か、平民の特待生のポーシャ嬢だよね?」

私は驚いて目を皿のようにした。

誰とも話をしていないので、危うく自分の名前も忘れるところだった。

「ええ。そうです」

私は簡潔に答えた。

「僕は……」

自己紹介しようとする彼を私は手で押しとどめた。

「お名前は結構です」

「え? どうして?」

「えーとですね、私は担任の先生から、高位貴族の方とお話してはならないと、厳しく注意されています」

「え? そうなの。だけど、それは本人が気にしなければ……」

「そう言う問題ではないんです。とにかく、話してはいけない、いえ、あの、恐れ多いので、そのような失礼なことを仕出かしてはいけないことになっています」

普通、平民の場合、話したがる相手を拒絶する方が失礼にあたるんだが、平民と貴族の場合、そうではないようで。

「それでは!」

脱兎のごとく駆け出して、女子寮に向かった私は、今後、茶葉と砂糖の場所を変えなくてはいけないと考えた。お茶をあきらめる気は毛頭ない。


とりあえず、寮に戻って、お茶の葉の量と砂糖の量を確認した。
まあ、数日分はある。
当面、泥棒魔法は使わないでいいだろう。

ゆっくり風呂につかり、抜けた水分を香りのいい高級茶葉で満たしながら私は今日見た貴族の顔を思い出そうとした。

誰だろう。

多分、かなりの高級貴族様だ。私のいるような最下層のクラスでは見たことがない。顔もそうだが、まず服が超高そう。センスもいい。

山羊髭にバレたらなんて言われることか。ちゃんと断ったし名前も聞いていないから、大したことにはならないと思うけれど。

それより、今後の茶葉の入手方法の方を真剣に考えなくちゃ。

あの高級貴族は、よく見かけるけど、みたいなことを言っていたが、本当にそうなのか?

女子寮の周辺をウロウロするだなんて、他の目的(標的女子)があるからなのかもしれないが、泥棒魔法がバレたのだろうか?

これまで、ポーション魔法と生活魔法だけの見物に留めていたが、他の授業も、特に追尾魔法とか情報魔法系の見学もした方がいいかもしれない。魔法の使用がバレるものなら、今やってることは、むちゃくちゃ危険だ。

「数日中に結論を出さねばなるまい」

最近独り言が多くなってきた。人としゃべれないからである。自分の声しか聞けないだなんて、ちょっと自分で自分が不憫になった。


しかし、翌日、私は山羊髭に呼び出しを食らった。

早い。

バレたのが早すぎる。

私は、顔を緊張でこわばらせ、退学覚悟で山羊髭の部屋のドアを叩いた。

魔力がバレて、競売にかけられて、どっかの見も知らぬ貴族か金持ち商家に買い取られるのは嫌だ。

それくらいなら、今すぐ、無理矢理でも退学して、以前、おばあさまに紹介してもらった王都にある「信用できる」ポーション作りのところに逃げ込んでやる。その人の住所を書き込んだメモはどこに仕舞ったかしら。

「失礼します」

私は、山羊髭から大目玉を食らう覚悟で部屋に入った。

「君、困るねえ」

怒り心頭かと思ったが、山羊髭は困惑の表情を浮かべていた。

「なんでしょうか?」

「なんでしょうかじゃないでしょ? 間違ったことをしたという認識はないのかね」

出た。出た出た。

何もしてないのに、すぐこれだ。

「何の話ですか?」

「とぼける気か? 高位貴族に失礼を働いたという苦情が来ているんだよ!」

「高位貴族?」

魔法の件じゃないのか。私はちょっとほっとした。

「そう。昨日、大変身分の高い貴族のご子弟に失礼な口を利いた件で、校長に苦情が届いているんだ」

「あー……」

「あー、じゃないだろ。一体何を言ったんだ」

「先生、私は出来るだけ貴族の皆様と話をしないようにと、入学の時に注意を受けました」

「それをきちんと守らないので、こんなことになっているんだよ!」

「そうなんですね。私は話しかけられてしまったので、思わず、返事してしまいまして。しない方が失礼かと思ってしまったのです」

山羊髭は黙った。
無視するのはもっと失礼かもしれないと頭が回ったのかもしれない。

「今後は無視した方がよいということですね?」

「失礼をしてはならないと言う意味だよ。これだから平民は……」

「大変申し訳ございませんが、無視した方が礼儀に適っているというなら、今後無視します」

「ええと、いや、無視しないで、きちんとした返事をするようにと言う校長からのお達しだ」

山羊髭はチラリとメモに目を走らせながら答えた。
山羊髭、余り事情を知らないな。

「私は、誰だか知らない高位貴族の方に話しかけられましたが、高位貴族の方と出来るだけ接触しないようにと言う先生のご指導を守るため、お名前も聞かず、辞去いたしました」

「名前くらい聞けと」

山羊髭は真剣に困った様子でメモを見て言った。

「は?」

「名前くらい聞いて帰れと書いてあるんだよね……」

どんなメモなんだろう?

「先生、それは困ります」

私は喰い下がった。

「トラブルは避けたいので、出来るだけ接触したくないのです」

山羊髭と私の利害が一致した瞬間だった。山羊髭が思わず知らずうなずいた。

「大体、男子生徒と話をしているところを見られただけでも、噂になります」

山羊髭が渋い顔をした。同じことを考えているに違いない。

「ウン。だけど校長の筆跡で、その方とのデートの日を決めるようにも書いてあるんだけど」

「は……? デート?……」

私は山羊髭の気が狂ったに違いないと思って、顔を見た。

「退学してもいいですか?」

思わず、言葉が口から出ていた。
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