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第2話 平民娘は、貴族子息に近づいてはならない(校則)
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「黙っとけ?」
「そうだよ。王家だって、効き目があるポーション作り手のことは狙っている。この村で平穏に暮らせたのは、お前のポーションの本当の値打ちに村人が気付いていないからさ」
おばあさまは、もし、この村に腕が立つポーション作りが住んでいることがバレたら、きっと誰か欲の張った商人か悪徳貴族の手によって、無理矢理王都に連れていかれてしまうだろうと言った。
「だからと言って、あんたみたいに才能のあるポーション作りを放っておくわけにはいかない。若いうちにしっかり勉強しとかなくちゃ」
「もし才能あるポーション作りだとばれたらどうなるの?」
自分にそんなに才能があるわけない。だから、大したことにはならないと思うけど、そう言われると心配になる。
「ポーション作りの仕事をさせられるだろうけどね」
おばあさま、それ自身は別に困らないのですが。それどころか、それこそが私の希望です。
「ダメだよ。ちゃんと資格を取っていいところに就職しなくちゃ」
おばあさまが、まともそうなことを言い出した。
「魔力コースで願書を出したら、魔女だってバレてしまう。悪徳貴族なんかに引っかかったら、一生幽閉されちゃうかもしれない。文官希望で願書を出しなさい」
私は震え上がった。文官試験、大いに結構。ポーション作りは、意外に危険な商売だったらしい。
「おばあさま、でも、こっちは競争率が高そうです。私、受からない気がします。それに文官コースを取ったら文官の勉強しかできないのではないですか?」
「大丈夫。入ってしまえば、同じ学校なんで、好きな科目を選べるんだ」
そんなものなのでしょうか? うちのおばあさま、孫の私が言うのもなんだけど、ちょっと胡散臭いからなあ。
私は身の程知らずにも願書を出し、わからないところはおばあさまに聞いたり、参考書を紐解いて勉強に励んだ。
しかし、文官試験問題に即回答できるウチのおばあさまって何者なの?
子どもの頃は何も疑問を持たなかったけど、最近、本当に魔女じゃないのかっておばあさまの正体に疑問を感じてきたわ。
「ポーシャ、ポーシャは町で働かないの?」
村の仲良しのルシンダやアメリアは、聞いてきた。
私はあいまいに微笑んで、この村でポーション作りに専念するつもりだと答えた。
「フーン。でも、きっとつまんないと思うよ? だって、同じ年齢の子たちは、ほとんど全員町に行っちゃうもの」
彼女達は納得しない顔つきだった。そりゃそうですよね。でも、王都の試験を受けているだなんて、身の程ほど知らずにも程がある。確実に落ちると思うの。言いにくいわ。
そして、ドキドキの二週間後、私は、あっと驚く連絡をもらった。
「合格……」
「仮合格なんだよ」
おばあさまが説明した。
「荷物を持って指定された日に学校に行きな。本試験が待っている」
「でも、本試験に落ちたら……」
馬車代とか考えたら、すごい失費だ。貯金をはたいて、王都までの馬車代を用意したのだ。どれくらい王都に滞在するのかわからないので、もし不合格だったら帰りの馬車代があるかどうか。もしかしたら、帰りの運賃を払えなくて、この村に帰れないかも。私は涙目になった。
「もし落ちても、王都の知り合いに口の堅いポーション屋がいる。そこで働いたらいいだろう」
え? おばあさま、どうしてそんな重要情報黙っていたの? 学校に行かなくたって、そこで雇ってもらえるのなら、試験勉強なんかしなかったのに。
「いいから、しっかり勉強しな。無資格で働くのと、学校の卒業証書付きで働くのは大違いなんだ。チャンスなんだよ。頑張れ」
なんか、どうでもこうでも王都に出したい圧力を感じる。
私は急いで馬車の予約をして、おばあさまからくれぐれも黙っているよう指令を受けたので、王都行の目的については黙秘権を行使して、とにかく学校に着いた。
学校……
それは、田舎者の私にとっては巨大な、威風堂々とした建築物だった。
中で迷子になりそう。
「平民のポーシャ・レッドね。特待生試験を受けに来たと」
係員の女性は私をじろりと見たが、関心はすぐに薄れたらしかった。
私は何も聞かれることなく、大人しく文官試験を受け、なぜかあっさりと受かり、そしてそのまま入寮することになった。
なんだか納得できない。出来過ぎだ。
まだポーション作りの試験なら、合格も納得できる。
ポーションの作り手は少ないからだ。
貴族でも平民でも変わりない。要は作れるかどうかが問題になるだけだ。
でも、文官試験は違う。
文官コースは、将来王宮で働く者のための勉強だ。
合格後、私は山羊髭を蓄えた、いかにも貴族然とした先生から入学後の注意を受けた。
「無料で勉強できる分に過ぎたありがたい機会じゃ。利用する以上、勉学に勤しみ、品行方正な生活を送ること。平民はそもそもの品性が下劣なので、難しいことと承知してはおるが、注意だけでもしとかんとな」
平民本人に向かって、平民はそもそも下劣とか。
ちょっと頭に血が登ってきたが、山羊髭に悪気はないらしい。
悪気ないところが余計腹立つけど。
だが、悪気がなくこんなことを本人に向かってしゃべるくらい気が回らないので、聞けばいろいろ学校にとって都合が悪いようなことでも平気で話してくれた。
平民の特待生は、優秀なら身分にこだわらず採用したいという国の方針に従って枠が作られたのだけど、実際に王宮で働いてみると、平民本人にとっては不都合が多かったらしい。
それはそうだ。礼儀作法や貴族特有の、誰が誰の親族でとか言う話になると、太刀打ちできない。どんなに勉強ができたって、どうにもならない。
勉強なら誰にも負けないのに……そう思うと皆んな悔しかったんだと思う。
せっかく文官試験に通り、王宮で働くことになっても、次々に辞めてしまい、王都で商人として成功する者があとを立たなかった。
商人で成功できたら悪くない。
商才がなかったら、能のない貴族に仕えるしかない訳だが、王都の貴族は金持ちなので、田舎で同じことをするのに比べたらずっと高給になるらしかった。
「それで、平民の文官試験は大人気という訳なんですね?」
「うん? いや、別に。むしろ、希望者は減ったかも」
この先生は正直である。
就職に有利なわけでもないし、先行きが芳しくないためか、希望者もかつてを思うとかなり減ったらしい。
そりゃそうよなと私は思った。
商人になるなら、最初から商家へ弟子入りすればよろしい。学費を払う必要はない。
文官コースの科目は、商人になるには余計な科目が多すぎる。
「それとは別に、試験のない平民入学コースは人気があってだな」
どういうこと?
「平民コースは、寄付次第で入学できるのじゃ。当然、平民とは言え、富裕な者は礼儀作法に問題はあっても、貧乏平民とは雲泥の差がある。こちらはなかなか人気じゃ……」
文官になる気はなくても、貴族を見習いたい人間が、やってくるそうだ。
「貴族社会を模範としているのだ」
山羊髭はどことなく満足そうだが、多分違うだろ。むしろ、貴族を利用しに来る気満々なのでは。何事も相手を知らないと対応できないもんね。
「ところで、注意事項はこれからだ」
「まだあるんですか?」
もう、お腹いっぱいです、と言いそうになったが、山羊髭の目が真剣だったので、黙って聞くことにした。
話は数年前に遡る。
文官コースに入学した平民の娘が、当時の公爵家の御曹司に取り入り、御曹司は元々別の令嬢と婚約していたのに、白紙に戻してその平民嬢と結婚したのだという。
もっとも出身が平民なので、結婚後も社交界への出入りは無論できなかったし、元の婚約者の家をはばかって公爵家はいろいろ気まずい羽目に陥ったらしい。
熱愛する方がおられるというなら、どうしても結婚したいわけではございませんと言うもっとも至極なお言葉で縁は切られて、結局その御曹司は田舎の領地の管理をする道を選び、次男の方が爵位は継ぐことになった。
恋のエネルギーは怖い。
どうして止められななかったのかとか、その女が悪いとか、批判や意見は飛び交ったが、とにかくなってしまったものは仕方ない。
文官試験に受かるほど優秀な女性でも、田舎では能力の発揮のしようがない。
そして慣れ親しんだ王都での生活から切り離された公爵の息子は、どう思ったのだろうか。
とにかく、それ以来、文官試験に受かって入学してくる平民の娘は非常に警戒された。男子生徒にも女子生徒にも。
「あんたのその平凡な顔じゃあ、ありえないけど、くれぐれも色仕掛けとかバカなマネはやめて欲しい」
「いえ。ありえませんて」
「下品な口の利き方もやめてくれ。イライラするから」
私は入寮の際に、大きくてよく太ったアンナさんと言う名前の係のおばちゃんに捕まって、その話をもう一度聞かされた。
「あんたも狙ってんのかもしれないけどね。そんな手間を掛けさせるんじゃないわよ」
「そんなつもり、全然ありません」
私はアンナさんの迫力に震え上がった。まだ、何もしていませんよ?
「じゃあ、なんで、文官試験を受けようなんて考えたんだい?」
「将来、いいところで働きたかったからです」
アンナさんはフンと鼻で笑った。
「まあ、そんな事件があったから、王宮での文官採用は望み薄だね」
「えええ?」
せっかく田舎から出て来たのに。
でも、アンナさんは慰めてくれた。
「まあ、あんたは器量が悪いから、誰も警戒しないと思うよ。よかったじゃないか。勉強はできるんだろ?」
「あんまり……」
「試験は受かったんだろ?」
なぜ、受かったのかよくわからない。
そう答えると、呆れたのかアンナさんは、風呂や水汲み場や洗濯場など、必要そうな説明をするだけして、どこかへ行ってしまった。
平民専用の女子寮に入ってみて驚いた。
だって、人が少ないのだもの。文官コースも魔力コースも誰もいなかった。私一人だけ。
貴族は貴族用の寮が別にあるので、そっちから通う。
だから貴族の生徒がいないのはわかったが、ここまで平民の特待生の女性が少ないとは。
後で、なんでもズバズバ話すアンナさんから聞いた話だと、魔力を持つ平民なんて、ほとんどいないそうだ。
「そんな貴重な人間がゴロゴロしてる訳ないだろ?」
気力体力体重ともに、加算点がつきそうなくらい充実しているアンナさんに、常識を疑われた。
私は自分が魔力持ちなので、そんなこと考えたことがなかった。
私の村には誰一人いなかったけれど、隣の町に行けばワンサカいるんだと思っていた。
だけど、どうやら違うらしい。
なぜなら、これも貴族の勝手だが、平民で魔力持ちがいると貴族に囲われることが多いらしい。
子孫に魔力が受け継がせるために第二夫人などになることが多い。しかも本人の意思などはまるで無視だって。
私は聞いてゾッとした。
おばあさまが珍しく正しかった!
嫌われ者の文官。大いに結構! 魔法コースを取らなくて、本当によかった。
私はがらんとした寮で一人暮らすことになった。
「そうだよ。王家だって、効き目があるポーション作り手のことは狙っている。この村で平穏に暮らせたのは、お前のポーションの本当の値打ちに村人が気付いていないからさ」
おばあさまは、もし、この村に腕が立つポーション作りが住んでいることがバレたら、きっと誰か欲の張った商人か悪徳貴族の手によって、無理矢理王都に連れていかれてしまうだろうと言った。
「だからと言って、あんたみたいに才能のあるポーション作りを放っておくわけにはいかない。若いうちにしっかり勉強しとかなくちゃ」
「もし才能あるポーション作りだとばれたらどうなるの?」
自分にそんなに才能があるわけない。だから、大したことにはならないと思うけど、そう言われると心配になる。
「ポーション作りの仕事をさせられるだろうけどね」
おばあさま、それ自身は別に困らないのですが。それどころか、それこそが私の希望です。
「ダメだよ。ちゃんと資格を取っていいところに就職しなくちゃ」
おばあさまが、まともそうなことを言い出した。
「魔力コースで願書を出したら、魔女だってバレてしまう。悪徳貴族なんかに引っかかったら、一生幽閉されちゃうかもしれない。文官希望で願書を出しなさい」
私は震え上がった。文官試験、大いに結構。ポーション作りは、意外に危険な商売だったらしい。
「おばあさま、でも、こっちは競争率が高そうです。私、受からない気がします。それに文官コースを取ったら文官の勉強しかできないのではないですか?」
「大丈夫。入ってしまえば、同じ学校なんで、好きな科目を選べるんだ」
そんなものなのでしょうか? うちのおばあさま、孫の私が言うのもなんだけど、ちょっと胡散臭いからなあ。
私は身の程知らずにも願書を出し、わからないところはおばあさまに聞いたり、参考書を紐解いて勉強に励んだ。
しかし、文官試験問題に即回答できるウチのおばあさまって何者なの?
子どもの頃は何も疑問を持たなかったけど、最近、本当に魔女じゃないのかっておばあさまの正体に疑問を感じてきたわ。
「ポーシャ、ポーシャは町で働かないの?」
村の仲良しのルシンダやアメリアは、聞いてきた。
私はあいまいに微笑んで、この村でポーション作りに専念するつもりだと答えた。
「フーン。でも、きっとつまんないと思うよ? だって、同じ年齢の子たちは、ほとんど全員町に行っちゃうもの」
彼女達は納得しない顔つきだった。そりゃそうですよね。でも、王都の試験を受けているだなんて、身の程ほど知らずにも程がある。確実に落ちると思うの。言いにくいわ。
そして、ドキドキの二週間後、私は、あっと驚く連絡をもらった。
「合格……」
「仮合格なんだよ」
おばあさまが説明した。
「荷物を持って指定された日に学校に行きな。本試験が待っている」
「でも、本試験に落ちたら……」
馬車代とか考えたら、すごい失費だ。貯金をはたいて、王都までの馬車代を用意したのだ。どれくらい王都に滞在するのかわからないので、もし不合格だったら帰りの馬車代があるかどうか。もしかしたら、帰りの運賃を払えなくて、この村に帰れないかも。私は涙目になった。
「もし落ちても、王都の知り合いに口の堅いポーション屋がいる。そこで働いたらいいだろう」
え? おばあさま、どうしてそんな重要情報黙っていたの? 学校に行かなくたって、そこで雇ってもらえるのなら、試験勉強なんかしなかったのに。
「いいから、しっかり勉強しな。無資格で働くのと、学校の卒業証書付きで働くのは大違いなんだ。チャンスなんだよ。頑張れ」
なんか、どうでもこうでも王都に出したい圧力を感じる。
私は急いで馬車の予約をして、おばあさまからくれぐれも黙っているよう指令を受けたので、王都行の目的については黙秘権を行使して、とにかく学校に着いた。
学校……
それは、田舎者の私にとっては巨大な、威風堂々とした建築物だった。
中で迷子になりそう。
「平民のポーシャ・レッドね。特待生試験を受けに来たと」
係員の女性は私をじろりと見たが、関心はすぐに薄れたらしかった。
私は何も聞かれることなく、大人しく文官試験を受け、なぜかあっさりと受かり、そしてそのまま入寮することになった。
なんだか納得できない。出来過ぎだ。
まだポーション作りの試験なら、合格も納得できる。
ポーションの作り手は少ないからだ。
貴族でも平民でも変わりない。要は作れるかどうかが問題になるだけだ。
でも、文官試験は違う。
文官コースは、将来王宮で働く者のための勉強だ。
合格後、私は山羊髭を蓄えた、いかにも貴族然とした先生から入学後の注意を受けた。
「無料で勉強できる分に過ぎたありがたい機会じゃ。利用する以上、勉学に勤しみ、品行方正な生活を送ること。平民はそもそもの品性が下劣なので、難しいことと承知してはおるが、注意だけでもしとかんとな」
平民本人に向かって、平民はそもそも下劣とか。
ちょっと頭に血が登ってきたが、山羊髭に悪気はないらしい。
悪気ないところが余計腹立つけど。
だが、悪気がなくこんなことを本人に向かってしゃべるくらい気が回らないので、聞けばいろいろ学校にとって都合が悪いようなことでも平気で話してくれた。
平民の特待生は、優秀なら身分にこだわらず採用したいという国の方針に従って枠が作られたのだけど、実際に王宮で働いてみると、平民本人にとっては不都合が多かったらしい。
それはそうだ。礼儀作法や貴族特有の、誰が誰の親族でとか言う話になると、太刀打ちできない。どんなに勉強ができたって、どうにもならない。
勉強なら誰にも負けないのに……そう思うと皆んな悔しかったんだと思う。
せっかく文官試験に通り、王宮で働くことになっても、次々に辞めてしまい、王都で商人として成功する者があとを立たなかった。
商人で成功できたら悪くない。
商才がなかったら、能のない貴族に仕えるしかない訳だが、王都の貴族は金持ちなので、田舎で同じことをするのに比べたらずっと高給になるらしかった。
「それで、平民の文官試験は大人気という訳なんですね?」
「うん? いや、別に。むしろ、希望者は減ったかも」
この先生は正直である。
就職に有利なわけでもないし、先行きが芳しくないためか、希望者もかつてを思うとかなり減ったらしい。
そりゃそうよなと私は思った。
商人になるなら、最初から商家へ弟子入りすればよろしい。学費を払う必要はない。
文官コースの科目は、商人になるには余計な科目が多すぎる。
「それとは別に、試験のない平民入学コースは人気があってだな」
どういうこと?
「平民コースは、寄付次第で入学できるのじゃ。当然、平民とは言え、富裕な者は礼儀作法に問題はあっても、貧乏平民とは雲泥の差がある。こちらはなかなか人気じゃ……」
文官になる気はなくても、貴族を見習いたい人間が、やってくるそうだ。
「貴族社会を模範としているのだ」
山羊髭はどことなく満足そうだが、多分違うだろ。むしろ、貴族を利用しに来る気満々なのでは。何事も相手を知らないと対応できないもんね。
「ところで、注意事項はこれからだ」
「まだあるんですか?」
もう、お腹いっぱいです、と言いそうになったが、山羊髭の目が真剣だったので、黙って聞くことにした。
話は数年前に遡る。
文官コースに入学した平民の娘が、当時の公爵家の御曹司に取り入り、御曹司は元々別の令嬢と婚約していたのに、白紙に戻してその平民嬢と結婚したのだという。
もっとも出身が平民なので、結婚後も社交界への出入りは無論できなかったし、元の婚約者の家をはばかって公爵家はいろいろ気まずい羽目に陥ったらしい。
熱愛する方がおられるというなら、どうしても結婚したいわけではございませんと言うもっとも至極なお言葉で縁は切られて、結局その御曹司は田舎の領地の管理をする道を選び、次男の方が爵位は継ぐことになった。
恋のエネルギーは怖い。
どうして止められななかったのかとか、その女が悪いとか、批判や意見は飛び交ったが、とにかくなってしまったものは仕方ない。
文官試験に受かるほど優秀な女性でも、田舎では能力の発揮のしようがない。
そして慣れ親しんだ王都での生活から切り離された公爵の息子は、どう思ったのだろうか。
とにかく、それ以来、文官試験に受かって入学してくる平民の娘は非常に警戒された。男子生徒にも女子生徒にも。
「あんたのその平凡な顔じゃあ、ありえないけど、くれぐれも色仕掛けとかバカなマネはやめて欲しい」
「いえ。ありえませんて」
「下品な口の利き方もやめてくれ。イライラするから」
私は入寮の際に、大きくてよく太ったアンナさんと言う名前の係のおばちゃんに捕まって、その話をもう一度聞かされた。
「あんたも狙ってんのかもしれないけどね。そんな手間を掛けさせるんじゃないわよ」
「そんなつもり、全然ありません」
私はアンナさんの迫力に震え上がった。まだ、何もしていませんよ?
「じゃあ、なんで、文官試験を受けようなんて考えたんだい?」
「将来、いいところで働きたかったからです」
アンナさんはフンと鼻で笑った。
「まあ、そんな事件があったから、王宮での文官採用は望み薄だね」
「えええ?」
せっかく田舎から出て来たのに。
でも、アンナさんは慰めてくれた。
「まあ、あんたは器量が悪いから、誰も警戒しないと思うよ。よかったじゃないか。勉強はできるんだろ?」
「あんまり……」
「試験は受かったんだろ?」
なぜ、受かったのかよくわからない。
そう答えると、呆れたのかアンナさんは、風呂や水汲み場や洗濯場など、必要そうな説明をするだけして、どこかへ行ってしまった。
平民専用の女子寮に入ってみて驚いた。
だって、人が少ないのだもの。文官コースも魔力コースも誰もいなかった。私一人だけ。
貴族は貴族用の寮が別にあるので、そっちから通う。
だから貴族の生徒がいないのはわかったが、ここまで平民の特待生の女性が少ないとは。
後で、なんでもズバズバ話すアンナさんから聞いた話だと、魔力を持つ平民なんて、ほとんどいないそうだ。
「そんな貴重な人間がゴロゴロしてる訳ないだろ?」
気力体力体重ともに、加算点がつきそうなくらい充実しているアンナさんに、常識を疑われた。
私は自分が魔力持ちなので、そんなこと考えたことがなかった。
私の村には誰一人いなかったけれど、隣の町に行けばワンサカいるんだと思っていた。
だけど、どうやら違うらしい。
なぜなら、これも貴族の勝手だが、平民で魔力持ちがいると貴族に囲われることが多いらしい。
子孫に魔力が受け継がせるために第二夫人などになることが多い。しかも本人の意思などはまるで無視だって。
私は聞いてゾッとした。
おばあさまが珍しく正しかった!
嫌われ者の文官。大いに結構! 魔法コースを取らなくて、本当によかった。
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