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第4章 誘拐事件
12.熊殺しの佐兵衛(愛刀雪丸)
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昔、五郎太という少年がいた。
五郎太の身長は、10歳にして既に当時の成人男性の平均身長5.1尺(約154㎝)に達していた。
その大きな体とは裏腹に、五郎太の性格は、大人しく内向的で、外で駆け巡る事よりも小動物を飼って世話をしたり、草木や花、野菜などを育てる事が好きであった。
優しい少年であったが、少し人見知りでもあった。
五郎太の同世代の子供達は、初め五郎太の体の大きさに驚くのだが、彼の内向的な性格と人見知りを知ると、徒党を組んで彼を馬鹿にした。
五郎太は、そんな彼らを相手にしなかったのだが、彼らと上手くやれない五郎太は何時も寂しさを感じていたのである。
そんな、五郎太の心の救いは、祖父が五郎太の為に飼ってくれた一匹の犬であった。
犬の名前は、雪丸。白い毛並みの犬であった為、五郎太自らが考え、名付けた名前が雪から取った名前である。
雪丸は、五郎太が寂しい時、何時も隣に寄り添ってくれる犬であった。
五郎太が独り寂しさを感じ空を見上げていると、雪丸はそれを察するかの様に傍にきて大人しく座ってくれるのである。
言葉が出来ない友は、その瞳で五郎太を励ましたのである。
五郎太と雪丸は、よく散歩をした、近い場所、時には遠い場所にも。
二人の関係は、種族を越えた相棒の様な関係であったと思う。
その二人の別れは、ある日突然訪れた。五郎太が12歳の秋、雪丸を連れて冠山に登った。
草木が好きな五郎太は、秋の紅葉が好きだった。
その日も、軽い気持ちで雪丸を連れ、山の紅葉を見に行ったのである。しかし、運悪く、冬眠前にエサを探していた熊に遭遇してしまったのである。
熊に気づいた雪丸は、五郎太を守ろうと必死に熊を威嚇したが、熊はなぜか五郎太に執着し、襲いかかってきた。
五郎太は、恐ろしさのあまり腰が抜け、その場に動けなくなってしまい、そんな五郎太に覆いかぶさろうとした熊の喉元に、雪丸は捨て身で飛び込み、己の牙で噛み殺そうとしたのである。
雪丸の白い身体がまるで、一振りの刃になって熊の首を一刀両断する様に見えた五郎太であったが、太い首は飛ばず、首にぶら下がった雪丸の身体を、熊手が容赦なく払いのける。
熊は、首を痛そうにし、怯み、五郎太に襲う事を中断した。
すると、又、雪丸が傷を負った体で果敢に今度は逆側から熊の首にとびかかる。
2度首を噛まれた熊は、あまりの痛みに体を左右に振り、首から雪丸を振り落とそうと、執拗に自分の腕で雪丸を払いのけようとする。しかし、雪丸は噛んだ牙を緩めない。
熊は、最後の手段として、首を噛ませたまま、地面にその巨体を擦りつける。
熊の全体重が、雪丸にかかり、しぶとく戦った雪丸もついには力尽き、相手の首を牙から離してしまった。雪丸を引き離した熊は、あまりの痛みに、その場から逃げ山奥へ去った。
しかし、身を挺して五郎太を守った雪丸は、その時命を散らしてしまったのである。
五郎太は、自分の為に命を散らした相棒を両手に抱き、泣きながら家に帰ったのである。五郎太が家に着き、家の者にその一件を伝える。
五郎太に執着した熊の存在を脅威と捉えた清水家の大人達は、当時宗知と名乗っていた月清を先頭に直ぐに冠山に熊を駆除しに出掛けた。
月清達が冠山で発見したモノは、4尺(約120㎝)の首から血を流して死んでいる熊の死骸であった。
忠犬雪丸が、主人を守り死んだ事は、清水家の者達は、これが武士の道だと、口々に褒めたたえた。
しかし、守られた本人の五郎太には、心の傷として残り、相棒を失った彼は今迄以上に内向的になってしまった。
月日は過ぎ、恵まれた体を持った五郎太は、元服し鳥越佐兵衛と名を改めた。
心の傷が癒えず、寡黙になった彼は、戦場に出ても、並みの兵士であった。
大きな体に恵まれているのに関わらず、大きい武功を挙げる事も無い彼を、同僚の兵士達は、独活の大木と影で呼び馬鹿にしていた。
そんな、同僚の声を佐兵衛は知ってはいたが、彼は子供の時の様に、無視していた。それは彼にみについてしまった防衛手段であった。
また少し、月日が過ぎ、彼は少し大きい戦に参加した。その戦いは、清水軍が一時劣勢になってしまっていた。
彼が所属する部隊も、多くの仲間が殺され、傷ついた者も多くいた。司令部より、一時後退の伝令が届き部隊は撤退を開始したが、傷が重傷の兵が1名戦場に取り残されそうになった。
その時、佐兵衛も逃げる事で必死であったが、取り残されそうになったその兵と幼き頃の自分が重なり、気がついた時には身体が勝手に動いていた。
傷ついた同僚を肩で担ぎ、片手で剣を振るいながら、佐兵衛は力の限り逃げた。運よく、味方の陣迄逃げ切り、戦後その功を褒められた。
その日、彼は初めて自分の命の使い方を知ったのである。味方を雪丸の様に助ける、彼はそれを目標に剣技を磨いた。
月清の弟子になり、斬馬刀刀法の基本を学び、そして新しい課題を与えられた。
師が新しい課題と共に、大太刀を一本用意してくれた。
師は刀を渡す時に、言葉をかけてくれた。
『これが、お前の新しい相棒、雪丸じゃ。大事に使え!。』
言葉をかけられたとき佐兵衛は、走馬灯の様に白い雪丸との思い出が頭をよぎり、たまらず目から涙がこぼれた。
師はずっと、覚えてくれていたのである。自分の事を、そして自分が越えなければならない課題をあえて与えたのである。
佐兵衛は、新しい相棒愛刀雪丸を持って、幼き日に敗北した恐怖に立ち向かったのである。
鳥越左兵衛30歳、雪の降る迄の2ヶ月の間、熊を3匹討ち取り、人は彼を熊殺しの佐兵衛と呼ぶ様になったのであった。
五郎太の身長は、10歳にして既に当時の成人男性の平均身長5.1尺(約154㎝)に達していた。
その大きな体とは裏腹に、五郎太の性格は、大人しく内向的で、外で駆け巡る事よりも小動物を飼って世話をしたり、草木や花、野菜などを育てる事が好きであった。
優しい少年であったが、少し人見知りでもあった。
五郎太の同世代の子供達は、初め五郎太の体の大きさに驚くのだが、彼の内向的な性格と人見知りを知ると、徒党を組んで彼を馬鹿にした。
五郎太は、そんな彼らを相手にしなかったのだが、彼らと上手くやれない五郎太は何時も寂しさを感じていたのである。
そんな、五郎太の心の救いは、祖父が五郎太の為に飼ってくれた一匹の犬であった。
犬の名前は、雪丸。白い毛並みの犬であった為、五郎太自らが考え、名付けた名前が雪から取った名前である。
雪丸は、五郎太が寂しい時、何時も隣に寄り添ってくれる犬であった。
五郎太が独り寂しさを感じ空を見上げていると、雪丸はそれを察するかの様に傍にきて大人しく座ってくれるのである。
言葉が出来ない友は、その瞳で五郎太を励ましたのである。
五郎太と雪丸は、よく散歩をした、近い場所、時には遠い場所にも。
二人の関係は、種族を越えた相棒の様な関係であったと思う。
その二人の別れは、ある日突然訪れた。五郎太が12歳の秋、雪丸を連れて冠山に登った。
草木が好きな五郎太は、秋の紅葉が好きだった。
その日も、軽い気持ちで雪丸を連れ、山の紅葉を見に行ったのである。しかし、運悪く、冬眠前にエサを探していた熊に遭遇してしまったのである。
熊に気づいた雪丸は、五郎太を守ろうと必死に熊を威嚇したが、熊はなぜか五郎太に執着し、襲いかかってきた。
五郎太は、恐ろしさのあまり腰が抜け、その場に動けなくなってしまい、そんな五郎太に覆いかぶさろうとした熊の喉元に、雪丸は捨て身で飛び込み、己の牙で噛み殺そうとしたのである。
雪丸の白い身体がまるで、一振りの刃になって熊の首を一刀両断する様に見えた五郎太であったが、太い首は飛ばず、首にぶら下がった雪丸の身体を、熊手が容赦なく払いのける。
熊は、首を痛そうにし、怯み、五郎太に襲う事を中断した。
すると、又、雪丸が傷を負った体で果敢に今度は逆側から熊の首にとびかかる。
2度首を噛まれた熊は、あまりの痛みに体を左右に振り、首から雪丸を振り落とそうと、執拗に自分の腕で雪丸を払いのけようとする。しかし、雪丸は噛んだ牙を緩めない。
熊は、最後の手段として、首を噛ませたまま、地面にその巨体を擦りつける。
熊の全体重が、雪丸にかかり、しぶとく戦った雪丸もついには力尽き、相手の首を牙から離してしまった。雪丸を引き離した熊は、あまりの痛みに、その場から逃げ山奥へ去った。
しかし、身を挺して五郎太を守った雪丸は、その時命を散らしてしまったのである。
五郎太は、自分の為に命を散らした相棒を両手に抱き、泣きながら家に帰ったのである。五郎太が家に着き、家の者にその一件を伝える。
五郎太に執着した熊の存在を脅威と捉えた清水家の大人達は、当時宗知と名乗っていた月清を先頭に直ぐに冠山に熊を駆除しに出掛けた。
月清達が冠山で発見したモノは、4尺(約120㎝)の首から血を流して死んでいる熊の死骸であった。
忠犬雪丸が、主人を守り死んだ事は、清水家の者達は、これが武士の道だと、口々に褒めたたえた。
しかし、守られた本人の五郎太には、心の傷として残り、相棒を失った彼は今迄以上に内向的になってしまった。
月日は過ぎ、恵まれた体を持った五郎太は、元服し鳥越佐兵衛と名を改めた。
心の傷が癒えず、寡黙になった彼は、戦場に出ても、並みの兵士であった。
大きな体に恵まれているのに関わらず、大きい武功を挙げる事も無い彼を、同僚の兵士達は、独活の大木と影で呼び馬鹿にしていた。
そんな、同僚の声を佐兵衛は知ってはいたが、彼は子供の時の様に、無視していた。それは彼にみについてしまった防衛手段であった。
また少し、月日が過ぎ、彼は少し大きい戦に参加した。その戦いは、清水軍が一時劣勢になってしまっていた。
彼が所属する部隊も、多くの仲間が殺され、傷ついた者も多くいた。司令部より、一時後退の伝令が届き部隊は撤退を開始したが、傷が重傷の兵が1名戦場に取り残されそうになった。
その時、佐兵衛も逃げる事で必死であったが、取り残されそうになったその兵と幼き頃の自分が重なり、気がついた時には身体が勝手に動いていた。
傷ついた同僚を肩で担ぎ、片手で剣を振るいながら、佐兵衛は力の限り逃げた。運よく、味方の陣迄逃げ切り、戦後その功を褒められた。
その日、彼は初めて自分の命の使い方を知ったのである。味方を雪丸の様に助ける、彼はそれを目標に剣技を磨いた。
月清の弟子になり、斬馬刀刀法の基本を学び、そして新しい課題を与えられた。
師が新しい課題と共に、大太刀を一本用意してくれた。
師は刀を渡す時に、言葉をかけてくれた。
『これが、お前の新しい相棒、雪丸じゃ。大事に使え!。』
言葉をかけられたとき佐兵衛は、走馬灯の様に白い雪丸との思い出が頭をよぎり、たまらず目から涙がこぼれた。
師はずっと、覚えてくれていたのである。自分の事を、そして自分が越えなければならない課題をあえて与えたのである。
佐兵衛は、新しい相棒愛刀雪丸を持って、幼き日に敗北した恐怖に立ち向かったのである。
鳥越左兵衛30歳、雪の降る迄の2ヶ月の間、熊を3匹討ち取り、人は彼を熊殺しの佐兵衛と呼ぶ様になったのであった。
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