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第3章 選抜訓練

8.遠泳訓練前日(白クラゲ、赤クラゲ、サメ)85/200

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遠泳訓練を翌日に控えたその日は、久之助達は海に入らなかった。海に入らなかった理由は、第一に体力の回復である。

体力の回復として確保されていた一日であるが、40里(約16㎞)という距離を泳ぐにあたり、必要最低限の知識を、村上水軍の者が講師になって清水家の兵達に、座学で自分達の経験から得た注意点を教えたのであった。

赤組では、監視員の若い男が引き続き講師を担当した。

遠泳は、その者の速度によるが、泳ぎきる為には最低でも8時間以上がかかる事。

泳いでいる内に、体力の限界が来た場合は、村上家が遠泳訓練の為に用意した船を6艘を各地点に浮かばせているので、其処につかまり、体力の回復に努める事。

もし訓練を辞めると判断したら、浮いている船に乗ってしまってもかまわない旨を伝えた。

船に乗る事は、辞退と判断されるとの事だった。船の中には、簡単な軽食が入っており、其れを泳いでいる者が食べる事は許された。軽食の数には、限りが有る為早い者勝ちという説明もされたのであった。

監視員の男が、力を入れて説明したのが、海に潜む危険についてだった。

『海を遠泳する時に注意しなければならないのがクラゲじゃ。』

『クラゲにも種類がある、白クラゲと色つきのクラゲじゃ!。』

『白クラゲはもし身体にふれても、泳いでいる者が刺激さえしなければ、刺してくる可能性も少ない筈じゃ、とにかく軽はずみに動かず、ゆっくりと離れる事じゃ。』と男は説明する。

『怖いのは、色のついたクラゲじゃ、赤クラゲ等、毒が強く、正直刺されたら泳いでなんかはいられない。』

『もし刺されたら、己の運命だと覚悟し、浮いている船が有れば、躊躇かまわず乗る事じゃ、死ぬよりはマシじゃろ・・。』と言いながら、人の悪そうな顔で笑うのであった。

『そして、最後に一番恐ろしいのがサメと遭遇する事じゃ、サメと出会ってしまった時に、絶対やってはいけない事がある。』

『何じゃと思う?』と若い男は、一番前の席に座っていた男に聞いた。

聞かれた男は、暫く考えた後、『刺激を与える事。』と答えた。

男の回答を聞いて、若い監視員は答える。

『あながち間違いではない、が正解ではない・・・。絶対やってはいけない事は、背を向けて逃げる事である。』

『あ奴らは、背負向けた時点でお主を追ってくるぞ。サメの恐ろしい習性じゃ。ジタバタ逃げるお前の音に誘われて、あいつらはお主を餌だと認識し、追ってくるのじゃ。』

若い男は語り続ける。

『最悪にも、サメと出会ってしまったら、その場で止まり、サメが通り過ぎるのを黙って待つのじゃ。』

『通り過ぎるかどうかはお主らの運しだい、あ奴らは、臆病なところもある、動かなければ、逆に警戒して近づいて来ないはずじゃ。』

『しかし、万が一、サメが自分に近づいて来たら、相手が自分の手が届くギリギリの処迄待ち、あ奴らのハナを力いっぱい殴るしかない。』

『殴っても、サメが逃げなければ、その日がお主らの命日じゃ、諦めるしかない・・・。ナムアミダブツぅ・・』と合唱をして男は話を切り上げた。

『よし、一服していくる、休憩じゃ!!』と男は言うと、部屋から外へ出ていったのであった。

男が部屋から出ていくと、部屋の中の雰囲気がガラッと変わる、その名の通り休憩時間である。

久之助が、男の話の影響を受けてサメの様子を想像していると、『おい、今の話本当かのう?本気だと思うか?』『いや、きっとワシらに対する脅しだろうよ、怖がらせ脱落する者がいないかと試しておるのじゃと思うぞ、ワシは。』と守屋殿と松田殿が話している内容が聞こえて来た。

『背を向けて逃げるのは武士の恥じゃ、サメが俺のところに来ても、俺は逃げず、逆に攻撃してやる。』と呟く庄九朗の声も聞こえて来たのであった。

そんな3人の声が聞こえてたかのように、監視員の若い男は一服から戻って来た時、一人の男と連れて来ていた。

連れて来た男は、30歳ぐらいで片足が無く、杖をついて部屋に入ってきた。

『お主らにワシの話が本当だと信じさせるために、この者に来てもらった。』と言うと、若い監視員は自分の顎を突きだす素振りをして、片足の男に話すように促した。

片足の男は、断れない様子で、覚悟を決め語りだす。

『ワシは、サメと遭遇し、動揺しすぎて、背を向けて逃げたのじゃ、・・・バカじゃった。本当に馬鹿じゃったと思う。海でサメに泳ぎで勝てるわけがないのに・・・。』

『今は、毎日後悔しておる。あの時、何故逃げたのだと、もし逃げずに戦っておれば、もしかしたら・・、その方が今よりも楽だったかもしれんのに、お主ら、明日はサメに会っても、決して背を向けてはならんぞ、これは忠告だ!!』と男は言い捨てると、そのまま杖をついて部屋を出て行ってしまったのである。

座っていた者の総ての顔が一瞬で固まったしまった。脅しではなく、事実だったのである。

若い監視員は、皆の表情が固まったのを確認して、再び語り出す。

『明日は、一人で泳がず、何人かでまとまって泳いでもらう。』

『この組は、今18名だから、6人ずつ3つの組にわかれてもらう。』

『泳ぎの上手い者が先頭と後方を泳ぎ、泳ぎの下手な者は真ん中で泳ぐこと。』

『後の細かい事は、お主ら自身で決めろ、それでは今日は此処まで、今日は明日に備えてユックリ休め!!』

『明日は、朝から船に乗り、ある場所までいってもらう。そこから、目的地の島まで泳いでもらう。』

『気をぬけば、死ぬぞ!お主らの悪運を祈っておるぞ、ワッハハハ』と笑い、男は部屋から出て行ったのである。

久之助は、自分の近くに座っていた守屋、松田、庄九朗、宗治の草履取の与十郎、月清の馬の口取の七郎三郎と組を組む事になった。

その日の夜も、告別の鐘は10回鳴ったのである。この頃になると、久之助達にとっては鐘が鳴るという事はごく当たり前の事になっていた。

鐘が鳴るとは、誰かが脱落した事を意味し、その事は他人ごとでは無かった。その一人に何時自分が加わるか、それだけの問題だったのである。

日々変わらない、緊張の夜に耐え、男達は遠泳の訓練日を迎えたのであった。参加者は85名になっていた。
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