上 下
12 / 75
第2章 改名

3.呼出

しおりを挟む
宗治の部屋に、細川輝経が血相を変えて来たのは義昭たちへ食事を出した時間からそれ程時間が経っていない頃だった。

『清水殿、義昭様が本日の食事について聞きたい事が有るとお呼びじゃ。急いで一緒に来て下さらんか?』と呼びに来たのであった。

『義昭様が、食欲が無く、又一人で静かに食べたいというので、食膳を寝ておられる部屋に運ばせたのだが、いきなり誰がこの料理の献立を考えたのか、献立を考えた者を呼んで来いと、えらくご立腹でな、スマン。』と輝経は宗治に義昭の様子を大まかに説明したのであった。

『細川殿、それでは献立を考えた者を呼んで、私とその者二人で義昭様の部屋に向いたいのですが、宜しいか?』と宗治は輝経に久之助を同行させる事の可否を聞いた。

『良いが、急いで下され、義昭様の今の様子だと、待たせすぎるとマズイ事になりそうじゃ・・。』と輝経は答えた。

『直ぐでござる。この場でお待ちを。』と輝経を部屋で待たせ、宗治自ら久之助を呼びに行く。

事前に、この様な事もあろうかと、久之助を近くの部屋に留めておいた宗治も、義昭がご立腹という言葉を聞いた為、心は動揺していた。

(やはり、わらび餅の件だろうか?即興で作ったわらび餅が京の味とは全く違ったのかもしれん、やはり、試食の判定を原三郎にさせたのが悪かったのだろうか?しかし、ワシ自信も食べたが、美味かったし・・やはり高貴な方とワシら下民の者の舌を一緒だと考えたのがいけなかったのか・・)と歩きながら悪い方向にばかリ思考がいってしまっていたのである。

久之助が待機している部屋の前に立ち、襖を開ける前に『久之助、将軍様がお呼びじゃ、ワシと一緒に来てくれ!。』と言って襖を開けた。

襖を開けると、久之助は部屋の中央で立っていた。表情はやはり来たかという様なバツの悪そうな顔をしており、予想していた最悪の展開が訪れた事に、その現実に少したじろいでいる表情であった。

『ハイ、畏まりました。』『覚悟はしておりましたが、やはり来ましたか・・。』と小さい声で宗治に自分の感想を正直に伝えた。

『細川殿曰く、義昭様はご立腹との事だ。ヤバい事になった。手はあるのか・・・?』と宗治は更に低い声で久之助に聞く。

『・・・・。』、久之助は答えず、ただ頷いた。『殿、御供致します。』と久之助が言うと、二人は急ぎ細川輝経が待つ部屋に急ぎ向かったのである。

輝経と合流し、義昭の部屋の前まで来ると、輝経は義昭に呼びかける。『義昭様、清水殿並びに、本日の献立を考えた者を連れて参りました。

『・・・・ウム、入れ!』と部屋の中から、義昭の声が聞こえてきた。その声は不機嫌そうに聞こえる声だった。

3人が部屋に入ると、ムスッとした表情の将軍が布団の横に置かれた食膳の前に座っていた。

『お休みの処、失礼致します。』と宗治が呼びかけ、宗治、久之助、輝経の順番に部屋に入ろうとすると、義昭は輝経に向かって『輝経、お前は良い、自分の部屋に戻っておれ!』とぶっきらぼうな大きい声で命じたのであった。

『ハッ、それでは部屋に戻りますが、何かございましたお呼び下さい。』と輝経は一人だけ一歩下がり廊下に出て襖を閉めようとする。

宗治と久之助が最後に見た輝経の表情は、これから将軍の怒りの捌け口になると予想される二人への憐れみと、そのトバッチリを回避できる事が確定した自分に安堵するという二つの感情が同居した何とも言えない表情をしていた。

輝経は、丁重に襖を閉め、緊張の舞台から逃げる様に退場したのであった。

『義昭様、本日準備した食事が御気に召しませんでしたでしょうか?』と宗治が義昭に恐る恐る確認する。

『・・・今日我の食事の献立を考えたのはどちらじゃ?』と二人に聞く。

宗治は、緊張のあまり直ぐに回答出来ない、『私でございます』と久之助は緊張しながらも答えたのであった。

『我が何でその方らを呼んだと思う?』と緊張している久之助に脅すような大きな声で続けて聞く義昭。

『・・・分かりませぬ。』と低い声で久之助が答える。

『本当に分からんのか?もう一度聞くぞ!』と義昭のその声は正に威圧的な尋問する様な声だった。

『・・・わらび餅でしょうか?』という久之助の言葉は、観念し、自白する音が含まれていた。

『そうだ、わらび餅じゃ、いや、こんなモノ、わらび餅とは言えぬ、子供だましのまがい物じゃ!。』と義昭は言葉を吐き捨てるように言った。

義昭の言葉に、宗治は図星をつかれ、静かに驚愕していた。

(子供騙し、まさにそのとおり、試食し、判定したのは我が子の原三郎、何故、幼子に試食させ決める事を許可したのか・・ワシは馬鹿じゃ、大バカ者じゃ・・。)と宗治は、言葉は出さず、黙って一生分の冷や汗をかいていたのであった。

『其方、京に行った事あるのか?ないじゃろう!』

『わらび餅も、食った事ないのではないか?食べた事があれば、こんなモノ作らんわ!!。』と義昭は大声で久之助を怒鳴りつけたのであった。

義昭に怒鳴りつけられた久之助は、当然、慌てふためいていたが、『・・・ハイ。京へは行った事が有りませぬ。正直、わらび餅も自分では食べた事がなく、食べた事が有る者から、材料と作り方を聞いて作りました。』と緊張しながらも、物おじせず答えたのであった。

(終わった・・ワシは切腹するのじゃ、40歳、思えば短い人生だった。切腹の理由はわらび餅のまがい物を作った為、何とも恥ずかしい理由じゃ、・・・まあ、それも人生か・・。)と久之助の答えている姿を見ながら、宗治は心の中で悟りの境地に達していた。

『私達が作ったわらび餅が御口に合わなかったのであれば、私がこの身を持って償いますので、どうかお許し下さい。』

『本日、義昭様が我々の城にお入りの際、お元気がなく、其れを案じた我があるじから、何か義昭様をお元気にさせる、励ませるモノを準備するように命じられ、京の御菓子を出せば、義昭様が喜んでくださると思い・・・、私の様な下民の者が浅はかでございました。何卒お許し下さい。』とその場で頭を下げ、畳に頭を擦りつけ、頭を上げたと思うと、その場で腹を切ろうと、服を脱ぎ始めたのであった。

其れを見た宗治も、『腹を切らなければならないのは、責任者である私でございます!。』と同じく服を脱ごうとした。

『このウツケ者共が! 未だ我の話が終わっておらぬわ!』と二人を静止する様に再び怒鳴りつける。その声は、昼間の弱弱しい声と同一人物と思えないぐらい大きく、力強かった。

『其方、どうして京の菓子を我に出そうとしたのじゃ。』と義昭が言う。

『義昭様が、いつの日か京に返り咲き、天下を平定して下さる事を願い、私達が作ったわらび餅とは比べ物にならないぐらい美味しい本物のわらび餅を食べれる日を願い、出したのでございます。!』と久之助は涙ながらに言った、訴えたのである。

『この痴れ者が、身の程知らずが何を言う!!。』と義昭はその日一番の大きい声で、久之助を怒鳴ったのであった。しかし、その目は涙で濡れていた。

『ごもっとも!!』と久之助と宗治は、併せたかのように同時に同じ言葉を言い、同時に頭を下げたのであった。

『輝経!其処にいるのじゃろ、急ぎ此の者達の食膳を準備し、我の部屋に運んでくるのじゃ、我は今日此の者達と食事をするぞ!!酒も持って来させよ!!。』

『ハッハハァ、直ぐに。』と部屋の外から、細川輝経の声が聞こえた。

二人の心が天に通じたのか、義昭の心に通じたのか、指示する義昭の声は、大きく力強かったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

加藤虎之助(後の清正、15歳)、姉さん女房をもらいました!

野松 彦秋
歴史・時代
加藤虎之助15歳、山崎シノ17歳 一族の出世頭、又従弟秀吉に翻弄(祝福?)されながら、 二人は夫婦としてやっていけるのか、身分が違う二人が真の夫婦になるまでの物語。 若い虎之助とシノの新婚生活を温かく包む羽柴家の人々。しかし身分違いの二人の祝言が、織田信長の耳に入り、まさかの展開に。少年加藤虎之助が加藤清正になるまでのモノカタリである。

わが友ヒトラー

名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー そんな彼にも青春を共にする者がいた 一九〇〇年代のドイツ 二人の青春物語 youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng 参考・引用 彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch) アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

時代小説の愉しみ

相良武有
歴史・時代
 女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・ 武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・ 剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

処理中です...