ツキを降らす子

しばとまと

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ツキを降らす子

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 部活で帰り支度をしている運動部員たちは、駄洒落が大好きな男子高校生・松来旬まつき・しゅんのセンスの無さについて語り合っていた。
 ツラいいのに・だから彼女出来ないんだ、と散々に言われている松来は、そんな事はないと必死に訴えるが、顧問にさえ。

「子どもが出来たら間違いなく鬱陶しく思われる」

 と、言われる始末である。

 もう日はとっくに沈んで、薄暗く少し寒い。
 部員たちは、帰りにコンビニへ寄るかを話していると、更衣室で着替えてきた現マネージャーと共に、三年で引退している元マネージャー・香久山光里かぐやま・ひかりが来る。
 お疲れ様! 皆で労いあった。

「松来の駄洒落のセンスの無さについて、語ってた」
「それより週末の台風、一日中らしい。休校にならなかったとしても、走り込みできないし、別メニュー考えておいた方がいいな」
「それよりってひどくない!? 光里先輩……!」
「うん。でも私、台風嫌いじゃない。大変な嵐の後の空。無性に空が見たくなるんだ」
「取り付く島も無ぇー!」

 マネも加わった事で、会話は更に続く。
 光里もノった事はノったが、やはり何処かいじられているという事で、ちょっと可哀想かなと苦笑し、とめ時は見ようと思う。
 同時に大分涼しい夜なので、早めに帰りたいなとも朧げに。
 一人で帰るのはこの時期、秋めいてきて日が沈むのも早い。

 そのとき。

「光里先輩は俺の駄洒落、面白いって思いますよね」

 いきなり真顔で話を振られ、光里は驚く。
 薄暗い中なので確かではないが、松来は今にも泣きそうな声色で訴えてきたのだ。

 皆言い過ぎでしょ、あまり松来君に疲れを向けちゃダメだって。
 言葉を返そうとすると。

「面白いですよね……!?」

 強く肩を掴まれて驚いたものの、咄嗟に光里は、これは本気の想いだと察する。
 真剣に考える事にした。

 確かに松来の駄洒落はセンスの欠片もないが、それをこの状態の彼に言うのは、酷かもしれないと感じた。
「香久山先輩、凄い悩んでますよ」
 が、後輩にまで言われると、やがて息をついて・わかってるよと松来は肩を落とす。

 開き直ったのか、「どうせ俺の駄洒落は」と卑屈になりだしたが。

「うん、面白いと思う。」

 光里の軽やかな声色の一言に、一同は耳を疑った。

「凄く面白い、芸人さん越えちゃう、とかまでは言えないけどさ。うちの父も駄洒落大好きなんだ。それと比べたら、月とすっぽんだよ。父さん、センスないから! 勿論、松来君が月だよ。父さんが、すっぽん。松来君の方が、まだツッコミ甲斐あるね。なんて! 私、お笑い詳しくないけど」

 光里の言葉に、松来は硬直していたが。本当ですか? と、板のように固まって問いかける。本当だよ。と、持ち前の明るい気色。

 駄洒落とはいえ、一本気で〝好き〟に挑む彼に、敬意を払いたい。本音で返したのだ。

「落ち込む必要ないって。頑張るって格好良いし、もっと伸ばしていってみたらどうかな」

 大げさに笑う程ではないけどね!
 ──言葉を付け足そうとすると、いつのまにか、強く強く、ぎゅううっと。……手を握られている。

「光里先輩!」

 甚く感動した様子で、松来は打ち震えていた。
 光里はその様子に付け足そうとしていた言葉を言いづらくなり、彼にされるがままになって、なんだかヘンなところで困った。

「やっぱ面白いんだって、俺の駄洒落! さっすが校内一の成績優秀者は違うわ!」

 甘やかしちゃダメですよ先輩! と部員たちに詰め寄られ、ハイハイと応える一方で、熱い視線を感じる。
 そこには自分を見てウットリと表情を入れ替えている、松来だ。

 わ、と胸が高鳴る。身体が熱くなり、鼓動が速まるのだから焦る。
 こんな風に男性にちょっと恍惚とした表情で、生まれて初めて見られてしまえば、大抵の女性はドキリとしてしまうだろう。

 それくらい、松来の瞳には、歓び。何より、一途さが、宿っていた。

「先輩の言葉で、俺の中に〝新しい〟気持ちが〝あったらしい〟!」
「松来うるせえ」

 駄洒落がなければ、結構モテるだろうなあ。
 困ってはいたけれど、光里は彼を見ていて、温かい気持ちになれた。



 以降、松来は光里にとても懐いてくるようになる。
 練習中はさすがに気を引き絞めているが、休憩中に笑顔で駄洒落を連発してきたり、休み時間に勉強を教えてくれと乞うべく、教室へ訪ねてきたり、昼休みになると、一緒にお昼食べましょうと誘ってきたり。

 付き合いだしたの? と友人にまで勘違いされる。
 受験なのに余裕だね、と冗談交じりに冷やかされもした。

 光里は難関だが、学びたい分野で設備が良い上、在校生の雰囲気も宜しい大学への受験をするつもりだ。普段の成績からいけば通るとは考えているが、万が一という事もある。学校が終われば夜遅くまで塾で勉強、帰っても家で勉強漬け。

 だからこそ、マネージャーとして部活を引退した今も、今の部員たちの言葉に甘えて、部に顔を出していた。それが受験期に入ってからのオアシスのようなものなのだ。マネージャーで、自分と共に戦ってきた頼りになる部員たちの練習する姿に、パワーを貰える。自分も、もっと根性と情熱を受験勉強にねじ込もうと、思えたのだ。

「松来君。言っておくけど、あなたの駄洒落を全肯定してるわけじゃないよ」

 今は、静かで誰も居ない家庭科室にて、松来に誘われお昼を食べていた。松来は家庭的なお弁当から視線を持ち上げ、見つめてくる。

「知ってますよ?」

 当然でしょ、といったようすで答えてきたので、拍子が抜ける。

「自分の事を、全部面白いって言ってくれたから、俺は先輩に惹かれてるわけじゃないし。
 あの場でああやって、心配りしてくれて。
 好きな事に努力してる事褒めてくれて、
 これから伸びシロあるって言ってくれた事が、
 ほんっとーに。嬉しかったんです。

 先輩からの言葉、宝物になった。」

 満足げに言うと、彼はインゲンの肉巻きをおいしそうに食べだす。惹かれてる、と面と向かって言われた光里は、視線をそろりと外し、顔を熱くしてしまう。
 なんだかもう、彼のペースに巻き込まれっぱなしだ。真っ直ぐで愚直な言葉に、とてもふしぎに、胸がしめつけられる思いがして。
 大好物の梅シソ卵焼きを、パクリと口にする。

 心地が、なんだか、いい。

「ていうか先輩、勉強どうなんです」
「まあまあだよ」
「K大狙ってるんですよね。うちの期待の星とか言われてるし」
「はは。正直、荷が重いよ」

 じゃあレベル少し下げてみたらどうですか。松来は何処か、わくわくした様子で提案してきた。が、光里はもう決めたんだと、小さく首を横に振って言う。

「天文についてもっと勉強して、いつか学者になるって。

 空が、宇宙が、好きだから。」

 正直に返すと、呆気にとられたようすで、今までで一番驚いた様子の松来。
 やがて、ガックシという音が聞こえそうなほど、肩を落とした。
「そーいう、まっすぐなとこ、やっぱ推せます。」
 裏腹に、推し発言してはいるが。

「でも少しだけ、勉強から離れてみたらって。言いたいんです。俺、K大とか絶対ムリだし」
「行きたいの?」

 そりゃ行きたいですよと言う彼に、光里は驚いた。

「松来君も、空の姿に憧れたクチ?」
「えーと」
「やっぱりいいよね! 私も大好き。絶対に、同じ姿をしないんだもん」
「んー! そうだけどそうじゃない」

 松来は焦り気味に、瞳を細めて冷や汗交じりに返してくる。
 じゃあどうして。その光里の疑問を見越していたようで。

「先輩と同じ大学行きたいからっていう、簡単な理由ですよ。一緒に通って、仲良く一緒に勉強していきたいから」
「ええ?」

 先輩ってヘンなとこ鈍いですよね!
 ハァーッと、ため息をつかれたから。
 光里はカァーッと、音が出るかのように赤くなり、視線を逸らして拳をつくる。

「受験に私情を持ち込まないの!」
「私情がないと、受験成り立たないと思うけど……」
「言葉の揚げ足を取らない!」
「はあ。とにかく、俺も先輩と同じとこ行きたいんです」

 レベル下げてください! 頭を下げられ、光里は驚いたが。
 ムリ! 即答した。

「俺が居たら、迷惑ですか? やっぱり、理由がダメ?」
「そんな事ない。ただ、こればかりは、将来に関わる事でしょう」

 自分より背が高いくせに、意図せぬ上目づかいをする松来に戸惑いながら、光里はきちんと伝える。

「自分で学びたいところに、きちんと行かなきゃ」
「はい」

 俯いて頷く松来に。
「うん。良い子」
 光里は彼を可愛く感じ、笑いかけて彼のセットされた髪を少し撫でる。

 松来はそっと顔をあげる。
 赤くなって自分を見つめてくるから、そこまで考えてくれてたんだな。と胸がきゅっとした。

 が。

「考え方と言い方を変えます」
「はい?」
「何があったり、出来たら、先輩が大学受かって。俺がK大受ける時、付きっ切りで勉強見てくれますか」
「ええ?」
「何か、ありますよね」

 成績何位までいったらとか。部で何処までいけたらとか。
 ド・真剣な表情で詰め寄られているこの状況が、もはや光里にとってはド・免疫がない事だからこそ、今度は自分がじわじわ赤くなる。

 後輩の、しかも異性の顔がここまで近くにあると、さすがに困る。関係を壊さない為、松来の胸に両手を当て、ちょっと距離を置く。

「松来君。何があったらとか、そういうのはないから」
「嫌です」
「私に教わるより、ちゃんとしたとこ通って教わった方がいいよ」
「嫌です」

 結構頑固なところあるんだよね、この子。少し視線を外して息をついた。
 勿論、好意を抱いてもらえている事は自覚しているし、とっても嬉しい。
 だが今自分は、受験生なのだ。我慢している事だって一杯あるけれど。

 その中の一つが、彼に寄りかかられている今、
 寄りかかり返す──。そういう、事でもあった。

「光里先輩に教わりたい。何でもする。学年一位とれって言われたら、俺やるよ」
「何でも?」
「何でも」

 そこまで言って真剣なのなら、彼が自力でK大に行く事は、決まっているようなものだとも思う。
 事実、松来は成績は悪くないうえ、普段の授業態度も良いと部員に聞いている。

 どういう事を言えばわかってくれるかな。少し、考えて。

「つきを呼んでくれたら、いいよ」
「はい?」

 我ながら上手い事を言ったと光里は思い、ご機嫌になる。
「ほら、私受験生じゃない?」
 自分を指差し続けた。

「ラッキーな運とか。良い意味での〝つき〟をさ! 私が呼びたいときに、呼び寄せてくれたら。
 でもそれだけじゃ面白くないでしょ?

 おつき様、呼んできて。」

 先輩・マジで言ってるんですか。松来は冷や汗をかいて困り顔をしている。
「大マジだよ」
 言い切った光里は、お昼を食べる事を再開しだす。

 呆気に取られていた松来は、ちょっと、疑うような表情。

「そんなに俺の事、嫌なんですか? かぐや姫ってか、香久山姫じゃあるまいし」
「トンチを利かせたりすれば、出来るかもよ」

 叶えてくれたらお話しの通り、お嫁さんにもなるかもね。
 何気なく言うと、松来は目を見開いて惚けた後、少し俯きがちに、わかりました。と、頷く。

「先輩が呼びたいとき、つき、呼びます。」

 顔をあげた彼の瞳には、仄かであるも、決意が灯っていた。

 光里は少しそれを見て胸がはずむようで。
 楽しみにしてると、正直に笑いかけた。





 松来に〝つきを呼んで〟と言って、数日が経つ。
 秋の台風が来ていたがゆえに、部では屋内練習を重視していたが、大風と大雨。
 大慌てで後輩部員たちと嵐の中、家に帰る。

 帰宅後はすぐに風呂に入り、お腹がとても空いていたので夕飯には母特性のきいろい月のようなオムライスを食べた。

 一息つき、勉強を始めようとして。
 気が付けば、台風が過ぎ去ったのか、窓を叩く轟音は耳に届かなくなる。

 窓越しに外の階下である庭を見れば、地面にはさざ波も立っていない、大人しい水たまりが出来ていた。
 庭の草木たちも風で左程揺れてはおらず、雨も気にならない。雫がきらめいたので、見惚れる。

 視線を持ち上げるとそこには雨の後の、丸洗いしたような夜空が広がり、
 お月見にぴったりな丸い月が浮かんでいた。

「きれい、月。」

 思わず零した言葉に、光里は思い出す子が居るという事で、ささやかに目を伏せる。
 水たまりに映った月を見つめてため息をついた。

 此処に〝つき〟は、あるのに。
 此処に〝月〟は、あるのに。

 ──台風や嵐の後の夜空は、昔から統計的にも証明されているが、とてもうつくしい空となる。
 強い風などで雲が流れて切れ、常に天に存在している宇宙が露わになるからだ。

(嗚呼、浪漫だ。)

 空が試練を与えて、嵐の後の夜空が、大好きで。
 けれど、彼は月を連れてきて、くれていなくて。

「……明日、あやまろ。」

 ポツリと呟く。

 と、携帯が鳴り、光里は机の携帯を手にして画面を見れば、松来からの着信であった。ドキリとした。通話を繋げる。

『先輩』
「どしたの」

 ベッドに腰掛けた。
 少し間を空けて黙る松来に、妙に思うが。

『つき、呼んで。連れてきた。』

 次第に目を見開き、えっと・と言葉を選んだ。

「どういう意味か、わかったの?」

 が。逆に問われる。

『散々考えて出した答えだから。ちゃんと付きっ切りで勉強教えてもらえるって、約束してくれますよね?』
「まって。私、つき見てないよ。呼んでくれたなら、顔くらい合わせたいし。それが本当に答えなのかもわかってない」
 
 鼓動が次第に早鐘のように鳴りだす。ここまで緊張と高揚しているのは、もう光里の中で松来が、ただの可愛い後輩なんかじゃ。

 まったく、ないから。

『あいたい?』
「うん」

 その返事に、わざとらしく松来は携帯越し・ため息をついた。『でもな』

『練習時間も潰して、つきについて調べて。その見返りが、勉強教えてもらえるだけってのもな。ちょっと先輩が困る事しちゃおうかって、思ってる。』

 困る事。

「何それ?」

 松来はくすくす笑って、返さない。なんだかイタズラな事を考え付いた、幼い子どものようで、ちょっと心の裏がくすぐられる。
『どうしよっかな!』
 可愛くてしようがないけれど、気になるものは気になった。「ねぇ」

『はいはい。先に言っておくと俺、光里先輩が、大学に合格しない事を狙ってるわけじゃないから』
「一緒のとこ行きたいんでしょ」
『そ。後それと、もう一つ。俺の一番のお願い事』

 ──『わかってるんだろう。』胸が高鳴るような、五分口ためぐちで、訊ねられた。
 〝化学が出来ない感情〟というものを抱いているを、悟られてしまってる?
「何の事か、わからない」
 と。ちょっと声を強める。だって、なんだか。

(降参しちゃったら、隠してきた気持ち。)

 意味が、なくなっちゃう。光里はここまできて、天の邪鬼になっていた。

『じゃあいいです~!先輩が、ちょっとやな事させてもらうよ。ついでに、つきも呼んであげるから。窓の方、見て』
「え!?」

 まさかと、一抹の期待・不安。両方が過ぎった気持ちになった光里は立ち上がり、窓辺に駆け寄った。

 戸を開けた瞬間。


 どさ。「いてっ」

 ──落ちてきた。


「松来君!」


 松来が、落ちてきた。いや。


『〝月〟とすっぽんだよ。勿論、松来君が〝月〟の方だよ』


 
 月が、降って、落ちてきた。……



 松来は庭の芝に尻餅をついており、着地マズったと少しの涙目で痛そうに腰を摩っている。
 光里は大丈夫かと窓から声をかけるが、彼はマイペース。

「〝屋根〟は〝やーねー〟!」
「ウルサイ松来! 心配してるのに、駄洒落はないんじゃないの」
「先輩までウルサイは、なくないですか!?」

 光里は真っ赤になり胸を高鳴らせているが、これは驚きと嬉しさだ。
「待ってスグ行く!」
 部屋を飛び出し、階段を駆け下りてサンダルをつっかけ外に出る。
 そこには、松来が立ち上がりつつ、腰を撫でて肩を落としていた。

 いつから居たの。腰の状態を見つつ、特に異常はないと判断して。危ない事するんじゃないの、と少し怒りぺしんと額を叩くと、彼は照れくさそうに。

「家帰って、雨やんでたから。すぐこっち来た。今晩が一番、月がきれいかなって。台風の後の夜空見るの、好きって言ってたし」
「嬉しいけど。だからって、こんなに涼しい時期なのに」

「俺が月だよって言ってくれた事、今日の満月を見て思い出したんだ」
 微笑んだ後。

「ほんとに、きれいだ。」

 月を見上げ、憧憬するような、表情。あの日、自分を見ていたときの顔。
 気づけばもう光里は、コロコロ様子を変えては耀きをみせる、月のような彼の横顔に、ほだされていた。

「気づいたとき。ただ、こうせずには居られなかった」
「衝動」
「そう、衝動。答えはいくつか浮かんだけど、受験でキツいとき呼んで来て欲しいのが、もし俺だったとしたら。そしたら、スゲー嬉しいから」

 視線を落とし、光里を見つめてくる。視線を持ち上げたまま松来を見つめる。月と月の不思議な巡り合わせで、心が彷徨うような夜でなく。
 夜空が晴れているからこそ、心が躍るように愉快でいて。何処か高揚しており。

 ただ、嬉しい胸騒ぎ。

「わかってると思うけど、光里先輩にお嫁さんに、なって貰いたかった。
 月に帰られたら困るし、なら俺が帰る場所で居ればいいとも思うくらいで。
 じゃあ俺が月か、てか俺って名字マツキだしそれで良くない?
 って、ああそれは今はいいか、なんて言うか。とにかく。


 あなたの為なら、きれいな月も落ちてきます。」


 降った俺みたいに、かな。と、口説き文句がなんだか可笑しくて、笑ってしまう。何で笑うと、彼は小さくむくれていた。
 まだ笑う光里は、手のひらで松来の頬に触れる。

「一緒のとこ、一緒に合格しよう。あなたは落ちてきたけど、私は落ちない」
「嫌な事かなって、したつもりだったんだけど。やっぱそうだ。先輩は、それくらいで負けない人だ」
「おーげさ。でも、落ちるなんてジンクスに負けないくらいの、付きっ切りで勉強見るから、覚悟して。あと。駆け引きみたいなのは、もう要らない。」

 照れくさそうに言う、光里の科白イイブンに、ハッとしたようすで、瞳をパッとひらく彼。

「あのそれ、俺が、もう一つの欲しかった、答え?」
 
 しどろもどろで問われ、光里はよく耀く月にも負けない様子で。
 にかっと、まぶしく笑う。松来には、その笑顔は。悔しい程にきらめいて見えた。

「お姫様なんて柄でもないし、お空の月には帰りません。

 あなたっていう月の、お嫁さんにしてね!」

 爪先立ちで背伸びをしたのは、幼いころから心の中で、ずっと願っていた事。お月様に触れたい。
 雲を流した風がやみ、少しの自由と解放感。光里は父以外の異性の頬に、初めて、ちいさなキスをした。

「ちょっと夢見がちなくらいが、きっと生きてくうえで楽しめる、大事なエッセンスなんだよ。だから、お嫁さん!」

 松来は暗がりでもわかる程真っ赤になり、自分の頬を触りつつ、ゆーっくりと。しゃがみ込む。

「マツキって名字でよかった……父さんに感謝」
「そこなの?」
「そこです」
「でも、もっと大事な呼び方があるよね。大好きな子には、先輩ってばかり、呼ばれたくないな」
「光里。さん」

 うん・なあに、旬君。
 一緒になってしゃがみ込み、笑顔で髪を撫でてやると、松来は赤くなって俯きっぱなしになる。

 風邪引くよ、少し家入ろう。提案すると、もうそっちいくの? なんて驚かれたから、ばしんと頭をはたいた。

「エッチ旬君」
「だ。だよな」
「すけべ旬君」
「……」
「変態旬君」
「マジでやるぞ」
「冗談だって!」

 急に抱きしめられれば耳元で。
「光里さんの〝キス〟、好〝きす〟ぎ」
 そこも駄洒落? と、光里は嬉しくも少し呆れたけれど。

「〝月〟を見ながら〝付き〟っ切りで、テス勉見て欲しい。課題持ってきたんだ」
「それ目的だったんじゃないの? でも、今の上手いかも」
「俺と〝一生〟〝一緒〟に居た〝いっしょ〟? だからだよ」

 これからは、月を見るたび彼の駄洒落を思い出して、想いをはせる事になり。
 その洒落の、困っちゃうくらいに真っ直ぐな、愛らしさに笑ってしまうのだろうな、と感じる。

 大好きな月がきれいなら、今ならきっと掴めそうだという文句も教える為──とりあえず。静かにしてもらう為、彼の唇へ自分の唇を優しく押し付ける。
 松来は真っ赤で、あわあわ動揺していたが。


「私とあなたの〝間〟にあるのは、〝愛だ〟よね。」


 黙った後、その行動の威力を時間差で感じ。返しが思いつかない・座布団十枚! と一言。
 私の勝ちよと指を絡め、手を握りしめた瞬間。

 心が今宵の月明かりのように、パアッと、弾けて咲きゆくのだ。


end.
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