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一章・・・宵の森

日常は突然に崩れる

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 新月と紅月は、宵の森を歩いていた。
鬼ごっこではない。
新月が前を歩き、紅月が後ろから、置いていかれそうになりながら着いてくる。

「本当にゴメン・・・謝るしなんでもあげるから機嫌直してよ・・・」
「いりませんし、もう怒ってません。」
「ホント!?」

パァっと紅月の顔が明るくなる。
いつもの新月なら、この笑顔でつい許してしまうが、今回はそうもいかないらしい。

「ええ。あれほど台所に立つなと言ったのに立ち入り、一番ダメだと言った煮込み料理をしようとして鍋を爆発させ、俺に怒られると思って慌て、うっかり・・・・激流魔法を使って家まで流したことは、もう怒ってません。

作り置きのカレーとか、
下味つけていた唐揚げの肉とか、
今晩の夕食にしようと思っていた魚の干物とか、
紅月さんのお酒のつまみにと思って作っていた熊肉のジャーキーとか、
全部台無しになったことも根に持ってません。」
「本当にすみませんでした。」

紅月はサッ、と流れるように土下座をする。
そう、紅月が見事にやらかしてくれたせいで住む小屋を失ってしまったのだ。

「本当ですよ。俺は冗談でも皮肉でも、嘘は吐けません。吐かないんじゃ無くて、吐けないんです。
でも、チェストとクローゼットに魔法干渉無効と物理攻撃無効が付与されてて無事だったのは、不幸中の幸いでした。」

新月は真顔で紅月の前を歩いていく。
気配を消して、足音も立てず、匂いもしない彼らに襲い掛かるような獣はいない。それに森が守っている。

「じゃあ、どうしてそんなに不機嫌なの?」

無表情で振り返る新月に、紅月は顔を青くして固まる。

「大惨事になるとわかっているのに料理を自分で作ろうとするほど、俺の料理に不満があったんですよね。
それを言って貰えたら自重したのに。

・・・一言も言ってもらえず、更には満足してもらえているのだとまで勘違いしていたということがとても悲しいだけです。」

感情の一切消えた声と表情で言われ、紅月の顔がさらに青くなる。
紅月自身は、どんな注文をしても美味しい料理を作ってくれる新月の真似がしたかっただけだったのだ。

ちなみにツクヨミに相談しに行ったら、
【この際だから宵の森から出たら良い。
チェストとクローゼットはこちらで預かっておこう。】
といい笑顔で言われてしまった。

「そ、そんなつもりは・・・!」

「そんなつもりはなくても、俺が唯一自信を持つ料理を拒否された挙句、住む場所まで失った悲しみは変わりません。
 俺に立ち直って欲しいってことなら、そっとしておいて下さい。これ以上謝られても傷口が抉られるだけなので。」

新月は、これ以上ないほど傷付くと表情が抜け落ちてしまい、自己嫌悪に陥りやすくなる。こうなったのは、七実と幼い頃に喧嘩して以来であった。
紅月は分かりやすくしょげてしまう。せめてボムベリーとデスクランベリーを入れなければ、あんな惨事にはならなかっただろう。
ボムベリーは火を通すと爆発し、辺り一帯を解呪ディスペル等の魔法干渉が出来ないようにしてしまう。




お互い黙ったまま、歩いていく。
すると、ひらけた場所に出た。


「・・・湖、ですか。」


木々の隙間から陽の光が零れ、湖面を美しく照らす。
湖面は風にゆれ、肌に触れる魔力は生命の営みを感じさせる。

「・・・?紅月さん、湖の底の方に何か大きめの魔力がありませんか?」

「ほんとだね・・・」

返事をした紅月の表情は固い。

「どうかしましたか?」

「いや・・・こんな所に湖なんてあったかと思ってね。
あ、でも私が忘れているだけかもしれない。新月は気にしなくていいよ。」

(探ってみても危険は感じないし、大丈夫な気がするけど・・・まあいいか。)


ふと、家を出てから何も食べてないことを思い出す。怒りと悲しみを忘れようと一心不乱に歩いてきたため、食事をとることすらすっかり忘れていた。

(もうとっくに昼すぎだろうな・・・)

「とりあえず、食事にしましょうか。誰かさんのせいで朝ご飯も食べれてませんし。」
「」(←ぐうの音も出ない)

空間魔法で食材を取り出し、手早く調理する。
この体になってからというもの、全くといっていいほどお腹が空かないので、食事はほぼ娯楽に近くなってしまった。
それでも新月が望むスローライフに食は欠かせない。

(きっと俺も、食事を必要としなくなってるんだろうな・・・信じたくないけど。)

サンドイッチを作り上げた彼は、チラリと紅月をみやる。
目を輝かせ、新月の手にあるご馳走サンドイッチを貰えるのはまだかまだかと、じっと待っている。

(餌を貰えるのを待っている犬の幻影が見える・・・)

「・・・紅月さんは俺の料理に文句があるようですし?自分で肉でも焼いて食べたらいいと思いますけど?」

ガーンという効果音が聞こえそうなほど紅月はショックを受ける。

「わ、悪かったって・・・ほ、ほんとに反省してるから、だから・・・」

顔を蒼くしてワタワタと弁明する。
・・・少し涙も浮かんでいて、少し可哀想になってきてしまった。

「せ、せめて一口だけでも・・・」

「・・・はぁ、冗談です。ちゃんと紅月さんの分もありますよ。」

持っていたサンドイッチを差し出す。
(ちょっと意地はりすぎたかもな・・・紅月さんだってわざとだったわけじゃないし。)

「え、でも冗談な声色じゃなk」
「あ、いりませんか。」
「なんでもないです頂きます。」

紅月は、慌ててサンドイッチをひったくりほおばる。
パァッと表情が明るくなり、夢中で食べ始め、あっという間に無くなってしまった。

「美味しかった・・・!やっぱり新月のご飯が一番だよ。」

にこにことご機嫌な紅月に思わずため息が出る。

(ほんと、俺はこの鬼の笑顔に弱いな・・・)

自分が作った料理を美味しそうに食べてくれる、『美味しい』と喜んでくれる、そんな紅月に新月はすっかり絆されていた。

(きっとこの鬼は、俺が居なくても生きていける。でも、俺がいないとダメダメなんだ。)

新月は一人、優越感に浸った。






To Be Continued・・・・・・
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