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プロローグ

明日を迎える

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 紅月は嬉しそうに、顔をほころばせる。

「よかった。蓮也の覚悟は本物だったんだね。」

「もし、あれを嫌だって言ってたら何か変わってましたか?」

「契約破棄と見なして、叶えた願いを取り消し、その逆を倍以上にして返すことになって、妹ちゃんは死んじゃってたね。」


寒気がした。はなから断るつもりは無かったが、一歩間違えば七実を殺すところだった。

「言ってくれれば、俺は絶対に断りませんでしたよ。」

「蓮也がどれだけ誠実なのかを知りたかったんだ。代償を払わずに、逃げる奴もいたからね。

まぁ、一月ひとつきもの間、時間さえあれば御百度参りをしてた蓮也なら、大丈夫だとは思っていたよ。それに、わざわざこうして、ここに来てくれた。」

私に会いに来てくれたのだろう?と紅月に聞かれ、頷く。

「代償を受けるために自分から出向くなんて、そう簡単に出来るものじゃない。
それに、ホントは明日、蓮也の家に迎えに行くつもりだったんだよ。
私の鬼としての力は、満月の夜に高まるんだ。
月食の夜はさらに力が高まって、人の子を連れ去ることもできるようになる。」

確かに明日は満月で、テレビで皆既月食だと騒がれていた。
“人の子”というのは、自分のことを言われているのだとすぐに分かり、心臓を掴まれた気分になる。

「そういうわけだから、明日のいぬの刻・・・二十時頃にこの神社に来てよ。
やり残したこととか、未練とか、絶対残すなって言うのは無理だろうけど、極力少なくしてきてね。」

明日、親の結婚記念日なんでしょ?と言われ、ギョッとする。

「なんで知ってるのかって顔だね?
そうだなー・・・普段日本人があまり使わないような香辛料の匂いとか、フルーツの匂いとか、あとは、ケーキのスポンジの匂いとかがしたから、何か祝い事の準備をしてたのかなって。本番にしては匂いが薄いから、下準備ってところだよね?」

蓮也は呆気に取られる。
確かに、タンドリーチキンを作るために下準備をしたし、デザートのゼリーを作るためにフルーツを切った。焼いたケーキのスポンジは、冷ますために冷蔵庫にしまってある。
でもそんなに匂いのきついものではなかったはずだし、そもそもお風呂には入ってきたのだ。

「鬼って鼻が利くんですね?」

「そうだよ。でも、鼻だけじゃない。目もいいし耳もいいよ。ここから月のクレーターも見えるし、向こうの商店街で酔っぱらいが職務質問受けてるのも聞こえるよ。」

鬼は五感が鋭いらしい。

「まぁ、一番の決め手は晴明せいめいが自慢げに、《明日はうちの子の結婚記念日だ。毎度思うが、なかなかいい男を捕まえたぞ、あの子は!》って言ってたことなんだけどね。」

(出た、俺のご先祖さま。他所の鬼に何自慢してるの・・・自分の子孫のこと、好きすぎやしませんか?)
近くで何か文句を言われているような気がするが、見えないし聞こえない。そんな気がするだけなので無視する。


「さて、そろそろ蓮也は帰るべきだね。
もう少しで日付が変わってしまう。」

空を見上げると、月がかなり高い位置にある。

「分かりました。

紅月さん、また明日。」

「うん、またあした。


もし勇気が出なかったら、部屋で待っていて。私が迎えに行こう。」

選択肢は二つ。自分で行くか、紅月を待つか。どちらにせよ、逃げられはしない。逃げてはいけない。逃げるつもりもない。

「大丈夫です。俺は逃げませんよ。」

紅月は笑う。

「じゃあ明日、ここで会えることを期待してるよ。」

手を取られ、大きな手に優しく包まれ、額に額をくっつけられる。身体が暖かくなって、不安が和らぐ。
すっと離れて手を振る紅月に手を振り返せば、強い風が吹き抜け、紅月の姿は見えなくなる。

包まれた手を見てみれば、手首の痣は綺麗に消えていた。

「これから喰う人間を治すなんて変な鬼・・・」

胸の奥が暖かい。
蓮也の心は穏やかで、先程の不安が嘘のようだ。
(変だけど・・・優しいんだな。)
紅月は甘いものは好きだろうかと、もう一つゼリーを作る算段をたてながら、蓮也は帰路についた。
その顔には、悲壮感はうかがえない。明日を充分に楽しむことだけを考えていた。




(あっ、また窓から戻らないと行けないんだった。)




To Be Continued・・・・・・
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