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第1話 打ちのめされる(レイラside)

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「レイラ、君を愛して家庭を築いていく自信が無い。」



だから婚約破棄をしてくれ。



目の前が白くなるとはこのことなのだろう。
レイラは自分の婚約者であるルイスから告げられた言葉を理解できなかった。
いや、理解したくなかった。

「いきなりのことできっと困惑していると思う。でも、どうしても忘れられない人がいるんだ。・・・その人への気持ちは忘れなきゃいけないことはわかっているんだけど、忘れられそうにもなくてね。だから・・・」

「だから、わたくしと婚約破棄して欲しい、と?」

やっと絞り出した声は掠れていて、そっと置いたつもりのティーカップはガチャガチャと淑女らしからぬ音を立ててしまっている。

(陛下の前に突然連れていかれた時も、山賊に囲まれ喉元に剣を突きつけられた時も、こんなに動揺はしませんでしたのに・・・)

「そう、なんだ。
本当に君には申し訳ないと思ってる。突然だったし、戸惑っていると思うよ。
だから、婚約破棄は君からでいいし、返事は今じゃなくていい。一週間後、君の返事を聞かせてね。」

そう言ってルイスは席を立つ。
レイラは立って追いかけることも出来ず、その背をただ呆然と見つめることしかできなかった。

駆け寄ってきた侍女にシルクのハンカチを渡され、レイラは自分が泣いていることに気付き渇いた笑みを漏らす。

(わたくし、心からルイス様をお慕いしていたのね。)



sssssssssssssssssssssssssssssssss



ルイスの屋敷から帰ってすぐ、レイラは自室にこもろうとした。
だが、レイラのお付の侍女に行く手を阻まれる。

「お嬢様、もうすぐ夕食のお時間でございます!」

「いりませんわ・・・食欲ありませんもの。
・・・料理長には申し訳ないと伝えてくださいませ。」

「ではせめて湯浴みを済ませてからおやすみください。」

正直そんな気力は残ってないのだが、この侍女はこうと決めたら曲げず、たとえ怒鳴られても怯まない。

「・・・分かりましたわ。
湯浴みを終えたら部屋にこもります。わたくしが許可を出すまで、誰も部屋には入らないように。」

「かしこまりました、お嬢様。
・・・私めの杞憂ならば良いのですが、あまり思い詰めすぎぬようにしてくださいませ。」

「ありがとう。」

「余計なお世話でしょうがこちらを・・・」

侍女にそっと匂い袋を渡される。

「私の故郷で栽培されている香木が使われています。リラックス効果があるので、よろしければお持ちください。」

「いい香りね。大事にするわ。」




部屋に一人きりになったレイラはベッドに崩れる。

円満だと思っていた。
政略的な思惑が強い婚約とはいえ、心は通じあっていると思っていた。
きっと、良い夫婦になれると、思っていた。

「全部、わたくしの独りよがりな妄想でしたのね・・・。」

 隣に置いても恥ずかしくないように、髪の手入れには余念がなかったし、肌の手入れだって欠かさなかった。
 馬鹿な女と思われないように貴族としての言動にも気を使った。
 周りから家柄で舐められないように社交界にも沢山でて情報収集に勤しんだ。
 つまらない女だと思われないように、様々な知識を詰め込んだ。
 良い妻、良い母になれるよう、手習いやダンス、礼法礼節も血が滲むほどその身に叩き込んだ。

全ては己の婚約者、ルイスにふさわしい女になるために。

(その努力も、無駄になってしまうのですわね。)

無駄ではなかったかもしれないが、今のレイラには全て無駄だったようにしか思えない。

「わたくしから婚約破棄をするように仰っていましたが・・・確実に無理であることをルイス様は分かっておられるのかしら・・・」

レイラの家の身分は伯爵、それも曾祖父の代に貴族になったという、貴族としては歴史の浅い家系。
対してルイスの家の身分は公爵、それも建国当初からずっと王家を支え続け、優秀な人材を数多く輩出している名家中の名家である。

普通なら婚約など話すら上がらないはずなのだが、何故か、レイラはルイスの婚約者になっていた。

(お父様もこの婚約の話が来た時は新手の詐欺かと思ったとおっしゃっていたし・・・名家とはいえなにか事情がおありなのかと思っていましたが・・・)

「わたくし、なにか気に障るようなことをしてしまったのかしら・・・。」

自分の行動を思い返してみても、心当たりなどひとつもない。
知らず知らずのうちに、何かとんでもないことをしてしまったのではないかと内心穏やかではなくなる。

「ルイス様・・・わたくし、どうすれば・・・」

頬を涙が伝う。

何もしていない時の気だるげな表情。
書物に目を通している時の真剣な表情。
王太子殿下と話している時の楽しげな表情。
国王夫妻と話している時の何も感じとることが出来ない表情。
魔獣と戦っていた時の獰猛な笑み。
植物の手入れをしている時の慈しむ笑み。
疲れきって眠ってしまったその無防備な寝顔。

その全てが、好きだった。
愛していた。

それなのに


何がいけなかったのだろうか


何が足りなかったのだろうか


だれか。誰でもいい。この苦しみが、この痛みが、和らぐのなら。

「ルイス様の想い人ってどなたかしら・・・。」

ほかのことを考えて落ち着こうとしても、ルイスのことが頭から離れない。

(ルイス様・・・こんなにもお慕いしていたなんて・・・)

ぽろぽろと涙は留まることを知らない。

「どうして、わたくしではないの・・・」





ズキリと頭が痛む。

(いっ・・・!) 

ズキズキズキズキと痛みはどんどん強くなる。

(痛い・・・息をするのも・・・つら・・・・・・)

あまりの痛さに涙が止まる。



どろりとした気配が、どこからともなく現れる。


『奪え』

『欲せよ』


やけに頭に響く声が聞こえる。ガンガンと響き、頭痛を助長する。
何を、と聞かなくても、それがルイスのことであると理解する。

「わ、たくしは・・・」

『汝、欲せよ』

「わたくしは・・・!」

『汝、奪えよ』


「っ、わたくしはっ!ルイス様の事をっ・・・!」

ギリギリと握りこんだ手に血が滲む。ふつふつとレイラの中で、何をしてでもルイスを手に入れたいという欲望が湧き出し、じわじわと侵食される。

『さぁ、望め』

愉しそうな声が、痛む頭を揺さぶる。葛藤するレイラをみて、愉しんでいるのだ。
力いっぱい胸元を握り、ゆっくりと、大きく、息を吸い込む。

(惑わされてはダメよ。それはわたくしの本意ではないはず。)

『さぁ、汝が欲を吐き出すがいい』

『さぁ、奪え・・・強欲に・・・!』


ピキっと、自らのこめかみに青筋が浮かんだのが何となく理解できる。
ああ、怒っているのだ。

「わたくしはルイス様を幸せにしたいのですわ!
その幸せを、出来るならば近くで!お守りしたいの!」

ポタリ、と手から血が垂れる。

「ルイス様の幸せが私の幸せ!
ルイス様の幸せを奪うなんてさせませんわ!
わたくしの邪魔をしないでくださいまし!!!!」

声の限り叫ぶ。
心の底から叫ぶ。

『なっ・・・』

動揺する声が聞こえる。徐々に頭の痛みが引いていく。

『ならば少女よ、お主は知るべきであろうな。

さぁどけ“強欲マモン”。貴様は拒まれた。』

別の声が聞こえる。頭を揺さぶるような声ではあるものの、不思議と痛みはない。

『我が先に見つけたのだ』

『だが拒まれた。そもそもこの子は私が先に気にかけていた。
さぁ、退くがいい“強欲マモン”。貴様にここにいる資格はない!』

忌々しげに舌打ちをし、その“強欲マモン”と呼ばれた気配は霧散する。

(頭痛が消えた・・・威圧感はあるけれど、苦しさがないわ。)

『さぁ、のぞめ。のぞめ、のぞめ。』

心地よくはない、けれど先程とは違い、心が拒まない。強い反発を感じない。

「わたくしは・・・何を知ればいいの。」

嬉しそうに、楽しそうに、気配が近づいてくる。目には見えないけれど、確かにそこにいる。

『まずは己を。
次には彼を。

しまいには世界までも・・・』

楽しそうに、愉しそうに、言葉を紡ぐ。レイラが興味を示したことを喜ぶように。

『知を求めよ。』

ゆっくりと気配は近づいて、もう、目と鼻の先にいる・・・気がする。

『知を欲せよ。』


(分からない・・・これがなんなのか。でも、わたくしは・・・知りたい。)

『知を欲するなら、汝、その名を示せ。』

知りたい。
何とかしたい。

なんとかなる方法がわかるならば、ルイスの傍で、彼を幸せにすることが出来るならば。

たとえ相手が、悪魔であろうとも。


「わたくしはレイラ。
レイラ・クローレンス・バフォメット。
誇り高きバフォメット家の三女ですわ。」

『我が名はバフォメット、汝の欲、確かに受けとった!』

どこからともなく黒いモヤが立ち、形を為していく。

一気に体の力が抜け、倒れ込んでしまう。

(ベッドの上でよかった・・・
指先にも力が入らないなんて・・・一体、何が



バフォメット?バフォメットと名乗ったわ。
私の家名と同じ・・・一体、何が起こっているというの?)


完全に形が整う前に、レイラの意識は闇に落ちた。





To Be Continued・・・・・・
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