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第四章 ほろ苦い秋
40th Mov. ピアノと思い出
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幸いにして、翌週のピアノのレッスンはお休みだった。
発表会後の次の週はお休みが慣例なんだとか。
そのおかげでズル休みをしないですんだ。
今はピアノを弾きたいとは思えない。
レッスンがあっても行く気になれる訳がない。
それでもズル休みをせずに学校に向かっているだけ、少し大人になってるのかな。
ちょっと笑顔が引き攣っている気がするし、昨日の自分を苦々しく感じる時も多々あるけど。
思い返せば、なんて思い上がりをしていたのだろうか。
僕のような人間が彼女と同じ世界に立てるだなんて。
そもそも人には、生まれ持った星回りというものがあるんだ。
それは彼女にはあって、僕にはない。
あんな風に主役になろうとしたら、端役の僕なんて、こうなる運命だったんだ。
ミニ発表会の失敗以降、そういう風に何度も考えてしまう。
なんで、ピアノを習っただけで、あっちの世界に入れると思ったのか。
なんで、楽譜通りに弾けることで満足しなかったのか。
なんで、みんなに来て良いと言ってしまったのか。
中野たちに来ないで欲しいと言っていたら、この恥ずかしい思いは半分で済んだかもしれないのに。
楽譜通りに弾いていれば、それなりに聴き応えのある完成度まで高められたかもしれないのに。
ピアノなんて習わなければ、こんな嫌な思いをしなくて済んだかもしれないのに。
あの日、ピアノを習おうと行動なんてしなければ……。
こんなことにならなかった。
あの日、彼女の演奏を聴いて心が動いてしまったから。
それで、なんとかピアノを習い始められるようにお金の計算をして、両親にお願いをして。
それから彼女と初めて二人で出かけてピアノを物色したんだった。
話が上手くない僕が、紬と仲良く話せるようになったのも、その辺りからだった。
それからはウチでテスト勉強したり、みんなでピザを食べたりしたな。
夏休みに入ってからは、図書館で一緒に勉強するようになったし、みんなでサマーランドにも行った。
そうだ。あの時、初めて人前でピアノを演奏したんだ。あの時もやっぱり失敗したっけ。それを紬は嬉しそうに聴いてくれてたんだよな。簡単な入門の曲なのに失敗ばかりした演奏を。
笑うこともなく、中野たちに面白おかしく話すわけでもなく。
ただ嬉しそうに聴いてくれていた。
その日には、中野と神田さんが付き合うことになったって聞いて嬉しかった。だからかもしれないけど、滅多に行かないサマーランドは、とても楽しかった。
思い返せば、紬との週二回の図書館での勉強会も楽しかったな。図書館だからたくさん話す訳じゃないんだけど、終わった後のランチでは良く話した。明るい彼女には、思いも付かない大きな挫折を経験していて、心に深い傷を負っていた。
それでも彼女は立ち上がって自分に出来る道を見つけた。最初の目標である、お母さんの夢を代わりに叶えること。それを諦めざるを得なくて、音大付属の高校にも入れなかった。
苦しかったと思う。最初から自分に諦めている僕とは違って、彼女には本当に才能があった。ただ、その才能の大きさが少し足らなかった。本当はどうか分からないけど、紬はそう判断した。
それは中学一年生くらいの話だったらしい。
その段階で、将来の夢が砕けた。
ピアノを楽しめなくなったと言っていたし、それ以上に辛かったんだと思う。
だけど、彼女は諦めなかった。
せめて母親と同じレールを進むべく音大付属の高校を目指した。
けど、それも失敗してしまった。
僕が彼女と知り合ったのは、その後。
失敗したことを周囲に当たり散らすことなんてなくて、誰にでも笑顔を振りまく明るい子だった。当時は、単純に明るくて優しい、あまり物事に頓着しない大らかな子なんだろうって思ってた。
けど違う。
辛さや苦しさを飲み込んで、それでも立ち上がったからこその優しさ、そして温かさなんだろう。
僕なんかのちっちゃい失敗とは比べ物になんてならない。
そんなことも知らずに僕は……。
彼女の温かさに甘えて一緒に居ることを楽しんでいた。
記憶のほとんどは彼女との食事風景ばかりだ。
そういえば、毎度毎度ランチのお店選びも思い出深い。
どこに行くか相談しても、結局は肉料理にしかならなくて、すぐに行きたい店がなくなっちゃって。必然と何度かリピートするお気に入りのお店が出来たんだ。そうやって、彼女の好みが分かっていって、最近では、店選びにあまり悩まなくなった。
それに8月29日。彼女の誕生日。
生まれて初めて女の子の誕生日を個人的にお祝いした。
それのおかげか分からないけど、紬と付き合うことになった。
とても、とても大切な時間だった。
ピアノを始めたからこそ、得られた経験。
ピアノを始めていなければ、紬とここまで仲良くなれなかったかもしれない。
ピアノを始めて良かった……のか?
あんな思いをしたはずなのに。
なのに、今は胸が温かい。
太陽のような紬の笑顔。
ああ、彼女に会いたくなってきた。
早く教室に向かおう。
そしていつものように挨拶するんだ。
「おはよう」って。
発表会後の次の週はお休みが慣例なんだとか。
そのおかげでズル休みをしないですんだ。
今はピアノを弾きたいとは思えない。
レッスンがあっても行く気になれる訳がない。
それでもズル休みをせずに学校に向かっているだけ、少し大人になってるのかな。
ちょっと笑顔が引き攣っている気がするし、昨日の自分を苦々しく感じる時も多々あるけど。
思い返せば、なんて思い上がりをしていたのだろうか。
僕のような人間が彼女と同じ世界に立てるだなんて。
そもそも人には、生まれ持った星回りというものがあるんだ。
それは彼女にはあって、僕にはない。
あんな風に主役になろうとしたら、端役の僕なんて、こうなる運命だったんだ。
ミニ発表会の失敗以降、そういう風に何度も考えてしまう。
なんで、ピアノを習っただけで、あっちの世界に入れると思ったのか。
なんで、楽譜通りに弾けることで満足しなかったのか。
なんで、みんなに来て良いと言ってしまったのか。
中野たちに来ないで欲しいと言っていたら、この恥ずかしい思いは半分で済んだかもしれないのに。
楽譜通りに弾いていれば、それなりに聴き応えのある完成度まで高められたかもしれないのに。
ピアノなんて習わなければ、こんな嫌な思いをしなくて済んだかもしれないのに。
あの日、ピアノを習おうと行動なんてしなければ……。
こんなことにならなかった。
あの日、彼女の演奏を聴いて心が動いてしまったから。
それで、なんとかピアノを習い始められるようにお金の計算をして、両親にお願いをして。
それから彼女と初めて二人で出かけてピアノを物色したんだった。
話が上手くない僕が、紬と仲良く話せるようになったのも、その辺りからだった。
それからはウチでテスト勉強したり、みんなでピザを食べたりしたな。
夏休みに入ってからは、図書館で一緒に勉強するようになったし、みんなでサマーランドにも行った。
そうだ。あの時、初めて人前でピアノを演奏したんだ。あの時もやっぱり失敗したっけ。それを紬は嬉しそうに聴いてくれてたんだよな。簡単な入門の曲なのに失敗ばかりした演奏を。
笑うこともなく、中野たちに面白おかしく話すわけでもなく。
ただ嬉しそうに聴いてくれていた。
その日には、中野と神田さんが付き合うことになったって聞いて嬉しかった。だからかもしれないけど、滅多に行かないサマーランドは、とても楽しかった。
思い返せば、紬との週二回の図書館での勉強会も楽しかったな。図書館だからたくさん話す訳じゃないんだけど、終わった後のランチでは良く話した。明るい彼女には、思いも付かない大きな挫折を経験していて、心に深い傷を負っていた。
それでも彼女は立ち上がって自分に出来る道を見つけた。最初の目標である、お母さんの夢を代わりに叶えること。それを諦めざるを得なくて、音大付属の高校にも入れなかった。
苦しかったと思う。最初から自分に諦めている僕とは違って、彼女には本当に才能があった。ただ、その才能の大きさが少し足らなかった。本当はどうか分からないけど、紬はそう判断した。
それは中学一年生くらいの話だったらしい。
その段階で、将来の夢が砕けた。
ピアノを楽しめなくなったと言っていたし、それ以上に辛かったんだと思う。
だけど、彼女は諦めなかった。
せめて母親と同じレールを進むべく音大付属の高校を目指した。
けど、それも失敗してしまった。
僕が彼女と知り合ったのは、その後。
失敗したことを周囲に当たり散らすことなんてなくて、誰にでも笑顔を振りまく明るい子だった。当時は、単純に明るくて優しい、あまり物事に頓着しない大らかな子なんだろうって思ってた。
けど違う。
辛さや苦しさを飲み込んで、それでも立ち上がったからこその優しさ、そして温かさなんだろう。
僕なんかのちっちゃい失敗とは比べ物になんてならない。
そんなことも知らずに僕は……。
彼女の温かさに甘えて一緒に居ることを楽しんでいた。
記憶のほとんどは彼女との食事風景ばかりだ。
そういえば、毎度毎度ランチのお店選びも思い出深い。
どこに行くか相談しても、結局は肉料理にしかならなくて、すぐに行きたい店がなくなっちゃって。必然と何度かリピートするお気に入りのお店が出来たんだ。そうやって、彼女の好みが分かっていって、最近では、店選びにあまり悩まなくなった。
それに8月29日。彼女の誕生日。
生まれて初めて女の子の誕生日を個人的にお祝いした。
それのおかげか分からないけど、紬と付き合うことになった。
とても、とても大切な時間だった。
ピアノを始めたからこそ、得られた経験。
ピアノを始めていなければ、紬とここまで仲良くなれなかったかもしれない。
ピアノを始めて良かった……のか?
あんな思いをしたはずなのに。
なのに、今は胸が温かい。
太陽のような紬の笑顔。
ああ、彼女に会いたくなってきた。
早く教室に向かおう。
そしていつものように挨拶するんだ。
「おはよう」って。
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