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第三章 夏の記憶
29th Mov. みんなといつもの時間
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待ち合わせ場所に向かっていると、ガラス越しに見える入口のところに中野と神田さんも既に到着していたのが見えた。
二人の様子は仲良さげで楽しそうだ。前みたいにちゃんと話せている。この二人はやっぱり絵になる。
そう思っていると、隣を歩く伏見さんのペースが遅くなった。あれっと思い、彼女を見るが「まあまあ」とニヤニヤするばかり。僕だけ先に行くわけにもいかず、彼女と歩調を合わせて歩く。
※
「本当にご馳走してもらって良いの?」
「おう、そもそも集まってもらいたかったのは、俺らの都合だしな。ここに寄らず、サマーランドに行けば、ここで金を払う必要も無かったし」
機嫌の良さそうな中野は、僕の分のコーヒーをご馳走してくれた。伏見さんの分は神田さんが同じようにご馳走したようだ。
僕らは人の少ない場所に席を取り、飲み物に口を付ける。
その様子を待ち望んでいたかのように、僕がコーヒーをテーブルに置くまでじっと見ている中野。僕のコーヒーに何か仕込んでいるんじゃないかって、疑いたくなる態度だ。
「実はな、俺と千代は付き合うことになった」
僕がアイスコーヒーのグラスをテーブルに置くかどうかのタイミングで、中野はそう切り出した。
「へぇ、そうなんだ」
あまりに突然のことで何のことを言っているのか分からなかった。
「って、えぇ⁈ 千代って神田さんのことだよね? 二人は付き合ってたの⁈」
「ちょっと声が大きいって。付き合ってたって言うか、付き合うことになったんだよ、最近」
「そうだったの! そっか、良かったじゃん!」
「おお、ありがとな。ちょっと心配かけちゃったけど、上手くいって良かったよ。まあ、今まで通りの感じで行くから気にしないでくれ」
「わかった。神田さんもおめでとう?で良いのかな」
「ありがとう。ってなんか気恥ずかしいわね。こういうの」
「おめでたいことなんだから良いんだよ~。やっとオープンに出来たね!」
「伏見さんは知ってたんだ?」
「私は、中野君が千代ちゃんを誘った時から相談受けてたから。千代ちゃん、嬉しいくせに煮え切らない態度取っててさ、中野君が諦めたらどうするのって……」
「ちょっ! すとーーっぷ! 紬、余計なこと言わない!」
「伏見さん、そこのところ詳しく!」
「透《とおる》も余計なこと言わない!」
「透って? ああ、そういえば中野って透って言うんだったっけ」
「仲良しさんだよね~。お互い名前で呼び合っちゃって。千代ちゃんたら、あんなに名前呼び嫌がってたのにさ。私だけの特権が中野君に取られちゃった。それが妹としては悲しくもあり、嬉しくもあるのです」
「千代の妹が伏見さんなら、さん付けじゃおかしいか。紬ちゃん? それとも伏見ちゃんとか?」
「実際の妹じゃないのに、そんな気遣い不要です! それに、私にはちゃん付けしないくせに、紬にはするんだ?」
「それは千代がちゃん付けは嫌だって言ったからだろ!」
「ふーん。そうだったかしら」
「じゃあ呼んでやるよ、千代ちゃんって。おーい、千代ちゃん機嫌直せよ」
「もう! わかったから! 恥ずかしいからやめて!」
「可愛いですなぁ。千代ちゃんったら、中野君にあんなに甘えちゃって。眼福です」
伏見さんって変なところで難しい言葉を知ってるんだよな。
多分、神田さんが言っていた言葉を部分部分で覚えているんだろう。
それにしても、神田さんも中野も楽しそうだ。相思相愛なんだろうな。
ふざけたり、からかったりしつつも相手のことを思いやっているようにも思える。
今までにも増して仲良くなったことで、かつての四人での時間も戻ってきた。何だか僕はそれだけで十分嬉しかった。
「すまん。ちょっとテンションおかしくなってた」
冷静になったのか、中野が軽く謝ってきた。楽しそうだったし、謝ることはないと告げると、彼は照れ臭そうに笑う。いつもは達観しているというか、大人びている彼が、同年代なんだなって感じる年相応の笑顔だった。
幸せな報告に話題が尽きることなく話が進み、気が付けばお昼に近い時間になっていた。
そこで、いったん昼を食べてからサマーランドに向かうことになり、オクトーレの上階のレストランフロアに向かうことにした。
スターバックスを出ると、先ほど僕が拙い演奏をしたピアノが目に入る。
すると伏見さんがピアノに向かって駆け出す。
「嬉しい気持ちとおめでとうの気持ちが止まらないの! 祝福の曲を送ります!」
彼女は何気ない日常のように椅子に座りピアノに向かい合う。
弾き始めた曲は何かで聞いたことのある華やかで綺麗な曲。
何気なく弾いているけど、左手の移動範囲が広い。難しい曲だというのはすぐ分かった。
でも、難易度よりも彼女の演奏には、うっとりさせるような聞きほれるような艶っぽさがある。昔に何かで聴いた時の印象と全然違う。やっぱり彼女の演奏は凄い。
「紬ったら、これエルガーの『愛の挨拶』じゃない。プロポーズなんてまだ先よ」
神田さんは、口調とは裏腹に涙ぐみながら嬉しそうに聞き入っている。親友に向けた演奏。彼女は幸せを願っているのだろう。そうやって思って聴くと、艶っぽさを感じさせた音色は、親友を慈しんでいるようにも聴こえてきた。
二人のために向けられた暖かな音色。
神田さんに寄り添う中野は優しく微笑んでいた。
二人の様子は仲良さげで楽しそうだ。前みたいにちゃんと話せている。この二人はやっぱり絵になる。
そう思っていると、隣を歩く伏見さんのペースが遅くなった。あれっと思い、彼女を見るが「まあまあ」とニヤニヤするばかり。僕だけ先に行くわけにもいかず、彼女と歩調を合わせて歩く。
※
「本当にご馳走してもらって良いの?」
「おう、そもそも集まってもらいたかったのは、俺らの都合だしな。ここに寄らず、サマーランドに行けば、ここで金を払う必要も無かったし」
機嫌の良さそうな中野は、僕の分のコーヒーをご馳走してくれた。伏見さんの分は神田さんが同じようにご馳走したようだ。
僕らは人の少ない場所に席を取り、飲み物に口を付ける。
その様子を待ち望んでいたかのように、僕がコーヒーをテーブルに置くまでじっと見ている中野。僕のコーヒーに何か仕込んでいるんじゃないかって、疑いたくなる態度だ。
「実はな、俺と千代は付き合うことになった」
僕がアイスコーヒーのグラスをテーブルに置くかどうかのタイミングで、中野はそう切り出した。
「へぇ、そうなんだ」
あまりに突然のことで何のことを言っているのか分からなかった。
「って、えぇ⁈ 千代って神田さんのことだよね? 二人は付き合ってたの⁈」
「ちょっと声が大きいって。付き合ってたって言うか、付き合うことになったんだよ、最近」
「そうだったの! そっか、良かったじゃん!」
「おお、ありがとな。ちょっと心配かけちゃったけど、上手くいって良かったよ。まあ、今まで通りの感じで行くから気にしないでくれ」
「わかった。神田さんもおめでとう?で良いのかな」
「ありがとう。ってなんか気恥ずかしいわね。こういうの」
「おめでたいことなんだから良いんだよ~。やっとオープンに出来たね!」
「伏見さんは知ってたんだ?」
「私は、中野君が千代ちゃんを誘った時から相談受けてたから。千代ちゃん、嬉しいくせに煮え切らない態度取っててさ、中野君が諦めたらどうするのって……」
「ちょっ! すとーーっぷ! 紬、余計なこと言わない!」
「伏見さん、そこのところ詳しく!」
「透《とおる》も余計なこと言わない!」
「透って? ああ、そういえば中野って透って言うんだったっけ」
「仲良しさんだよね~。お互い名前で呼び合っちゃって。千代ちゃんたら、あんなに名前呼び嫌がってたのにさ。私だけの特権が中野君に取られちゃった。それが妹としては悲しくもあり、嬉しくもあるのです」
「千代の妹が伏見さんなら、さん付けじゃおかしいか。紬ちゃん? それとも伏見ちゃんとか?」
「実際の妹じゃないのに、そんな気遣い不要です! それに、私にはちゃん付けしないくせに、紬にはするんだ?」
「それは千代がちゃん付けは嫌だって言ったからだろ!」
「ふーん。そうだったかしら」
「じゃあ呼んでやるよ、千代ちゃんって。おーい、千代ちゃん機嫌直せよ」
「もう! わかったから! 恥ずかしいからやめて!」
「可愛いですなぁ。千代ちゃんったら、中野君にあんなに甘えちゃって。眼福です」
伏見さんって変なところで難しい言葉を知ってるんだよな。
多分、神田さんが言っていた言葉を部分部分で覚えているんだろう。
それにしても、神田さんも中野も楽しそうだ。相思相愛なんだろうな。
ふざけたり、からかったりしつつも相手のことを思いやっているようにも思える。
今までにも増して仲良くなったことで、かつての四人での時間も戻ってきた。何だか僕はそれだけで十分嬉しかった。
「すまん。ちょっとテンションおかしくなってた」
冷静になったのか、中野が軽く謝ってきた。楽しそうだったし、謝ることはないと告げると、彼は照れ臭そうに笑う。いつもは達観しているというか、大人びている彼が、同年代なんだなって感じる年相応の笑顔だった。
幸せな報告に話題が尽きることなく話が進み、気が付けばお昼に近い時間になっていた。
そこで、いったん昼を食べてからサマーランドに向かうことになり、オクトーレの上階のレストランフロアに向かうことにした。
スターバックスを出ると、先ほど僕が拙い演奏をしたピアノが目に入る。
すると伏見さんがピアノに向かって駆け出す。
「嬉しい気持ちとおめでとうの気持ちが止まらないの! 祝福の曲を送ります!」
彼女は何気ない日常のように椅子に座りピアノに向かい合う。
弾き始めた曲は何かで聞いたことのある華やかで綺麗な曲。
何気なく弾いているけど、左手の移動範囲が広い。難しい曲だというのはすぐ分かった。
でも、難易度よりも彼女の演奏には、うっとりさせるような聞きほれるような艶っぽさがある。昔に何かで聴いた時の印象と全然違う。やっぱり彼女の演奏は凄い。
「紬ったら、これエルガーの『愛の挨拶』じゃない。プロポーズなんてまだ先よ」
神田さんは、口調とは裏腹に涙ぐみながら嬉しそうに聞き入っている。親友に向けた演奏。彼女は幸せを願っているのだろう。そうやって思って聴くと、艶っぽさを感じさせた音色は、親友を慈しんでいるようにも聴こえてきた。
二人のために向けられた暖かな音色。
神田さんに寄り添う中野は優しく微笑んでいた。
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