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第二章 近づく夏
16th Mov. ピアノと両親
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僕のピアノをやりたい宣言から、話はコロコロと変わり、僕の子供時代に思いを馳せている両親。
二人は懐かしがっているけど、僕としてはそこまで昔の記憶はない。
それよりも大事なことは、父さんがピアノを習うことを許してくれるか。それ一点のみだった。
「ただな、だからと言って承諾したわけじゃないぞ」
「うん……」
昔を懐かしむ空気が終わり、放たれた父さんの一言。
何とかして、ここからピアノを習う許可と、出来たら資金的な協力を得たい。
ここからが正念場だ。
「まず第一に、グランドピアノなんか置けるか? うちに」
「へっ? ああ、そうだよね。ピアノ教室にあったのはグランドピアノだったから、候補に入れていたけど、そもそも置くところを考えないといけなかったか。片づければ僕の部屋にも置けないかなって。練習するのにも便利だし」
思っていたより、砕けた調子で投げかけられた質問。
父さんは怒っている感じでもなくて、否定している感じでもない。
「二階にグランドピアノなんて置けるか! ウチは家が古いんだから床が抜けるぞ! 置く場所を考えても一階の客間しか選択肢が無いのだから、グランドピアノは諦めなさい。グランドピアノを客間に置いたらスペースが無くなる」
「それはもう。そもそも、そんなお金も無かったし、無理だと思ってたよ」
「なら良い。次に、どこまで本気なんだ? 塾の勉強が始まったら、ピアノ優先などは許せんぞ? ピアノに打ち込めるのは一年くらいだ。拓人《たくと》のやりたいことを考えれば、たった一年では時間は足らんだろう。それでも数十万かけてピアノを手に入れたいのか?」
「正直、難しいならキーボードでも良いと思ってるよ。数千円くらいでも買えなくないし。今はとにかく、やってみたいって気持ちが強いんだ」
「駄目だ」
この話になって初めての明確な拒絶。
とにかくやってみたいという言葉が思い付きの行動に聞こえたのだろうか。
「お前はどこまで本気なんだ? 一年しかない時間なら家でも必死に練習するんだろう? 安物のキーボードで上手くなれるのか?」
「そうは言っても、現実的に考えたら、それしかないし……」
「その場しのぎで安易な結論に流れるんじゃない! お前がやりたかったのはピアノを習うことじゃないだろう。ピアノで人の心を動かせるようにしたいんじゃなかったのか? そんな人間が、おもちゃみたいなキーボードで良い訳ないだろう!」
「しょうがないじゃないか。今、僕には安物のキーボードを買うくらいのお金しか無いんだから」
「良いか、拓人。仕事って言うのは、技術や熱意も大事だが、道具も大事なんだよ。道具に拘らない人間に一流の仕事は出来ない。父さんはそう思ってる。話を聞く限り、技術で人の心を動かした同級生の子は一流なんだろう。それを目指すなら、道具も相応の物でないと厳しいぞ」
「言いたいことは分かるんだけどさ……」
「今日の今日で、アップライトピアノを買ってやるとは言えん。まず、その同級生の子かピアノ教室の先生に、どのレベルの物が必要か聞いてみなさい。無知な父さんたちより、詳しい人の意見の方が当てになる」
「わかった。聞いてみるよ」
「楽器の話はそれからだな。拓人が本気なら月謝くらいは出してやる。ただし、来年の塾の話は、決定事項だ。来年もピアノをやるなら趣味程度にしろよ。許せるのはそこまでだ」
「本当に⁉ ありがとう! まさか、そこまでしてくれるなんて思ってなかった」
「親なんだから、そのくらいはするさ。話はこれで良いか? 俺は風呂入ってくる」
父さんは、頭を搔きながら恥ずかしそうに話を切り上げて、リビングから出て行ってしまった。
いつもは自分で片付ける食器もそのままで、お茶もグラスに残ったままだ。
「まだお風呂湧いてないのにね。廊下で待つ気かしら? 慌てて裸になってなきゃ良いけど。父さん、拓人に感謝されるのに慣れてないから、恥ずかしかったみたい」
「そういえば、まだ風呂が沸いたメロディーが流れてないね。父さん恥ずかしかったのか」
「拓人は普段から私たちに甘えること少ないし、心の内を話すようなことも無いでしょ? お父さん、それが嬉しくて張り切っちゃったのかもね。きっと、仕事論みたいなことを言ったから、後になって恥ずかしくなったんでしょ」
「そういうもんかな。まさか月謝まで出してくれるとは思わなかったよ」
「昔ね、お母さんが拓人にピアノを習わせたいって言ってたの。拓人は、ピアノは嫌だって珍しく愚図ってね。話は流れちゃったんだけど、お父さんは結構乗り気だったのよ」
「そんなことあったんだ。全然記憶ないけど、いつの話?」
「三歳くらいのころかな?」
まさかそんなことがあったなんて。もしかすると、うさぎピアノ教室に通っていたかもしれなかったんだな。そうしたら、伏見さんや神田さんとも出会っていたのかもしれない。
もちろん、駅前まで行かないで近所のピアノ教室に行っていたら、出会うことも無かったんだろうけど。
「知らなかった。それが今になってか。分からないものだね」
「そうね。お父さんピアノのこと詳しかったでしょ? 当時も結構調べていてね。子供部屋にピアノは置けないかとか、リビングならグランドピアノが置けるんじゃないかって計画してたのよ」
「だからか。真っ先にグランドピアノが置けないって話だったもんね」
「まさか十数年越しに叶うとは思ってなかったでしょうね。ちょっと興奮してたもの。それより拓人、同級生の女の子って可愛いの? 今度うちに連れてきたら?」
「知らないよ!」
伏見さんのことを話題にされ、恥ずかしくなった僕は、足早にリビングを出て、自分の部屋に戻った。これじゃあ、父さんのことを笑えないな。やってること同じだ。
二人は懐かしがっているけど、僕としてはそこまで昔の記憶はない。
それよりも大事なことは、父さんがピアノを習うことを許してくれるか。それ一点のみだった。
「ただな、だからと言って承諾したわけじゃないぞ」
「うん……」
昔を懐かしむ空気が終わり、放たれた父さんの一言。
何とかして、ここからピアノを習う許可と、出来たら資金的な協力を得たい。
ここからが正念場だ。
「まず第一に、グランドピアノなんか置けるか? うちに」
「へっ? ああ、そうだよね。ピアノ教室にあったのはグランドピアノだったから、候補に入れていたけど、そもそも置くところを考えないといけなかったか。片づければ僕の部屋にも置けないかなって。練習するのにも便利だし」
思っていたより、砕けた調子で投げかけられた質問。
父さんは怒っている感じでもなくて、否定している感じでもない。
「二階にグランドピアノなんて置けるか! ウチは家が古いんだから床が抜けるぞ! 置く場所を考えても一階の客間しか選択肢が無いのだから、グランドピアノは諦めなさい。グランドピアノを客間に置いたらスペースが無くなる」
「それはもう。そもそも、そんなお金も無かったし、無理だと思ってたよ」
「なら良い。次に、どこまで本気なんだ? 塾の勉強が始まったら、ピアノ優先などは許せんぞ? ピアノに打ち込めるのは一年くらいだ。拓人《たくと》のやりたいことを考えれば、たった一年では時間は足らんだろう。それでも数十万かけてピアノを手に入れたいのか?」
「正直、難しいならキーボードでも良いと思ってるよ。数千円くらいでも買えなくないし。今はとにかく、やってみたいって気持ちが強いんだ」
「駄目だ」
この話になって初めての明確な拒絶。
とにかくやってみたいという言葉が思い付きの行動に聞こえたのだろうか。
「お前はどこまで本気なんだ? 一年しかない時間なら家でも必死に練習するんだろう? 安物のキーボードで上手くなれるのか?」
「そうは言っても、現実的に考えたら、それしかないし……」
「その場しのぎで安易な結論に流れるんじゃない! お前がやりたかったのはピアノを習うことじゃないだろう。ピアノで人の心を動かせるようにしたいんじゃなかったのか? そんな人間が、おもちゃみたいなキーボードで良い訳ないだろう!」
「しょうがないじゃないか。今、僕には安物のキーボードを買うくらいのお金しか無いんだから」
「良いか、拓人。仕事って言うのは、技術や熱意も大事だが、道具も大事なんだよ。道具に拘らない人間に一流の仕事は出来ない。父さんはそう思ってる。話を聞く限り、技術で人の心を動かした同級生の子は一流なんだろう。それを目指すなら、道具も相応の物でないと厳しいぞ」
「言いたいことは分かるんだけどさ……」
「今日の今日で、アップライトピアノを買ってやるとは言えん。まず、その同級生の子かピアノ教室の先生に、どのレベルの物が必要か聞いてみなさい。無知な父さんたちより、詳しい人の意見の方が当てになる」
「わかった。聞いてみるよ」
「楽器の話はそれからだな。拓人が本気なら月謝くらいは出してやる。ただし、来年の塾の話は、決定事項だ。来年もピアノをやるなら趣味程度にしろよ。許せるのはそこまでだ」
「本当に⁉ ありがとう! まさか、そこまでしてくれるなんて思ってなかった」
「親なんだから、そのくらいはするさ。話はこれで良いか? 俺は風呂入ってくる」
父さんは、頭を搔きながら恥ずかしそうに話を切り上げて、リビングから出て行ってしまった。
いつもは自分で片付ける食器もそのままで、お茶もグラスに残ったままだ。
「まだお風呂湧いてないのにね。廊下で待つ気かしら? 慌てて裸になってなきゃ良いけど。父さん、拓人に感謝されるのに慣れてないから、恥ずかしかったみたい」
「そういえば、まだ風呂が沸いたメロディーが流れてないね。父さん恥ずかしかったのか」
「拓人は普段から私たちに甘えること少ないし、心の内を話すようなことも無いでしょ? お父さん、それが嬉しくて張り切っちゃったのかもね。きっと、仕事論みたいなことを言ったから、後になって恥ずかしくなったんでしょ」
「そういうもんかな。まさか月謝まで出してくれるとは思わなかったよ」
「昔ね、お母さんが拓人にピアノを習わせたいって言ってたの。拓人は、ピアノは嫌だって珍しく愚図ってね。話は流れちゃったんだけど、お父さんは結構乗り気だったのよ」
「そんなことあったんだ。全然記憶ないけど、いつの話?」
「三歳くらいのころかな?」
まさかそんなことがあったなんて。もしかすると、うさぎピアノ教室に通っていたかもしれなかったんだな。そうしたら、伏見さんや神田さんとも出会っていたのかもしれない。
もちろん、駅前まで行かないで近所のピアノ教室に行っていたら、出会うことも無かったんだろうけど。
「知らなかった。それが今になってか。分からないものだね」
「そうね。お父さんピアノのこと詳しかったでしょ? 当時も結構調べていてね。子供部屋にピアノは置けないかとか、リビングならグランドピアノが置けるんじゃないかって計画してたのよ」
「だからか。真っ先にグランドピアノが置けないって話だったもんね」
「まさか十数年越しに叶うとは思ってなかったでしょうね。ちょっと興奮してたもの。それより拓人、同級生の女の子って可愛いの? 今度うちに連れてきたら?」
「知らないよ!」
伏見さんのことを話題にされ、恥ずかしくなった僕は、足早にリビングを出て、自分の部屋に戻った。これじゃあ、父さんのことを笑えないな。やってること同じだ。
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