81 / 109
青年藩主編
第四十話
しおりを挟む
高野山は紀州の山深い奥地にあり、その山中にぽっかりと表れた小さな盆地にすべてが収まっているそんな感じの所です。政信さんの薀蓄《うんちく》曰く、三千三百尺(1,000mほど)の高さの山々に囲まれた盆地だそうで、盆地とは言えかなり標高が高いとの事でした。
まあ政信さんの薀蓄はどうでもいいんですけど、私が言いたかったのは、近隣の村も山深い山地の中にあるという事です。
平坦な道はほとんどなくて、山間の縫うようにして道が続いています。もちろん上り下りもふんだんにありますし、木々は鬱蒼としていて見通しも良くありません。
道のりはあまり楽しいとは言えませんね。
教わった目印と言ったって、木しか見えませんから、どうやったって迷いやすいと思います。
それでもできることと言えば、道に沿って歩き、向かう方向を間違わないようにするくらいしかありません。
しかし私はできる子ですから、ちゃんと教わった通り間違わずに進めます。道案内はお任せください!
「こっちですよ!」
「はいはい。一度来ただけのわりに良く道を覚えていますね」
この旅を通して、政信さんは素直になった気がします。高野山の神聖な空気が政信さんを浄化してくれたのでしょうか。皮肉屋さんが影を潜めて、普通に褒めてくれました。
当たりが柔らかくなりすぎて少し調子が狂いますね。素直な政信さんには違和感しかありません。
「そうでしょう! これでも道を覚えるの得意なんです! ……でも一人じゃなくて良い道案内役のお蔭かもしれないですね!」
「それについては何も言ってませんよ」
墓穴掘りました。やはり政信さん元に戻ってもらわねば調子が出ませんね。屋敷へ帰る頃には戻っていてくれると良いのですが。このようなお兄さんでは、さくらちゃんも大層驚く事でしょう。
幾分距離は稼げましたが目的地までは、まだまだです。あそこは、ここと似たような道が続くんですけど、いつのまにやら方向感覚が狂うんですよね。道自体はおかしくないんですけど、なんか変なんです。
木々もここらは人の手が入っていないので、自然に任せたままの姿です。木々の生え方に一貫性もないし、枝も落としていないので光も入りません。
しかしあの天狗村の辺りになると、何となく木々にも人の手が入ったように感じます。
どこがと言われると説明が難しいんですが、なんか違うんです。
「それで今回の目的地はどんなところなんですか?」
「名前は天狗村って言って、村と言っても住民は、もう一人だけしか残っていないそうです。元々、他の村とも交流しないで独自の生活をしていたらしいのですが。だからあまり情報がありません。わかっているのは、村の名前と、村民は一人を残して村を出て行ってしまったという事です」
「ふむ。そもそも天狗などを村の名前に使う村なんて多くはありません。何かしら天狗にまつわる由来があって、閉鎖的に暮らす必要があった。という事でしょう。そう聞くと何か隠れ住む理由があったと考えるのが妥当ですね。それが世を忍ぶためだったのか、祖先が後ろ暗い事をしたのかは定かではありませんがね」
そんな事、考えてもみませんでした。さすが政信さんですね。あれだけの話でそこまで考えが及ぶのですか。私なんて何となくココかなくらいしか感じなかったのですよ。なんで同じ情報を得てこうまで違うのでしょうか。ちょっと自信無くします。
「そこまで考えが及びませんでした。なぜそこまで考えられるのですか?」
「それは個性の様なものですよ。私に出来る事、あなたに出来る事、同じでなくてもいいでありませんか。あなたのように明るく人当たりの良さは私にはありませんよ」
「そうですね。政信さんは引きこもりですから」
「ちょっと褒めるとそれですか」
おっと、しまった。口が滑りました。まさに口は禍の元ですね。
代り映えがしない山道。茶店もなく退屈な道のりです。あってもいいと思うんですよね、茶店。お団子も食べたいし、名物の麩饅頭も食べていませんし。
いい加減、聞いていた天狗村の辺りになるはずですね。近づきすぎる前に一度止まって注意深く進みましょう。
「あれっ、道はこっちじゃないんですか?」
確かに道はそっちに続いているように見えるのですけど、そっちは奥の山に向かってしまうんですよね。その道は、北に進んでいるはずなのに少しずつ東に進まされてしまうんです。
「多分、村への道はそれじゃないんです。昨日何度も試したんですが、その道では辿りつけないはずです」
「せめて道案内がいた設定は守りましょうね」
えっ? なんか言いました?
この道の分岐はないのでそのまま進むべきなんですが、ここで注意が必要です。
この方向を逸らされる起点となるところに一際大きな木があるんです。大木というより巨木と言ってもいいかもしれません。
方向的に、この木に向かって進まなきゃいけないのに立ち塞がるように聳え立ってました。
何気なく裏を覗くと案の定、道とも言えないような細い木々の隙間を見つけたんです。
昨日は、その道を少し進んだだけで時間切れだったので奥まで確かめられていませんが、この道が正解でしょう。
通ってみれば不自然なほど、その道に木がありません。茂みや枝はボサボサで覆い尽くしているのですが、掻き分けて倒れるように硬い枝や木は無いんです。
ますます確信を深めました。恐ろしいくらいに人と接触したくないんでしょう。まったく、こんな所、知らなきゃ通りませんよ。
まあ政信さんの薀蓄はどうでもいいんですけど、私が言いたかったのは、近隣の村も山深い山地の中にあるという事です。
平坦な道はほとんどなくて、山間の縫うようにして道が続いています。もちろん上り下りもふんだんにありますし、木々は鬱蒼としていて見通しも良くありません。
道のりはあまり楽しいとは言えませんね。
教わった目印と言ったって、木しか見えませんから、どうやったって迷いやすいと思います。
それでもできることと言えば、道に沿って歩き、向かう方向を間違わないようにするくらいしかありません。
しかし私はできる子ですから、ちゃんと教わった通り間違わずに進めます。道案内はお任せください!
「こっちですよ!」
「はいはい。一度来ただけのわりに良く道を覚えていますね」
この旅を通して、政信さんは素直になった気がします。高野山の神聖な空気が政信さんを浄化してくれたのでしょうか。皮肉屋さんが影を潜めて、普通に褒めてくれました。
当たりが柔らかくなりすぎて少し調子が狂いますね。素直な政信さんには違和感しかありません。
「そうでしょう! これでも道を覚えるの得意なんです! ……でも一人じゃなくて良い道案内役のお蔭かもしれないですね!」
「それについては何も言ってませんよ」
墓穴掘りました。やはり政信さん元に戻ってもらわねば調子が出ませんね。屋敷へ帰る頃には戻っていてくれると良いのですが。このようなお兄さんでは、さくらちゃんも大層驚く事でしょう。
幾分距離は稼げましたが目的地までは、まだまだです。あそこは、ここと似たような道が続くんですけど、いつのまにやら方向感覚が狂うんですよね。道自体はおかしくないんですけど、なんか変なんです。
木々もここらは人の手が入っていないので、自然に任せたままの姿です。木々の生え方に一貫性もないし、枝も落としていないので光も入りません。
しかしあの天狗村の辺りになると、何となく木々にも人の手が入ったように感じます。
どこがと言われると説明が難しいんですが、なんか違うんです。
「それで今回の目的地はどんなところなんですか?」
「名前は天狗村って言って、村と言っても住民は、もう一人だけしか残っていないそうです。元々、他の村とも交流しないで独自の生活をしていたらしいのですが。だからあまり情報がありません。わかっているのは、村の名前と、村民は一人を残して村を出て行ってしまったという事です」
「ふむ。そもそも天狗などを村の名前に使う村なんて多くはありません。何かしら天狗にまつわる由来があって、閉鎖的に暮らす必要があった。という事でしょう。そう聞くと何か隠れ住む理由があったと考えるのが妥当ですね。それが世を忍ぶためだったのか、祖先が後ろ暗い事をしたのかは定かではありませんがね」
そんな事、考えてもみませんでした。さすが政信さんですね。あれだけの話でそこまで考えが及ぶのですか。私なんて何となくココかなくらいしか感じなかったのですよ。なんで同じ情報を得てこうまで違うのでしょうか。ちょっと自信無くします。
「そこまで考えが及びませんでした。なぜそこまで考えられるのですか?」
「それは個性の様なものですよ。私に出来る事、あなたに出来る事、同じでなくてもいいでありませんか。あなたのように明るく人当たりの良さは私にはありませんよ」
「そうですね。政信さんは引きこもりですから」
「ちょっと褒めるとそれですか」
おっと、しまった。口が滑りました。まさに口は禍の元ですね。
代り映えがしない山道。茶店もなく退屈な道のりです。あってもいいと思うんですよね、茶店。お団子も食べたいし、名物の麩饅頭も食べていませんし。
いい加減、聞いていた天狗村の辺りになるはずですね。近づきすぎる前に一度止まって注意深く進みましょう。
「あれっ、道はこっちじゃないんですか?」
確かに道はそっちに続いているように見えるのですけど、そっちは奥の山に向かってしまうんですよね。その道は、北に進んでいるはずなのに少しずつ東に進まされてしまうんです。
「多分、村への道はそれじゃないんです。昨日何度も試したんですが、その道では辿りつけないはずです」
「せめて道案内がいた設定は守りましょうね」
えっ? なんか言いました?
この道の分岐はないのでそのまま進むべきなんですが、ここで注意が必要です。
この方向を逸らされる起点となるところに一際大きな木があるんです。大木というより巨木と言ってもいいかもしれません。
方向的に、この木に向かって進まなきゃいけないのに立ち塞がるように聳え立ってました。
何気なく裏を覗くと案の定、道とも言えないような細い木々の隙間を見つけたんです。
昨日は、その道を少し進んだだけで時間切れだったので奥まで確かめられていませんが、この道が正解でしょう。
通ってみれば不自然なほど、その道に木がありません。茂みや枝はボサボサで覆い尽くしているのですが、掻き分けて倒れるように硬い枝や木は無いんです。
ますます確信を深めました。恐ろしいくらいに人と接触したくないんでしょう。まったく、こんな所、知らなきゃ通りませんよ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
偽典尼子軍記
卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。
戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語
戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~
ちんぽまんこのお年頃
歴史・時代
戦国時代にもニートがいた!駄目人間・甲斐性無しの若殿・弥三郎の教育係に抜擢されたさく。ところが弥三郎は性的な欲求をさくにぶつけ・・・・。叱咤激励しながら弥三郎を鍛え上げるさく。廃嫡の話が持ち上がる中、迎える初陣。敵はこちらの2倍の大軍勢。絶体絶命の危機をさくと弥三郎は如何に乗り越えるのか。実在した戦国ニートのサクセスストーリー開幕。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
北海帝国の秘密
尾瀬 有得
歴史・時代
十一世紀初頭。
幼い頃の記憶を失っているデンマークの農場の女ヴァナは、突如としてやってきた身体が動かないほどに年老いた戦士、トルケルの側仕えとなった。
ある日の朝、ヴァナは暇つぶしにと彼の考えたという話を聞かされることになる。
それは現イングランド・デンマークの王クヌートは偽物で、本当は彼の息子であるという話だった。
本物のクヌートはどうしたのか?
なぜトルケルの子が身代わりとなったのか?
そして、引退したトルケルはなぜ農場へやってきたのか?
トルケルが与太話と嘯きつつ語る自分の半生と、クヌートの秘密。
それは決して他言のできない歴史の裏側。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる