上 下
49 / 109
青年藩主編

第十一話

しおりを挟む
 宮地六右衛門殿と出会い、蕎麦屋で蕎麦を食いながら酒を酌み交わしてから数日後、紹介してくれるという知り合いの都合がついたとの連絡を受け、藩務終わりに再び蕎麦屋の砂屋に向かっている。
 砂屋の蕎麦は真に美味かった。蕎麦と熱燗たまらぬ。俺は団子より蕎麦だな。
 心なしか軽い足取りになりながら城下町を進む。

 前回問題となった連絡方法だが、これといった手段が思いつかず、水野に骨を折ってもらうことにした。宮地殿からは水野の実家へ文や伝言を残してもらい、水野が回収しにいくという流れだ。
 城内で茶坊主に連絡を頼むよりは良いだろうと思い、この方法にしたのだが、宮地殿は水野が家老の家の出身とは思いもよらなかったようで、結局は驚かせてしまった。
 彼ら庭番の者からすれば、どちらも雲の上の存在という事だろうか。こっちの認識では、我ら庶子や元捨て子の爪弾き者の主従なんだから、そんなに気にしなくてもと思うのだが、彼にとっては、そうもいかないようだ。
 やはり俺の部下が水野だけという状態では、身分のバランスが悪い。それなりの身分で、もう少し身軽に動ける人間がいてくれれば助かるのだが。無いものねだりだろうか。

 年季の入った蕎麦屋が見えてきた。宮地殿達はもう店に入っているだろうか。こじんまりとした店内を覗き小上りを確認する。やはり先に来ていたようだ。下座に座っているから入り口から背を向けているが間違いないだろう。

「待たせたな」
「いえ。我らも先ほど着いたばかりにて。これは友人の山波政信です」
「庭番 山波隆信が次子、山波政信と申します」

 宮地殿は実直な人柄そのものといった印象で、あまり日葵殿には似ていない。日葵殿は猫といったイメージだが、六右衛門殿は犬だな。兄弟で結構違って面白い。
 
 もう一人の山波殿は、庭番の家の人間にしては色が白いな。外で動き回る庭番の人間というより書生と紹介された方がしっくりくる。月代を剃らない総髪であるというのも影響しているのかもしれない。スラッとした男前だ。少し冷たい印象を受ける。

「松平頼方だ。こっちは水野知成。今日は時間を取ってもらってすまんな」
「私は次男坊の部屋住みの身。時間はいくらでも有り余っております」

 部屋住みという割に恥じる様子はないな。むしろ達観しているように思える。
 もう少し深く突っついてみるか。

「日ごろは何をしているのだ?」
「頼方様は庭番の家系が各々特殊な技術をお持ちであることをご存じだとか。我が家は鉄砲術に秀でております。しかし鉄砲は玉薬に金がかかるものでありますれば、訓練に時間を掛けられず、余った時間は本を読む日々にてございます」

 玉薬に金がかかるのは仕方ない。鉄砲に使う火薬のうち、硝石はほとんど日本では取れないからな。だから輸入に頼るわけだが、そうなると価格が跳ね上がる。一家臣が自前の鉄砲の修練のため硝石や火薬を買い集めるのは、相当難しいだろう。
 しかしお役目なら懐を痛めず訓練できるはず。確か紀州藩では薬込役という役職があり、鉄砲隊の役割を担っているはずだったが。

「鉄砲術か。紀州藩には薬込役があるがそちらには進まぬのか?」
「あちらは国家老の派閥に占められております。我らは山に入り、猟師の真似事のように鉄砲を放つくらいしかできません。城下や拝領屋敷では鉄砲の音をさせれば、すわ謀反かと大騒ぎになるでしょう」

 そうなると薬込役の藩士のように修練で数を打つことはできないだろう。藩士の懐の痛まない役職とはいえ、予算もあるので潤沢とは言えない程度の数しか放てないはずだ。藩の予算を割り振られている薬込役ですら、そうなのだから山波家では圧倒的に鉄砲を放てる数は少ないだろう。となれば鉄砲術の技術には疑問符がつく。致し方無いのは理解できるが、少し残念だ。

「では腕前は薬込役より劣るのかな?」
「生涯で鉄砲を放った数では劣るでしょう。しかし鉄砲の腕は負けていないでしょう」

 おいおい。大言壮語だな。本人の態度からして大言というほどではないのかな。とはいえ、剣はどれだけ振ったか、弓はどれだけ射ったかで習熟度が変わってくるのだから、それほど自信を持てるとは思えない。
 生真面目な六右衛門殿の友人という事だから嘘つきというわけでもないだろう。こやつもだいぶ癖が強そうだ。俺も大概だが周りとうまくやっていけるとは思えん。
 俺と同じく出世しにくい人種だろうな。周りの人間がバカに見えてしまうのだろう。部屋住みでなく嫡男だったとしも閑職に回されるやつだな。

「おい、政信。いつも言っているだろう。もう少し謙虚に話せ」

安定の宮地殿。俺の周囲は癖の強い人間ばかり。宮地殿のような常識人がいてくれると安心するようになってしまった。妹の日葵殿は、決して常識人ではない。妹に苦労すると、こうなるのだろうか。
 しかしその論法で行くと、しっかり者のさくら殿の兄上である山波政信は常識人ではない事になるな。うん、この推測はあっているようだ。

「随分な自信だな。打った数が劣るのにどうして腕は負けていないと言えるのだ?」

「簡単な事です。彼らは、安全なところから止まった的を打つのみ。翻って私どもは、猪や熊、はたまた野盗どもと命のやり取りをしているのです。己の身を危険に晒しながら動く的を狙って打つのですから、腕の良さなど比ぶべくもありません」

「確かにその理屈では貴殿らの方が腕が良い事になるな」
「漫然と数を打っている者になど負けませんよ。そも、対峙したところで彼らは我らを見つけることも出来ぬでしょう。気が付かぬうちにこの世とのお別れをすることになります。命中云々以前の問題ですな」

「おい! お偉方の批判は止めろって」
「まあいいさ。ここは仕事終わりに立ち寄った蕎麦屋で偶然会ったに過ぎないのだから。酒の席で気が大きくなってしまったのさ」

 俺は元々そういうの気にしない質だが、しっかり明言しておこう。山波殿は、あえて大きな発言をして、こっちの反応を見ているようにも思えるからな。側近にあたる人材を探していると宮地殿から話も聞いているはずだから、むこうもこちらを値踏みしているのだろう。
 そうやって見てみると半分くらいは演技で話しているように思える。基本的に自信を持っているのには変わりないだろうが。

「山波殿というと、さくら殿はご家族ですか?」
 話に盛り上がっていると、話の途切れ目を感じたのか水野が会話に入ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】呪われ王子は生意気な騎士に仮面を外される

りゆき
BL
口の悪い生意気騎士×呪われ王子のラブロマンス! 国の騎士団副団長まで上り詰めた平民出身のディークは、なぜか辺境の地、ミルフェン城へと向かっていた。 ミルフェン城といえば、この国の第一王子が暮らす城として知られている。 なぜ第一王子ともあろうものがそのような辺境の地に住んでいるのか、その理由は誰も知らないが、世間一般的には第一王子は「変わり者」「人嫌い」「冷酷」といった噂があるため、そのような辺境の地に住んでいるのだろうと言われていた。 そんな噂のある第一王子の近衛騎士に任命されてしまったディークは不本意ながらも近衛騎士として奮闘していく。 数少ない使用人たちとひっそり生きている第一王子。 心を開かない彼にはなにやら理由があるようで……。 国の闇のせいで孤独に生きて来た王子が、口の悪い生意気な騎士に戸惑いながらも、次第に心を開いていったとき、初めて愛を知るのだが……。 切なくも真実の愛を掴み取る王道ラブロマンス! ※R18回に印を入れていないのでご注意ください。 ※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載しております。 ※完結保証 ※全38×2話、ムーンさんに合わせて一話が長いので、こちらでは2分割しております。 ※毎日7話更新予定。

義妹に婚約者を奪われて仕事も失いました。国が滅んだのは私のせいではありませんよ。

十条沙良
恋愛
今となってはラッキーだったとすら思えています。

異世界転生したノンケの書生は、華族の貴公子に不埒な関係を望まれているが回避したい。

アナマチア
BL
ある日突然、交通事故で両親を亡くした、美大生の山田樹。 葬儀を終えて日常生活を送り始めるが、うつ状態になっていた樹は、葬儀後初めての登校時に接触事故で線路に落下する。 頭を強く打ち付けて視界が暗転し、目覚めると、見知らぬ部屋の布団の中に横たわっていた。 樹が夢でも見ている心地でいると、女中の花が現れて、樹のことを「早乙女さん」と呼んだ。 頭がぼうっとして何も考えられず、強い睡魔に襲われ、眠りに落ちようとしていた樹の前に、国防色の軍服を身にまとった偉丈夫――花ヶ前梗一郎(はながさきこういちろう)が現れた。 樹の名を切なそうに呼びながら近づいてきた梗一郎。驚いた樹は抵抗することもできず、梗一郎に抱き締められる。すると突然、想像を絶する頭痛に襲われた樹は、絶叫したのちに意識を失ってしまう。 そして気がつけば、重力が存在しない、真っ白な空間に浮かんでいた。そこで樹は、自分によく似た容姿の少年に出会う。 少年の正体は、早乙女樹の肉体を借りた、死を司る神――タナトスだった。そしてもう一柱、タナトスよりも小柄な少女、生を司る神――ビオスが現れる。 ビオスが言うには、樹は『異世界転生』をしたのだという。そして転生後の肉体の記憶は、特定の条件下で徐々に蘇ると告げられ、樹は再び異世界で目を覚ます。 樹が目覚めると、梗一郎が涙を流していた。 「樹が生きていて、本当によかった……!」 そう言って、梗一郎が樹の額に口付けた瞬間、樹の脳内に早乙女樹の幼少期と思われる映像が流れ、眠るように意識を失う。 『特定の条件下』とは、梗一郎との愛ある接触のことだった。 無事にひとつ目の記憶を取り戻した樹は、公家華族・花ヶ前伯爵家お抱えの書生(画家見習い)・『早乙女樹』を演じながら、花ヶ前家で生活を送る。 スペイン風邪による後遺症で『記憶喪失』になってしまった樹を心配して見舞いに来たのは、楚々とした容貌の美少女――梗一郎の妹である、花ヶ前椿子だった。 樹は驚愕に目を見開いた。 目の前に立つ少女は、樹が描いた人物画。 『大正乙女』そのままの姿形だったのである。 なんと樹は、自分が描いた油画の世界に異世界転生していたのだ。 梗一郎と恋仲であった早乙女樹として転生してしまった樹(ノンケ)は、男と恋愛なんて出来るはずがないと、記憶喪失を理由に梗一郎と距離を置くが……。

身体検査が恥ずかしすぎる

Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。 しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。 ※注意:エロです

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

精霊の愛し子~真実の愛~

松倖 葉
ファンタジー
生まれ落ちた時、赤子の体には不思議な文様が浮かんでいた。母親はその子を愛そうとはせず生まれてすぐに捨てた。赤子は生まれて間もなかったが、意思があり理解も出来ていた。悲しみ救いを求め「助けて!」と言葉は出ないが泣き叫ぶ。しかし、誰も手を差し伸べようとはしなかった。日が経つにつれ赤子の声は掠れ生気がなくり、とうとう死を受け入れたとき赤子の体が光に包まれる。 ※恋愛対象が男性になるためBLと入れていますが、本格的な濡れ場などは書く予定はありません BLよりもファンタジー色の強い話になると思います

大切なお義兄ちゃんのために皇帝になりましたが実弟と戦ったり臣下に惚れられたり色々と大変です。

米田薫
恋愛
ある日、私のお義兄ちゃんは反乱に失敗し捕らわれの身となった。 お義兄ちゃんを救う方法はただ1つ。 私自身が反乱を起こして皇帝になることだ。 もっとも、一度反乱を起こしたらもうそれまでの平穏な日々には戻れない。 でも私に躊躇いは無かった。 私を愛し、育ててくれた義兄以上に大切なものなど、この世に無いのだから。 そして私は皇帝になった。 そう皇帝になったのだ。 「皇帝になったまでは良かったんだけどねー」 「何か。不満なのですか?」 「そりゃ不満でしょ。正直私はお義兄ちゃん以外の人間はどうでも良いんだよ。だから皇帝をやれって言われてもね。」 「皇帝になられた以上はやってもらわないと困りますよ。私もお手伝いしますから頑張りましょう。」 「本当?お義兄ちゃんがそう言ってくれるならちょっとだけ頑張ってみようかな。」 これは意外に皇帝に向いている性格をしていた元はかなげな妹の悠基と、真面目で妹を守るためなら何でもする覚悟の義兄の李憲、妹が契約した妖狐であり絶世の美女の楊玉環のおりなす歴史恋愛絵巻です。 イラストは本作のマスコット的存在である気高い猫の悠々をイメージした絵です。 本作は小説家になろうでも更新しています。こちらもブックマーク等頂けるとありがたいです。(https://ncode.syosetu.com/n7666fa/ )

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

処理中です...