αと嘘をついたΩ

赤井ちひろ

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第二章 リ,スタート

17 長月 すれ違う恋心

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「いつからアルファとして生きようと思ったの」
 喉仏が反射的に何かを飲み込んだ。つばを飲み込まなきゃいけないほど、紫苑にとっては大きな原因だという事が、鈍感な神無月でも理解は難しくは無かった。
 神無月はどこまで踏み込むか一つ一つ反応を見ながら――何があったのか教えてくれないかと聞いた。
 無理矢理に話題を変えたのは紫苑だ。
「どんな……人ですか」
「え」
 紫苑の不意打ちにえらく間抜けな声が出た。
 緊張で指先に力が入っているのか、ピクンピクンっと神無月の指の下で蠢いて、その速度はどんどん早くなり、水を求めて岸に打ち上げられてもがく魚の様だった。
「ねぇ、神無月さん、神無月さんの好きなオメガさんはどんな人ですか」
 自傷行為もいいとこだ。聞きたくなんかないのに、それでも聞かなきゃ諦められない。
 なぁ紫苑、なら聞いたら諦められるのか?自分が自分に問いかけた。
『ずっと待っているオメガがいるんだ』
「ウヮァァァァァァ」
 繋いでいた手を無理矢理離し、頭の中の幻聴を何度も追い払おうと必死だった。
「紫苑君、どうした」
 神無月は紫苑の両肩をつかみ心臓と心臓を合わせるように抱きかかえた。
 ずっと横を向いていた紫苑は、突然神無月の方に顔を向けるとシャツの襟元をつかみ上目遣いで見上げ、口が何やら動いている。音にならない唇から視線を上げるとその目は涙で揺れていた。大きく息を吸いアと言う声が出た。
「ねぇ、教えてくださいよ。かわいい子ですか。髪は長かった?細身?ぽっちゃり?色は白い?髪は?ねぇ」
「おい、紫苑君」
 うつろな目をした紫苑は何かを諦めるように、それはまるで自傷行為の様に自分を追い詰めていった。
「ねぇ、神無月さんってば、なんで教えてくれないの」
 神無月は何度言っても黙らない紫苑の唇を己の唇で塞いだ。
「ンンン」
 キスの仕方も知らない子供のように息ができなくて神無月の胸をドンドンと叩く。
「鼻で息をするんだよ。ほらできるだろう。紫苑君」
「ンンン」
 いやいやと首を左右に振った。
「ゆっくりと、ほら、俺の事だけ見てごらん。何も考えないで」
 神無月の唇は紫苑を求め、大切なものがそこに在るのを確かめるように貪った。
 ゆうに30分は唇を重ねていたように思う。
「君なら良いのにと、思っていた」
 唐突に神無月は話し始めた。
「え?」
 時間が止まったかのように瞬きもせず、大きな目は神無月を見つめた。
「アルファもオメガもまだわからないような小さな頃さ。彼に会った」
「彼、ですか?」
「言ってなかったっけ」
 聞いてない、そう言おうとした物の彼か彼女かなんて大して重要ではないことに気が付いた。
「さっきの、どういう事ですか」
 ――君ならいいのにと思っていた。
 確かに神無月はそう言ったのだ。
「そのまんまだよ」
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