11 / 14
11 沖田総司編 浅葱色の最後の恋 ②
しおりを挟む
砂利道のくぼみに溜まっている雨だまりを避けながら、総司はこの時間になると境内までぶらぶらと散歩をするようになった。
雨が上がったばかりの夜は犯罪も少ないように感じる。足元がぬかるみ盗人たちにとっては正に文字通り足が付きやすいのだ。
「こんばんわ。今いいですか?」
暖簾を潜ると髪の毛を下した天狐ちゃんがいた。
「髪の毛……あっごめんなさい。また来ます」
「ちょいちょい、沖田さん。ええよ」
「え?でも誰かとお話では?」
「いやいや本当に仕事が終わったんよ。気にせんといて」
「そうですか……」
隼人殿が茶を出してくれた。
「おなかは空いておらんか?」
「そう言えば……」
グルルルルっと腹の虫がなると【天天】の中は笑いの渦に包まれていった。
「茶漬けの旨いのがありますよ」
「沖田はんは魚は好きなん?」
「好き嫌いなど言わないですよ……」
外からバチバチと戸を叩く音がする。また降り始めたのかと若干のうんざりをもって外を見るとずいぶん大柄な人が道を横切る影が映った。
騒がしくもないし、店の扉もあかないしどうやら近くの民家の人間だったようだ。
「茶漬けを馳走になると、忘れぬうちに本題に入りたい……のだが……なかなかこれが難しい」
「何かお願いがあるんでしょう?」
「よくお解りですね……」
「先に聞きたいことがあるのだけど」
天狐ちゃんが先に切り出した。
お願いごとをする以上向こうの聞きたい事に答えない訳にはいかない。
「なんでしょう」
空気が重い。隼人殿は厨房の中に閉じこもったまま成り行きを見守っている。
重い口が開かれた。流石お江戸のビーナスと言われ有名なだけはある。
一言目を紡ぎだしたらあとは一切の躊躇は無しだった。
「お家を継ぐと言っていた」
「そうですか」
小さな手をぎゅっと握ったままそれでも言葉は選んでいるようだ。
「いいの?本当に」
「老舗を守るという事はそういう事でしょう」
「何故」
天狐には納得がいかない。
「カンチャンみたいにお家を捨てて海の向こうに渡る訳じゃないじゃない!」
湯吞の温かさが心地よい。天狐の気持ちがわかるだけに総司は何と言っていいのか困ってしまった。
「自分は不器用なのですよ、天狐殿」
「意味が解りません」
どんと机をたたいた拍子に湯吞が倒れ、机の下に茶が滝のように落ちていった。
「ごめんなさい」
隼人から台拭きを受け取ると慌てて机を拭き、床の上も吹き始めた。
机の下から声が聞こえる。
「剣を捨てられないのですか?確かに沖田はんは強いです。でも……守りたいものは守らねばなりません」
「ありがとうございます。櫻子さんはこんな良い友達をもって幸せですね」
「でも剣は捨てません。土方さんと一緒に夢をかなえると約束しました。来る二月試衛館の仲間と共に江戸幕府第14代将軍、徳川家茂公警護のため京都へ赴きます。浪士組に応募しました。これが私の生きる道です」
「でも……」
「天狐、やめなさい」
隼人がゆっくりと首を振る。
「男の決めた生きざまだ。きっと櫻子さんもわかっているさ」
涙が止まらない。絶対に両想いなのに……。こんな事あっていいはず無いのに……。
「……わかりました。で、お願いとは何ですか」
「年に一度でいいです。櫻子さんが幸せか、教えてはいただけませんか?」
声が震えていると思ったのは気のせいだろうか。意志の強い切れ長の目が真っすぐ天狐を見た。
「わかりました。お約束いたします。……沖田はん、もう一つだけ……」
「天狐!」
「構いませんよ。隼人殿」
「櫻子はんが好きですか?」
「それを言うことはままなりませぬ。でも世が世なら夫婦であったかもと、考えた事があるだけです」
沖田は頭を下げて【天天】を後にした。
一人月の出る綺麗な道を沖田は歩いた。さっきまでの雨はやみ明日はきっと晴れるだろう。
今日の事を考えながらゆっくりとした足取りで試衛館に向かった。
「土方さん、ばれてますよ」
「総司、いつから気が付いていたのだ?」
「大きな影が土方さんの影だって事位、解らない訳がないでしょう」
「良かったのか?」
総司は小さな声で笑った。
「貴方までそれを言いますか?死ぬまでお供致しますよ」
雨が上がったばかりの夜は犯罪も少ないように感じる。足元がぬかるみ盗人たちにとっては正に文字通り足が付きやすいのだ。
「こんばんわ。今いいですか?」
暖簾を潜ると髪の毛を下した天狐ちゃんがいた。
「髪の毛……あっごめんなさい。また来ます」
「ちょいちょい、沖田さん。ええよ」
「え?でも誰かとお話では?」
「いやいや本当に仕事が終わったんよ。気にせんといて」
「そうですか……」
隼人殿が茶を出してくれた。
「おなかは空いておらんか?」
「そう言えば……」
グルルルルっと腹の虫がなると【天天】の中は笑いの渦に包まれていった。
「茶漬けの旨いのがありますよ」
「沖田はんは魚は好きなん?」
「好き嫌いなど言わないですよ……」
外からバチバチと戸を叩く音がする。また降り始めたのかと若干のうんざりをもって外を見るとずいぶん大柄な人が道を横切る影が映った。
騒がしくもないし、店の扉もあかないしどうやら近くの民家の人間だったようだ。
「茶漬けを馳走になると、忘れぬうちに本題に入りたい……のだが……なかなかこれが難しい」
「何かお願いがあるんでしょう?」
「よくお解りですね……」
「先に聞きたいことがあるのだけど」
天狐ちゃんが先に切り出した。
お願いごとをする以上向こうの聞きたい事に答えない訳にはいかない。
「なんでしょう」
空気が重い。隼人殿は厨房の中に閉じこもったまま成り行きを見守っている。
重い口が開かれた。流石お江戸のビーナスと言われ有名なだけはある。
一言目を紡ぎだしたらあとは一切の躊躇は無しだった。
「お家を継ぐと言っていた」
「そうですか」
小さな手をぎゅっと握ったままそれでも言葉は選んでいるようだ。
「いいの?本当に」
「老舗を守るという事はそういう事でしょう」
「何故」
天狐には納得がいかない。
「カンチャンみたいにお家を捨てて海の向こうに渡る訳じゃないじゃない!」
湯吞の温かさが心地よい。天狐の気持ちがわかるだけに総司は何と言っていいのか困ってしまった。
「自分は不器用なのですよ、天狐殿」
「意味が解りません」
どんと机をたたいた拍子に湯吞が倒れ、机の下に茶が滝のように落ちていった。
「ごめんなさい」
隼人から台拭きを受け取ると慌てて机を拭き、床の上も吹き始めた。
机の下から声が聞こえる。
「剣を捨てられないのですか?確かに沖田はんは強いです。でも……守りたいものは守らねばなりません」
「ありがとうございます。櫻子さんはこんな良い友達をもって幸せですね」
「でも剣は捨てません。土方さんと一緒に夢をかなえると約束しました。来る二月試衛館の仲間と共に江戸幕府第14代将軍、徳川家茂公警護のため京都へ赴きます。浪士組に応募しました。これが私の生きる道です」
「でも……」
「天狐、やめなさい」
隼人がゆっくりと首を振る。
「男の決めた生きざまだ。きっと櫻子さんもわかっているさ」
涙が止まらない。絶対に両想いなのに……。こんな事あっていいはず無いのに……。
「……わかりました。で、お願いとは何ですか」
「年に一度でいいです。櫻子さんが幸せか、教えてはいただけませんか?」
声が震えていると思ったのは気のせいだろうか。意志の強い切れ長の目が真っすぐ天狐を見た。
「わかりました。お約束いたします。……沖田はん、もう一つだけ……」
「天狐!」
「構いませんよ。隼人殿」
「櫻子はんが好きですか?」
「それを言うことはままなりませぬ。でも世が世なら夫婦であったかもと、考えた事があるだけです」
沖田は頭を下げて【天天】を後にした。
一人月の出る綺麗な道を沖田は歩いた。さっきまでの雨はやみ明日はきっと晴れるだろう。
今日の事を考えながらゆっくりとした足取りで試衛館に向かった。
「土方さん、ばれてますよ」
「総司、いつから気が付いていたのだ?」
「大きな影が土方さんの影だって事位、解らない訳がないでしょう」
「良かったのか?」
総司は小さな声で笑った。
「貴方までそれを言いますか?死ぬまでお供致しますよ」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
仏の顔
akira
歴史・時代
江戸時代
宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話
唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る
幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
江戸の櫛
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。
シンセン
春羅
歴史・時代
新選組随一の剣の遣い手・沖田総司は、池田屋事変で命を落とす。
戦力と士気の低下を畏れた新選組副長・土方歳三は、沖田に生き写しの討幕派志士・葦原柳を身代わりに仕立て上げ、ニセモノの人生を歩ませる。
しかし周囲に溶け込み、ほぼ完璧に沖田を演じる葦原の言動に違和感がある。
まるで、沖田総司が憑いているかのように振る舞うときがあるのだ。次第にその頻度は増し、時間も長くなっていく。
「このカラダ……もらってもいいですか……?」
葦原として生きるか、沖田に飲み込まれるか。
いつだって、命の保証などない時代と場所で、大小二本携えて生きてきたのだ。
武士とはなにか。
生きる道と死に方を、自らの意志で決める者である。
「……約束が、違うじゃないですか」
新選組史を基にしたオリジナル小説です。 諸説ある幕末史の中の、定番過ぎて最近の小説ではあまり書かれていない説や、信憑性がない説や、あまり知られていない説を盛り込むことをモットーに書いております。

壬生狼の戦姫
天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。
土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──?
激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。
参考・引用文献
土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年
図説 新撰組 横田淳
新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる