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31 苦しい経験が人よりあると言うことは、苦しいと泣けるだけの努力が出来ると言うことだ

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 私は振り向いた。見上げたかった綺麗な空は、今までのどの空より明るく青く綺麗で澄みわたっていた。

「うん。南條さくら777だよ?どうしたの?」

 なにやら6 、7人のグループの女の子はさくらをみてそわそわしていた。
「あの……」
 その中の1人が皆の意思を代表して頭をさげた。
「ありがとう」

 さくらはびっくりすると笑って手を出した。
「よろしく!」
 私たちは同期になる。
 全国でも厳しいことで有名なあの宝塚音楽学校、1年の違いはとてつもなく大きい。先輩は絶対。
 そんな縦社会の中の同期ほど心強いものはいない。

「私達、力を貰ったんだ。あの時。あなたの歌に」
「力?」
 さくらは不思議な気分だった。誰かに力を与えられる程のものなんかない。
 ただ好きなだけだ……。
 芝居が
 ダンスが
 歌が
 日舞が
 エリザベートが
 ミー & マイガールが
 琥珀色の雨にぬれてが
 ウエストサイドストーリーが
 
 ただただ、好きな……だけだ。
 
 そして宝塚が何より好きなだけだ……
「何にもしてないよ。力なんか…及ばない。…まだまだスタートラインに立てただけだよ」

 皆の顔がさくらをみる。
「倍率20倍以上……沢山の人が夢を見て、沢山の人が泣くんだよ。なら私達はやるしかないんじゃないのかな。チャンスを貰った」
「南條……さん」
 
 雨情ちゃんはパチパチと手を叩いた。
 
「いいんじゃない?同期最高!これから泣きたい事沢山増えるよ―。お前らは……泣かなきゃ生きていけないそんな人生を、他のやつらより多く手に入れているだけだ。幸せが人より多くあるんじゃない、華々しい栄光が約束されているわけじゃない、ただ悔しい辛い経験がこれから人より多くあるだけさ」
「雨情先生……」
 雨情先生はそこにいた16かそこらの女の子に真っ直ぐに話してくれた。
「幸せだろう。悔しい経験が……人より多くあるって事は、悔しいと泣けるだけの、努力が出来ると言うことだ。女に生まれた……ただそれだけで、お前らは今自分の夢を得る機会をもてている」

 摩利ちゃん……
 私達は先生が宝塚に入りたかった事を知っている。
 男に生まれたばっかりに、諦めなきゃならない夢があったことを知っている。
「摩利ちゃん!ありがとう」

「覚えておけよ、お前ら」
 ……先生……
「夢に向かって本気な奴の中に、頑張らない奴なんかいない!皆泣きたい程の悔しさや、想像を絶する苦しさを必ず経験する。
 でもな、死ぬ程努力したやつにしか、努力の先の未来はないんだ。努力をしたものにしか見えない光があるんだ。
 だがな夢が叶わなかったからって努力してねー訳じゃねーよな……。
 逆に、努力したからって必ず夢が叶う訳じゃねーしな。だって……それがおそらく人生だろう?
 ただな、覚えとけ、努力は無駄にはならねーから、さくら………もしお前が2年後男役になれなくても、俺はお前を誇りに思うさ。
 お前ら、もしお前らが途中で泣きたくなったら、代わりに俺が泣いてやる!
 だから最後まで走れよ!これが俺のはなむけの言葉だ!行ってこい、ひよっこども!」
  
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