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最終章
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うっすらと寒さが広がっていく。季節を感じる感覚はまだ残っていたようで、自分の中の鈍感さに辟易とした。
それでも生きているのだろう。
底冷えする寒さが身にしみて、身体の中から暖かくなりたくて、寝ている葵を起こさないように痺れる程の苦さのコーヒーを静かに淹れていた。癖なのだろうか、先程いれたコーヒーの香りを東條はさも何時もの用に鼻から吸い込んだ。
温度差で曇った窓にコーヒーを片手にもったまま寄りかかると、肩口から冷気がひんやりと伝う。
はぁ、窓ガラスに東條は息を吹き掛けた。
「紬――」
幸せになろうと浮かれて一瞬でも紬を忘れたバツのように、今は目の前にいないはずの紬が見える。
最後に紬を抱いたのは――
東條はカレンダーを見た。
「あー、明後日は命日か」
そんな事すら忘れていた自分に、最低なものを扱うようにチッと舌打ちをした。
「大和さん」
寝室から出てきた葵は首元まできっちりとボタンを絞めて、白いシャツに白いパンツを穿き、白い花のようにふわっと笑った。
「白い服なんて珍しいな。良く似合っているじゃないか」
感じた違和感に愚鈍な俺は、深く考えることもせず、思ったことを口にした。
口角をわずかに上げて、綺麗に笑う。
「買い物に行ってくるんですけど、何かいるものありますか」
さっき使い切ったコーヒーの袋がゴミ箱の中で揺れる。
それをちらっと見ると、
「ああ、コーヒーを買ってきてくれ。角の喫茶店のサントスのマンデリンだ」
そう言った。
「分かりました。ドラッグストアに行くのでちょっと遅くなります。昼までには帰ってきます」
「ああ後、出来れば8枚切りのパンと、スイートコーンも一缶買ってきておくれ」
目を見開いた葵はくしゃくしゃの顔で、それは嬉しそうに笑った。
「8枚切り……ですか。何を作ってくれるんですか」
「無限バーグだ。守れてないだろう」
「あはは、そうですね。ひき肉は?」
「ハンバーグの材料はある」
「わかりました」
ニコニコっと可愛らしい笑顔で俺を見た。
俺は、可愛いな、などとあほなことを考え、しかも可愛いなと口にした。
愚鈍な人間というものは、それだけで罪だと思っている。
困ったように笑った葵は、財布とエコバックを握って行ってきますと出ていった。
ウトウトとソファでうたた寝をした俺が目を覚ましたのはそれから三時間後だった。
葵?
葵!
時計を見て葵が言った時間より過ぎていることを心配して、探しに出ようと靴下を履き、玄関に赴く。
その場には中にはコーヒー豆が顔をのぞかせているエコバックが置いてあり、顔から血の気が失せた。
違和感の正体に気が付いた俺は、慌てて靴箱を開ける。
「ない」
靴が大好きなあいつはカラーを揃えることを趣味にしていた。この前買ってきていた白いブーツがない。
白い服なのだから靴が白でもおかしくない。
それでも違和感が半端なかった。
――思い出せ。
まだ恋人同士になる前、まだ三淵葵に告白する前、社食でおしゃべり雀共がしていた噂。
服の話をしていたはずだ。
それでも生きているのだろう。
底冷えする寒さが身にしみて、身体の中から暖かくなりたくて、寝ている葵を起こさないように痺れる程の苦さのコーヒーを静かに淹れていた。癖なのだろうか、先程いれたコーヒーの香りを東條はさも何時もの用に鼻から吸い込んだ。
温度差で曇った窓にコーヒーを片手にもったまま寄りかかると、肩口から冷気がひんやりと伝う。
はぁ、窓ガラスに東條は息を吹き掛けた。
「紬――」
幸せになろうと浮かれて一瞬でも紬を忘れたバツのように、今は目の前にいないはずの紬が見える。
最後に紬を抱いたのは――
東條はカレンダーを見た。
「あー、明後日は命日か」
そんな事すら忘れていた自分に、最低なものを扱うようにチッと舌打ちをした。
「大和さん」
寝室から出てきた葵は首元まできっちりとボタンを絞めて、白いシャツに白いパンツを穿き、白い花のようにふわっと笑った。
「白い服なんて珍しいな。良く似合っているじゃないか」
感じた違和感に愚鈍な俺は、深く考えることもせず、思ったことを口にした。
口角をわずかに上げて、綺麗に笑う。
「買い物に行ってくるんですけど、何かいるものありますか」
さっき使い切ったコーヒーの袋がゴミ箱の中で揺れる。
それをちらっと見ると、
「ああ、コーヒーを買ってきてくれ。角の喫茶店のサントスのマンデリンだ」
そう言った。
「分かりました。ドラッグストアに行くのでちょっと遅くなります。昼までには帰ってきます」
「ああ後、出来れば8枚切りのパンと、スイートコーンも一缶買ってきておくれ」
目を見開いた葵はくしゃくしゃの顔で、それは嬉しそうに笑った。
「8枚切り……ですか。何を作ってくれるんですか」
「無限バーグだ。守れてないだろう」
「あはは、そうですね。ひき肉は?」
「ハンバーグの材料はある」
「わかりました」
ニコニコっと可愛らしい笑顔で俺を見た。
俺は、可愛いな、などとあほなことを考え、しかも可愛いなと口にした。
愚鈍な人間というものは、それだけで罪だと思っている。
困ったように笑った葵は、財布とエコバックを握って行ってきますと出ていった。
ウトウトとソファでうたた寝をした俺が目を覚ましたのはそれから三時間後だった。
葵?
葵!
時計を見て葵が言った時間より過ぎていることを心配して、探しに出ようと靴下を履き、玄関に赴く。
その場には中にはコーヒー豆が顔をのぞかせているエコバックが置いてあり、顔から血の気が失せた。
違和感の正体に気が付いた俺は、慌てて靴箱を開ける。
「ない」
靴が大好きなあいつはカラーを揃えることを趣味にしていた。この前買ってきていた白いブーツがない。
白い服なのだから靴が白でもおかしくない。
それでも違和感が半端なかった。
――思い出せ。
まだ恋人同士になる前、まだ三淵葵に告白する前、社食でおしゃべり雀共がしていた噂。
服の話をしていたはずだ。
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