62 / 77
第六章
10 愛しのライアー4
しおりを挟む
失神したまま落ちた葵を見つめながら、東條は普段吸わない煙草を燻らせた。
スーツの胸ポケットから出したそれは、黒に金字の文字が入っていて、大して吸いもしないのになぜかカートン買いで置いてある。
つい癖で溜まっていく煙草がいつからそうだったのか、もう何か月も思い出していなかったのに、ふと葵の顔を見ていて、ひとりの男の顔が浮かんだ。
引き出しの奥に無造作に入っているそれは、1日吸わない事もあるほど滅多に必要に成ることはない代物で、自分がかつて追い詰めて壊したアイツが好きな銘柄だった。湿気って使い物に成らなくなった煙草すら捨てられず、引き出しの奥に足かせのように終われていく。
――東條さん、俺貴方の煙草と体臭の入り交じった匂いが大好きでした。新しい恋をしてもこの煙草がせめて俺を思い出してくれたらいいのに。
――幸せになってねって言えない心の狭い恋人でごめんなさい。
白い壁に囲まれた小さな部屋の中で彼は東條を見てそう言った。
――新しい恋などしないさ。紬。
俺はあの時確かにそう言った。
冷たくなっていくアイツにキスをして身寄りのいないアイツを俺が一人で見送った。
それ以来決して本気にならず誰とも2回目はしなかった。相性が良さそうな相手には、こんなんじゃ勃つもんもたたねーよ。そう言って事の最中にセックスを中断してきた。キスは嫌い。そう言えば大抵のやつは引いたし、強引にキスしようとするやつには、裏返して鞭を振るった。
――次はもっと元気に生まれたいな……。あなたとビシバシSM出来るくらいにね。
東條の腕の中でそう言ってうっすらと笑っていたアイツは、今は森林に囲まれた病院の奥に小さな墓地があるだけだ。土の中に埋めたあいつの時計は初めてお揃いで二人で買った宝物。
東條は枕元にある愛用の時計に目をやった。
――幸せにしたかったのに、俺の性癖に付き合わせ、弱かった心臓が持たなかった。知らなかったでは済まされない。そうなげく東條に、――言わなかったのは俺のワガママでしょ? 最後まで付き合ってくれてありがとう。どうせそう長くはなかったんだ。誰がなんと言おうと、俺以上に幸せだったやつはいないよ。東條さん。
そう言って奴は笑った。
紬はそんな男だった。
引き出しの奥に一枚、しまい込まれたたった一つの遺影。
横で失神している葵を見ながら、東條は紬の写真にキスをした。
――ごめん、お前を裏切るところだった。
――ごめん、お前を裏切って何度も葵の唇にキスをした。葵を可愛いと思ってしまったのだよ。こいつと幸せになろうとしていたんだ。
――許せ、これでもう終わりにするから。
――お前を幸せにできなかった俺に勝手に幸せになる権利などないのに。
死んでも忘れられたくないと願うのも愛。
誰かの代わりでも側に居られるのならと、自分を殺すのも愛。
好きだと縋ってくるものを、愛しいと感じるのも愛。
絡み合う複数の気持ちで一番強いのは、だれでも知っている。
死んだ人間に勝てるものは、この世にはいないと思われた。
スーツの胸ポケットから出したそれは、黒に金字の文字が入っていて、大して吸いもしないのになぜかカートン買いで置いてある。
つい癖で溜まっていく煙草がいつからそうだったのか、もう何か月も思い出していなかったのに、ふと葵の顔を見ていて、ひとりの男の顔が浮かんだ。
引き出しの奥に無造作に入っているそれは、1日吸わない事もあるほど滅多に必要に成ることはない代物で、自分がかつて追い詰めて壊したアイツが好きな銘柄だった。湿気って使い物に成らなくなった煙草すら捨てられず、引き出しの奥に足かせのように終われていく。
――東條さん、俺貴方の煙草と体臭の入り交じった匂いが大好きでした。新しい恋をしてもこの煙草がせめて俺を思い出してくれたらいいのに。
――幸せになってねって言えない心の狭い恋人でごめんなさい。
白い壁に囲まれた小さな部屋の中で彼は東條を見てそう言った。
――新しい恋などしないさ。紬。
俺はあの時確かにそう言った。
冷たくなっていくアイツにキスをして身寄りのいないアイツを俺が一人で見送った。
それ以来決して本気にならず誰とも2回目はしなかった。相性が良さそうな相手には、こんなんじゃ勃つもんもたたねーよ。そう言って事の最中にセックスを中断してきた。キスは嫌い。そう言えば大抵のやつは引いたし、強引にキスしようとするやつには、裏返して鞭を振るった。
――次はもっと元気に生まれたいな……。あなたとビシバシSM出来るくらいにね。
東條の腕の中でそう言ってうっすらと笑っていたアイツは、今は森林に囲まれた病院の奥に小さな墓地があるだけだ。土の中に埋めたあいつの時計は初めてお揃いで二人で買った宝物。
東條は枕元にある愛用の時計に目をやった。
――幸せにしたかったのに、俺の性癖に付き合わせ、弱かった心臓が持たなかった。知らなかったでは済まされない。そうなげく東條に、――言わなかったのは俺のワガママでしょ? 最後まで付き合ってくれてありがとう。どうせそう長くはなかったんだ。誰がなんと言おうと、俺以上に幸せだったやつはいないよ。東條さん。
そう言って奴は笑った。
紬はそんな男だった。
引き出しの奥に一枚、しまい込まれたたった一つの遺影。
横で失神している葵を見ながら、東條は紬の写真にキスをした。
――ごめん、お前を裏切るところだった。
――ごめん、お前を裏切って何度も葵の唇にキスをした。葵を可愛いと思ってしまったのだよ。こいつと幸せになろうとしていたんだ。
――許せ、これでもう終わりにするから。
――お前を幸せにできなかった俺に勝手に幸せになる権利などないのに。
死んでも忘れられたくないと願うのも愛。
誰かの代わりでも側に居られるのならと、自分を殺すのも愛。
好きだと縋ってくるものを、愛しいと感じるのも愛。
絡み合う複数の気持ちで一番強いのは、だれでも知っている。
死んだ人間に勝てるものは、この世にはいないと思われた。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
花開かぬオメガの花嫁
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
帝国には献上されたΩが住むΩ宮という建物がある。その中の蕾宮には、発情を迎えていない若いΩや皇帝のお渡りを受けていないΩが住んでいた。異国から来た金髪緑眼のΩ・キーシュも蕾宮に住む一人だ。三十になり皇帝のお渡りも望めないなか、あるαに下賜されることが決まる。しかしキーシュには密かに思う相手がいて……。※他サイトにも掲載
[高級官吏の息子α × 異国から来た金髪緑眼Ω / BL / R18]
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
手〈取捨選択のその先に〉
佳乃
BL
彼の浮気現場を見た僕は、現実を突きつけられる前に逃げる事にした。
大好きだったその手を離し、大好きだった場所から逃げ出した僕は新しい場所で1からやり直す事にしたのだ。
誰も知らない僕の過去を捨て去って、新しい僕を作り上げよう。
傷ついた僕を癒してくれる手を見つけるために、大切な人を僕の手で癒すために。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる