愛の鎖が解ける先に

赤井ちひろ

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第一章

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「久しぶりだね」
 快楽園の扉を開けると今日はバニラの香りで充満していた。
「凄いバニラ臭い」
 東條は眉間にしわを寄せ人差し指で眉の間を押した。
「あら東條君は甘い匂いダメなの? 男の子はかわいい子が好きなのにね」
 それならと、快楽園のマスターは奥の部屋を案内してくれて、入口よりは幾分かましであった。
黎人れいとお前今日はお持ち帰りオッケー?」
「は? まさかのお前が俺をお持ち帰り?」
 高見沢は手に持った髪ゴムをきゅっと手の中に握り返し、一歩後ずさった。
「俺、ヤマトはいいわ、ケツが濡れねぇ気がする」
 黎人の失礼な発言に東條は不快な顔もせず、軽く手を振った。
「違うに決まっているだろう。俺だって黎人では勃つ訳がないではないか」
「ですよねぇ」
 良かったという安堵の顔をして肩を何度も回し、長髪をアップにくくった。
 この店での暗黙のルールは、お持ち帰りOKの受けの場合はアップにするか首輪をする。
 そうすれば顔色を見ながら様子をうかがう必要もない。
 恋人探しが目的ではないゲイにとって、この店のこのルールは至極合理的だ。
 攻めの方も抱く気分じゃない日はアルコールのコースターを裏返しているから分かりやすい。
 黎人は翌日が休みの前の日は、基本お持ち帰りされ日にしている。二人にとって明日は休日出勤で有るものの、明確な出勤時間は決まっていない。
 特定の相手を作らない黎人にとって、定期的に体のメンテをするのはとても大切な行為であった。
「動き出したな。明日は午後には出来たら会社に来てくれよ。さすがに納期前でお前の力が必要なのだよ」
「オッケー。じゃあ狩られてくるぜ」
 アップにご丁寧に首輪までつけた黎人を見た客は、喉を上下に嚥下した。
「さぁ俺もお持ち帰りを物色しに行くか」
 東條は椅子から立ち上がるとカウンターに酒を注文に行った。
 東條は普段は眼鏡で仕事をしている。オンオフをはっきりつけたがる彼ならではのスタイルで、ここに来る時はスタイルを一変し、オールバックの前髪もすべて下ろし、眼鏡はコンタクトに変えてスーツではなく適度に筋肉が浮き立つTシャツにジーンズと決めていた。
 恋を諦めた男は、ただ性癖を満たすだけの空間に身を任す。
 ミントのような清涼感に僅かに香る甘い香りが漂い、においのもとを探す様に後ろを振り向いた。
 きつそうな目に細い腰、革のパンツがよく似合うしどけない雰囲気に目が奪われた。
 片想いの相手にどことなく雰囲気が似ていた。
 ――やばいな。好みだ。
 テキーラを飲みながら観察すること一時間。その間にナンパをされた回数ゆうに三十回。二分に一回の計算だ。
「しつこいな、間に合っているからほっといて」
 声まで似ているように聞こえるとは、いささか重症だと、それを見て思った。
「そんな事言ってこんな場所に一人で来ていて、君。その気がないとかは、ないだろう」
 舌なめずりするように男は肩に手を回す。
「人待ちなんだ。あんたじゃない。それに首輪付けてないよ」
「嘘嘘。俺一時間前からここにいるけど、君その前からここに居たじゃないか。それにさ、この首輪つけてほしくてカバンからわざと見せているんでしょ。ステディ持ちは無いよねぇ」
 カバンから覗くその首輪を触る手を払いのけると、相手の男も引くに引けないのか徐々にエスカレートしていった。
「可愛がってやるって言ってんだろ。大人しく突いて来いよ」
 ――何をしているんだ。あのこは。
 東條はため息をつくと、残りのラムを軽く煽る。
「待たせたな」
 東條はその男の腕を取り、「俺の連れに何か用か?」と言った。
 体格も筋肉も明らかに東條の方が極上品だ。腕っぷしも強そうだし間男と化した男は一瞬怯んだ。
 後は彼次第だった。
 東條の手を取るも、このしつこい男に股を開くのも決定権はこの美青年が持っていた。
「もう、遅いよ。どれだけ待たせれば気が済むの」
 甘えるように言うと、美青年は東條の首に手をまわし、耳にキスをしながら小さな声で囁いた。
「あおだよ」
 名前って意味なんだろう。東條は瞬時に理解し頬にキスを落としながら「ヤマトだ」と言った。
「ヤマト……早く……」
 そう言って逃げるように男についていった。
 
 
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