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親切にしてくれた大男

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 三匹の猫ちゃんを招き入れた日の翌日のこと。
 私は業者さんがキャットタワーを組み立てている様子をぼんやりと眺めている。
 店で見たときはそこまで大きく感じなかったけど、思いのほか大きかったな、なんて思いながら。

「設置終わりました!」

「ありがとうございます」

 爽やかそうな業者さんが、颯爽と帰っていく。
 結局、デカい窓の側が一番日当たりが良かったのでキャットタワーはそこに置いてもらった。
 その側に猫ちゃん用ベッドを置いて、爪とぎ用の板を置いて、おトイレを置いて、あとはごはんとお水のお皿……
 ここで雑貨屋を開くのは無理だな。完全な猫ちゃんスペースの出来上がりだ。
 この建物は一階が店舗スペースで、二階が居住スペースになっていて、本来ならキャットタワーは居住スペースに置くべきだった。
 でも猫ちゃんたちがあの日当たりを気に入っているようなのでここに置いてあげたいなと思ってしまって。
 ヘラさんに会わせてあげられない負い目もあることだし。
 私が貴族だったり王宮に繋いでくれる知り合いがいたりしなかったばっかりに……。
 とはいえ、猫ちゃんたちとヘラさんとやらに面識はないらしく、猫ちゃんたちが気にしている様子は見受けられない。
 それどころかヘラさんと連絡が付かない場合はずっとここに居てもらうことになるかもしれないと告げた時は少し嬉しそうなリアクションをしていた気もするくらいだった。
 私は、猫ちゃんたちがいいならここに居てもらいたいなと思っている。かわいいし。一人にもならないし。

『イリスさん、あれには登ってみてもいいのですか?』

 白猫のサリーが言う。

「いいよ。むしろ登って! 皆のために買ったんだから」

 私がそう答えると、三匹ともキャットタワーにぴょんと飛び乗った。かわいい。
 私は思い思いの場所でくつろぐ猫ちゃんを見ながらほっこりする。そして思う。壁にキャットウォークも設置したい、と。
 キャットタワーを買ったときはいつまで三匹がここに居るか分からないと思っていたけれど、結果的にもうしばらくはここに居てくれるみたいだから快適な住環境を提供したいのだ。
 なんだか私のことを絶対的に信頼してくれるみたいだし。私も信頼に応えなければ。

「よし。まだ足りないものがたくさんあるからちょっと買い出しに行ってくるね!」

 三匹に声をかけると、キャットタワーから『いってらっしゃいませ』と声が返ってきた。気に入ってくれたようでなによりだ。

 この世界は、動物が多い。今目の前に居る猫や、前の世界でいたような犬や鳥や牛や豚はもちろん、前の世界的に言うと魔物のような動物も。
 普通の一般人である私とは無縁の話であるが、それこそ王宮で働いている魔法使いなんかは使い魔のように魔物を操っているという。
 一般人にとってどのくらい無縁かというと、魔物という言葉は聞いたことあるけど実物を見たことはない、くらいに無縁だったりする。
 魔物を操る人たちは大体王宮や王都の中央に居るし、野生の魔物は王族が張ったという結界のおかげで街の中に入ってくることはない。
 ということは、結界の外には大量の魔物が居たりするのだろうかと考えたことはあるけれど、それを見に行く機会はない。
 まぁ魔物の中には人間を襲うものもいるらしいし、わざわざ見に行くものでもないのだけど。

 そんなことを考えながら辿り着いたのは家具屋さんだ。
 まず居住スペースではなくあのデカい窓の側を猫ちゃん用スペースにしたのでカーテンが欲しいのだ。
 窓がデカい分カーテンは特注になってしまうけれど仕方ない。猫ちゃんたちのためだから。
 そしてキャットウォークの相談と、テーブルや椅子、ソファも買うことにする。
 外から見えないカーテンさえあれば、私も猫ちゃんたちの側でくつろげるから。
 そうすると店舗スペースが居住スペースになってしまうのでこの先の仕事をどうしようかと思うわけだが……うーん。本当にどうしよう。
 逆に二階を店舗にしてもいいのか……?
 というか、結局私は何をしよう? このままだと折角の軍資金をすべて猫ちゃんたちに貢いでしまうのではないだろうか。まぁそれはそれで本望だけど。かわいいし。
 お隣さんに言われたようにお菓子屋さんでも開こうか。飲食店を出すための資格は持っているし。
 なぜそんなものを持っているのかというと、とくに秀でた魔法に恵まれなかったからである。
 魔法さえもう少し使えればそれを生かした仕事がたくさんあったかもしれないけど、私にはそれがない。
 だから魔法がなくてもなんとかなるようにとあれこれ資格を取ったのだ。手に職があれば貧乏に逆戻りすることはないだろうと思って。
 調理の勉強もしたし製菓の勉強もした。服飾関係の勉強もしたし美容関係の勉強もした。……私、必死だったんだな。なんて、ふと思った。

 そんなことを考えていた時に視界に入ったのはいわゆるシステムキッチンだった。
 キッチンを一階にも設置すれば、便利なのでは?
 その時の私はその程度にしか考えていなかった。
 結局、家具類とキッチンを購入し、翌日配送と設置をしてもらうように頼んだ。
 そして翌日、それらはつつがなく店舗スペースに設置されたのである。

「もう何も考えずに猫ちゃんたちを眺めながらここでのんびり暮らしたい」

 早速設置されたソファに座り、そんなことを呟く。
 この先三年はあの野郎の給料を半分いただくのでのんびり出来るといえば出来るが、四年目からは完全無収入になってしまうからのんびりなんてしていられないんだよな。残念ながら。

「あ、そうだ。今日も今日とて買い物だ」

 昨日家具類を買ったとき、ついでに本屋に寄って猫の飼い方の本を買ったのだが、そこで初めて猫砂と猫草の存在を知った。
 突然転がり込んできた猫ちゃんの世話を始めたので、知らないことが多々ある。猫ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかないので急いで買いにいかなければ。
 ちなみに今までおトイレは箱に敷いた新聞紙の上でしてくれていた。きっと不便だっただろう。申し訳ない。
 私は急いで、いわゆるペットショップにやってきた。
 組み立て式の箱型トイレと猫砂、あと猫草と非常食用のドライフードも買っておこう。あとおやつと、あの三匹は子猫ではなさそうだしどうしようかなと思ったけどかわいいからおもちゃも。

「……やばいくらい重い」

 誤算だった。
 このお店は配送をしてくれないらしい。
 キャットタワーや家具類を全部配送してもらっていたからこれも配送してくれると思い込んでいた。
 ここからあの店舗兼住居までの距離はそれほど遠くないけど、三匹分のトイレと猫砂とを持っていると重さに負けて途中で引きずり兼ねない。
 とはいえこの場でじっとしていてもどうしようもないわけだし、ゆっくり持って帰るしかないか、そう思っていたときだった。

「大丈夫ですか?」

 そんな声が私の頭部に降り注いだ。
 誰だろうと見上げれば、先日あのデカい窓から猫団子を覗いていたあの大男だった。

「大丈夫、ではないです」

 私がそう答えると、大男は手伝いますと言って三匹分のトイレと猫砂、非常食用のドライフードを軽々と持ってくれる。

「え、あの、いいんですか?」

「このくらいお安い御用です」

 大男はそう言ってふわりと微笑んだ。
 微笑んだのだが、正直顔が怖かった。
 190cmはあろうかという体躯と、がっちりとした四肢。そして厳つめな目元と、なんといっても額に一筋入った傷跡が怖さをこれでもかというほど際立たせている。
 しかしまぁこうして重い荷物を持ってくれているので怖いのは顔だけらしい。
 目元の厳つさと額の傷の主張が強いだけで硬そうだけど艶のある青い髪やキラキラした青い瞳は綺麗だし。
 多分、人相で損をするタイプの人だな。

「あ、俺はその、怪しいもんじゃないので! あなたを取って食ったりはしませんし!」

「いや別にそんなことは疑ってませんが、やけにすいすい歩いていくので、私の家の場所知ってるんだなと思って」

 私はこの大男が猫団子を眺めていたところを見かけているし、存在を認識していたけど、彼は確か逃げるように去っていったから私を知っているとは思えなかったのだ。

「す、すみません、昨日見かけたので……あの噴水通りにある猫がいる店の方、ですよね?」

 なんと、昨日見かけられていたのか。

「そうですそうです。まぁまだ店ではないんですけど。あなたは、数日前窓から猫団子を眺めてましたよね? 猫好きさんですか?」

 そう尋ねると、彼は少ししどろもどろになりながらも頷いた。
 やっぱりこの怖い顔で猫が好きだと言うのは恥ずかしいのだろうか、なんて失礼なことを考える。

「かわいいですよね、猫」

「は、はい。かわいいですね」

 そんな他愛のない会話をしていれば、すぐに店舗兼住居に辿り着いた。

「運んでくださってありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げると、彼はもう一度「このくらいお安い御用です」と言う。
 そしてすぐに踵を返そうとしたので、私は彼を引き留めた。

「お礼にお茶でもどうですか?」

 と。

「え、いや、しかし」

「猫ちゃん、近くで見たくないですか?」

 そう。私は自慢したいのである。
 うちの可愛い猫ちゃんを。
 前世で飼い猫の写真を自慢げに見せてくる友達が居たのだが、私はあれが羨ましかったのだ。

「……その、見たいですが、俺のこの風貌で驚かせてしまいませんか?」

 そう言っている彼の顔を見上げると、ほんのり赤くなっていた。

「うちの猫ちゃんたちは賢いので風貌だけで驚いたりしないと思いますよ」

 大丈夫大丈夫、と私は彼を店舗スペースへと招き入れた。
 冷静に考えると、前に見かけたことがあるだけの男性を店舗を兼ねているとはいえ家に招き入れるなんて危険では、と思ったのだが、猫ちゃんを自慢したいという気持ちがそれに勝っていた。

「ただいまー。ねぇ皆、お客さんを連れてきたんだけどちょっといいかな?」

 そう声をかけると、キャットタワーに居た猫ちゃんたちの顔が一斉にこちらを向く。

『大きな男の人ですね』

 と、白猫のサリーが言う。

「うん。その人、自分が大きいから猫ちゃんを驚かせないかって心配してたんだけど大丈夫?」

『大丈夫です。その人は大きいけれど悪い人じゃない。いい人です』

 というサリーの言葉にほっとした。

「よかった」

 私は小さく呟いて、彼のほうへと振り返る。「怖くないそうですよ」と言いながら。
 そう言えば喜んでくれるだろうと思っていたのだが、彼の表情はどう見ても喜んでいるとはいえなかった。
 目を丸くして、何かに驚いているようだったのだ。

「ど、どうかしました?」

 と、私が尋ねると、彼は声を潜めるようにしてしゃべりだした。ここには私たち以外誰も居ないというのに。

「もしかして、ですが、今猫としゃべっていませんでしたか……?」

 もしかして、危ない奴だと思われたのだろうか。
 そういえば皆が皆猫ちゃんの声を聞けるわけじゃないし、おそらく彼には私の声しか聞こえてないのだ。そりゃ驚きもするか。

「えーっと、まぁその、ちょっと話しかけちゃったっていうか」

「もしかして、この猫たちは"神の使い"なのでは?」

「え、知ってるんですか?」

 私が知らなかっただけで、神の使いとやらは皆知ってるもんなのか? と首を傾げる。
 しかし、なにやらそういうわけではないらしい。

「この猫たちは"神の使い"で、あなたはそれらの声が聞けるのですか?」

「はい。そうみたいです」

 何も考えずに答えると、彼の元々厳つかった目元がさらに厳つくなった。

「それを、誰かに話したことは?」

「ないです」

「誰にも言わないほうがいい」

「え」

 彼のあまりの剣幕に、私はのけぞってしまった。

「特に王宮のものに知られるとまずい」

「ま、まずい?」

 何がどうまずいのかは分からないが、彼の真剣な瞳を見るに、とんでもなくまずい予感がする。
 今まで多少は気になっていたのだ。
 猫ちゃんたちが言う神官殿がわざわざ山奥に住んでいたこと。
 猫ちゃんたちにわざわざ山を二つも越えさせて、人の手に託そうとしていたこと。
 そして突然王宮に行ってしまったヘラさんとやら。
 今、彼の口から王宮という言葉も出てきたわけだし。

「王宮のものに知られると、あなたは竜の谷送りになってしまう!」

「え!?」

 と、ものすごく驚いたようなリアクションをしてしまったが、そんな単語初めて聞いたし、正直なにがなにやらさっぱり分からなかった。




 
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