10 / 28
名前を言ってはいけないアレ
しおりを挟む
いつか「この婚約はなかったことにしたい」って言われるんじゃないかと思っていた。いや、今も思っている。
勇者様は悩んでいたようだったし、いつこの婚約がなくなってもおかしくない。
だから、ショックを受けないようにイメージトレーニングは欠かしていない。やっぱり嫌だって言われても傷つかないように。
大丈夫。婚約が嫌だと言われるのは、初めてではないのだから。
15歳で婚約して現在18歳。約3年間、来る日も来る日もこんな婚約嫌だ、あんな女と結婚なんかしたくない。そんな陰口を聞こえるように言われ続けていた私だもの。
相手が誰であろうと言われることが同じならいつものことみたいなもの。大丈夫。私は大丈夫。
「セリーヌ、顔色が優れないようだな」
朝食の席であれこれ考えこんでいたからか、お兄様に声をかけられた。
今日はお父様も正妃様も側妃様もその子どもたちも、皆朝早くから予定があるらしく、今朝食の席についているのはお兄様と私だけだった。
弟も妹たちも皆まだ学園に通っているから、何かと忙しいのだ。それに比べてもう卒業してしまったお兄様と私の朝はこんなにも余裕。忙しいのは忙しいんだけども。
「いえ、いつも通りです」
「どこが? 何か悩みがあるのでは? 勇者のことか?」
どこが? と来たか。見抜かれているようだ。
「いえ、その……今更ながら、タイキ様の婚約者が私でいいのかと不安になっていまして」
「勇者に何か言われたのか?」
「……特に何も」
結婚していいのかな、って零してたのをうっかり聞いてしまっただけで、前のあの男みたいに嫌だ嫌だと聞こえるようにぐちぐち言われたわけではない。無能だとも無表情だとも言われていない。
むしろ昔のお宝プライベート写真を見せてもらったり動画を見せてもらったり、昔飼ってた猫ちゃんのお写真まで見せてもらったりした。嬉しかったしかわいかった。出来ればあれを全部印刷してポスターにして壁一面に貼りたい。
「勇者とは、会ってないのか?」
「いえ、パーティーの日以降……ほぼ毎日会っています。結婚後に住む新居のお話だとか、決めなければいけないこともありますし」
「それもそうか」
「でも」
「でも?」
「考えてみれば、特に用事がない日でも、必ず挨拶とちょっとした雑談はしています」
勇者様は今、王城内のゲストルームで生活していると言っていた。ここを拠点にして魔王討伐の旅の後処理をしているのだとかで。
もちろん私も王城に住んでいる。
敷地自体はとてつもなく広いし塔も違うけれど、同じ空間に住んでいるわけだ。だから遭遇してもおかしくは……え、っていうか推しと一つ屋根の下じゃん。今気付いた。まぁこの城めちゃくちゃ広いけど。
「毎日会う約束をしているのか?」
「いいえ。私がいるのを見付けたタイキ様が駆け寄ってきてくださって」
そう、勇者様は私を見付けると必ず声をかけに来てくださる。
ほわほわした笑顔で「セリーヌさーん」と私の名を呼びながら駆け寄ってきてくださるのだ。めちゃくちゃかわいいのであれを動画として保存して延々見続けたい。
「ちなみに今日は」
「あ、今日は約束をしたのです。私がお世話している薔薇と小鳥が見てみたいという話しになりまして」
「お前が薔薇と小鳥の世話をしていることを知っていたのか」
「あぁ、そういえば」
教えたっけ? 推しを眺めることに全力を投じているから自分の話をしたかどうかは覚えていないな。自分なんかどうでもいいもんな。推しを前にしたら自分の存在なんて無よ。無。ちなみに推しは神。
「とりあえず、お前たちの仲は良好のようだな」
「……良好、なのでしょうか?」
「まぁ前のアレに比べれば天と地ほどの差があるくらい良好だと思う」
まぁアレと比べればねぇ。
でもなぁ、絶対言ってたんだよなぁ「結婚してもいいのかなぁ」って。
「その様子なら一応大丈夫だとは思うが……今度俺の誕生日があるだろう」
「ありますね」
「で、それを祝う夜会がある」
「はい」
私が頷くと、お兄様は一度小難しい顔をしてお茶を飲む。
お兄様がこの顔をしているときはとんでもなく悩んでいるときだ。
「……俺は次の誕生日で21歳になる。よって貴族全員に招待状を送らねばならんのだが」
「そうですね」
「まだ貴族であるアレにも」
「あー……はい。来ますかね?」
「来なければいいなとは思っている」
王族の21歳の誕生日は『妖精王との約束の日』と呼ばれていて、全貴族を集めて大々的な夜会を開くことになっている。そういう大昔からの習わしがあるのだ。
それはともかくとして、お兄様が懸念しているのは、アレこと私の元婚約者に招待状を送らなければならないこと。
大昔からの習わしとはいえ強制参加ではないし、そもそも私になんか会いたくないだろうし、もしかしたら来ないのでは? と思っているけれど、何があるかは分からない。
「来るか来ないかはどうでもいいんだが、もし来た時のためにお前には前もって言っておこうと思ってな」
「ありがとうございます」
教えてもらっていたほうが心の準備が出来るもんな。
「勇者にも言っておくといいだろう」
「え? あ、はい」
お兄様の言葉に、私はこくりと頷いておいた。
勇者様は悩んでいたようだったし、いつこの婚約がなくなってもおかしくない。
だから、ショックを受けないようにイメージトレーニングは欠かしていない。やっぱり嫌だって言われても傷つかないように。
大丈夫。婚約が嫌だと言われるのは、初めてではないのだから。
15歳で婚約して現在18歳。約3年間、来る日も来る日もこんな婚約嫌だ、あんな女と結婚なんかしたくない。そんな陰口を聞こえるように言われ続けていた私だもの。
相手が誰であろうと言われることが同じならいつものことみたいなもの。大丈夫。私は大丈夫。
「セリーヌ、顔色が優れないようだな」
朝食の席であれこれ考えこんでいたからか、お兄様に声をかけられた。
今日はお父様も正妃様も側妃様もその子どもたちも、皆朝早くから予定があるらしく、今朝食の席についているのはお兄様と私だけだった。
弟も妹たちも皆まだ学園に通っているから、何かと忙しいのだ。それに比べてもう卒業してしまったお兄様と私の朝はこんなにも余裕。忙しいのは忙しいんだけども。
「いえ、いつも通りです」
「どこが? 何か悩みがあるのでは? 勇者のことか?」
どこが? と来たか。見抜かれているようだ。
「いえ、その……今更ながら、タイキ様の婚約者が私でいいのかと不安になっていまして」
「勇者に何か言われたのか?」
「……特に何も」
結婚していいのかな、って零してたのをうっかり聞いてしまっただけで、前のあの男みたいに嫌だ嫌だと聞こえるようにぐちぐち言われたわけではない。無能だとも無表情だとも言われていない。
むしろ昔のお宝プライベート写真を見せてもらったり動画を見せてもらったり、昔飼ってた猫ちゃんのお写真まで見せてもらったりした。嬉しかったしかわいかった。出来ればあれを全部印刷してポスターにして壁一面に貼りたい。
「勇者とは、会ってないのか?」
「いえ、パーティーの日以降……ほぼ毎日会っています。結婚後に住む新居のお話だとか、決めなければいけないこともありますし」
「それもそうか」
「でも」
「でも?」
「考えてみれば、特に用事がない日でも、必ず挨拶とちょっとした雑談はしています」
勇者様は今、王城内のゲストルームで生活していると言っていた。ここを拠点にして魔王討伐の旅の後処理をしているのだとかで。
もちろん私も王城に住んでいる。
敷地自体はとてつもなく広いし塔も違うけれど、同じ空間に住んでいるわけだ。だから遭遇してもおかしくは……え、っていうか推しと一つ屋根の下じゃん。今気付いた。まぁこの城めちゃくちゃ広いけど。
「毎日会う約束をしているのか?」
「いいえ。私がいるのを見付けたタイキ様が駆け寄ってきてくださって」
そう、勇者様は私を見付けると必ず声をかけに来てくださる。
ほわほわした笑顔で「セリーヌさーん」と私の名を呼びながら駆け寄ってきてくださるのだ。めちゃくちゃかわいいのであれを動画として保存して延々見続けたい。
「ちなみに今日は」
「あ、今日は約束をしたのです。私がお世話している薔薇と小鳥が見てみたいという話しになりまして」
「お前が薔薇と小鳥の世話をしていることを知っていたのか」
「あぁ、そういえば」
教えたっけ? 推しを眺めることに全力を投じているから自分の話をしたかどうかは覚えていないな。自分なんかどうでもいいもんな。推しを前にしたら自分の存在なんて無よ。無。ちなみに推しは神。
「とりあえず、お前たちの仲は良好のようだな」
「……良好、なのでしょうか?」
「まぁ前のアレに比べれば天と地ほどの差があるくらい良好だと思う」
まぁアレと比べればねぇ。
でもなぁ、絶対言ってたんだよなぁ「結婚してもいいのかなぁ」って。
「その様子なら一応大丈夫だとは思うが……今度俺の誕生日があるだろう」
「ありますね」
「で、それを祝う夜会がある」
「はい」
私が頷くと、お兄様は一度小難しい顔をしてお茶を飲む。
お兄様がこの顔をしているときはとんでもなく悩んでいるときだ。
「……俺は次の誕生日で21歳になる。よって貴族全員に招待状を送らねばならんのだが」
「そうですね」
「まだ貴族であるアレにも」
「あー……はい。来ますかね?」
「来なければいいなとは思っている」
王族の21歳の誕生日は『妖精王との約束の日』と呼ばれていて、全貴族を集めて大々的な夜会を開くことになっている。そういう大昔からの習わしがあるのだ。
それはともかくとして、お兄様が懸念しているのは、アレこと私の元婚約者に招待状を送らなければならないこと。
大昔からの習わしとはいえ強制参加ではないし、そもそも私になんか会いたくないだろうし、もしかしたら来ないのでは? と思っているけれど、何があるかは分からない。
「来るか来ないかはどうでもいいんだが、もし来た時のためにお前には前もって言っておこうと思ってな」
「ありがとうございます」
教えてもらっていたほうが心の準備が出来るもんな。
「勇者にも言っておくといいだろう」
「え? あ、はい」
お兄様の言葉に、私はこくりと頷いておいた。
22
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。
天災
恋愛
美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。
とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?
【完結】推しの悪役にしか見えない妖精になって推しと世界を救う話
近藤アリス
恋愛
「え、ここって四つ龍の世界よね…?なんか体ちっさいし誰からも見えてないけど、推しから認識されてればオッケー!待っててベルるん!私が全身全霊で愛して幸せにしてあげるから!!」
乙女ゲーム「4つの国の龍玉」に突如妖精として転生してしまった会社員が、推しの悪役である侯爵ベルンハルト(通称ベルるん)を愛でて救うついでに世界も救う話。
本編完結!番外編も完結しました!
●幼少期編:悲惨な幼少期のせいで悪役になってしまうベルるんの未来を改変するため頑張る!微ざまあもあるよ!
●学園編:ベルるんが悪役のままだとラスボス倒せない?!効率の良いレベル上げ、ヒロインと攻略キャラの強化などゲームの知識と妖精チート総動員で頑張ります!
※推しは幼少期から青年、そして主人公溺愛へ進化します。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります
みゅー
恋愛
私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……
それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
転生悪役令嬢、物語の動きに逆らっていたら運命の番発見!?
下菊みこと
恋愛
世界でも獣人族と人族が手を取り合って暮らす国、アルヴィア王国。その筆頭公爵家に生まれたのが主人公、エリアーヌ・ビジュー・デルフィーヌだった。わがまま放題に育っていた彼女は、しかしある日突然原因不明の頭痛に見舞われ数日間寝込み、ようやく落ち着いた時には別人のように良い子になっていた。
エリアーヌは、前世の記憶を思い出したのである。その記憶が正しければ、この世界はエリアーヌのやり込んでいた乙女ゲームの世界。そして、エリアーヌは人族の平民出身である聖女…つまりヒロインを虐めて、規律の厳しい問題児だらけの修道院に送られる悪役令嬢だった!
なんとか方向を変えようと、あれやこれやと動いている間に獣人族である彼女は、運命の番を発見!?そして、孤児だった人族の番を連れて帰りなんやかんやとお世話することに。
果たしてエリアーヌは運命の番を幸せに出来るのか。
そしてエリアーヌ自身の明日はどっちだ!?
小説家になろう様でも投稿しています。
モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?
狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?!
悪役令嬢だったらどうしよう〜!!
……あっ、ただのモブですか。
いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。
じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら
乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる