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代理人、嫌な予感を察知する

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 昔々、ある帝国に一人の美少女がおりました。
 美少女は伯爵家の娘として生まれ落ち、蝶よ花よと可愛がられ、愛されて育つ……はずでした。
 彼女の人生の歯車が狂ったのは、本当に幼い頃のこと。
 野心家の両親に育てられ、己もとても野心家に育ったのです。
 歪んで歪んで歪み切って、気付いた頃にはもう手遅れで。
 人間の欲は次から次へと湧き出して、何もかもを飲み込んでいきました。

「これ、は……どういうことだ?」

 隣で先生が混乱している。
 それもそのはず。だって先生は自分の生まれ育った国の未来を見ているのだから。それも、とびきり不幸な未来を。
 現在見ているのは、少女が死んだ後の様子だった。
 王子殿下の新しい婚約者のお披露目会といったところだろう。

「王子……婚約……者?」

 先生は映像の王子殿下と隣の私を交互に見てはブツブツと独り言のような、私に問いかけているような呟きを落としている。
 しかしまぁ、混乱もするだろう。彼は王子殿下の婚約者は私だと認識しているのだから。
 そう遠くない未来で、私が婚約を破棄されるだなんて知らないのだから。
 婚約者である王子殿下をこの薄気味悪い女に掻っ攫われてるなんて知らないのだから。
 そしてその薄気味悪い女が王子殿下の新しい婚約者になるなんて、知らないのだから。
 しかし、そんなことはどうでもいいのだ。今気にするのはそこじゃない。

「先生、そんなことより王子殿下を見てもらえますか?」

「そんなことって! そんなことで片付けていいの!? 君、婚約者奪われてるし窮地に追い込まれてるんじゃないの!?」

「あぁ、まぁ、窮地っていうか死んだ後なんですけど、それはとりあえず一旦置いといてもらって」

「置いとける!?」

 先生が可哀想なくらい混乱している。パニックじゃないか。
 巻き込んでしまって申し訳なくなってきたな。

「いや、その辺は後で説明するので、とりあえず王子殿下のほうを。なんか、巻き付いてません?」

「巻き付い……巻き付いてるね!? すごい!」

 パニックを起こしてると思ってたけど、なんかちょっと楽しみ始めてる気がする。この先生。
 いいけど、別に。楽しんでもらえたほうが巻き込んでしまった罪悪感も多少は減る。

「これは……っていうかこの、君から婚約者を略奪した女の子は?」

「最初の文章に帝国の美少女って書いてあったから帝国からの転入生かなんかですかね?」

「文章なんかあった?」

 日本語だったから分からなかったのだろう。
 まぁその辺の説明までしてると先生の魔力も尽きてしまうかもしれないので、割愛させていただくとして。

「とりあえず私が気になるのは女のほうじゃなく、王子殿下に巻き付いてる不気味な黒いやつです。あれは魔法ですか?」

 あの女が蛇のように巻き付いていると思っていたのだが、どうもあの女の指先から黒い魔力のようなものが漏れていて、それのせいで蛇に見えていたようだ。

「先生?」

「……魔法だね」

「あんなにがっつり巻き付いてるのに、誰もなんとも思ってないんですかね……」

 そんな私の呟きは、誰に拾われることもなく。
 先生の視線はあの女に釘付けだった。
 どうやらあの女が使っている魔法にどこか見覚えがあるらしく、いつになく真剣な表情をしている。
 あんな不気味な魔法、私は教えてもらってないから知らないけれど。
 指先からにょろにょろした何かを出す魔法なんて、出来れば使いたくない。
 真剣な様子の先生を見た私は、大人しく目の前で起こっている王子殿下とあの女の茶番を眺める。
 新しい婚約者になったあの女に、集められた人々は祝いの言葉を並べ立てる。
 皆一様ににこにこと笑顔を浮かべ、傍から見ればただただ穏やかで和やかなパーティーだ。
 アルムガルト達、生徒会のメンバーもにこやかな表情を浮かべてそこにいる。あのノアだってにこにこと笑っていた。
 この直前に一人の少女が婚約破棄されたことなんて、両親から失望され叱責され居場所を失ったことなんて、絶望して自らの命を絶ったことなんて、まるでなかったかのように。

「俺、いないな」

「本当だ」

 生徒会のメンバーは揃っていたのに、先生だけはいなかった。
 しかし、よく見てみれば、ノアは生徒会メンバーとは少し離れたところにいる。要するに生徒会メンバーと馴染めていない。
 今も馴染めているかは置いといたとしても、こういう場であればもっと近くには来るはずだ。
 おそらく現在は私がぐっちゃぐちゃにかき混ぜているからそれぞれの関係性が色々と変わってしまっているのだろう。
 もしかしたらここの先生は生徒会の顧問ですらないのかもしれない。確認のしようがないけれど。
 その後私と先生が静かに観察する中、茶番もといパーティーは大きな問題もなくお開きとなった。……表面上では。水面下では問題だらけで穏やかではない。
 結論から言えば、この国はこの時点で既に終わっていた。
 王子殿下の婚約者として中枢部に入り込んだこの女は、内側からこの国を腐らせていく。
 そして腐りきったところに帝国の魔術師たちを引き入れて、王家を根絶やしにし、この国を滅ぼしたのだ。
 人の男を略奪しやがった女だと思っていたけれど、あの女は国を滅ぼしにきただけだった。王子殿下などどうでも良かったらしい。
 帝国に帰還した女には国を一つ滅ぼした褒美として皇妃の座が与えられ、頂点へと上り詰めていったわけだ。
 野心家ってすげー。
 だがしかし、悲しいかな超絶美少女だったせいで皇帝がこの美少女に骨抜きになり、帝国は帝国で傾いていくのだけれど、その辺は我々には関係のない話だろう。

「そろそろ先生の魔力も限界かな」

「ありがとうございました、先生」

 本を閉じた先生と私は、一度大きく深呼吸をした。
 そして、先生に導かれるまま四人掛けのテーブルへと向かう。そこで「ちょっと待ってて」と言われたので大人しくしているところ。
 先生の手元にはさっきの本と紙とペンがある。
 座った瞬間から動き出したペンは一切止まることはない。ちらっと見た感じ箇条書きがどんどん増えていってるようだった。
 あの箇条書き、いつ終わるんだろうなぁと思っていたところ、先生の手がぴたりと止まる。
 そして、その視線が私のほうへと向いた。

「さっきも言ったけど、この本は読者の都合のいい夢を見せる魔法の本だ。……あれが、君が見たかった都合のいい夢?」

「まぁ……あのー……」

 見たいと思ってたものだったので、都合はいいわな。
 ただ、この国が滅びる様子を見ておいて、即座に都合がいいと言い切るのはちょっと誤解を生みそうである。

「君は死んでたんだよね?」

「そうですね、死後の世界ですね」

「どの辺が都合がいいの?」

 まぁ、そうなりますよね。
 うーーーーーん、どう説明するべきか。説明のしようによっては完全に先生を巻き込んでしまうことになる。
 まぁ今更ではあるけれど。

「あの、先生……巻き込まれたくないと思ったら今見たものも今から説明する話もすぐに忘れてくださいね」

「うん、わかった」

 先生は本当に忘れるつもりなのか、それとも私に気を遣ったのか、とにかく穏やかな笑顔で頷いた。
 そんな先生の表情を見て、私は腹を括って話を始める。
 さっき見たものが過去の出来事でありもしもの未来の出来事であるということ。
 すでに死んではいたものの、王子殿下という婚約者を奪われたのが私であって私ではないということ。
 そうなることを、生まれる前から知っていたということ。
 矛盾だらけで不可思議な話だから、先生だってきっと半分も理解出来ていないだろう。
 それでも、先生は私の話を真剣に聞いてくれていた。

「……要するに、あれは国を滅ぼしたいという願望が見せた夢ではないってことだね」

「そうですね。それだけは確かです」

 この国がどうなろうと知ったこっちゃない、くらいは思ったこともあるけれど、さすがに滅ぼしたいと思ったことはない。

「だけど……正直なところ、あれを見た率直な感想がありまして」

「何?」

「思ってたのと違う……」

 そう呟いた私は、テーブルに肘をつき、そのまま頭を抱えた。
 だって、本当に思ってたのと違ったんだもん。どうやって復讐してやろうかと思って略奪後を見たはずなのに、あんな国家転覆ストーリーを見せられるとは思わないじゃん。

「私はどうせ他人の婚約者の地位や見た目を羨んだ頭お花畑女が悪知恵と顔面という名の利点を使って奪い取って幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし! くらいのことやってんだろうなと思ってたんだって。だから可哀想なことになったあの子の分まで一発くらいぶん殴ってやろう程度に思ってたのに! あんなもん何をどうしたら復讐になるんだよ! ふざけんなよ!」

一応大声にならないようには気を付けたけれど、とても早口でまくし立ててしまった。先生相手に。別に先生は悪くないのに。申し訳ない。

「まぁそうだよねぇ」

 理不尽な怒りをぶつけられたはずの先生は、怒ることもなく引くこともなく、ただただ優しい苦笑を零しながらうんうんと頷いている。
 そして、目線を手元の紙へと移した。

「まぁ……さっき見ただけでも結構高度な魔法を使ってたみたいだから、きっとお花畑ではないだろうね、頭」

「あぁ、あの指先から蛇みたいなの出してたやつとかも魔法ですよね?」

「見えたんだねぇ、あれ」

 見えちゃいけないやつだったかな?

「あれはきちんと魔法を勉強したからこそ見えたやつだよ。魔力量が少ないと見えない」

「……なるほど」

 先生のスパルタが功を奏しましたってやつだね。

「見た限り、あの場に専門的な魔法を勉強してた人はいなかった。意図的に呼ばなかったのかもしれないし、ああなる前に排除されてた可能性もあるね」

「先生もいなかったし、排除されてたりして……?」

「あり得ない話ではない」

 魔法を使ってることがバレたらこの国を滅ぼせなくなるもんな。知らんけど。でも誰も気付かなかったからこそ出来た茶番って感じはあった。

「俺はあの魔法に、見覚えがある」

 そう言った先生は、さっきの本の裏表紙を捲った。
 そこには著者の名が書かれている。

「トート・ウィステリア・アンガーミュラー?」

 聞いたことのない名だった。
 ミドルネームが入ってるってことは高位貴族の名であるはずなのに。

「今では幻の侯爵家と呼ばれてるアンガーミュラー侯爵。先生も名前を聞いたことがある程度なんだけどね」

 名前も知らなければ幻の侯爵家という呼称すら知らないのだが、私たち世代はほとんど知らなくてもおかしくはないらしい。

「アンガーミュラー家は隠蔽された侯爵家なんだ。この著者、トート・ウィステリア・アンガーミュラーという人は藤色の髪、瞳の色は黒と見間違うほどの濃い紫色だった」

「めちゃくちゃ紫ですね」

「そう、めちゃくちゃ紫。その上強い魔法がどんどん使えるくらいの魔力量を持ってたんだ」

 先生はそう言いながら、さっきの本を指先でつんつんとつつく。

「こんな本が作り出せるんだからね」

 言われてみれば、得体の知れない本ではある。
 魔法が溢れる世界とはいえ、人の魔力を勝手に使って、その人にとって都合のいい夢を見せる本なんて、そこらへんのお店では絶対に見ない代物だ。

「こんな魔法、悪用しようと思えばいくらでも出来ると思わない?」

 先生は、にこりと笑った。

「た、確かに」

「それこそ、王家を乗っ取ることだって出来るでしょ。この本だけでも、強引に持たせて都合のいい夢を見せて、現実に戻さなければいい」

「まぁ、そうですね」

 そう言われると、この本がとてつもなく危険なものに見えてきた。
 なんでこんな危ないもん置いてるんだ、この資料館は。

「まだ他にもトート・ウィステリア・アンガーミュラーという人が書いた本があったわけだけど、それは例の窃盗事件で失われてしまった」

 あぁ、だからあの棚に空白があったのか。

「……え、これみたいな危ない本が盗まれたってことですか?」

「そういうこと。これより危ない本もあったらしいよ」

「ヤバくないですか?」

「そうだねぇ」

 先生の呟きがあまりにも緩かったので、この人は何を考えているのだろうと本から先生の顔のほうへと視線を上げる。
 するとそこにはとても険しい顔をした先生がいた。やっぱりヤバいやつなのでは。

「……さっき見た、王子殿下の婚約者という立場を奪ったあの女」

「あの女」

「髪色と瞳の色を覚えてる?」

「え? 薄い紫と黒……じゃなくて?」

「うん。藤色と、黒と見間違うほどの紫」

 ……ヤバくね?




 
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