12 / 27
代理人、治癒魔法を使う
しおりを挟む
研究させてくださいと言われた数日後、先生が大量の本やら資料やらを持って来た。
あの先生突然姿をくらましたなと思ったらこの本や資料を準備していたらしい。
魔法に関する書物が山のように積まれているのは圧巻だな、なんて思いながら、適当にぱらぱらと捲る。
学園の図書室にある本よりも専門的で小難しい。これらすべてに目を通すにはどのくらいの時間がかかるだろうかと考えていたところで、先生に名前を呼ばれる。
どうやら先生が持ってきたものは本やら資料やら以外にもう一つあったようだ。
「この鍵も渡しておくね」
「なんですか、これ」
渡されたのは、複雑にカットされたアメジストのような宝石が嵌められた金色の鍵だった。
なんかよくわかんないけど綺麗だし可愛いデザインの鍵だな、なんて思いながら鍵を眺めていると、先生の誇らしげな笑い声が耳に滑り込んできた。
「それはね、我々のような紫を持つ者だけが持てる鍵なんだ」
鍵から視線を外し、先生の顔を見れば、そこには見事なドヤ顔をキメた先生の姿があった。
「紫を持つ者だけ?」
「そうそう。治癒魔法を含めた特殊魔法に関する資料が保管されている資料館の鍵でね。元々は紫を持つ者じゃなくても入れていたんだけど、何年か前に窃盗が相次いでねぇ」
あまりに窃盗事件が続くので、という理由で現在は紫を持つ者が学習を目的とする場合のみ入れるようになっているのだとか。
「資料館に入りたければその魔石に魔力を込めてね。そうすれば己の個人情報と引き換えに資料館に入れるようになるよ」
魔力込めるだけで個人情報抜かれるのかよ、と思わなくもなかったが、窃盗事件を防ぐためならそのくらいしなきゃいけないんだろうな。
なんて思いながら、私は石に魔力を込める。するとアメジストのような宝石、もとい魔石は一瞬大きく輝いた。個人情報が登録されたらしい。
「よし、それで持ち出し禁止の資料も読めるようになるから一緒に勉強しようね」
「あぁ、はい」
研究させてくれとは言われたけど勉強するなんて一言も言ってないけどな。と思いつつ、私は小さく頷いた。
それからというもの、先生が持ってきた資料を読み込み、先生の特別授業を受け、資料館に通っては勉強をし、というマジでクソ忙しい日々が続いた。
学園に通っている間は王妃教育からも解放されて暇な日々が送れると思っていたのに、想定外だった。
しかし王妃教育と違うのは、勉強の内容がまぁまぁ楽しいことだろう。
おかげで治癒魔法も使えるようになったことだし。一応。まだかすり傷程度しか治したことないけど。
もっと大きな怪我を治してみたいところなのだけれど、大きな怪我をしている人が見つからないので仕方がない。
大きな怪我を治すような治癒魔法を練習するのはもっと大きくなってから。専門学校的なところに通い、そこから病院に出向いて実習という形で練習をするらしい。病院にいれば私のように探し求めなくとも怪我人のほうからやってくるもんな。なるほどなるほど。
先生は「興味があるなら学園卒業後に治癒魔法専門学校に行けるよう手配しようか?」と言ってくれたし、少し興味もあったのでしばし悩んだが、よくよく考えたら私は学園を卒業したらまた王妃教育に戻るのだ。だからきっと行けないんだろうなぁということでその話は一旦終わった。
もしもこの先穏便に事が運んでこの婚約が消えてなくなれば、専門的なことを学ぶのもいいかもしれないけど。
断罪なんてされようものなら勉強をするどころかこの国に居場所がなくなるはずだし専門学校に行くどころではなくなるだろうから穏便に。
しかし私はこの先突如現れた女に婚約者を奪われるわけで……一発くらい殴らないと気が済まないと思うんだよな。殴ってしまえば穏便には済まない……よな……。
今日も今日とて先生と資料館でお勉強をしようとしていたある日のこと。
先生と一緒に資料館へと向かう馬車を待っていたところにひょっこりとノアが現れた。
「トリーナ」
「おう、ノア」
「トリーナ、治癒魔法が使えるようになったんだって?」
「そう! 使えるようになったよ」
まだかすり傷くらいしか治せないくせに、私はノアに対してドヤ顔をキメる。
するとノアは私に向けて手のひらを見せてきた。
「治せる?」
そう言ったノアの手のひらには、潰れてしまった血豆があった。めちゃくちゃ痛そうである。
「治すよ」
「歌で?」
ノアは期待を込めた声でそう言った。ふと顔を上げてノアの顔を見てみれば、期待に満ち溢れた瞳をしている。声にも瞳にも、それだけじゃなく全身で期待をしていますと言っている勢いだ。
まだやっと治癒魔法を使えるようになったばかりなので、歌声に魔力を乗せる練習はやっていないのだけれど、ここまで期待されていたら出来ないとは言い出しにくい。
ちらりと先生のほうを見上げると、彼はなんとも言えない苦笑いを浮かべるだけで何も言ってくれない。
ええいこうなったら仕方ない! という気持ちで、私はノアの血豆に手のひらを翳す。もちろん治癒魔法を使うために。
そして、それと同時に口も開いた。歌に魔力を乗せるため……ではなく、ただ歌を歌うために。
要は血豆が治ればそれでいいわけだし、形だけでも歌ったほうが雰囲気出るだろうし。雰囲気づくりって大事だよね。そう結論付けた私は、全力で雰囲気を作ることにした。
まずは歌を歌う。治癒魔法から使うと歌い終わる前に血豆が治ってしまうから。
次に魔法で風を起こす。風とか吹いてたらそれっぽく見えそうだから。
さらに次に手元をきらきらと光らせる。これももちろんそれっぽく見えそうだから。
そして、治癒魔法でさくっと血豆を治す。我ながら完璧な流れだったように思う。
「はい、治ったよ。痛くない?」
ぽんぽん、とノアの手のひらを叩きながらそう言えば、ノアはきらきらとした瞳で私を見て、満面の笑みを浮かべて言うのだ。
「治った! すごい、さすがだねトリーナ!」
と、昔と変わらない無邪気な様子で。
「このくらい大したことないよ」
「そんなことないよ。じゃ、俺は訓練に戻るね。ありがとうトリーナ」
「まだ訓練? 血豆が潰れるくらいやってたんじゃないの?」
「あぁ、まぁ、次の昇格試験まであんまり時間がないからね」
こないだも昇格試験だって言ってたけどな? と首を傾げる私を置き去りに、ノアはその場から去って行った。
「ノアベルトくんは名実ともに騎士団長を目指してるんだってね」
去って行くノアの背中をぼんやりと見ていたら、頭上から先生の声が降ってきた。
「はぁー……やっぱり父親の背中を追ってるんですかねぇ」
思い出すのはノアのお父様の姿。あれはとてもいい男だった。
「それもあるだろうけど、王宮で働きたいんだって。騎士団長になれば転勤もなくずっと王宮で仕事が出来るからって」
「王宮で?」
騎士団長になれば転勤がないってことは、普通の騎士って転勤あるんだ。知らなかったな。
「王宮で働けば、二人とずっと一緒だもんね。二人の側にいるなら、名ばかりの騎士団長ではいけないし」
……なるほどぉ。そういうことかぁ。
王宮で働くということは未来の国王であるアシェルとその相手である私の側で働くということなのだ。
心苦しいな。私はこの先この場からは去ってしまうのに。断罪されるし婚約も破棄されるし。
「あれ? あんまり嬉しそうじゃない?」
「え、いや」
「お、馬車」
とりあえず、私達は資料館に向かうため、馬車に乗り込んだ。
馬車の中でもまだなんとなくの心苦しさを感じていて、でも誰にも説明出来ないし、先生にさっきの話を掘り下げられたりしたらどうしようかと心配になる。
自分の未来をなんとなく知っているだとか、断罪されるだとか、もちろん人に言うつもりはないのだけど、誰かに言ってしまったほうが楽になるのではないかと思ってしまう。
しかしこんな話、信じてもらえるとは思えない。
「ところでトリーナさん」
「はい」
「さっきの魔法、見事だったね」
「は……はい?」
さっきの話の続きじゃなくてさっきの魔法? さっきの魔法ってどれ?
「風を起こす魔法と光を操る魔法と治癒魔法と、あとは歌も。あんな合せ技初めて見たよ」
全部か。
「いや、まぁ、あの、はい」
「なんであんな面倒なことやろうと思ったの?」
「なんでって、あんなに期待を込めた目で見られたら、こう……普通の治癒魔法じゃ期待外れだろうし、あとなんとなく、出来ないとも言い出しにくかったと言いますか……」
私がそんなことをごにょごにょと言っていると、先生はうんうんと数度頷いた。
「なるほどね。君は優しい子だ」
あれを優しさというのだろうか? 自分としてはただの見栄っ張りでしかないと思うのだけれど。
「でも、そうだね、ああやって合わせ技を駆使すればもっと面白い魔法が生み出せそうだよね」
「まぁ、そうですね」
私が頷くと、先生の瞳が輝いた。これはおそらく研究者としての好奇心の瞳だ。
先生の興味が魔法に移ったのなら、このままそちらの話に持って行こう。先生が、さっきの話を蒸し返さないように。
……と、思ったのはほんの束の間のことだった。なぜなら先生の頭の中には魔法のことしかなかったから。
一瞬話が逸れたその時から既にさっきの雑談については完全に忘れていたらしい。
あの瞬間、私は確かに断罪についてを口走ろうとしてたから、忘れてくれて助かった。
やっぱりあんな話、他人に言うべきではない。
信じてもらえなかった場合、下手したら不敬罪を疑われかねないもの。
この問題については、やはり一人で抱えておかなければ。
「あの光を操る魔法はなんだったのかな? あまり見たことのない魔法だったけど」
「あぁ、あれ園芸魔法の本に載ってましたよ。害獣を威嚇して退けるための魔法らしいです」
「園芸魔法? その辺はあんまり調べてなかったなぁ」
「え、先生が持ってきた本の中に紛れてましたけど」
「あれ、そうだった? というか、読んですぐ使えるような魔法だった?」
「農村地帯で働く魔力量の少ない人でも使える魔法だって書いてありましたし、簡単ですよ」
私はそう言いながら、手のひらの上に光の玉を出して見せる。
本で読んだその魔法の使いかたを先生に軽く説明すれば、先生もすぐに使えるようになっていた。
「いやぁ、咄嗟に園芸魔法を利用するなんて、トリーナさんは筋がいいな。それに、魔力こそあまり乗ってなかったとはいえ歌いながら治癒魔法が使えるのは大したものだね」
「鼻歌程度なら無意識でも歌えますしね……え? あまり乗ってなかったってことは多少は乗ってたってことですか?」
「うん。それも無意識に?」
「はい」
「そっかぁ」
先生はそう言ったあとで少しだけ笑って、私の目を見た。
「意識的に出来るようにしよっか」
それはそれは有無を言わさない雰囲気でした。
あの先生突然姿をくらましたなと思ったらこの本や資料を準備していたらしい。
魔法に関する書物が山のように積まれているのは圧巻だな、なんて思いながら、適当にぱらぱらと捲る。
学園の図書室にある本よりも専門的で小難しい。これらすべてに目を通すにはどのくらいの時間がかかるだろうかと考えていたところで、先生に名前を呼ばれる。
どうやら先生が持ってきたものは本やら資料やら以外にもう一つあったようだ。
「この鍵も渡しておくね」
「なんですか、これ」
渡されたのは、複雑にカットされたアメジストのような宝石が嵌められた金色の鍵だった。
なんかよくわかんないけど綺麗だし可愛いデザインの鍵だな、なんて思いながら鍵を眺めていると、先生の誇らしげな笑い声が耳に滑り込んできた。
「それはね、我々のような紫を持つ者だけが持てる鍵なんだ」
鍵から視線を外し、先生の顔を見れば、そこには見事なドヤ顔をキメた先生の姿があった。
「紫を持つ者だけ?」
「そうそう。治癒魔法を含めた特殊魔法に関する資料が保管されている資料館の鍵でね。元々は紫を持つ者じゃなくても入れていたんだけど、何年か前に窃盗が相次いでねぇ」
あまりに窃盗事件が続くので、という理由で現在は紫を持つ者が学習を目的とする場合のみ入れるようになっているのだとか。
「資料館に入りたければその魔石に魔力を込めてね。そうすれば己の個人情報と引き換えに資料館に入れるようになるよ」
魔力込めるだけで個人情報抜かれるのかよ、と思わなくもなかったが、窃盗事件を防ぐためならそのくらいしなきゃいけないんだろうな。
なんて思いながら、私は石に魔力を込める。するとアメジストのような宝石、もとい魔石は一瞬大きく輝いた。個人情報が登録されたらしい。
「よし、それで持ち出し禁止の資料も読めるようになるから一緒に勉強しようね」
「あぁ、はい」
研究させてくれとは言われたけど勉強するなんて一言も言ってないけどな。と思いつつ、私は小さく頷いた。
それからというもの、先生が持ってきた資料を読み込み、先生の特別授業を受け、資料館に通っては勉強をし、というマジでクソ忙しい日々が続いた。
学園に通っている間は王妃教育からも解放されて暇な日々が送れると思っていたのに、想定外だった。
しかし王妃教育と違うのは、勉強の内容がまぁまぁ楽しいことだろう。
おかげで治癒魔法も使えるようになったことだし。一応。まだかすり傷程度しか治したことないけど。
もっと大きな怪我を治してみたいところなのだけれど、大きな怪我をしている人が見つからないので仕方がない。
大きな怪我を治すような治癒魔法を練習するのはもっと大きくなってから。専門学校的なところに通い、そこから病院に出向いて実習という形で練習をするらしい。病院にいれば私のように探し求めなくとも怪我人のほうからやってくるもんな。なるほどなるほど。
先生は「興味があるなら学園卒業後に治癒魔法専門学校に行けるよう手配しようか?」と言ってくれたし、少し興味もあったのでしばし悩んだが、よくよく考えたら私は学園を卒業したらまた王妃教育に戻るのだ。だからきっと行けないんだろうなぁということでその話は一旦終わった。
もしもこの先穏便に事が運んでこの婚約が消えてなくなれば、専門的なことを学ぶのもいいかもしれないけど。
断罪なんてされようものなら勉強をするどころかこの国に居場所がなくなるはずだし専門学校に行くどころではなくなるだろうから穏便に。
しかし私はこの先突如現れた女に婚約者を奪われるわけで……一発くらい殴らないと気が済まないと思うんだよな。殴ってしまえば穏便には済まない……よな……。
今日も今日とて先生と資料館でお勉強をしようとしていたある日のこと。
先生と一緒に資料館へと向かう馬車を待っていたところにひょっこりとノアが現れた。
「トリーナ」
「おう、ノア」
「トリーナ、治癒魔法が使えるようになったんだって?」
「そう! 使えるようになったよ」
まだかすり傷くらいしか治せないくせに、私はノアに対してドヤ顔をキメる。
するとノアは私に向けて手のひらを見せてきた。
「治せる?」
そう言ったノアの手のひらには、潰れてしまった血豆があった。めちゃくちゃ痛そうである。
「治すよ」
「歌で?」
ノアは期待を込めた声でそう言った。ふと顔を上げてノアの顔を見てみれば、期待に満ち溢れた瞳をしている。声にも瞳にも、それだけじゃなく全身で期待をしていますと言っている勢いだ。
まだやっと治癒魔法を使えるようになったばかりなので、歌声に魔力を乗せる練習はやっていないのだけれど、ここまで期待されていたら出来ないとは言い出しにくい。
ちらりと先生のほうを見上げると、彼はなんとも言えない苦笑いを浮かべるだけで何も言ってくれない。
ええいこうなったら仕方ない! という気持ちで、私はノアの血豆に手のひらを翳す。もちろん治癒魔法を使うために。
そして、それと同時に口も開いた。歌に魔力を乗せるため……ではなく、ただ歌を歌うために。
要は血豆が治ればそれでいいわけだし、形だけでも歌ったほうが雰囲気出るだろうし。雰囲気づくりって大事だよね。そう結論付けた私は、全力で雰囲気を作ることにした。
まずは歌を歌う。治癒魔法から使うと歌い終わる前に血豆が治ってしまうから。
次に魔法で風を起こす。風とか吹いてたらそれっぽく見えそうだから。
さらに次に手元をきらきらと光らせる。これももちろんそれっぽく見えそうだから。
そして、治癒魔法でさくっと血豆を治す。我ながら完璧な流れだったように思う。
「はい、治ったよ。痛くない?」
ぽんぽん、とノアの手のひらを叩きながらそう言えば、ノアはきらきらとした瞳で私を見て、満面の笑みを浮かべて言うのだ。
「治った! すごい、さすがだねトリーナ!」
と、昔と変わらない無邪気な様子で。
「このくらい大したことないよ」
「そんなことないよ。じゃ、俺は訓練に戻るね。ありがとうトリーナ」
「まだ訓練? 血豆が潰れるくらいやってたんじゃないの?」
「あぁ、まぁ、次の昇格試験まであんまり時間がないからね」
こないだも昇格試験だって言ってたけどな? と首を傾げる私を置き去りに、ノアはその場から去って行った。
「ノアベルトくんは名実ともに騎士団長を目指してるんだってね」
去って行くノアの背中をぼんやりと見ていたら、頭上から先生の声が降ってきた。
「はぁー……やっぱり父親の背中を追ってるんですかねぇ」
思い出すのはノアのお父様の姿。あれはとてもいい男だった。
「それもあるだろうけど、王宮で働きたいんだって。騎士団長になれば転勤もなくずっと王宮で仕事が出来るからって」
「王宮で?」
騎士団長になれば転勤がないってことは、普通の騎士って転勤あるんだ。知らなかったな。
「王宮で働けば、二人とずっと一緒だもんね。二人の側にいるなら、名ばかりの騎士団長ではいけないし」
……なるほどぉ。そういうことかぁ。
王宮で働くということは未来の国王であるアシェルとその相手である私の側で働くということなのだ。
心苦しいな。私はこの先この場からは去ってしまうのに。断罪されるし婚約も破棄されるし。
「あれ? あんまり嬉しそうじゃない?」
「え、いや」
「お、馬車」
とりあえず、私達は資料館に向かうため、馬車に乗り込んだ。
馬車の中でもまだなんとなくの心苦しさを感じていて、でも誰にも説明出来ないし、先生にさっきの話を掘り下げられたりしたらどうしようかと心配になる。
自分の未来をなんとなく知っているだとか、断罪されるだとか、もちろん人に言うつもりはないのだけど、誰かに言ってしまったほうが楽になるのではないかと思ってしまう。
しかしこんな話、信じてもらえるとは思えない。
「ところでトリーナさん」
「はい」
「さっきの魔法、見事だったね」
「は……はい?」
さっきの話の続きじゃなくてさっきの魔法? さっきの魔法ってどれ?
「風を起こす魔法と光を操る魔法と治癒魔法と、あとは歌も。あんな合せ技初めて見たよ」
全部か。
「いや、まぁ、あの、はい」
「なんであんな面倒なことやろうと思ったの?」
「なんでって、あんなに期待を込めた目で見られたら、こう……普通の治癒魔法じゃ期待外れだろうし、あとなんとなく、出来ないとも言い出しにくかったと言いますか……」
私がそんなことをごにょごにょと言っていると、先生はうんうんと数度頷いた。
「なるほどね。君は優しい子だ」
あれを優しさというのだろうか? 自分としてはただの見栄っ張りでしかないと思うのだけれど。
「でも、そうだね、ああやって合わせ技を駆使すればもっと面白い魔法が生み出せそうだよね」
「まぁ、そうですね」
私が頷くと、先生の瞳が輝いた。これはおそらく研究者としての好奇心の瞳だ。
先生の興味が魔法に移ったのなら、このままそちらの話に持って行こう。先生が、さっきの話を蒸し返さないように。
……と、思ったのはほんの束の間のことだった。なぜなら先生の頭の中には魔法のことしかなかったから。
一瞬話が逸れたその時から既にさっきの雑談については完全に忘れていたらしい。
あの瞬間、私は確かに断罪についてを口走ろうとしてたから、忘れてくれて助かった。
やっぱりあんな話、他人に言うべきではない。
信じてもらえなかった場合、下手したら不敬罪を疑われかねないもの。
この問題については、やはり一人で抱えておかなければ。
「あの光を操る魔法はなんだったのかな? あまり見たことのない魔法だったけど」
「あぁ、あれ園芸魔法の本に載ってましたよ。害獣を威嚇して退けるための魔法らしいです」
「園芸魔法? その辺はあんまり調べてなかったなぁ」
「え、先生が持ってきた本の中に紛れてましたけど」
「あれ、そうだった? というか、読んですぐ使えるような魔法だった?」
「農村地帯で働く魔力量の少ない人でも使える魔法だって書いてありましたし、簡単ですよ」
私はそう言いながら、手のひらの上に光の玉を出して見せる。
本で読んだその魔法の使いかたを先生に軽く説明すれば、先生もすぐに使えるようになっていた。
「いやぁ、咄嗟に園芸魔法を利用するなんて、トリーナさんは筋がいいな。それに、魔力こそあまり乗ってなかったとはいえ歌いながら治癒魔法が使えるのは大したものだね」
「鼻歌程度なら無意識でも歌えますしね……え? あまり乗ってなかったってことは多少は乗ってたってことですか?」
「うん。それも無意識に?」
「はい」
「そっかぁ」
先生はそう言ったあとで少しだけ笑って、私の目を見た。
「意識的に出来るようにしよっか」
それはそれは有無を言わさない雰囲気でした。
6
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな
朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。
!逆転チートな婚約破棄劇場!
!王宮、そして誰も居なくなった!
!国が滅んだ?私のせい?しらんがな!
18話で完結
完 さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
水鳥楓椛
恋愛
わたくし、エリザベート・ラ・ツェリーナは今日愛しの婚約者である王太子レオンハルト・フォン・アイゼンハーツに婚約破棄をされる。
なんでそんなことが分かるかって?
それはわたくしに前世の記憶があるから。
婚約破棄されるって分かっているならば逃げればいいって思うでしょう?
でも、わたくしは愛しの婚約者さまの役に立ちたい。
だから、どんなに惨めなめに遭うとしても、わたくしは彼の前に立つ。
さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。
白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。
筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。
ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。
王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
悪役令嬢は攻略対象者を早く卒業させたい
砂山一座
恋愛
公爵令嬢イザベラは学園の風紀委員として君臨している。
風紀委員の隠された役割とは、生徒の共通の敵として立ちふさがること。
イザベラの敵は男爵令嬢、王子、宰相の息子、騎士に、魔術師。
一人で立ち向かうには荷が重いと国から貸し出された魔族とともに、悪役令嬢を務めあげる。
強欲悪役令嬢ストーリー(笑)
二万字くらいで六話完結。完結まで毎日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる