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代理人、治癒魔法を使う

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 研究させてくださいと言われた数日後、先生が大量の本やら資料やらを持って来た。
 あの先生突然姿をくらましたなと思ったらこの本や資料を準備していたらしい。
 魔法に関する書物が山のように積まれているのは圧巻だな、なんて思いながら、適当にぱらぱらと捲る。
 学園の図書室にある本よりも専門的で小難しい。これらすべてに目を通すにはどのくらいの時間がかかるだろうかと考えていたところで、先生に名前を呼ばれる。
 どうやら先生が持ってきたものは本やら資料やら以外にもう一つあったようだ。

「この鍵も渡しておくね」

「なんですか、これ」

 渡されたのは、複雑にカットされたアメジストのような宝石が嵌められた金色の鍵だった。
 なんかよくわかんないけど綺麗だし可愛いデザインの鍵だな、なんて思いながら鍵を眺めていると、先生の誇らしげな笑い声が耳に滑り込んできた。

「それはね、我々のような紫を持つ者だけが持てる鍵なんだ」

 鍵から視線を外し、先生の顔を見れば、そこには見事なドヤ顔をキメた先生の姿があった。

「紫を持つ者だけ?」

「そうそう。治癒魔法を含めた特殊魔法に関する資料が保管されている資料館の鍵でね。元々は紫を持つ者じゃなくても入れていたんだけど、何年か前に窃盗が相次いでねぇ」

 あまりに窃盗事件が続くので、という理由で現在は紫を持つ者が学習を目的とする場合のみ入れるようになっているのだとか。

「資料館に入りたければその魔石に魔力を込めてね。そうすれば己の個人情報と引き換えに資料館に入れるようになるよ」

 魔力込めるだけで個人情報抜かれるのかよ、と思わなくもなかったが、窃盗事件を防ぐためならそのくらいしなきゃいけないんだろうな。
 なんて思いながら、私は石に魔力を込める。するとアメジストのような宝石、もとい魔石は一瞬大きく輝いた。個人情報が登録されたらしい。

「よし、それで持ち出し禁止の資料も読めるようになるから一緒に勉強しようね」

「あぁ、はい」

 研究させてくれとは言われたけど勉強するなんて一言も言ってないけどな。と思いつつ、私は小さく頷いた。
 それからというもの、先生が持ってきた資料を読み込み、先生の特別授業を受け、資料館に通っては勉強をし、というマジでクソ忙しい日々が続いた。
 学園に通っている間は王妃教育からも解放されて暇な日々が送れると思っていたのに、想定外だった。
 しかし王妃教育と違うのは、勉強の内容がまぁまぁ楽しいことだろう。
 おかげで治癒魔法も使えるようになったことだし。一応。まだかすり傷程度しか治したことないけど。
 もっと大きな怪我を治してみたいところなのだけれど、大きな怪我をしている人が見つからないので仕方がない。
 大きな怪我を治すような治癒魔法を練習するのはもっと大きくなってから。専門学校的なところに通い、そこから病院に出向いて実習という形で練習をするらしい。病院にいれば私のように探し求めなくとも怪我人のほうからやってくるもんな。なるほどなるほど。
 先生は「興味があるなら学園卒業後に治癒魔法専門学校に行けるよう手配しようか?」と言ってくれたし、少し興味もあったのでしばし悩んだが、よくよく考えたら私は学園を卒業したらまた王妃教育に戻るのだ。だからきっと行けないんだろうなぁということでその話は一旦終わった。
 もしもこの先穏便に事が運んでこの婚約が消えてなくなれば、専門的なことを学ぶのもいいかもしれないけど。
 断罪なんてされようものなら勉強をするどころかこの国に居場所がなくなるはずだし専門学校に行くどころではなくなるだろうから穏便に。
 しかし私はこの先突如現れた女に婚約者を奪われるわけで……一発くらい殴らないと気が済まないと思うんだよな。殴ってしまえば穏便には済まない……よな……。

 今日も今日とて先生と資料館でお勉強をしようとしていたある日のこと。
 先生と一緒に資料館へと向かう馬車を待っていたところにひょっこりとノアが現れた。

「トリーナ」

「おう、ノア」

「トリーナ、治癒魔法が使えるようになったんだって?」

「そう! 使えるようになったよ」

 まだかすり傷くらいしか治せないくせに、私はノアに対してドヤ顔をキメる。
 するとノアは私に向けて手のひらを見せてきた。

「治せる?」

 そう言ったノアの手のひらには、潰れてしまった血豆があった。めちゃくちゃ痛そうである。

「治すよ」

「歌で?」

 ノアは期待を込めた声でそう言った。ふと顔を上げてノアの顔を見てみれば、期待に満ち溢れた瞳をしている。声にも瞳にも、それだけじゃなく全身で期待をしていますと言っている勢いだ。
 まだやっと治癒魔法を使えるようになったばかりなので、歌声に魔力を乗せる練習はやっていないのだけれど、ここまで期待されていたら出来ないとは言い出しにくい。
 ちらりと先生のほうを見上げると、彼はなんとも言えない苦笑いを浮かべるだけで何も言ってくれない。
 ええいこうなったら仕方ない! という気持ちで、私はノアの血豆に手のひらを翳す。もちろん治癒魔法を使うために。
 そして、それと同時に口も開いた。歌に魔力を乗せるため……ではなく、ただ歌を歌うために。
 要は血豆が治ればそれでいいわけだし、形だけでも歌ったほうが雰囲気出るだろうし。雰囲気づくりって大事だよね。そう結論付けた私は、全力で雰囲気を作ることにした。
 まずは歌を歌う。治癒魔法から使うと歌い終わる前に血豆が治ってしまうから。
 次に魔法で風を起こす。風とか吹いてたらそれっぽく見えそうだから。
 さらに次に手元をきらきらと光らせる。これももちろんそれっぽく見えそうだから。
 そして、治癒魔法でさくっと血豆を治す。我ながら完璧な流れだったように思う。

「はい、治ったよ。痛くない?」

 ぽんぽん、とノアの手のひらを叩きながらそう言えば、ノアはきらきらとした瞳で私を見て、満面の笑みを浮かべて言うのだ。

「治った! すごい、さすがだねトリーナ!」

 と、昔と変わらない無邪気な様子で。

「このくらい大したことないよ」

「そんなことないよ。じゃ、俺は訓練に戻るね。ありがとうトリーナ」

「まだ訓練? 血豆が潰れるくらいやってたんじゃないの?」

「あぁ、まぁ、次の昇格試験まであんまり時間がないからね」

 こないだも昇格試験だって言ってたけどな? と首を傾げる私を置き去りに、ノアはその場から去って行った。

「ノアベルトくんは名実ともに騎士団長を目指してるんだってね」

 去って行くノアの背中をぼんやりと見ていたら、頭上から先生の声が降ってきた。

「はぁー……やっぱり父親の背中を追ってるんですかねぇ」

 思い出すのはノアのお父様の姿。あれはとてもいい男だった。

「それもあるだろうけど、王宮で働きたいんだって。騎士団長になれば転勤もなくずっと王宮で仕事が出来るからって」

「王宮で?」

 騎士団長になれば転勤がないってことは、普通の騎士って転勤あるんだ。知らなかったな。

「王宮で働けば、二人とずっと一緒だもんね。二人の側にいるなら、名ばかりの騎士団長ではいけないし」

 ……なるほどぉ。そういうことかぁ。
 王宮で働くということは未来の国王であるアシェルとその相手である私の側で働くということなのだ。
 心苦しいな。私はこの先この場からは去ってしまうのに。断罪されるし婚約も破棄されるし。

「あれ? あんまり嬉しそうじゃない?」

「え、いや」

「お、馬車」

 とりあえず、私達は資料館に向かうため、馬車に乗り込んだ。
 馬車の中でもまだなんとなくの心苦しさを感じていて、でも誰にも説明出来ないし、先生にさっきの話を掘り下げられたりしたらどうしようかと心配になる。
 自分の未来をなんとなく知っているだとか、断罪されるだとか、もちろん人に言うつもりはないのだけど、誰かに言ってしまったほうが楽になるのではないかと思ってしまう。
 しかしこんな話、信じてもらえるとは思えない。

「ところでトリーナさん」

「はい」

「さっきの魔法、見事だったね」

「は……はい?」

 さっきの話の続きじゃなくてさっきの魔法? さっきの魔法ってどれ?

「風を起こす魔法と光を操る魔法と治癒魔法と、あとは歌も。あんな合せ技初めて見たよ」

 全部か。

「いや、まぁ、あの、はい」

「なんであんな面倒なことやろうと思ったの?」

「なんでって、あんなに期待を込めた目で見られたら、こう……普通の治癒魔法じゃ期待外れだろうし、あとなんとなく、出来ないとも言い出しにくかったと言いますか……」

 私がそんなことをごにょごにょと言っていると、先生はうんうんと数度頷いた。

「なるほどね。君は優しい子だ」

 あれを優しさというのだろうか? 自分としてはただの見栄っ張りでしかないと思うのだけれど。

「でも、そうだね、ああやって合わせ技を駆使すればもっと面白い魔法が生み出せそうだよね」

「まぁ、そうですね」

 私が頷くと、先生の瞳が輝いた。これはおそらく研究者としての好奇心の瞳だ。
 先生の興味が魔法に移ったのなら、このままそちらの話に持って行こう。先生が、さっきの話を蒸し返さないように。
 ……と、思ったのはほんの束の間のことだった。なぜなら先生の頭の中には魔法のことしかなかったから。
 一瞬話が逸れたその時から既にさっきの雑談については完全に忘れていたらしい。
 あの瞬間、私は確かに断罪についてを口走ろうとしてたから、忘れてくれて助かった。
 やっぱりあんな話、他人に言うべきではない。
 信じてもらえなかった場合、下手したら不敬罪を疑われかねないもの。
 この問題については、やはり一人で抱えておかなければ。

「あの光を操る魔法はなんだったのかな? あまり見たことのない魔法だったけど」

「あぁ、あれ園芸魔法の本に載ってましたよ。害獣を威嚇して退けるための魔法らしいです」

「園芸魔法? その辺はあんまり調べてなかったなぁ」

「え、先生が持ってきた本の中に紛れてましたけど」

「あれ、そうだった? というか、読んですぐ使えるような魔法だった?」

「農村地帯で働く魔力量の少ない人でも使える魔法だって書いてありましたし、簡単ですよ」

 私はそう言いながら、手のひらの上に光の玉を出して見せる。
 本で読んだその魔法の使いかたを先生に軽く説明すれば、先生もすぐに使えるようになっていた。

「いやぁ、咄嗟に園芸魔法を利用するなんて、トリーナさんは筋がいいな。それに、魔力こそあまり乗ってなかったとはいえ歌いながら治癒魔法が使えるのは大したものだね」

「鼻歌程度なら無意識でも歌えますしね……え? あまり乗ってなかったってことは多少は乗ってたってことですか?」

「うん。それも無意識に?」

「はい」

「そっかぁ」

 先生はそう言ったあとで少しだけ笑って、私の目を見た。

「意識的に出来るようにしよっか」

 それはそれは有無を言わさない雰囲気でした。




 
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