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代理人、歌う
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部屋の中だけ身分を対等にする、って話をして以降、あの部屋で過ごす時間がそれほど苦痛ではなくなった。
なぜなら面倒臭かったアルムガルトとその弟たちや銀髪兄弟が極端に絡んでこなくなったから。
絡むとなると私からタメ口が飛んでくるからな。それがよほど嫌なのだろう。
私は別に誰にタメ口をきかれたってこれっぽっちもダメージにならないからなぁ。
あいつらだけ嫌な思いをしていると思うととても気分がいい。
ただノアのメンタルだけは心配していたのだが、面倒臭い奴らは私の場合と同じくノアにも絡まなくなったようだし、案外大丈夫そうだった。
あとは王子殿下もわりと楽し気にノアに話しかけているし、ノアもぎくしゃくしつつそんな王子殿下に応えているし、ノアが一人ではどうしようもないと思ったら私に助けを求めてきているし、結構うまくやっている。
ノアは世渡り上手なのかもしれない。
さらに結局のところ、この部屋に流れていた冷たい空気はなくなって、なんだかんだ皆楽しそうではあるので悪くはないんじゃないだろうか。
私とノアだけがアルムガルトたちや銀髪兄弟と仲が良くないだけで、王子殿下とアルムガルトたちと銀髪兄弟はここに最初に来た頃よりも普通に仲良くなっていたりするから。
ちなみに私に説教を食らったコピペたちは普通に全員と楽しそうに交流している。根っからのアホなのかもしれないな、コピペたちは。
そんなこんなで、あの部屋に面白半分で行けるようになって心が軽くなった私は、改めてあの母親が持ってきた魔法の本の続きを読み始めていた。
あの部屋に持って行ってノアと一緒に読んだりするようにもなり、さらには王子殿下が寄って来たりコピペたちが寄って来たりと皆で魔法の話をすることも増えた。
そして「治癒魔法が使える気がするから誰か怪我してみてくれない?」と問いかけて怒られたりもした。「使える気がするからって何」と不審そうな顔をされたりとかね。
不審そうにされるのは心外だ。言葉通り使える気がするのだから。
というのも、例の歌声に魔力を乗せるというあれと治癒魔法を組み合わせたら歌うだけで治癒が出来るのではないかと思った私は、独学であれこれ実験をしていた。
最初の実験台はジェマだった。忙しくしているジェマの近くでそっと魔力を込めて鼻歌を歌っていたら、数日後にジェマが「なんか最近よく眠れるし調子がいいんですよね」と言っていた。
ただこれが私の魔力によるものなのかは分からない。
次の実験は歌いながらその辺をうろちょろすることだった。
運良く怪我をした人がいて突然怪我が治ったら「なんか怪我が治った!」みたいな騒ぎにならないかなと思って。しかしその実験は失敗だった。おそらく誰も怪我をしていなかったのだろう。残念ながら。まぁ怪我した人がその辺にいるなんてこと、ないほうがいいんだけども。
最終的な実験は花だった。
萎れた花を見付けた私は、その花に向けて前世で好きだった歌を歌った。もちろん魔力を込めて。
するとその花は少しずつ元気を取り戻し、翌日にはまた美しく咲いていた。
これは成功なのでは? ということで治癒魔法が使える気がしているわけだ。
治癒魔法が使えなかったとしても花を元気にすることは出来るので、将来的には花咲じいさんみたいなポジションにはつけるのではないだろうか。
婚約破棄をされて両親からも見放されたら他国に渡ってこっそり花咲じいさんになろうかな。花咲ばあさんか。
それはそれで楽しそうだな。王族貴族のあれこれって煩わしいしな……。
結局人に対しての治癒魔法は怪我人に遭遇出来なかったことで不発に終わり、それからしばらく経ったある日のこと。
いつものあの部屋に、いつもより早い時間に呼び出された。
ジェマと共に「何事だろうね」なんて言いながら王城に足を踏み入れたところで、なんかすごいのと出会った。
すごく背の高い金髪碧眼の、軍服姿の男性だ。短く爽やかに整えられた金髪も、凛々しい青い瞳も、さらには軍服に沢山ついている数々の勲章も、どれもとにかくめちゃくちゃキラキラしている。
年齢は三十代手前……くらいだろうか。
あの人クっっっソイケメンだな、と思っていたところ、隣のジェマが少し興奮気味に声をかけてきた。
「あれ、騎士団長様ですよ!」
と。
騎士団長ってことはあれだ、ノアの父親だ。……言われてみれば、髪の色も瞳の色もノアと同じだし、少し似ているかもしれない。
そんなことを考えていたら、クソイケメン騎士団長様と目が合った。
ガン見し過ぎてしまったか、と適当に会釈をして逃げるつもりが、なんとクソイケメン騎士団長様がすたすたとこちらに近付いてくるではないか。
なんだなんだと身構えていると、クソイケメン騎士団長様が私に向けて微笑む。
「初めまして、あなたがトリーナ嬢ですね」
クソイケメン騎士団長様、めっちゃいい声。
「はい。初めまして、トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルと申します」
平静を装って一礼する。内心は「これきっと脱いだらすごいタイプだな」と思っている。きっちりとした軍服のせいで見えはしないけれど、筋肉フェチの私の嗅覚がそう言っている。
「息子のノアベルトがお世話になっているそうですね。私はノアベルトの父、エアハルト・ティールです」
「お世話になっているのは私のほうです」
やっぱノアのお父様だった。よく見たら色合いだけじゃなく笑顔なんかも結構似ている。
「ノアベルトが言うには、あんなに嫌がっていた訓練を嫌がらずに頑張れるようになったのはトリーナ嬢のおかげだと」
「……ああ、確かにそんなお話もいたしましたけれど」
最初は痛いから訓練が嫌だって言ってたもんな、ノア。そうだったそうだった。
そんなことより軍服っていいな。剣もカッコイイ。
「痛みの最大値がどうとか」
「お教えいたしましたね」
小さな声で答えれば、ノアのお父様は少し引き攣った笑顔を見せた。
あ、やっぱり貴族の令嬢が「痛みの最大値」って、と思われているんだろうな。
「……ノアベルトが言っていた訓練で受ける痛みより痛かったというあの話は……本当?」
「おそらく本当……ですね」
ノアったら、今日あった出来事を全てお父様にお話しするタイプの子だったのね。
そんで私のことも包み隠さずお話ししているのね。お父様ドン引きじゃないの。
「そ、それと、トリーナ嬢が訓練に興味を示して見習い騎士になろうとしていたというのは……」
「おおむね本当ですね」
素直に肯定すれば、クソイケメン騎士団長様の美しい青い瞳がこれでもかと言わんばかりに瞠られる。
「あまりにも友達が出来ないノアベルトの虚言ではなく……?」
「虚言ではなく。あと私はノアのお友達ですし、お友達が出来ないなんてことはありません」
そう言って笑顔を見せれば、ノアのお父様は相変わらず引き攣ってはいるものの安堵の笑みを零していた。
私の存在が信じられなくてノアのイマジナリーフレンドの話だと思ってたんだな。それはそれでノアに失礼だと思うけれども。
「ノアに友達が出来ていたことはとても嬉しい。しかし令嬢が……見習い騎士に……?」
あ、やっぱりそこ引っかかっちゃいます?
「見習い騎士に興味を示したのも本当です。見習い騎士になれば木で出来た剣が持てると聞いて」
「……貴族のご令嬢が?」
めちゃくちゃ不審そう。
「暴漢なんかに襲われた時、自分で自分の身を守る術があったほうがいいなとは常々思っております。木の剣があれば、それを振り回すだけで護身になるかと思いまして」
「なるほど!」
やっとなんとなく納得してくれたようだ。笑顔から引き攣った感じが抜けている。
良かったね、ノアの友達がイマジナリーフレンドじゃなく本物で。きっと心配していたんだろうな。
しかしこの様子じゃ現在のあの部屋でのノアはおずおずとではあるが王子殿下にタメ口を使っている、なんて言ってもきっと彼は信じないのだろうな。
なんて、内心くすりと笑っていると、突然クソイケメン騎士団長様と視線の高さが合う。
何事かと思えば、クソイケメン騎士団長様が私の目の前で片膝をついているではないか。
片膝をついただけでなく、流れるような動きで私の左手を取って言うのだ。
「ノアベルトと仲良くしてくれてありがとうございます、トリーナ嬢。これからも、どうぞよろしくお願いします」
と。
あまりのクソイケメンっぷりに卒倒するかと思った。
恐るべし金髪碧眼軍服イケメン。
イケメンと一緒にいるとろくなことがないと前世で学んできて、イケメンは苦手なのだが、これは悪くない。
むしろとてもいい。
完全に言葉を失った私に、ノアのお父様は「それでは私はこれで失礼します」と言って颯爽と去っていった。
私がご令嬢って、と思い続けてきたけれど、こうして騎士様にお嬢様扱いされるのは悪くないかもしれない。
「なんか、すごかったですねお嬢様」
というジェマの言葉に、私はただただ頷くことしか出来なかった。
あの破壊力はヤバい、あの人が既婚者で良かった、うっかり恋に落ちるところだった、なんて思いながら例の部屋に辿り着く。
「あれ? 今日はまだ二人?」
部屋に入ると、中には王子殿下とノアの二人しかいなかった。
そういえば、さっきの衝撃で忘れかけていたが、今日はいつもより早い時間に呼び出されたのだった。
他の奴らは寝坊でもしたのかまだいない。
「そう。早い時間に呼んだのはノアと君だけだから」
「あれ、そうなんだ」
どうやら早い時間に呼びだされたのはノアと私だけらしい。なんだ、寝坊じゃないのか。
「トリーナ、なんだか顔が赤いみたいだけど」
「あぁ、ちょっととんでもなく顔がいい男にとんでもなくカッコイイことをされたもんで」
そう答えれば、ノアも王子殿下も「いったい何が……」と小難しい顔をしていた。
「そんなことより、なんでノアと私だけ呼ばれたの?」
という私の問いかけに応えたのは王子殿下だった。
「ノアはトリーナに歌って欲しい歌があるんでしょう?」
「うん」
おばあ様との思い出の曲ってやつね。
約束していたけれど、毎度毎度邪魔が入って未だ歌えていないのが現状だった。
王子殿下もそれに気が付いていたようだ。
「他の奴らがいたら邪魔で歌ってもらえないんじゃないかと思って、いつもより早い時間に二人だけを呼んだんだけど」
邪魔ってあんた。いや私も邪魔だなとは思っていたけど王子の口から邪魔ってあんた。
「じゃあ、歌おうか」
「え、いいの? 朝早くからでも歌えるの?」
ノアがそわそわし始めた。
ずっと聞きたかったんだろうな、あの歌。
「朝早くても夜遅くても私は関係ないからね」
なんせ最近は歌での治癒魔法を試すべく、時間関係なく歌いまわっていたもので。なんて思いながら私はピアノの前に座る。
指慣らしにいくつか音を出していると、ノアが背後でうろうろしているのに気が付いた。
「好きなとこに座ってなよ」
そう言うと、いつものように私の側に椅子を持ってきた。
王子殿下は気を遣っているようで、少し離れたところに座るらしい。
近くにいればいいのに、と言ったけれど、彼は首を横に振っていた。
「よーし、じゃあ歌うね」
ノアとノアのおばあ様との思い出の曲は、讃美歌のような優しい曲。
この日までに何度も練習をしていて、私もとても気に入った。歌いやすくて癒される、そんな曲だ。
こういう曲に治癒魔法が乗せられたらカッコイイんだろうなぁ。
……おっと、それほど長い曲ではないので、妄想をしながら弾いていたらわりとすぐに終わってしまった。
ノアは満足してくれただろうか、と振り返れば、そこにはぐすぐすと涙を流すノアの姿があった。
「ありがとうトリーナ」
「……大丈夫?」
亡くなったおばあ様との思い出の曲だと言っていたし、しんみりするだろうなとは思っていたけれど、まさかここまで泣くとは思っていなかった。
「色々思い出した」
「でしょうね」
「あの時ああすればよかったとか、こう言えばよかったとか、後悔ばっかりだ」
大切な人を亡くすと、次から次に後悔が溢れてくるばかりだもんね。
楽しい思い出ももちろん沢山あるのだけれど、どうしてもやりたかったことや言いたかったことでいっぱいになってしまう。
出来ることならそんな後悔をすることなく、大切な人と大切な時間を過ごしたい。
でも、大切な人が亡くなってしまうだなんて、生きているときに考えることは出来ないのだ。
だって、大切な人はずっと自分の側にいてくれるって信じていたいものだから。
「私の歌で良ければ、いつでも歌うから」
私はそう言って、ノアにハンカチを差し出す。
それを受け取ったノアは、一瞬躊躇いを見せたが、ハンカチで目頭を押さえる。
「トリーナは、本当に本当に俺の恩人だね」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃないよ。よし、俺は恩人を守れるようにもっと頑張らなきゃだ」
まぁ頑張るのはいいことだろうけど、私はノアに守られるほどか弱くはない。
「いや、ノア……私、別に弱くないし」
「確かに腕力では今のトリーナより俺のほうが弱いかもしれないけど、トリーナを守るにはまず冷静さだと思うんだ」
なんだって?
「トリーナが何をやらかしても止められるように、俺は常に冷静でいようと思う」
「いやいやそんな私を問題児みたいに」
今まで何もやらかしたことはないのかと問われれば否定は出来ないけれど、なんとなく納得がいかない。そう思っていると、王子殿下が笑い出した。
「問題児……問題児って」
問題児でそこまで大笑い出来るか。私としては笑い事じゃないんですけど?
「……いや、ごめん、ノア」
散々笑った王子殿下は、最終的にノアに謝っていた。
いや私にも謝れよ。なんでノアにだけ謝るのかと問いただそうとしたところで他の奴らが入ってきたので、結局何も言えなかった。
それから数日後、私は王子殿下の婚約者に決まった。
この世界に生まれる前から婚約することは確定しているって話だったから驚きはしなかったけれど王妃教育でかなり時間を潰されるのは聞いていなかった。
この日から学園に入るまでの間、あまりに目まぐるしくて記憶がいまいち残っていない。
なぜなら面倒臭かったアルムガルトとその弟たちや銀髪兄弟が極端に絡んでこなくなったから。
絡むとなると私からタメ口が飛んでくるからな。それがよほど嫌なのだろう。
私は別に誰にタメ口をきかれたってこれっぽっちもダメージにならないからなぁ。
あいつらだけ嫌な思いをしていると思うととても気分がいい。
ただノアのメンタルだけは心配していたのだが、面倒臭い奴らは私の場合と同じくノアにも絡まなくなったようだし、案外大丈夫そうだった。
あとは王子殿下もわりと楽し気にノアに話しかけているし、ノアもぎくしゃくしつつそんな王子殿下に応えているし、ノアが一人ではどうしようもないと思ったら私に助けを求めてきているし、結構うまくやっている。
ノアは世渡り上手なのかもしれない。
さらに結局のところ、この部屋に流れていた冷たい空気はなくなって、なんだかんだ皆楽しそうではあるので悪くはないんじゃないだろうか。
私とノアだけがアルムガルトたちや銀髪兄弟と仲が良くないだけで、王子殿下とアルムガルトたちと銀髪兄弟はここに最初に来た頃よりも普通に仲良くなっていたりするから。
ちなみに私に説教を食らったコピペたちは普通に全員と楽しそうに交流している。根っからのアホなのかもしれないな、コピペたちは。
そんなこんなで、あの部屋に面白半分で行けるようになって心が軽くなった私は、改めてあの母親が持ってきた魔法の本の続きを読み始めていた。
あの部屋に持って行ってノアと一緒に読んだりするようにもなり、さらには王子殿下が寄って来たりコピペたちが寄って来たりと皆で魔法の話をすることも増えた。
そして「治癒魔法が使える気がするから誰か怪我してみてくれない?」と問いかけて怒られたりもした。「使える気がするからって何」と不審そうな顔をされたりとかね。
不審そうにされるのは心外だ。言葉通り使える気がするのだから。
というのも、例の歌声に魔力を乗せるというあれと治癒魔法を組み合わせたら歌うだけで治癒が出来るのではないかと思った私は、独学であれこれ実験をしていた。
最初の実験台はジェマだった。忙しくしているジェマの近くでそっと魔力を込めて鼻歌を歌っていたら、数日後にジェマが「なんか最近よく眠れるし調子がいいんですよね」と言っていた。
ただこれが私の魔力によるものなのかは分からない。
次の実験は歌いながらその辺をうろちょろすることだった。
運良く怪我をした人がいて突然怪我が治ったら「なんか怪我が治った!」みたいな騒ぎにならないかなと思って。しかしその実験は失敗だった。おそらく誰も怪我をしていなかったのだろう。残念ながら。まぁ怪我した人がその辺にいるなんてこと、ないほうがいいんだけども。
最終的な実験は花だった。
萎れた花を見付けた私は、その花に向けて前世で好きだった歌を歌った。もちろん魔力を込めて。
するとその花は少しずつ元気を取り戻し、翌日にはまた美しく咲いていた。
これは成功なのでは? ということで治癒魔法が使える気がしているわけだ。
治癒魔法が使えなかったとしても花を元気にすることは出来るので、将来的には花咲じいさんみたいなポジションにはつけるのではないだろうか。
婚約破棄をされて両親からも見放されたら他国に渡ってこっそり花咲じいさんになろうかな。花咲ばあさんか。
それはそれで楽しそうだな。王族貴族のあれこれって煩わしいしな……。
結局人に対しての治癒魔法は怪我人に遭遇出来なかったことで不発に終わり、それからしばらく経ったある日のこと。
いつものあの部屋に、いつもより早い時間に呼び出された。
ジェマと共に「何事だろうね」なんて言いながら王城に足を踏み入れたところで、なんかすごいのと出会った。
すごく背の高い金髪碧眼の、軍服姿の男性だ。短く爽やかに整えられた金髪も、凛々しい青い瞳も、さらには軍服に沢山ついている数々の勲章も、どれもとにかくめちゃくちゃキラキラしている。
年齢は三十代手前……くらいだろうか。
あの人クっっっソイケメンだな、と思っていたところ、隣のジェマが少し興奮気味に声をかけてきた。
「あれ、騎士団長様ですよ!」
と。
騎士団長ってことはあれだ、ノアの父親だ。……言われてみれば、髪の色も瞳の色もノアと同じだし、少し似ているかもしれない。
そんなことを考えていたら、クソイケメン騎士団長様と目が合った。
ガン見し過ぎてしまったか、と適当に会釈をして逃げるつもりが、なんとクソイケメン騎士団長様がすたすたとこちらに近付いてくるではないか。
なんだなんだと身構えていると、クソイケメン騎士団長様が私に向けて微笑む。
「初めまして、あなたがトリーナ嬢ですね」
クソイケメン騎士団長様、めっちゃいい声。
「はい。初めまして、トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルと申します」
平静を装って一礼する。内心は「これきっと脱いだらすごいタイプだな」と思っている。きっちりとした軍服のせいで見えはしないけれど、筋肉フェチの私の嗅覚がそう言っている。
「息子のノアベルトがお世話になっているそうですね。私はノアベルトの父、エアハルト・ティールです」
「お世話になっているのは私のほうです」
やっぱノアのお父様だった。よく見たら色合いだけじゃなく笑顔なんかも結構似ている。
「ノアベルトが言うには、あんなに嫌がっていた訓練を嫌がらずに頑張れるようになったのはトリーナ嬢のおかげだと」
「……ああ、確かにそんなお話もいたしましたけれど」
最初は痛いから訓練が嫌だって言ってたもんな、ノア。そうだったそうだった。
そんなことより軍服っていいな。剣もカッコイイ。
「痛みの最大値がどうとか」
「お教えいたしましたね」
小さな声で答えれば、ノアのお父様は少し引き攣った笑顔を見せた。
あ、やっぱり貴族の令嬢が「痛みの最大値」って、と思われているんだろうな。
「……ノアベルトが言っていた訓練で受ける痛みより痛かったというあの話は……本当?」
「おそらく本当……ですね」
ノアったら、今日あった出来事を全てお父様にお話しするタイプの子だったのね。
そんで私のことも包み隠さずお話ししているのね。お父様ドン引きじゃないの。
「そ、それと、トリーナ嬢が訓練に興味を示して見習い騎士になろうとしていたというのは……」
「おおむね本当ですね」
素直に肯定すれば、クソイケメン騎士団長様の美しい青い瞳がこれでもかと言わんばかりに瞠られる。
「あまりにも友達が出来ないノアベルトの虚言ではなく……?」
「虚言ではなく。あと私はノアのお友達ですし、お友達が出来ないなんてことはありません」
そう言って笑顔を見せれば、ノアのお父様は相変わらず引き攣ってはいるものの安堵の笑みを零していた。
私の存在が信じられなくてノアのイマジナリーフレンドの話だと思ってたんだな。それはそれでノアに失礼だと思うけれども。
「ノアに友達が出来ていたことはとても嬉しい。しかし令嬢が……見習い騎士に……?」
あ、やっぱりそこ引っかかっちゃいます?
「見習い騎士に興味を示したのも本当です。見習い騎士になれば木で出来た剣が持てると聞いて」
「……貴族のご令嬢が?」
めちゃくちゃ不審そう。
「暴漢なんかに襲われた時、自分で自分の身を守る術があったほうがいいなとは常々思っております。木の剣があれば、それを振り回すだけで護身になるかと思いまして」
「なるほど!」
やっとなんとなく納得してくれたようだ。笑顔から引き攣った感じが抜けている。
良かったね、ノアの友達がイマジナリーフレンドじゃなく本物で。きっと心配していたんだろうな。
しかしこの様子じゃ現在のあの部屋でのノアはおずおずとではあるが王子殿下にタメ口を使っている、なんて言ってもきっと彼は信じないのだろうな。
なんて、内心くすりと笑っていると、突然クソイケメン騎士団長様と視線の高さが合う。
何事かと思えば、クソイケメン騎士団長様が私の目の前で片膝をついているではないか。
片膝をついただけでなく、流れるような動きで私の左手を取って言うのだ。
「ノアベルトと仲良くしてくれてありがとうございます、トリーナ嬢。これからも、どうぞよろしくお願いします」
と。
あまりのクソイケメンっぷりに卒倒するかと思った。
恐るべし金髪碧眼軍服イケメン。
イケメンと一緒にいるとろくなことがないと前世で学んできて、イケメンは苦手なのだが、これは悪くない。
むしろとてもいい。
完全に言葉を失った私に、ノアのお父様は「それでは私はこれで失礼します」と言って颯爽と去っていった。
私がご令嬢って、と思い続けてきたけれど、こうして騎士様にお嬢様扱いされるのは悪くないかもしれない。
「なんか、すごかったですねお嬢様」
というジェマの言葉に、私はただただ頷くことしか出来なかった。
あの破壊力はヤバい、あの人が既婚者で良かった、うっかり恋に落ちるところだった、なんて思いながら例の部屋に辿り着く。
「あれ? 今日はまだ二人?」
部屋に入ると、中には王子殿下とノアの二人しかいなかった。
そういえば、さっきの衝撃で忘れかけていたが、今日はいつもより早い時間に呼び出されたのだった。
他の奴らは寝坊でもしたのかまだいない。
「そう。早い時間に呼んだのはノアと君だけだから」
「あれ、そうなんだ」
どうやら早い時間に呼びだされたのはノアと私だけらしい。なんだ、寝坊じゃないのか。
「トリーナ、なんだか顔が赤いみたいだけど」
「あぁ、ちょっととんでもなく顔がいい男にとんでもなくカッコイイことをされたもんで」
そう答えれば、ノアも王子殿下も「いったい何が……」と小難しい顔をしていた。
「そんなことより、なんでノアと私だけ呼ばれたの?」
という私の問いかけに応えたのは王子殿下だった。
「ノアはトリーナに歌って欲しい歌があるんでしょう?」
「うん」
おばあ様との思い出の曲ってやつね。
約束していたけれど、毎度毎度邪魔が入って未だ歌えていないのが現状だった。
王子殿下もそれに気が付いていたようだ。
「他の奴らがいたら邪魔で歌ってもらえないんじゃないかと思って、いつもより早い時間に二人だけを呼んだんだけど」
邪魔ってあんた。いや私も邪魔だなとは思っていたけど王子の口から邪魔ってあんた。
「じゃあ、歌おうか」
「え、いいの? 朝早くからでも歌えるの?」
ノアがそわそわし始めた。
ずっと聞きたかったんだろうな、あの歌。
「朝早くても夜遅くても私は関係ないからね」
なんせ最近は歌での治癒魔法を試すべく、時間関係なく歌いまわっていたもので。なんて思いながら私はピアノの前に座る。
指慣らしにいくつか音を出していると、ノアが背後でうろうろしているのに気が付いた。
「好きなとこに座ってなよ」
そう言うと、いつものように私の側に椅子を持ってきた。
王子殿下は気を遣っているようで、少し離れたところに座るらしい。
近くにいればいいのに、と言ったけれど、彼は首を横に振っていた。
「よーし、じゃあ歌うね」
ノアとノアのおばあ様との思い出の曲は、讃美歌のような優しい曲。
この日までに何度も練習をしていて、私もとても気に入った。歌いやすくて癒される、そんな曲だ。
こういう曲に治癒魔法が乗せられたらカッコイイんだろうなぁ。
……おっと、それほど長い曲ではないので、妄想をしながら弾いていたらわりとすぐに終わってしまった。
ノアは満足してくれただろうか、と振り返れば、そこにはぐすぐすと涙を流すノアの姿があった。
「ありがとうトリーナ」
「……大丈夫?」
亡くなったおばあ様との思い出の曲だと言っていたし、しんみりするだろうなとは思っていたけれど、まさかここまで泣くとは思っていなかった。
「色々思い出した」
「でしょうね」
「あの時ああすればよかったとか、こう言えばよかったとか、後悔ばっかりだ」
大切な人を亡くすと、次から次に後悔が溢れてくるばかりだもんね。
楽しい思い出ももちろん沢山あるのだけれど、どうしてもやりたかったことや言いたかったことでいっぱいになってしまう。
出来ることならそんな後悔をすることなく、大切な人と大切な時間を過ごしたい。
でも、大切な人が亡くなってしまうだなんて、生きているときに考えることは出来ないのだ。
だって、大切な人はずっと自分の側にいてくれるって信じていたいものだから。
「私の歌で良ければ、いつでも歌うから」
私はそう言って、ノアにハンカチを差し出す。
それを受け取ったノアは、一瞬躊躇いを見せたが、ハンカチで目頭を押さえる。
「トリーナは、本当に本当に俺の恩人だね」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃないよ。よし、俺は恩人を守れるようにもっと頑張らなきゃだ」
まぁ頑張るのはいいことだろうけど、私はノアに守られるほどか弱くはない。
「いや、ノア……私、別に弱くないし」
「確かに腕力では今のトリーナより俺のほうが弱いかもしれないけど、トリーナを守るにはまず冷静さだと思うんだ」
なんだって?
「トリーナが何をやらかしても止められるように、俺は常に冷静でいようと思う」
「いやいやそんな私を問題児みたいに」
今まで何もやらかしたことはないのかと問われれば否定は出来ないけれど、なんとなく納得がいかない。そう思っていると、王子殿下が笑い出した。
「問題児……問題児って」
問題児でそこまで大笑い出来るか。私としては笑い事じゃないんですけど?
「……いや、ごめん、ノア」
散々笑った王子殿下は、最終的にノアに謝っていた。
いや私にも謝れよ。なんでノアにだけ謝るのかと問いただそうとしたところで他の奴らが入ってきたので、結局何も言えなかった。
それから数日後、私は王子殿下の婚約者に決まった。
この世界に生まれる前から婚約することは確定しているって話だったから驚きはしなかったけれど王妃教育でかなり時間を潰されるのは聞いていなかった。
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