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第3話

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 みなみが寝ているときに現れる人格を、俺は『みなみニ号』と呼んでいる。


 ニ号と呼び始めたのは、俺がみなみと彼女を見分けられるようになった頃だ。
 といっても昔からみなみを知っている俺には、容易く見分けられた。


 その日。

 いつものベンチに座っている彼女に近寄って、おい、と呼び掛けた。
 彼女は背を向けていたが、纏っている空気が圧倒的に違うので、みなみでないことは明白だった。だから「みなみ」とは呼びたくなかったのだ。ただ、他に適当な呼び方が思いつかなかった。

 暫くの間があった。

 もう一度、おい、と呼びかけた。

 あれ、もしかして間違えたかもしれない、と焦り出した頃に彼女は振り返った。彼女を見て言葉を失った。真っ赤に充血した目でこちらを睨んでいたのだ。

 今も睨まれるのは変わりないが、そんな生易しいものではなかった。本当に、恨みを込めるような目だった。

「……それはないんじゃない?」

「え?」

 ばか、という言葉とともに胸に拳が飛んできた。あんまりよ、と非難されたのだ。

「そんな呼び方ないわよ。私だって、みなみなのよ。ちゃんと呼んでよ」


――私を呼ぶのは、あなたしかいないんだから。


 苦しそうな表情に、なにかいわなければと口を開けてみたものの、掛けるべき言葉が見つからずに、ただ立ち尽くすだけだった。

 どうしても、目の前の女の子がみなみだとは思えなかった。いつも楽しそうに笑っている穏やかな彼女と、目の前の女の子が一致しなかったのだ。

「じゃあさ……あだ名はどう?」

「あだ名?」

 なにそれ、と女の子が口を尖らせる。

「うん、ニックネーム。みなみニ号っていうのはどう?」

 センスがないっ、と怒鳴られたが、俺は構わず使うことにしたのだ。

 目を覚ました本当のみなみが「なんだか悲しい気分だ」と寂しそうに笑っていたことと、今にも泣き出しそうに充血したニ号の瞳を、今でも鮮明に覚えている。



 ニ号も場所をわきまえているのか、毎回現れるわけではない。

 ひょっこり出てきては俺にいいたい放題、やりたい放題の傍若無人っぷりを発揮する。どこからどう見ても見た目はみなみだが、歩き方や喋り方、性格に至るまでなにからなにまで違う。
 まだ他の人の前には現れていないのが唯一の救いだが、なんとかしないとみなみの立場が危なくなってしまいかねない。

 そう指摘すると、ニ号はいつも眉を顰めるのだった。これも、みなみ本人からは決して見られない顔だ。

「そんなヘマしないってば」

「わかんないだろう?」

「私だってみなみの一部よ?」

 あの子の足を引っ張るようなことはしないわ、と口を尖らせた。

「じゃあ、そもそも出てくるなよ」

「あなた、本当になんにもわかってないのね」

 静かにぼやいたニ号は、そっと目を伏せた。
 胸がチクリと痛んだ。なぜだろう。軽蔑する、といわれているような気分だった。睨まれたり、蔑まれたり、そういう表情をされるよりもよっぽど苦しくなった。

「……悪かったよ。でも、本当に心配なんだよ」

「じゃあ、あなたが私を見張っていればいいじゃない」

「言われなくてもそのつもりさ」


 自分をみなみだと言い張るそっくりさんは、ふん、と鼻を鳴らした。
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