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第15話

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「あのとき、俺が振り返ってずっと見ていたのは――壱草だ。壱草優梨子なんだ」


 俺の言葉が、宙に放たれた。言葉に温度があるなら、きっと冷たいであろう、そんな言葉だった。


「へ、あんた、何、言ってんの」

 八千代がパチパチと瞬きを繰り返す。

 へ、パチ。

 あんた、パチ。

 何、パチ。

 言ってんの、パチ。

 それくらいの勢いで瞬きをする八千代。


 一度口を開いたらもう軌道修正はできない。混乱する八千代に構わず、畳み掛けるように言葉を投げつける。

「ほら、壱草さんって人並み以上に綺麗だろ? 気にならないわけねぇよ。あのとき、見てるだけで幸せだったんだよ」

「……ほ、ほほほ本気なの?」

 初めてまともに聞いてくれた。でも、彼女の目には、じわりと涙が浮かんでいた。しまった。これは想定外だった。

「本気さ。昔の話だけど」

 悪いな、八千代。こんな言い方しか出来なくて。伝えたいことをちゃんと伝えられる力が俺にないばっかりに。

 八千代は目に涙を溜めたまま、突然笑い始めた。ただし表情は笑っておらず、苦しそうだった。

「はははっ、何それ。何、あたしの勘違い? 勘違いで後つけてたの? バカじゃない。ほんとに、ほんとに……ほんっっっとうに、バカじゃない」

 そしてとうとう、彼女の大きな瞳から、ぽろり、と涙が零れ落ちた。

 八千代、そうじゃない……。そうじゃないんだ。

 否定したいのに、咄嗟に言葉が出て来ない。弁解の言葉や言い訳をいくつも用意してきたはずなのに、何もかもが泡沫のように消えてしまった。

 彼女の頬を伝う涙に大きく動揺してしまった。まさか泣かせてしまうとは思わなかったのだ。どんな不平不満も受け入れるつもりだった。ただ、涙を拭くような度量は持ち合わせていない。

 ただただ、胸が締め付けられるような痛みに襲われるだけだった。なんだよ、これ。

「リョウも迷惑なら早く言ってくれれば良かったじゃない。お前はただの勘違い女だ、ってね」

 迷惑なんかじゃなかった。勘違いされていても、多少……というか、かなり強引なところがあっても、楽しかったのだ。嘘じゃない。本当に嘘じゃないのだ。


 ……でも、今の俺にはそんなことすら伝えられない。彼女の心に届けられる言葉が見つからない。


「あーあ。勝手に勘違いして、散々お騒がせして、何やってんだか。リョウ、悪かったわね。金輪際あなたには関わらないから、安心して」

 彼女はそういって自宅へ消えた。ガチャリ、と鍵のかかる音が、八千代の心の声に聞こえた。



 俺は、バカだ。

 大切な人を傷つける大バカ者だ。

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