15 / 17
第15話
しおりを挟む
「あのとき、俺が振り返ってずっと見ていたのは――壱草だ。壱草優梨子なんだ」
俺の言葉が、宙に放たれた。言葉に温度があるなら、きっと冷たいであろう、そんな言葉だった。
「へ、あんた、何、言ってんの」
八千代がパチパチと瞬きを繰り返す。
へ、パチ。
あんた、パチ。
何、パチ。
言ってんの、パチ。
それくらいの勢いで瞬きをする八千代。
一度口を開いたらもう軌道修正はできない。混乱する八千代に構わず、畳み掛けるように言葉を投げつける。
「ほら、壱草さんって人並み以上に綺麗だろ? 気にならないわけねぇよ。あのとき、見てるだけで幸せだったんだよ」
「……ほ、ほほほ本気なの?」
初めてまともに聞いてくれた。でも、彼女の目には、じわりと涙が浮かんでいた。しまった。これは想定外だった。
「本気さ。昔の話だけど」
悪いな、八千代。こんな言い方しか出来なくて。伝えたいことをちゃんと伝えられる力が俺にないばっかりに。
八千代は目に涙を溜めたまま、突然笑い始めた。ただし表情は笑っておらず、苦しそうだった。
「はははっ、何それ。何、あたしの勘違い? 勘違いで後つけてたの? バカじゃない。ほんとに、ほんとに……ほんっっっとうに、バカじゃない」
そしてとうとう、彼女の大きな瞳から、ぽろり、と涙が零れ落ちた。
八千代、そうじゃない……。そうじゃないんだ。
否定したいのに、咄嗟に言葉が出て来ない。弁解の言葉や言い訳をいくつも用意してきたはずなのに、何もかもが泡沫のように消えてしまった。
彼女の頬を伝う涙に大きく動揺してしまった。まさか泣かせてしまうとは思わなかったのだ。どんな不平不満も受け入れるつもりだった。ただ、涙を拭くような度量は持ち合わせていない。
ただただ、胸が締め付けられるような痛みに襲われるだけだった。なんだよ、これ。
「リョウも迷惑なら早く言ってくれれば良かったじゃない。お前はただの勘違い女だ、ってね」
迷惑なんかじゃなかった。勘違いされていても、多少……というか、かなり強引なところがあっても、楽しかったのだ。嘘じゃない。本当に嘘じゃないのだ。
……でも、今の俺にはそんなことすら伝えられない。彼女の心に届けられる言葉が見つからない。
「あーあ。勝手に勘違いして、散々お騒がせして、何やってんだか。リョウ、悪かったわね。金輪際あなたには関わらないから、安心して」
彼女はそういって自宅へ消えた。ガチャリ、と鍵のかかる音が、八千代の心の声に聞こえた。
俺は、バカだ。
大切な人を傷つける大バカ者だ。
俺の言葉が、宙に放たれた。言葉に温度があるなら、きっと冷たいであろう、そんな言葉だった。
「へ、あんた、何、言ってんの」
八千代がパチパチと瞬きを繰り返す。
へ、パチ。
あんた、パチ。
何、パチ。
言ってんの、パチ。
それくらいの勢いで瞬きをする八千代。
一度口を開いたらもう軌道修正はできない。混乱する八千代に構わず、畳み掛けるように言葉を投げつける。
「ほら、壱草さんって人並み以上に綺麗だろ? 気にならないわけねぇよ。あのとき、見てるだけで幸せだったんだよ」
「……ほ、ほほほ本気なの?」
初めてまともに聞いてくれた。でも、彼女の目には、じわりと涙が浮かんでいた。しまった。これは想定外だった。
「本気さ。昔の話だけど」
悪いな、八千代。こんな言い方しか出来なくて。伝えたいことをちゃんと伝えられる力が俺にないばっかりに。
八千代は目に涙を溜めたまま、突然笑い始めた。ただし表情は笑っておらず、苦しそうだった。
「はははっ、何それ。何、あたしの勘違い? 勘違いで後つけてたの? バカじゃない。ほんとに、ほんとに……ほんっっっとうに、バカじゃない」
そしてとうとう、彼女の大きな瞳から、ぽろり、と涙が零れ落ちた。
八千代、そうじゃない……。そうじゃないんだ。
否定したいのに、咄嗟に言葉が出て来ない。弁解の言葉や言い訳をいくつも用意してきたはずなのに、何もかもが泡沫のように消えてしまった。
彼女の頬を伝う涙に大きく動揺してしまった。まさか泣かせてしまうとは思わなかったのだ。どんな不平不満も受け入れるつもりだった。ただ、涙を拭くような度量は持ち合わせていない。
ただただ、胸が締め付けられるような痛みに襲われるだけだった。なんだよ、これ。
「リョウも迷惑なら早く言ってくれれば良かったじゃない。お前はただの勘違い女だ、ってね」
迷惑なんかじゃなかった。勘違いされていても、多少……というか、かなり強引なところがあっても、楽しかったのだ。嘘じゃない。本当に嘘じゃないのだ。
……でも、今の俺にはそんなことすら伝えられない。彼女の心に届けられる言葉が見つからない。
「あーあ。勝手に勘違いして、散々お騒がせして、何やってんだか。リョウ、悪かったわね。金輪際あなたには関わらないから、安心して」
彼女はそういって自宅へ消えた。ガチャリ、と鍵のかかる音が、八千代の心の声に聞こえた。
俺は、バカだ。
大切な人を傷つける大バカ者だ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について
ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに……
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。
NTRは始まりでしか、なかったのだ……
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる