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第4話
しおりを挟む高坂八千代のせいで急に慌ただしくなってしまった毎日。
今までが平凡過ぎる生活だったから、俺は疲労困憊していたのだ。だから、日曜日に散歩してみるかぁー、というのも俺には当たり前の心理であり、決して寂しい人とかそんなのではない。断じて違うからな。
「んーっ」
あたたかな日差しを浴びながら大きく伸びをする。帰宅部兼インドア派の俺にとっては、休日の散歩は貴重な光合成の機会だ。
うるさい奴と顔を会わせずにすむ日は穏やかな気持ちで過ごすことができる。
しかし数日前まではこれが当たり前だったのだ。学校へ行って、面倒だなぁと思いながらも真面目に授業を受けて、友人と他愛もない話をしながら笑ったりしてみるが、これといった事件もなく、同じような毎日の繰り返しだった。
それが急に慌ただしくなったもんだから、待ちに待った休日は、鼻歌交じりで道とか歩きたくなるものなのさ。
変な奴か、俺? いや、違うな。まったくもって正常である。
すっかり気分を良くしていた俺は、正直油断していたのだ。何かにぶつかったと気づいた後でも、まあまあの衝撃だったなと思っても、実際に“ソレ”を見るまでは余裕だった。
「ごふっ」
ごふっ? ごふってなんの音だ?
見上げると、かなり厳つい男が俺を睨みつけていた。どれくらい厳ついかというと、どれくらい厳ついか説明するのを投げ出したくなるくらいだ。いや、決して語彙力の無さを有耶無耶にしてしまおうなどと考えているわけではない。兎にも角にも、だ。状況を整理しよう。
……察するに、俺が男にぶつかった感じだ。悲しいかな、“ごふっ”は男の呻き声だったのである。
「す、すいません」
謝罪。のち、即行退散。さて踵を返すぜ。
「おいおい、ちょーっと待てよ。人にぶつかっておいてその態度はなんだ? 誠意が伝わってこないなぁ」
「はぁ……」
誠意といわれても。すいませんがよくなかったのか。この度はもぉぉぉおおおしわけございませんでしたぁぁああああ、くらいの勢いが必要だったのかね。
するといきなり男が俺の胸ぐらを掴んできた。
「金出せっつってんだよ!」
あまりにも突然のことで、俺があわわと完全に戸惑っていると、遠くの方で叫ぶ声が聞こえてきた。
その声は、だんだん近づいてきて、次第に言葉もはっきり聞き取れるようになってきた。
「いやぁー!!」
高坂だ。間違いない。いつも隣でこんな感じで喚いてる、はずだ。
「あたしのために争わないでぇぇえええ」
……は?
俺は胸ぐらを離されたことにさえ気づかずに、走ってくる高坂に目を奪われていた。
「あたっ…しのっ、ために、争わないで!」
「……高坂、何言ってんだよ」
その一言が精一杯。俺の限界。こいつが何考えてるのか、想像できなくもない。単純で、いつだって自分の都合のいいように解釈するのが趣味で特技の女だ。
でも、決して想像したくない。恐ろしすぎるし、お断りだ。たとえ札束を積まれたって……いや、札束を積まれたらわからんな。やっぱり自転車は欲しいからね。
先ほど絡んできた男を見る。この状況が理解できないらしく、呆然としている。
俺の言葉に耳を貸そうともせず、高坂は勝手に喋り続けている。休日まで忙しい奴だ。
「わかってるわ。あなた達の気持ちは、痛いほどにわかってるの」
「いや、いやいやいや。わかってねぇよ」
「もう、照れちゃって」
「は……」
高坂の言葉に混乱していると、男が慌てて逃げ出した。俺の胸ぐら、無事開放。
「お、俺は関係ないからなっ」
という言葉を残して、男は、不気味なものを見るような目で、何度も振り返っていた。
関わりたくないと思ったその気持ち、俺にもわかるぞ。達者でな。
「悪いことしたかねぇ」
金をせびられていたことも忘れてそんなことを考えてしまうほど、男が哀れだったのだ。なんだか申し訳ない。
「なんでここにいるんだよ。まさかまたストーカーか?」
「失礼ねぇ。あたしと会えて嬉しいからって、そんな照れ隠しは可愛くないわよ?」
……は?
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