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第四章

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 翌日からの美桜は、どこか大人びて見えた。

 昨日の会話のせいでそう見えるのかもしれないが、彼は確かな距離を感じていた。

「おっはよー、尚ちゃん」

「どうしたんだよ。普通に挨拶なんてつまんないぞ」

「まだまだ発展途中だから、もう少し成長してからビックリさせてあげようかと思ったの」

「一生その日は来ないからやめとけ」

「むきぃーっ。ひどい! 訴えてやる!」

 いつものような挨拶ではなかったものの、普段通りの会話ができたことに安心していた。

 三日月華弥に、こっそり「美桜と、なにかあったの?」と耳打ちされるまでは。

 なにも言っていないし、特に変わりないはずだが、やはりなにかが変わってしまったのだろうか。それが親友には察せられたのだろうか。

「……俺から卒業したいみたいだ」

 口にしてから、自分が想像以上のダメージを受けていることがわかった。おそらく酷い表情をしているだろう。もしかすると、それで華弥は気づいたのかもしれない。

「なにそれ。信じらんない」

 彼女が異常に憤慨したので呆気に取られた。そんな彼を見てか、すぐに罰の悪そうな表情に変わった。

「ごめん。私がどうこう言うことじゃないよね」

「いや、いいんだ」

「でも有り得ないよね、そんなの。だって、沢井君と美桜は二人でペアだもの。悔しくなるくらい、一緒にいるのが当たり前で、それは決まっていることなんだわ」

 だから大丈夫よ、と華弥は励ましてくれた。本当にありがたくて、心が少し軽くなった。しかしどうしても拭いきれない不安があった。やはり美桜は、なにかが決定的に変わってしまったのではないだろうか、と。杞憂であることを祈らずにはいられなかった。

 しかし、すぐに杞憂ではないと思い知らされることになった。

放課後、美桜の教室に向かう途中に、廊下の向こうからその本人が歩いてきた。よお、と手を上げて声をかける。

「美桜、帰ろうぜ」

「尚ちゃん、ごめん。わたし、今日は先に帰る」

「は、なんだよ、それ」

 俺も一緒に帰るって、と彼女の腕を掴もうとした手を、パッと振りはらわれた。

「……美桜?」

 情けないくらい、彼の声は震えていた。ものすごく動揺しているのだ。この幼なじみが自分を拒絶するなんて、生まれて初めてのことだったから。

「なんで、だよ」

「昨日言ったよね。わたしには、問題がたくさんあるの。今のままのわたしが、尚ちゃんと一緒にいることは難しいんだ」

 じゃあね、と薄く笑って駆けていった。状況が理解できない中、チャームポイントが台無しじゃんかよ、とだけ、ぼんやりと思った。

 すぐには動けなかった。

 周囲は忙しなく動いていて、下校を急ぐ人や部活へ向かう人で溢れていた。彼だけが、取り残されていた。

 周囲にかなり人が少なくなってから、「そうだ……三日月。三日月のところへ行こう」と思いついた。

 彼女なら、美桜がなにを考えているのかわかるかもしれない。もしかすると帰ったかもしれない、と思ったが、勝手に足が動いていた。なにもしないなんて耐えられなかった。

 華弥の教室に近づいたとき、中から聞き覚えのある声がして立ち止まった。
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